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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第一章

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第五話 少年よ、助けを知れ

「ん、颯真起きた」

「起こしてしまいましたか」

「えっ、眞部さん?」

「はい、医務室まではもう少しですのでもうしばらくお待ちくださいね」

「え、いや、でも、俺大丈夫です。歩けますから」

「颯真〜甘えられるときは甘えな〜、お前はそういうとこ覚えなね〜」

「は、はあ……」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


規則的な振動、体に伝わる人の温かさ、そして耳馴染みのある人の声。心地の良いそれに目が覚める。気を失っている間に眞部さんにおぶられて医務室まで移動していた俺は先生の言葉に従い、目を覚ましてもそのまま眞部さんの背中の上にいた。医務室に着き、ベッドの上に腰を降ろす。

「すみません、軽いわけでもないのにありがとうございます」

「いえ、これくらい。お怪我の具合はどうでしょう」

「ああ、大丈夫です。これくらいなら現場にも行けます」

「ん〜……」

俺の言葉に耳を疑う先生はこちらをじっと見つめる。その目に力が入っているわけではないので動きが抑制されることはないが、なんだかこの目は苦手だ。すべてを見透かすような綺麗な目をしている。

「うん、思ったより傷の治りが遅いね。明日までは安静にしていよう。僕のせいだし、上には僕から話しておくよ」

「いや、大丈夫ですよ。痛みはあまり感じないですし」

「痛みは感じなくても傷はあるんだよ、動いたら痛みはひどくなる。その前に完治させよう」

先生の言葉には頷くしかなかった。そんな俺の口にガッと指を入れた先生は、その口の中を見た。口に指を入れたその瞬間、ビリッと痛みが走る。

「うん、ごめんね。今更だけど口ん中綺麗に切れてるねぇ痛そぉ」

「ほれやっはのあんらら」

「ヒヒッ、僕がやったって?ごめんごめん」

そう笑った先生は口から指を外した。

「眞部、お前明日まで颯真のこと見とけ」

「かしこまりました」

「は、なに言ってんですか、俺のこと見てたら眞部さんの仕事が進まないでしょ」

「だから眞部も明日までは仕事しなくていいって言ってんの。明日までの仕事は全部ほかのやつに回すからお前も休め。お前最近いつもよりクマひどいしタバコ臭い。疲労とストレスに対処する方法タバコしかねぇのかよ」

「申し訳ございません。ですが医務室でできるような事務的なお仕事はいたします。すべてを任せるわけにはいきませんので」

「いいっつってんの。颯真のついでにお前も寝ろ」

「……かしこまりました」

眞部さんが先生の言葉に頷いたとき、カーテンの仕切りをその目で開けた。

「柊さん、日常生活でその力を使うのは控えてください。少しずつですが疲労は蓄積していきます」

「こんな一瞬のために動くほうが面倒じゃん。お前よりはマシだよ」

眞部さんの忠告も聞かずに先生はまた眞部さんに力を使う。目に力を入れて眞部さんをベッドの上まで運ぶと、満足したように医務室を出ていった。

「荒療治ですね……」

まったく賛成だ。


***


「柳瀬!また倒れたってほん、と……」

先生の知らせを受け、焦りを感じながら医務室に走る。躊躇なく医務室の扉を開けると、眠る柳瀬の隣には眞部さんがいて、柳瀬の首元まで布団を掛けていた。

「あ、あれ、眞部さん」

「あぁ瀧田くん。柳瀬さんはつい先ほど眠りにつかれましたよ」

「あ、ほんとですか」

医務室の中まで入り、柳瀬の近くまで行けばすやすやと寝息を立てている柳瀬がいた。柳瀬に顔を近づければ近づけるだけ濃くなる血の匂いに顔が強張る。

「柳瀬、血出したんですか」

「はい、口の中を切ってしまったようです。ですが今は大丈夫ですよ」

眞部さんによると、柳瀬は今特訓の疲れによって眠っているだけだという。意識を失っているわけではないと知って、そっと胸を撫で下ろした。

「眞部さんはずっとここにいたんですか?」

「はい、お恥ずかしいことに柊さんから休むよう言われまして、明日までお休みをいただいております」

「へぇ、柳瀬も明日まで?」

「はい、そうですね。柳瀬さんは特に怪我の状態にもよりますが、一応明日までは休むよう言われております」

「眞部さんがいるなら安心ですね」

俺たちが話している間も、柳瀬は目を覚ます様子はない。このままここにいても眞部さんの気が休まらないだろうと俺は部屋に戻ることにした。

「じゃあ眞部さん、柳瀬のことよろしくお願いします」

「はい、かしこまりました」

最近は柳瀬の体の不調が続いているような気がしてならない。遅れている四半痛もそうだが、最近の柳瀬の体の不調は著しい。体の不調が続けば祟人になる可能性が高くなるという研究結果もあるから尚更だ。

「お、凪沙〜颯真どうだった?」

「あ、先生。うん、柳瀬は大丈夫そうだったよ、ぐっすり寝てた」

俺のその反応と声にイマイチ納得していないような先生は、一度そうかと頷いたあと言葉を続けた。

「うん、そっかそっか。凪沙は優しいね。でもそんなに心配しなくても颯真はまだ祟人にはならないよ」

「えっ、なんで」

「うんまぁ、自分の受け持つ子どもたちのことくらい分からないとね」

「……柳瀬、四半痛が遅れてるのも含めて最近体の調子悪いのなんでだろうなって考えたら、祟人になる可能性しか出てこなくて」

「凪沙が心配する必要はないよ。酷なことを言うけどね、なってしまえば今までの関係なんて言ってられないからね」

「……うん、知ってる。知ってるからこそ、心配なんだよ」

「凪沙は知っているだけで理解っていないことに気付かないといけないね」

難しいことを言った先生は俺の頭をクシャッと撫でてどこかへ行ってしまった。


***


第五話【 少年よ、助けを知れ 】


***


颯真はきっと、施設に住んでいる人間の中でも一、二を争うほどのツラい人生を送ってきた。それは颯真の教師であり、叔父でもある僕しか知らない事実だ。今までそういった事実は公開を控えていたけれど、そろそろ凪沙や梛桜に教えなければいけないかもしれないなと、今回の凪沙の反応を見て少しの危機感を覚えた。

「お、ふたりしてグッスリだねぇ」

颯真と眞部のいる医務室は施設内とは思えないほど静かだった。時間的にはもうすぐで昼食の時間。颯真は特に口の中を切っているから、一応食欲があるか聞いてから昼食を持ってこようと思っていたんだけど、これだけグッスリ寝ていれば起こすのが億劫になる。眞部はともかく、食事なら颯真は殴ってでも起こせって怒りそうだし、良心は痛むけど叩き起こしてあげよう。

「颯真〜眞部〜昼飯だよ起きろ〜」

ピクッと少しの反応を見せた颯真は、んん、と唸り声を上げながら布団を被った。一方、眞部は一切起きる気配がない。コイツ、実は相当疲れてたな。

少しは意識があるらしい颯真だけを起こすことにして、頭まで布団を被った颯真に近づく。その布団を少し持ち上げるとスヤスヤと寝息を立てる颯真が眉間に皺を寄せた。眩しさを遮るために体を丸めて頭を隠すが、そうはさせない。颯真の脇に手を入れ、無理やり体を起こして座らせた。それでもなお、目を開けようとしない颯真にやっと声をかけた。

「颯真〜昼食べに行こ〜。口ん中もう大丈夫〜?」

僕のその声に少し目が覚めた様子の颯真は、うっすら目を開けると寝起きの低い声でつぶやいた。

「だいじょうぶです」

「声ひっく、昼飯食べる?」

「たべます」

「よ〜し、じゃあ行こ〜」

寝起き悪い颯真って可愛いよね。


***


「あ、柳瀬、おはよ〜」

「はよ」

食堂に着く頃には颯真の目もパッチリ覚めたようで、いつものような対応を凪沙に向けた。その隣には梛桜もいる。

「口を切ったって聞いたけど、もう大丈夫なわけ?」

「大丈夫だ」

「んまっ、完治してはないけどね〜」

「あっ、先生もいたんだ」

「ずっといたよ〜……」

「じゃあ先生も一緒にご飯取りに行こ〜」

凪沙と梛桜は先にふたりで食堂に来ていたようだけど、まだ食事は取っていなかったようだ。四人で昼食を取りに向かう。

「あら颯真ちゃん、もう怪我は大丈夫なの?」

「大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」

食堂のおばさんは情報が回るのが早い。まだ呪人でも知らない情報をよく仕入れているので、裏の情報屋と言われているという噂もあるほどだ。

「おばさんいつもそんな情報どこから仕入れんの」

「おばさん?」

「……お姉さん」

「女の勘みたいなもんよ〜」

「へ、へぇ」

僕が食堂のおばさんとそう会話しているうちにも子どもたちは先に進んでいく。

「ちょっと〜、僕を置いてかないでよ〜」

「ああ、すみません」

「先生早く〜」

「はいはぁい」

子どもっていうのは僕たちが思っているよりも成長が早い。颯真も凪沙も、少し前まではあんなに小さかったのに。


***


「って感じで、統計的に見ると祟人の出現が多くなる時期は今からだ。実際、今月に入ってから祟人の出現が多くなっている。そして次に気を付けないといけない時期は九月ごろ。これはまだ先だから今はいいかな。正直、九月に入ってからの祟人のほうが力は強い傾向にある。今月はとにかく数が出るって感じかな」

「たしかに、今までに比べると多いかもな〜、一日に三回現場に行く日もあったし」

「厄介ね、祟人が出るたびに呪人が減っているんだもの」

「おっ、梛桜いいこと言うね。祟人はもともと呪人だ。祟人が出るということはそれだけ呪人が減るということ。そしてその祟人の力が強くなればなるほど、それを対処する呪人の犠牲も増え、前線で戦うことのできる呪人が減っていく」

「負の連鎖だな……」

今日の授業は柳瀬を除くふたりで受けることになった。柳瀬は昼食後、先生に言われて渋々医務室に戻っていった。

「先生、そもそも呪人ってなんで生まれたの?昔はそんなのなかったって聞いたけど」

「うん、それは今でも分かっていないらしい。突然変異だって言う専門家がいれば、ウイルスかなにかに感染して生まれたって言う専門家もいる。ともあれ、僕たちは今呪われた存在であることには変わりない。歴史的差別用語を例として出すと、昔は穢多や非人なんかのように、政府が合法的に差別をしてもいいという存在を作る必要があった。でも、今はそれがない。なんでかっていうともちろん、僕たちのような呪人がいるから。呪人は、いわば神様が合法的に差別をしてもいいと人類に与えた存在なんだよね」

「実際に言われているものね、呪人の別名」

『右腕の判子注射、呪われたヒト』

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