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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第二章

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第二十話 堕落カ、否カ

「ん……」

「あっ、起きた。柳瀬おはよ、体痛くない?食欲ある?」

「寝起きの人間に質問攻めするな。そもそもこの感じ、ちゃんと起きてるかも分からないじゃない」

「あ……ここ……」

「医務室よ。体は痛くないの?」

「ああ……」

「まだボーッとするんだったら寝ときなさい。今日の現場、ずっと気張ってたそうじゃない」

「いや、……ああ。じゃあ……」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


柳瀬はあれから、あたしたちのことを少し頼るようになった。そして、少し甘えるようになった。そんな柳瀬は以前より現場で全力を出すようになった。そして体力が底を尽きたら残りの後処理や報告はあたしたちに任せるようにもなった。

「柳瀬、成長したね」

「えぇ。ま、これによって前はどれだけあたしたちのことを信用していなかったのかよく分かるわけだけど?」

「あはは、まぁまぁ」

今回の現場でも全力を尽くした柳瀬は瀧田に体を預け、その腕の中で寝息を立てている。

「七森部屋戻る?それとも一緒に現場報告行く?」

「あたしも行くわ。瀧田ひとりに行かせるのはさすがに気が引けるし」

「ムリしなくてもいいよ、俺ひとりでも行けるし」

「いいっつってんでしょ。今日はどっちに置いておくの」

「部屋でいいかな。今日はとにかく力を使ったってだけだから」

「そっ。じゃあ部屋に置いてさっさと現場報告済ませましょ」

「だな」

柳瀬がこうなるのは大抵、保護誘導で一般人が危機に瀕した日か対処を担当した日。今回は後者だった。

「そう、今日も颯真が」

「安心しなさい。少しでも柳瀬の命が危ないと感じたら瀧田が風を操るわ」

「分かってるよ、きみたちのことはちゃんと信用している」

「どうだか。血は繋がってんだもの。それに加えてアンタ、相当な甥っ子バカじゃない」

「まぁねっ」

「ドヤるところじゃないわよ」

「じゃあ先生、現場報告はこれで終わり。俺たち柳瀬の部屋行くけど、先生も行く?」

「行きたいのは山々だけど、まだしなきゃいけないことが残ってるしやめておくよ。ふたりで行ってきな」

「はーいっ」

現場報告が終わったあとは、基本的に柳瀬の寝ている場所で柳瀬が起きるのを待つ。そこには起きてひとりだと不安になるかもしれないから、という瀧田の配慮があった。

「あら梛桜ちゃん凪沙ちゃん」

「おばさま!」

「おばさん!こんにちは!」

柳瀬の部屋に向かう途中、食堂で遅めのランチをしていたおばさま方に遭遇した。

「こんにちは〜。現場に行ったと聞いたけど、もう終わったのかしら」

「えぇ。さっき現場報告まで終わらせてきたの。今から柳瀬の部屋に行くのよ」

「あらそうなのね、じゃあ三人でこれ飲んで〜」

「え!いいのおばさん!ありがとう!」

おばさまにもらったのはペットボトルの清涼飲料水。ひとり一本ずついただいた。ありがたくいただいて柳瀬の部屋に行く。

「柳瀬起きたらどれ飲むか決めよっ」

ワクワクしたような声でそう言った瀧田は、柳瀬の部屋に置いてある冷蔵庫にそのペットボトルを入れた。


***


あれから一週間が経った。

「七森、瀧田知らないか」

「アンタが知らないのにあたしが知ってるわけないでしょ?」

「……そうか、見かけたら教えてくれ」

「はいはーい……」

奇妙なことに、ここ一週間呪人が何人か行方不明になっているらしい。関東本部で行方不明者が出るのは初めてだ。いや、まだ行方不明なのか分からないけど。

「ま、アイツのことだしすぐに顔出すでしょ」

でもその一時間後、あたしは柊に呼び出された。教室の前の廊下で柊が聞く。

「梛桜は凪沙がどこにいるか知ってる?」

「はぁ?だから、柳瀬にも言ったけどアンタたちが知らないのにあたしが知ってるわけないでしょ」

「梛桜も知らないの?どこ行ったかなぁ」

「なによ、例の行方不明事件にでも関係してるの?」

「関東本部からそれに似た被害者が出たのは初めてだ。正直、なんとも言えない」

「……そう。でも、アイツがこんなに長く姿を見せないの、少し怪しいんじゃない?」

「うん。なにごともなくひょっこり出てきてくればいいんだけどね。それともうひとつ問題が」

柊は神妙な顔をして教室の扉を開けた。

「……は?」

さっきからなぜ教室に入らないのか不思議に思っていたけれど、その扉の先にいた柳瀬を見て納得しつつ、そして同時に驚いた。

「な、なに……してんのよ」

「いや……俺もなにがなんだか……」

そう声を出した柳瀬が教室の中で宙に浮いていた。

「原因は分かってない。でも颯真が自分の意思とは関係なく飛ぶことができているということは、少なからず凪沙の意識が颯真にあるということが言える。ちなみに、梛桜は体浮かせられる?」

「え?あたしはべつに……浮けるわね」

いつもの現場のときのように意識を上に向けると体が宙に浮いた。ただあたしの場合、柳瀬と違って自分の意思で浮いたり地面に足をつけたりすることができる。

「ちなみにいつからなの?」

「ほんの十分くらい前からだ」

「ま、ふたりの様子から分かったことは、凪沙はきっとあまり遠くには行ってないってことと、凪沙の意識がふたりに向いている。つまり、意識があるってこと。どこにいるかなんて正直見当もつかないけどね。颯真が最後に凪沙の姿を見たのは昨日の夜十時くらいらしい。梛桜はいつ?」

「あたしはそれよりも前よ、九時過ぎくらいかしら。柳瀬の部屋を出たらすぐに女子寮に戻ったし、それから自分の部屋は出てないから」

「眞部さんにも聞いてみたんですけど、今日は瀧田に現場の連絡はしていないし、外出届の提出もなかったそうです」

「まったくどこ行ったのよ……これだけ心配させて呑気に帰ってきたらただじゃおかないんだから」

「ま、最近は呪人の行方不明事件が多発してるし、それも視野に入れて捜索をしてみよう。各支部と連携している警察や消防にも顔と名前を含めて連絡はしてるから見つかったらこっちにも連絡が来るだろうし」

「それは分かったわ。こっちも現場が入ったら探しながら対処してみる。……で、アンタはどうするのよ、その状況」

「俺に聞くなよ……」

「いつ落ちるかも分からないから夜も寝れないんじゃないの?」

「かといって僕や倉田がずっと面倒を見るわけにもいかないしね」

「これ、外に放っておいたらずっと飛んでくのかしら、風船みたいに」

「ヤメロ」

「梛桜さ、しばらく世話してやってよ!」

「はぁ?なんであたしが野郎の世話してやんなきゃいけないのよ!」

「だって飛んでる颯真の世話ができるのって飛んだり歩いたりできる梛桜だけじゃん?」

「アンタだってできるじゃない」

「僕光属性なのっ。つまり超多忙!じゃ、頼むよ〜」

「はっ、待ちなさいよ!」

いい加減なことを言って教室から出ていった柊。その場にはあたしと宙に浮く柳瀬だけが残された。突然いなくなった瀧田にも、適当な柊にも、為す術なくまんまと宙に浮いている柳瀬にもムカついてきて、柳瀬の目を見ながら舌打ちをして言ってやった。

「……クソが」

「俺に言うな」


***


第二十話【 堕落カ、否カ 】


***


「だれか倉田呼んで来い!」

翌日。朝早くから外で騒ぎがあった。その騒ぎで目が覚め、なにがあったのかとカーテンの隙間から外を見る。でも、騒ぎがあったのは反対側なのか覗き見た隙間からはなにも見えなかった。

「七森!瀧田がッ……、わ、悪い!俺はなにも見てない!!」

廊下からだれかが走ってきたと思えば、柳瀬が部屋のドアを開ける。が、すぐに閉じた。ちなみに、柳瀬は昨日の夜七時頃、いきなり宙から落ちてきた。というか……マズい、下着姿だった。

「やめろ、気まずくなるから謝るな。でも見たことは認めろ、そして忘れろ」

「わ、悪い……」

「で?瀧田がなによ。……もしかして見つかったの?」

「ああ、外で倒れているのを眞部さんが見つけた。すぐに来れるか、今医務室に運んでる」

「すぐ行くわ、アンタは先に行ってて」

「分かった、すぐに来いよ」

急いで着替えて医務室に向かう。医務室の前には人がごった返していた。

「先生、七森が」

「ん。はいどいてどいて、関係ない人は仕事に戻って。梛桜、おいで」

柳瀬が柊にあたしの存在を伝えると、柊は医務室の前にいた人々にそう言った。途端、ゾロゾロと人が帰っていく。あたしはその流れに逆らって医務室に入った。

「瀧田は」

「施設内、っつっても、建物の外で倒れていたのを、朝巡回していた眞部が見つけた。体はボロボロ、今も意識はない。だれかに殴られたような痕もある」

「殴られた?」

柊の説明を受けて瀧田の顔を見る。たしかに、頬に殴られたような痕があった。雪さんが瀧田の服を捲ると、腹部にも同じように怪我があった。

「腹は蹴られているな、最悪内臓がやられているレベルだ」

「そんな……どうして」

あまりにひどい状況に目を閉じたくなる。

「凪沙は人当たりがいいし、個人的に施設内でいちばんと言ってもいいほど人から恨まれるような人間ではないと思っている。でも実際こういうことになっているということは、犯人は外部の人間っていう可能性が高いよね」

「外部の人間……一般人っていうことですか」

「そう、僕の考えではそうだ」

柊がそう言うと、次はナベさんが口を開いた。

「現在防犯カメラの映像を確認していますが、正直犯人が映っている可能性は少ないです」

「え?どうしてですか」

「犯人が一般人だった場合に限った話ですが、呪人を丸一日拉致してその翌日施設内に放置するなんてかなり大胆な犯行です。それなのに関わらず、瀧田くんの最後の目撃証言があった一昨日の午後十時から昨日の昼ごろまで、防犯カメラに怪しい人物は映っていませんでした。相当な手練れか、もしくはカメラのない施設内の人間の犯行だと言えます」

瀧田が生きていることが確認されれば、次は瀧田を拉致した人間の特定が急がれた。が、眞部さんが医務室で言っていた通り、防犯カメラには犯人が映っていなかった。


***


「それが……全然覚えてなくて……」

その後、目を覚ました瀧田に昨日のことを聞いてみるとそう言った。蹴られたであろう腹部に手をやり、ゆっくりと擦っている。まだ痛みが残っているのだろう。

「そっか、怖かったよね。なにか思い出せたらなんでもいいから教えてよ。僕たちが犯人捕まえてやるからさ」

「うん……ごめんね、先生。……ふたりも」

「なんでお前が謝るんだ、お前は悪くないだろ」

「そうよ、アンタのせいじゃないんだから」

「うん……でもごめん。……心配かけたよね」

「そりゃ心配したけど……それでも、お前が無事でよかった。体、痛いか」

「……大丈夫。俺、頑丈だから」

「……」

瀧田はらしくないほど元気がなかった。元気がないより、ヘコんでいると言ったほうが正しいだろうか。気にするなと言っても、いつものようにすぐに元気になることがなかった。

「とにかく、凪沙はまず体の検査だ。颯真、車椅子を持ってきてくれるかい」

「あ、はい……」

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