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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第三章

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第七話 寝ても覚めても

『諸伏さん、近畿支部の安藤です。怪我人が出たため支部の医務室までお願いします』

『諸伏さんお疲れ様です。東北支部の谷口です。こちらで風属性の祟人が出ました。来ていただけますか』

『お疲れ様です。四国支部の清水です』

『お疲れ様です諸伏さん。北海道特設部の高橋です』

『諸伏さん』

『お疲れ様です』

『諸伏さん』

『諸伏さん』


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


だれかが僕を呼んでいる。僕の力を必要としている人が、僕の名前を呼んでいる。助けに行かないと。助けに行かないといけないのに、どうして体が動かないのだろう。あぁ、そういえば僕、柊先生に顔を殴られて、そのあと気絶までさせられて、それから……。

「ん……?」

違和感を覚え、声が出る。目を開けると、目の前が眩しくてたまらなかった。

「あ、諸伏くん起きた!」

「瞬くん、よかった、目が覚めて」

「ん、ほんとだ。この人こんなに寝れるのね」

「半分気絶だけどな〜」

視界いっぱいに、見覚えのある天井と、僕を囲んで心配そうな表情を見せる颯真くん、瀧田くん、七森さんの三人。ここは、医務室?

「あれ……」

喉が枯れていた。上手く声が出せない。頭がふわふわしている。

「おやおや、目が覚めたかい」

三人の奥にマグカップを持った雪さんが見えた。雪さんは机にそのマグカップを置くとこちらにやって来る。起き上がらなきゃ。

「あぁ、そのままでいい。気分はどうだい?」

「あ……だいじょ……」

「喉は乾いているかい?乾燥するこの時期だ、一応加湿器はガンガンに回していたのだけどね」

「え、と……」

「凪沙、颯真。体を起こしてやりなさい」

「はい」

「任せて!」

「梛桜は水を持ってきてくれるか」

「えぇ」

颯真くんと瀧田くんが僕の背中に腕を入れる。ゆっくり体を起こすと、七森さんから水を受け取った雪さんは、起き上がった僕の口元にそのコップをやった。されるがままな僕の様子を見た雪さんは、口を開けた僕に水を入れた。

「んっ、う……」

おかしな感覚に襲われた。口に含んだ水を飲み込むことができない。すべて口からダラダラと流れ落ちてしまう。こぼれた水は毛布の上にボタボタと落ちる。瀧田くんと七森さんがそんな様子を見て慌てていた。雪さんはすぐにタオルでその布団を拭き、颯真くんは僕の顔をティッシュで拭いた。僕は頭が追いつかずに反応することができない。ただ、みんなに迷惑をかけていることは分かった。

「すみませ……」

一度水を口に含んだことで少しは喋りやすくなったようだった。先ほどよりスムーズに声が出る。

「謝ることはない。食欲はあるかい?」

「いえ……」

「そう。まだ眠いようだったらもう少し寝ていなさい。もう充分休んだのならお前の相手はこの子たちがしよう」

「あ、いえ……僕、現場に」

「柊から、起きてから一週間はここから出さないよう言われているんだ。大人しく寝ていなさい」

「あ……」

理解はできなかった。でも僕のやりたいことができないということは分かった。

「じゃあ……もう少し、寝ています……」

あまり眠くはなかったけれど、もう少し頭を整理したい。僕は雪さんに頭を下げて、颯真くんと瀧田くんの力を借りながら横になった。七森さんが布団をかけてくれる。

もう眠くないと思っていた。でもすぐに意識が途切れた。


***


第七話【 寝ても覚めても 】


***


「疲れている、とは少し違いますよね」

瞬が寝息を立てると、ベッドの近くに置いた椅子に腰掛けた颯真が言った。私に話しかけているのだろうが、その視線は変わらず瞬にある。

「そうだね。瞬はそう感じていないだろうが、疲労のほかに、ストレス、睡眠不足、栄養失調などの影響を受けているだろう」

「栄養失調……でも、瞬くんは現場後に毎回食事を取るって以前……」

「それは今よりもずっと余裕があった頃の話だろう。現場能力だけでなく治癒能力にも優れている瞬は、怪我人が多発している今の時期、日本の端から端への移動が毎日あるほどに必要とされていたらしい。現場後に少しでも余裕があれば、三十分でもベッドに入っていたそうだ。トイレの中で寝てしまっていたという話もある。今の瞬の体がいちばん欲していたのは、食事より睡眠だったんだよ」

「なるほどね。限界突破すれば空腹はあまり気にならなくなるし、正直あたしたちは食事なんかしなくても当分は生きていけるわけだし」

「たしかに。諸伏くん、前会ったときに比べて少し痩せたかも」

「やっほー!瞬が起きたってホントー?」

「げっ、うるさいのが来た……」

「どこからその情報嗅ぎつけてきたんですか」

「瞬はもう寝た。早く出ていけ」

「ドンマイ先生」

「え〜ちょっと瞬起きてよ!僕にご挨拶は!」

「ちょっと先生やめてよ!せっかくなんだから寝かせてあげようよ!」

「え〜やだやだ!瞬のご挨拶聞いてから現場行く!」

「現場入ってるんだったらなおさらここにいちゃダメじゃん!早く現場行って!」

「やだやだやだやだ!」

「んもぉ先生!!」


***


「そうなんです。最近は以前より現場が減ってきて。でもその分、ほかの人に回っているんだと思います」

「最近あたしたち、三人揃って怪我だったり体調不良だったりが多かったものね」

「だな〜、やっぱりそれのせいなのかな」

「俺はそうだと思ってる。祟人の出現数はあまり変わってないだろ。その証拠に、瞬くんがこんなになるまで働かされている」

「颯真たちが責任を感じることではない。大人の判断がそうしているんだからね」

再び目を覚ますと、またみんなの声が聞こえた。あぁここ、本当に医務室なんだ。覚めたばかりのはっきりしない頭でそう考えた。

「あぁ瞬、起きたか」

雪さんは、まだ目を開けていないその状態の僕に声をかけた。一体なぜ分かったのだろう。

「ん……はい……」

ゆっくりと目を開ける。人工的な光が目に入った。もう夜になってしまったのか。

「今、何時ですか……」

「夜の八時だね。よく眠れたかい?」

「はい、だいぶ……」

体を起こそうとすると颯真くんと瀧田くんが手伝ってくれた。七森さんが持ってきてくれた水を飲む。今度はしっかりと飲み込めた。

「食欲はあるかい?」

「まぁ……」

「お粥でも作ってきてもらおう。みんなで取りに行ってくれるか、三人もここで食べるといい」

「え、いいんですか」

「じゃあ持ってくる!」

「行ってきまーす」

三人が医務室を出ると、雪さんがこちらにやってくる。ベッドのそばに置かれている椅子に腰掛けると、僕の額に触れた。

「昼頃に一度目を覚ましたのを覚えているかい?」

「あ、まぁ、はい……一応」

「夢心地だっただろう。瞬が再度寝たあと、颯真が心配していたよ。疲れているとはちがうだろうって」

「……」

「心配することはない。今の瞬の様子を見て颯真も少しは安心したようだったよ」

「はい……」

「昔から比べるとマシになったようだが、今でも相変わらずだね」

「え?」

ポカンとする僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた雪さんは、静かに笑って言った。

「自分を粗末にするその癖だよ、少し前の颯真を見ているようだ」

「颯真くん……ですか?」

「瞬も知っているだろう、颯真の過去を。過去が過去だからね、いつ死んでも未練なんてものはない。そう考えていたから自分が祟人を対処するとき、かなり無茶な方法を取っていたらしい。一歩間違えれば即死の危険な方法を」

知らなかった。颯真くんがそんなふうに現場をこなしていたなんて。でも。

「今は、ちがうんですね」

雪さんの口ぶりから、今の颯真くんはそんなふうに危険な方法で対処しているわけではないと分かった。

「あぁ、そうだよ。なにがきっかけだったのかは知らないけれどね。凪沙から受けていたそんな相談が突然なくなったのがその証拠だ」

一度、医務室が静寂に包まれる。僕は雪さんの言葉になにも反応できなくなるし、雪さんもなにも言わなくなった。

「雪姉さーん!おかゆ持ってき、ぐぁっ!」

「馬鹿、今そういうタイミングじゃねぇだろ」

しばらくすると、三人がトレーを持って戻ってきた。元気よく医務室の扉を開けた瀧田くん。そんな瀧田くんの首に腕を回しその動きを抑制する颯真くん。そして、そんなふたりの様子を少し離れたところから冷ややかな目で見ている七森さん。颯真くんは瀧田くんの首に腕を回したままペコッと頭を下げた。

「すみません雪さん、出直します」

「ははっ、その必要はないよ。特別な話をしていたわけではないさ。入っておいで」

「あ、はい……」

雪さんのその言葉を聞いて首から腕を解いた颯真くん。颯真くんから解放された瀧田くんは、ハーッと大きな深呼吸をして医務室に入ってきた。ナチュラルに颯真くんのトレーを受け取った瀧田くんは雪さんの机に一度そのトレーを置いた。瀧田くんにトレーを渡した颯真くんは七森さんのトレーを受け取る。七森さんは少し不服そうな顔をしながら医務室に入った。

「アンタたちがたまにするあたしへのその女の子扱い、地味にムカつくからやめてほしいんだけど」

「あ?」

「なにそれ、女の子扱い?」

「無自覚かよクソ」

「コラ七森〜そんな汚い言葉使っちゃダメだよ〜」

「そうだぞ、もう少し綺麗な言葉を使え」

「そういうところだよ……!!」

三人のそんなやり取りを見て、やっぱり羨ましくなった。僕には、こんなやり取りができる友だちなんていないに等しいから。

「机を出すから、凪沙と颯真は手伝ってくれるか」

「はーい!」

「はい」

僕のいるベッドに、机が設置された。


***


「お前、さっきから思ってたけど足痛めてるだろ」

「え?」

食事を取り始めて数分後、颯真くんが瀧田くんに言った。瀧田くんはその足を少し隠すような動作を見せる。

「せっかく医務室にいるんだから、診てもらえ」

「え、いやいいよ、べつに痛くないよ」

焦った様子でご飯を掻き込んだ瀧田くん。だれがどう見ても怪我をしていると言っているようなものだった。

「今日は柊と特訓だって言ってなかった?そのときじゃないの」

「雪さんすみません。瀧田の足、診てもらえますか。怪我しているみたいで」

「だ、だからいいって、本当に大丈夫だから」

「いいから大人しく診られとけ。どうせ大丈夫じゃねえんだろ」

「にしても、けがしたら自分で治せばいいじゃない。そのための治癒能力でしょ?」

三人がそう話している間に、雪さんが瀧田くんのズボンを少しめくる。拒否していた瀧田くんも大人しくなった。

「捻挫か」

雪さんが、そうボソッと放った。覗き見るとその足は紫色に変色し、少し腫れているようにも見えた。

「しばらくは運動を控えなさい。ジム程度の運動もだ。テーピングをしておくから、剥がれたらまた来なさい。氷嚢を貸しておくから痛むようだったら冷やすこと。いいね」

「はい……」

雪さんに言われた瀧田くんは、そう素直に頷いた。

「で?一体どんな特訓すれば、そんな捻挫なんかしちゃうのよ」

「いやぁ、今日は一般体術で相手してもらってたんだけど、最後の背負い投げでちょっと……」

「お前本当、先生と対峙してよく医務室送りにならなかったな」

「いつも思うけど、柳瀬はいつもどんな特訓を受けてるの……」

「……べつに、俺がギブって言うまで……それか、先生が危険だと思うまで、普通に特訓だよ」

「アンタの場合どちらかと言えば後者でしょ」

「うるせえ」

「図星なんだ」

「……うるせえ」

「諸伏くんはどんな特訓受けてたの?」

「あ、それ気になるかもー」

「えっ、僕?えーっと……た、立てなくなるまで、殴られる……」

『……は?』

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