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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第二章

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第十九話 一歩

「どれがいい」

「え〜なにそれ!」

「アイス。食堂のおばさんにもらった」

「あとでおばさまたちにお礼言わなきゃね」

「だな!」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


あれから柳瀬はよく俺のことを気にかけるようになった。特に、俺の体調だったり、やけど跡のことだったり。

「なぁ柳瀬、やけどのこと気を遣わなくても俺は大丈夫だよ?」

「あ、ああ、悪い……執拗かったな……」

「ううん。でも心配してくれてありがとうな」

「……ん」

柳瀬は俺が思っているよりずっと繊細だ。だれよりも俺のやけどを心配してくれる。でもそれは、柳瀬自身のためでもあるように思えた。

「アンタたち選ばないの?」

「七森はどれがいい?柳瀬も選んでよ」

「いや、俺はなんでもいい」

「じゃああたしイチゴ味にしよーっと」

「柳瀬、チョコとキャラメルどっちがいい?」

「残り物でいい」

「んも〜。じゃあはい、キャラメルあげる」

「ん」

俺は今、やけどの検査のために医務室で過ごしている。とはいっても、検査はすでに終わり。今はその報告を待っている段階だ。

「凪沙……っと、悪かったね。また出直すよ」

「あ、雪さん。すみません、俺たちは大丈夫なので」

医務室に入ってきた雪姉さんに気付いた柳瀬は立ち上がる。柳瀬と七森を見て来た道を戻ろうとした雪姉さんは立ち止まってこちらを見た。

「主治医の私が邪魔してもいい場面ではないよ」

「雪姉さん、ふたりがいるうちに検査結果教えて欲しい。俺、ひとりじゃ怖いからさ」

それはウソではない。でも、無条件にふたりと一緒がいいという気持ちもあった。

「そうかい。じゃあ遠慮せず入らせてもらうよ」

雪姉さんは医務室に入って、俺たちの前に立った。

「火傷の痛みに関しては今のような痛みが何日か続くだろうが、炎症や腎機能などに関しては特に問題ないよ。凪沙は実際に体の痛みや違和感はあるかい?」

「ううん、大丈夫。ちょっとヒリヒリはするけど、特に支障はないよ」

「そうか。痛みが完全に引いた時点でこちらに教えてくれれば助かるよ」

「分かった!ありがとう!」

「いいえ、こちらこそ。貴重なデータをありがとう」

「えあ、あ、はは……」

雪姉さんは検査報告が済むと医務室を出ていった。そんな雪姉さんを見て、アイスを食べる柳瀬が口を開く。

「雪さんってたまにああいうところあるよな」

「ああいうところ?」

柳瀬の言葉に七森が反応した。

「なんていうか、どこかの小説に出てきそうな怪しい科学者みたいな雰囲気」

「……なに言ってんのよ」

七森はそう言って眉間に皺を寄せたけど、俺は今、柳瀬の言っていることがよく分かった。


***


あれから三日が経った。

「雪姉さん!おはよ!」

「おや、おはよう凪沙。朝早くから元気だね」

「うん!やけどの痛みも完全に引いたし、今日から現場行っていいって言われた!」

「そうかい。凪沙で三日かかるならほかの呪人はもっと時間がかかるだろうな……」

「雪姉さん朝ご飯食べないんだよね、俺食べてくる!」

「いっぱい食べてきなさいね」

「はーい!」

ヒリヒリしていたやけどの痛みは完全に引いて、今まで行くことが許されなかった現場に行く許可も降りた。

「っしゃ!今日からまた頑張るぞ〜!」

「……朝からうるさい」

「あっ!柳瀬〜!おはよ〜!!」

「うわっ……」

柳瀬の部屋に行こうとする途中、その柳瀬にばったりと会った。

「食堂行こ!」

食堂には先生と七森がいた。七森は怪訝そうな顔をしているけど、先生はなんだか楽しそうだ。

「先生、七森、おはよ〜!」

「おっ、凪沙に颯真、おはよ〜」

「はよ。瀧田はいつにも増してご機嫌ね」

「おうね!今日から現場に行っていいって!」

「ああ、だからテンションが高かったのか」

「颯真は一緒に来たのに知らなかったんだね〜。はい颯真、朝のご挨拶は?」

「……おはようございます」

「はいおはよ〜」


***


「ふ……ぐっ……」

「メソメソ泣いてんじゃないわよ情けない」

「だって……せっかく現場に行けるようになったのに……!」

「そんなに祟人が出てほしいのかよ」

「そ、そうじゃなくてぇ!」

「最低」

「鬼……」

「だからちがうってぇ!」

その日の夜。場所は俺の部屋。いつものように食堂のおばさんたちにもらったお菓子を広げる俺たちは、瀧田の意地悪な言葉に野次を入れていた。

「そうじゃなくてさ、祟人って俺たち呪人にしか対処できないじゃん。祟人から一般人を守ることができるのって俺たちだけなんだよ、だから頑張りたい。祟人を対処じゃなくて処置で済ませるスピード感も適切な判断力も、俺たち子どもにはまだ完全に備わってるものじゃないけど、三人だったらそれも補えるだろ?俺はちゃんと一般人を守りたいし、ふたりの役にも立ちたいんだ」

「お前……やっぱりいいやつだな。なんで呪人になんかなったんだろうな」

「主観と事実をごっちゃにするんじゃないわよ」

話の通り、今日から現場に行くことができるようになった瀧田は一日中気合いが入っていた。それはもう、最後の最後までだ。二十歳未満の呪人は一部を除き、夜間の出張が禁止されている。夜間というのは、ここでは二十二時から翌七時までだ。

瀧田がメソメソとベソをかいているのには、まだ理由があった。

「俺が出れない三日間、ふたりは毎日現場に行くし対象もそれなりにランクが高いから、俺も治ったらふたりの役に立つぞーって、ずっと気合い入れてたのに……」

瀧田の言う通り、俺たちはここ三日、毎日現場に駆り出されていた。単独で現場に行くことがあれば、ふたりで行くこともあった。昨日に関しては二度も現場に行った。

「まぁ、この短期間でほぼ毎日祟人が出てるんだから、明日にでも駆り出されるわよ」

「そうだな、喜ばしいことではないがすぐに現場は入るだろ」

そう。俺のその言葉の通り、現場はすぐに入った。

「はいはーい、じゃあみんな、気をつけて行ってらっしゃいね〜」


***


「対象は水属性だ。対処はどうする」

「柳瀬でいいんじゃない?相手水属性よ」

「だな!俺も賛成!」

場所は東北支部。十月に入ったとはいえ、まだ暑さは続いていた。

「……分かった。対処は俺、補助は瀧田、保護誘導は七森だ。気を付けて行けよ」

「当たり前よ」

「柳瀬もね!」

「……ん」

「おっしゃ!ゲンチ取ったからな!」

「柳瀬は体力切らさないように気を付けなさいよ」

「分かっ、てる、し……」

「はいはい、そういうことにしておくわよ」

「っしゃ!着いたよ!」

「じゃ、あたし行くから」

「おうね!気を付けて!」

七森は保護誘導のため地上に降りて行く。俺は瀧田と祟人のもとへ向かった。

「ふう……。行ってくる」

「うん、気を付けて」

祟人はすぐに俺に気付いた。途端、俺が火属性だと気付いたのか雨を降らせる。

「クッソ……相性ワリいな、ほんと」

冷えてきた手に一度息を吹きかける。そして呪説を唱えた。

「散華」

降り続ける雨によってその火が消えないように気を付けながら集中を注ぐ。その間にも水や氷の攻撃を続ける祟人。その攻撃を躱しながら火を大きくすることは容易ではなかった。そして祟人からの攻撃を躱しながらも一分もかからずに充分に大きくなった火を祟人に飛ばした。

「はあ?!」

だがその大きな火は祟人の水の攻撃によって一瞬で消え去った。そして次の瞬間。

「へ……」

祟人の拳が目の前に飛んでくる。ああ、これは避けられない。無意識にそう思った。


***


第十九話【 一歩 】


***


祟人が目の前に現れてその拳を振り上げたとき、柳瀬は動けなくなっていた。突然の祟人からの攻撃に驚いているのはもちろんなんだけど、きっとそれだけじゃない。俺はそんな柳瀬の首に腕を回した。そして祟人に空いていた手を向け、強い風を送る。柳瀬からはヒュッと喉が詰まるような声、というか音が聞こえた。首はマズかった、と後悔するには遅かった。祟人との距離を取るため、柳瀬を担いで走り出す。このあたりは山ではないけど木などの障害物が多かった。それを利用するために地上に降りる。

「柳瀬大丈夫?!」

担いでいるため顔の見えない柳瀬にそう聞く。でも柳瀬は俺の質問に答えることがなかった。心配になって柳瀬の顔を見るために横抱きにする。そうすれば柳瀬は俺の首元に顔を埋めた。その息は少し上がっているように感じた。

「柳瀬、俺もついてる。大丈夫だよ、ゆっくり息吐いて」

柳瀬を少しでも安心させようとそう言って柳瀬の頭をグシャッと少し乱暴に撫でた。柳瀬は俺の言葉通り、ゆっくりと息を吐いて落ち着かせる。俺たちを追ってくる祟人はうしろから氷の攻撃をバンバンと仕掛けてきていた。それを避けながら走り続ける俺は、まだ完全に調子が戻っているわけではない柳瀬に言った。

「なぁ柳瀬。柳瀬前言ってたよな、柳瀬は自分のためにムリをするって。それって強くなって人を助けたいと思ってるってことだろ。巡り巡って人のためにムリをする性格なの、俺は知ってるから」

「いつの話だよ……俺はお前みたいな人間じゃない、お前の考えているような立派な人間じゃない」

「俺だってそうだ!俺だって柳瀬が思っているような立派な人間じゃない!呪人である自分が醜くて、施設外で普通に暮らしている一般人になりたかったと四半痛に苦しみながらなんとか必死に生きている呪人だ!七森だって同じだよ。みんな苦しいんだ。お願いだからひとりでツラくならないでよ、お願いだから俺たちのことも頼ってよ」

柳瀬は俺の言葉になにも返すことができなくなったのか、ギッと唇を噛んだ。

「……瀧田、力を貸してくれ」

そして小さくそう言った。


***


昔から、人を頼るのが苦手だった。たったひとりの姉に依存していたせいで、その姉を失ってからひとりでなにもできなくなった。だから俺は、そんな自分が嫌いになった。だから俺は、人と一定の距離を保ちながら接するようになった。人に頼らず、人を信用しない。ずっとそうやって生きてきた。

俺は怖がりなんだ。人を失うのが怖い。裏切られるのが怖い。その恐怖から自分を守るにはそうするしかなかった。でも、

『お願いだから俺たちのことも頼ってよ』

危機に瀕した状況。俺も瀧田も余裕がなかった。だから、瀧田のその言葉に身を委ねるしかなかった。

再び上空へ向かい、広い場所に出たところで三度目の横抱きから解放される。そして再度呪説を唱えた。

「散華」

俺たちを追いかけて上空へ飛んできた祟人の目に俺の小さな火が映る。フッと馬鹿にするようにこちらを見た。その余裕の笑みにチッ、と舌打ちが出た。瀧田はそんな俺の手を掴み、その火に息を吹きかける。その瞬間、威力を増した火が祟人を襲った。


***


「はッ、はあっ……」

祟人は対処できた。俺たちの攻撃により気を失った祟人にナイフを刺し、今は上空で七森を待っているところだ。

「おっ、と。大丈夫?」

疲労と寒さで意識が途切れそうでたまらない。というか、ほぼ途切れていた。体の力が抜け、自ら意識を上に持っていくことができずにそのまま重力に引っ張られそうになる俺を瀧田は支えた。

「おーっす、悪いわね、遅くなった」

「あ、七森お疲れ様」

「って、やっぱり無理したんじゃないコイツ」

七森が俺の頭を軽く叩いた。それをきっかけに、俺の意識は途切れた。

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