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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第三章

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第八話 焦がれて

「た、立てなくなるまで、殴られる……」

『……は?』


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


食事中、瞬くんから出たその言葉に、俺たち三人は動きが止まる。

「な、なぐっ……」

そもそもその言葉を理解するのに時間がかかっているような瀧田に、

「ちょっとあの人殴りに行ってくる」

無意識のうちに立ち上がって先生を探しに歩き出した俺。そんな俺を、

「脊髄反射か、脳を介せばか」

そう言って自身の力で止める七森。苦笑いをしている瞬くんも含め、全員が混乱に陥っているなか、雪さんだけは、

「ははは」

と適当な笑いを見せていた。

「あっ、柊先生」

『えっ』

瞬くんの言葉に全員の視線が入り口に集まる。そこにはもちろん先生がいた。俺は反射的に立ち上がり、先生の目の前まで歩みを進めた。

「先生、一発殴らせてください」

「ん?」

もちろん先生は意味が分からないという顔をしていた。俺が拳を作ると、先生は両手で口元を覆った。

「これってまさか……愛のムチってヤツ?」

「頭イカれてんのか」

「もしくは世に言う反抗期……!!」

「歯ア食いしばれ」

「やっ、柳瀬落ち着いて!」


***


「で、報告書の作成は終わったんですか」

「……うん!」

「終わってないですよねさっさと行け」

「んも〜なんで今日の颯真こんなに冷たいの〜?」

「あー、まぁいろいろあって……」

「いろいろって?」

「僕のせいです。柊先生との特訓についての話をしていて、昔の特訓を思い出して……。すみません……」

「先生、今柳瀬に敵認定されてるんじゃないかな」

「はぁ〜?僕が瞬になにをしたっていうのさ!」

「暴行よ暴行。パワハラしている本人は自覚がないっていう話も聞いたことあるし、アンタもそのうちのひとりだったんでしょ」

「パワハラァ?どうして僕がそんなことしなきゃならないのさ」

「特訓にかこつけて日頃のストレスを瞬くんで発散していたんでしょ。性格悪いですよ」

「ちょっと待って、僕そんなことしてないよ、瞬だからあそこまでしたんだ」

「えっ、僕だから?」

「……どういう意味ですか」

「ほら、瞬は小さい頃から才能があったでしょ?もともと才能があったけど、風属性のプロに教われば教わるほどその実力は上がっていった。でも一般体術はそう簡単に身につくものじゃない。実力があっても一般体術がなぁなぁじゃ、いざというときに自分の身を守れないからね。早い段階で現場に出すことを決めていたから、それに間に合うように一般体術の実力を短期間で上げないといけなかったんだよね〜」

柊先生はそう言うと、颯真くんの唐揚げをヒョイとつまみあげ、それを一口で食べた。颯真くんはまた眉間に皺を寄せる。柊先生はその唐揚げをよく噛んでゴクンと飲み込むと、再び話し出した。

「ほら、瞬は七歳でこっちに異動してきて、九歳で現場に配属されたでしょ?ド素人の子どもをプロと一緒の現場にほっぽり出すんだから、こっちもそれなりに本気出して臨まないと」

「だからって、その七歳の子どもに殴る蹴るを当然のように行うのはどうかと思います」

「あー分かった、悪かったよ。でもよかったよ、飲み込みが早くて。おかげで九歳という異例の若さで初現場を完璧にこなすことができた」

「はい、それは本当にありがとうございます。柊先生のおかげで、ここまで強くなれたと思うので」

「え〜いいこと言うじゃん瞬〜」

「あはは……」

柊先生の言葉に苦笑いを返す。いただいたお粥をチビチビ食べていた僕に、柊先生は一瞬なにか言いたげな表情を見せた。気がしたのだが。

「あっ、柊さん、ここにいらっしゃったんですね……」

「うげ、面倒なのが来た……」

柊先生がその口を開く前に、眞部さんが医務室の扉を開いた。眞部さんは医務室に入ると雪さんに軽く挨拶をして柊先生に近づいてくる。

「お願いです柊さん、せめてこの多忙期には私の言うことを聞いてください。今回の報告書も前回の報告書も、前々回の報告書もまだ提出されていないと聞きました。内容を忘れないうちに早めに資料を作成してください。提出のみでしたら私やほかの眼人に押し付けても構いませんので。それと、携帯電話の電源は切らないでください。今から現場です。場所は九州支部、Aランクの火属性で、支部から少し離れたところで現在風属性の呪人が対応されています。早急に準備を……。お願いします柊さん……、この多忙期だけでいいので私の言うことを素直に聞いてください……」

困った様子、というか、もう半分以上うんざりしているような様子を見せる眞部さん。柊先生は眞部さんの言葉を聞いても現場に行きたくないのか一向に動く気配がない。口を固く結んで目も合わせない柊先生はまるで子どものようだった。そんな柊先生の頭が、その意思に反してグッと下がった。颯真くんの手によって。颯真くんは自分でも軽く頭を下げたあと、申し訳なさそうに声を出す。

「すみません眞部さん、すぐに準備させますので。携帯電話のことも言っておきます」

忙しなく動く眞部さんは、その後のことは颯真くんに頼んで医務室を出ていった。

「そぉまぁ、なんであんなこと言っちゃうのぉ、僕現場行きたくなぁい」

駄々をこねる柊先生の気分をなだめるように、颯真くんが優しく声を出した。

「アンタにしかできないことだから、眞部さんがあんなに必死にお願いに来るんです。俺たちじゃ対応できないから、眞部さんが電話をしてくれるんです。早く現場終わらせて、俺たちに武勇伝聞かせてください。あと、さっきの態度は謝ります。すみませんでした」

柊先生は颯真くんの言葉に唇を尖らせながら頷くと、医務室を出た。素直に現場に向かうようだ。

あそこまで饒舌な眞部さんは初めて見た。あんなに必死な眞部さんを見ると、ここでボーッと座っている自分が情けなくなる。

「ん、はいはい」

雪さんの携帯電話が音を立てる。それに出た雪さんは、何度か頷き、電話を切った。

「悪いね、出張に行ってくるよ。ここは自由に使っていいから」

僕たちが返事をする前に、雪さんも医務室を出ていった。


***


「んん"っ……ふぅ……」

寝起きでガチガチになった体を伸ばし、筋肉をほぐす。周りを見ると、あれ、と声が出た。

「だれもいない……」

昨日まで騒がしかった医務室には、だれもいなかった。帰っちゃったのかな、と少し悲しくなる。一時を示すアナログ時計を見て、食堂に行こうと布団から足を出した。

「あら、起きたのね」

ひんやりとする外気に触れた足を床につける前に、医務室の入り口からする声に気付いた。七森さんだ。

「七森さん、おはよう」

トレーを持っている七森さんはその扉を開けたところで、僕はそのトレーを代わりに持つために入り口に向かった。のだが。

「えぇ。あ、こっちはいいから、机をお願いできるかしら」

「あっ、うん」

辿り着く前にそう言われてしまった。昨日のようにベッドに机と椅子を用意する。そんな最中、七森さんに質問した。

「あ、あの……颯真くんと、瀧田くんは……」

「あのふたりなら現場よ、中国支部って言ってたかしら。心配しなくてもすぐに戻ってくるわ」

「そ、そっか」

よかった、と思った。僕がいやになって帰ったわけじゃなかったんだ。

「……。とりあえず、ご飯でも食べましょ。おばさまには軽食を頼んだんだけど、おかゆのほうがよかったかしら」

「あ、ううん。食べられるよ、ありがとう」

「そ。じゃあいただきましょ」


***


第八話【 焦がれて 】


***


「おい、お前本当に来て大丈夫だったのかよ」

「え?どうして?俺は大丈夫だよ。柳瀬こそ大丈夫?休まなくて大丈夫だった?ほら、諸伏くんもまだ寝てたし」

「俺のことを心配するくらいなら現場に集中しろ馬鹿」

「んもーまた柳瀬はそうやって……おっと、危ない」

「だから言っただろ、気をつけろって。対象は水属性、対処は俺、補助は頼んだ。怪我人が出たらそっちを優先してくれ」

「分かった、気をつけてね」

「ん、行ってくる」

祟人はBランクの水属性。初めは瀧田を対処に当てるつもりだった。のだが、もちろんそれは瀧田に断られた。

「クッソ、なんでアイツは毎回引くんだよ……」

アイツは知っているはずだ。火属性は基本的に現場での対処には向いていない。特に俺は、最初から呪説を唱えなければ祟人と対峙できるほどの技量がない。どちらかといえば、能力を使った戦いより近接格闘のほうを得意としている。

「さっ……えっ?」

「よっしゃ!」

俺が呪説を唱えようとすると、祟人が一瞬フラつくような動きを見せた。そしてその直後、後方から分かりやすく喜んでいる男の声が聞こえる。もちろん瀧田だった。

「なにして……」

瀧田は親指と人差し指を立てた右手をチラチラと横に振った。そして笑顔で答える。

「俺最近、先生に射撃術教わってんの」

「射撃術……」

「そっ、柳瀬は?」

「俺?俺は……」


***


『颯真、ちょっと新しいことをやってみようか』

『新しいこと……なんですか』

ある日の特訓で、先生に言われた。すでにボロボロな状態の俺に放つ言葉ではないことは分かった。

『うん。これから颯真に練習してもらうのは、弓術だ』

『……キュウ、ジュツ』

『そう、弓術。つまり弓の技術だね』

わけが分からなかった。技術はともかく、道具もないのにどうやってそんなことを。

『できませんよ、知ってますか?それを得るためにはまず道具から準備しないと』

『道具は必要ない。きみがそれを生成するんだから』

『……え?』

実際の現場では使ったことなんてない。練習も数回した程度だ。上手くいくはずがない。

「ふう……火箭」

呪説を唱えると、現れた火が少しずつ形を成していく。俺の身長を遥かに超える大きさの弓と矢。それが生成されると、祟人に目を向けた。祟人はこれを初めて見るのか、わけの分からない様子で動きが止まっている。こちらとしてはありがたい。

深呼吸をしながら目一杯に弓を引く。狙いを定め、右手を弓矢から離した。放たれた火矢は祟人に命中する。痛みを感じたのか、その矢に手をかけようとするが、それは俺が作り出した火矢だ。触ることはできない。矢が突き刺さった胸元から祟人の体全体に少しずつ火が広がっていく。その熱さに耐え切れなくなったのか、祟人は地上に落ちていく。俺はその手を掴んだ。指を鳴らす。そうすれば火矢はもちろん、祟人の体中に広がっていた火も鎮火する。わー、と間抜けな声とともに拍手をする瀧田に祟人を頼んだ。

「柳瀬すごい、俺こんな技初めて見たよ」

「初回でこれだけできれば上等だろ……帰ろう」

「だな、柳瀬体の力抜いていいよ、俺のに乗って」

「ん……頼む……」

いつもの呪説を使うより体力の消耗は少ない。だが今回は、初めての弓術を使ったということでいつもより気を張っていたのだろう。運動量は少なかったのに疲れが押し寄せた。俺は瀧田に体を預けると、瀧田はそんな俺を見て静かに頭を撫でた。


***


「ただいまー。あれっ、雪姉さんは?」

「ん、おかえり。まだ帰ってきてないわよ。ソイツは?」

「柳瀬は今日新技使ったから疲れちゃったの」

「ふぅん、新技ね」

「瀧田くんお疲れ様。颯真くんベッドに寝かせる?」

「うん、ありがとう」

医務室には、まだ雪姉さんは帰っていない様子だった。柳瀬をベッドに寝かせ七森と諸伏くんと話をしていると、廊下が少し騒がしくなったことに気付いた。

「倉田は」

「いえ、まだ目が覚めていないようで」

「どこにいる」

「東北支部です。陸路で連れて来るのがいちばん簡単な手ではありますが、──────」

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