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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第二章

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第二二話 自覚する最期

「柳瀬おはよ〜」

「ん、はよ」

「七森四半痛来たって」

「そうか」

「なんかめっちゃ悔しそうだった」

『クッソ……悪い、しばらく頼む……』

「……ッはは、そうか」

「わ……」

「ん、……なんだよ、そんなにジロジロ見て……」

「いや……柳瀬ってそんなふうに笑うんだなって」

「はあ?」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


七森が四半痛となり、現場に出れるのは俺たちだけとなった。

「はい、ありがとうございます。すぐに向かいます」

「次?」

「ああ、行けるか」

「俺は全然平気。柳瀬こそしんどくない?」

「俺は大丈夫だ」

「そっか」

本日二件目の現場。一件目の現場が終わり次第すぐに向かった。

「対象は風属性。対処は瀧田、保護誘導は俺だ。あまりランクは高くないが、気を緩めるなよ」

「おうね、気を付けてね」

「ん」

地上に降り、一般人に避難を促す。一般人も連日の祟人騒ぎに慣れてきたのか、俺の指示通りに速やかに動いた。

祟人と戦う瀧田の様子を見る。まだ少し時間がかかりそうな様子に俺も手伝おうかと体を浮かすが、火属性の呪人が風属性の祟人の対処で役立てることなんてほとんどない。むしろ対処するために火を放ったらその火を利用される可能性が高い。俺は保護誘導に徹するべきだと判断して怪我を負った人や逃げ遅れた人がいないか周りを見て回る。そのとき、建物の陰から男がふたり出てきた。

「あっれ、だれもいないじゃん。なに?避難訓練?」

「なに言ってんだよ、んなわけねぇだろ」

ふざけながら出てきたふたりは俺に気付く。

「あ、オニーさーん。なんかあったンスかね?」

「……ああ、祟人が出たので避難をお願いします」

ニヤニヤと不気味な笑みを乗せて俺に近づくふたり。避難を促したのにそれに従う素振りは見せない。ふたりのうちのひとりが持っていたバッグからナイフを取り出した。あれ、一般人ってナイフ持ってたっけ。その瞬間、空気が薄くなったように感じた。

「っあ……?」

「ハハッ、なんだ、こんなに簡単ならさっさと殺しときゃよかったな」

「な〜。呪人なんていなくてもいいんだよ」

「あ"、あ……」


***


第二二話【 自覚する最期 】


***


俺に近づくふたりの一般人。その様子はあまりにもおかしかった。なぜヒトケのない建物の陰から出てきた?なぜほかの一般人へ避難を促した俺の声が聞こえなかった?なぜ俺の言葉を聞かずに近づいてきた?そして、なぜ、ナイフを持っていた。

きっとひどく疲れていた。いつもならなにか違和感を覚えた時点で距離を取っていたはずだ。俺は、自分で自覚している以上に疲労が蓄積していた。それはもう、正常な判断ができなくなるくらいには疲れていた。

首が圧迫されたような感覚がした。でも、それだけじゃなかった。息ができない。吸った空気が肺に届く前にどこかから出ていくような感覚。口の中は血の味がして、血生臭い匂いが鼻を抜けた。まさかな、と思い、その首元に手をやった。鋭利な刃物の感触を覚えるが、その先端は首元に辿り着いても触ることができなかった。あれ、これ、刺されてる?

「あー痛いかぁ。呪人でも痛みは感じるんだなぁ、人の皮を被った呪われ物のくせに」

ああ、これヤバい。そう思った瞬間にはもう遅かった。いつの間にかうしろに回っていたもうひとりが俺の背中にナイフを刺した。

「か……」

あまりの痛さに声も出なかった。体に力が入らなくなる。が、膝から崩れ落ちるよりも前に、喉元にナイフを刺した男が横に力を入れた。肉がブチブチと破れる音がする。耳の中で痛く響いた。ナイフを引き抜いた男はまた勢いよく俺の腹にナイフを刺す。

なるほど、俺はここで死ぬのか。

真っ白になった頭の中でその考えだけが頭に浮かんだ。走馬灯なんて、見えやしなかった。それでも視界はスローモーションになる。膝から崩れ落ち、ナイフを腹と背に咥えたまま倒れた。

笑いながらその場を去る男たち。その男たちの手には手袋が嵌められていた。

アイツら、殺す気満々だったんじゃねえか。あークソ、いてえ。


***


「柳瀬〜!対処終わったよ〜!!」

いつもならすぐに返事があって俺たちのところまで来る柳瀬。でも今回はどれだけ待っても柳瀬が来ることはなかった。地上でなにかあって力尽きてしまったのかと回ってみる。

「柳瀬〜!対処終わったよ〜!帰ろ〜!!柳瀬〜!やな……柳瀬?!」

やっと見つけた柳瀬は血だらけになって倒れていた。

「柳瀬!!」

柳瀬のお腹と背中にはナイフが刺さっていた。顔から血の気が引く。まさかと思い、柳瀬の首元に手を当てる。かろうじてではあるが息はある。

「首……」

お腹と背中のほかに、喉元にも傷があった。しかもこっちのほうが出血量が多い。ヤバい、たしか呪人は血がいっぱい出ても死ぬんだよな。

先生の授業を思い出してさらに焦る。今回の現場は関東本部管轄内でなかった。つまり、対処した祟人の保管作業を一度支部に戻って完了させてから本部に戻る必要があった。時間がない。それなのに、場所が少しちがうだけで時間がかかる。柳瀬を助けるためには一刻も早く関東本部に戻らなければいけない。


***


「俺が見つけたときには、もう……こんな状態で……」

「一応息はしているし、傷口は塞いでおいたから特別慌てる必要はないと思うけど……息は辛うじてっていうレベルだし、体も冷たい。正直、もしものことがあっても仕方ないで済んじゃう可能性は高いよ」

「……そう、なんだ」

ここは関東本部。祟人を運び込んだ支部では、柳瀬の状況を見て対処済みの祟人の保管作業は請け持ってくれた。本部の医務室に向かえば、そこにはたまたま帰ってきていた諸伏くんがいた。諸伏くんに傷の処置はしてもらったけど、あまり期待はしないほうがいいということだった。

「……俺の、せい」

つい、そんな言葉が漏れた。

「瀧田くんのせいじゃないよ、仕方なかったんだ」

俺の言葉を聞いた諸伏くんが落ち着かせるために肩に手を置こうとしたのが分かった。

「……えっ」

でも俺は、その動作が分かった瞬間、諸伏くんの手を払い除けてしまった。

「あっ、ご、ごめんなさい……」

諸伏くんはすごく驚いた表情をしていた。すごく申し訳なくなった。申し訳なくて、自分に腹が立った。

「……僕、颯真くんがすごく羨ましく感じることがよくあるんだ」

「……え?」

諸伏くんがそう言った。諸伏くんが自分のことを話すなんて珍しいことだった。それも俺に。

「颯真くんって、すごく愛されてるじゃない?先生にも、雪さんや眞部さんや、七森さん。それに、瀧田くんにも」

「……」

「僕には同級生なんていなかったから、なんていうか、七森さんや瀧田くんみたいないつも身近にいる友だちみたいな人がすごく羨ましくてね。三人の中でも颯真くんは特にいろんな人からの愛をもらっていると感じたんだ。それに、そんな颯真くんに愛されている瀧田くんも羨ましかった」

「えっ、俺?」

「あははっ、そうだよ、瀧田くん。この前、瀧田くんの体に穴が開いて意識がなくなったことがあったじゃない?」

「あ、うん……あった」

「あのとき体の穴を塞いだのは僕だったんだけど、あのときの颯真くん、今までにないくらいすごく焦っていたんだ。声だけを聞けばすごく落ち着いているようだったけど、表情で分かった。僕は柊先生から聞いて、ある程度颯真くんの過去を知っていた人間だったけど、それでもあのときの颯真くんの表情は相手が瀧田くんだったから出たものなんだと思う。きっと、僕が同じような状態になってもあそこまで心配はされないと思うよ」

「え、そんなことない……」

「そんなことないと思うよね、僕も瀧田くんと同じ立場だったらそう言うと思う。でも一応、僕も小さい頃から颯真くんと一緒に過ごしてきた人間だ。それくらいは分かるって、言いたいな」

「あ……うん……」

静かに笑った諸伏くんに、俺はそう言うことしかできなかった。


***


あれから何日か経った。柳瀬のことはメディアに取り上げられるほど問題視されたけど、当の本人、柳瀬はいまだに目を覚まさない。柳瀬が目を覚まさない間に七森の四半痛は終わったし、ふたりで現場もこなしている。俺はずっと、柳瀬が心配で仕方なかった。

「オラ、ボケッとすんな。柳瀬が心配なのは分かるけど、心配しても目を覚ますわけじゃなし。今は体温も血圧も安定してるんでしょ?心配しなくてもきっと起きるわよ」

「うん……」

そうやって、七森に頭を叩かれるくらいには心配していた。

柳瀬が目を覚ましたのは、刺されたあの日から十日ほど経った日だった。

「柳瀬!!」

「……」

走ってやってきた俺を見てもなにも言わない柳瀬。声帯がやられたらしく、声が出ないとのことだった。

「柳瀬、ごめん……痛かったよね……」

喉元に触れ、その暖かさを感じると涙が出てきそうになった。そんな俺に、柳瀬は言った。

【大丈夫だ】

それは、俺たちが普段の授業で習っていた手話での言葉だった。雪姉さんの話によると、声帯は早くて二日、長くても一週間程度で治るらしい。

「かなり時間が空いてしまったからな、また凪沙に世話を頼むよ」

「うん、分かった……」

それからまた、柳瀬のお世話が始まった。


***


【先日、呪人が若い男ふたりに刺された事件。それに伴うデモ活動が現在も続いています。先日の刺傷事件からさらにその勢いが増していますが、呪人に怪我を与えた犯人はまだ見つかっていません】

珍しくテレビがついていた事務室。俺はここに眞部さんへの現場報告に来ていた。

「すみません、気が散りますよね」

「あ、……うん」

その頃にはもうすでに柳瀬の声は出るようになっていた。でもまだ現場に出られるほど体力は回復していない。今はほとんどの時間を自分の部屋で過ごしている。七森と現場報告を済ませると、俺たちは柳瀬の部屋に向かった。

「そういえばさ、この前食堂のおばさんたちにジュースもらったの。もう喉も治ったし、みんなで飲もうよ」

「アンタそれ結構前のじゃない」

「えへへ、ここんとこ忙しくてすっかり忘れてた」

「ジュースいただいたのか、あとでお礼言わねえとな」

「どれ飲む〜?」

柳瀬の部屋の冷蔵庫から三つのペットボトルを出す。三人で話しながらおばさんたちにもらったお菓子と一緒にジュースを飲んだ。


***


「いいですね、いい感じ」

「はい……っ」

約十日も意識を失っていた俺は、その間に失った筋肉を取り戻すための第一歩として日々リハビリルームに通っていた。筋力の低下によって再び立つこともままならなくなった俺は、まずは車椅子生活から脱却するぺく立つ練習をしていたその日。リハビリルームの外からこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

「柳瀬〜!調子どう!!」

もちろんそれは瀧田だった。しかもそのうしろにはもっと厄介な人を連れていた。

「やっほー颯真!調子どう!」

ふたりして同じこと言うんじゃねえ。

「……ここどこか分かってます?」

「リハビリルームだね!」

「声のボリューム間違ってますよ。……すみません、うるさいですよね」

「いえ、お構いなく」

リハビリの先生が優しくてよかった。

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