第十八話 余燼
「対象は火属性。対処は七森、補助は瀧田、保護誘導は俺だ。ランクはそこまで高くないらしいが、凶暴化がかなり進んでいるそうだ。気を付けろよ」
「了解!」
「おうね!柳瀬も気を付けてな!」
「よし、そろそろ着くぞ」
「柳瀬返事して!!」
「うるせえ、そんなこと言ってる場合か」
「柳瀬が返事しないんだったら俺帰っちゃうよ?!」
「んぐ……分かったよ、気を付けるから……」
「おっしゃ!ゲンシツ取ったからな!」
「それを言うならゲンチだ。漢字をそのまま読めばゲンシツだが、それは間違った読み方だぞ」
「え!そうなの?!」
「こんなところで国語の授業してんじゃないわよ!!」
***
【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
***
場所は中国支部。だが、人があまりいない山での現場だった。それは不幸中の幸いと言えるだろうか。それでも対象は火属性だ。早めに対処しなければ山火事の被害はどんどん大きくなる。早くも消防が駆けつけ、消火活動を行っていた場所もある。
「お疲れ様です。そちらの状況は」
「お疲れ様です!施設から消防へ連絡がありました。現在確認している消火箇所はこちらだけです」
「そうですか、ありがとうございます。ここから東に五キロほど行った場所でも被害が出ています。そちらの消火活動もお願いします」
「了解!」
こういったとき、消防との情報共有は欠かせない。周りに民家はないが、被害が拡大すれば民家のあるところまで火が広がる可能性がある。火属性の俺ができることは少ない。あとはあのふたりに任せるしかない。
***
七森が雪を降らせながら祟人と対峙する。少しずつ冷えていく気温と体温に、祟人の動きが鈍くなったように感じた。
「久遠、生水!」
そこに追い打ちをかけるように七森が水の呪説を唱えた。勢いよく飛び出した水は、祟人にかかることなく地上に落ちていく。祟人は七森の攻撃を素早く避けたのだ。
「まぁよく動くことよ!」
七森は続けて祟人に攻撃する。が、今回の祟人はかなり体が軽いようでほとんどの攻撃が空振りに終わった。
「クッソ……これじゃあたしの身が持たないわね……」
あまりに機敏な動きを繰り返す祟人に、七森は一度攻撃をやめた。攻撃を続けてもそれが当たらなければ意味がない。見たところ、対象はウェイトが軽い。呪人として生きていたときからそうやって現場をこなしてきたのか、ウェイトが軽い分スピードを重視しているようだ。スピード重視?スピード重視か。
「七森!俺が祟人を地面に追い込むから、七森は消防士さんと消火活動をお願い!俺が対処する!」
「分かったわ。危なくなったらすぐに言いなさい、いいわね」
「りょーかいっ」
七森からナイフを受け取り、選手の交代をする。ここからは俺が相手だ。
七森が地上に降りていったのを確認して、少しずつ対象に風を当てる。どんどんとその風を強くして、呪説を唱えた。
「天寿」
呪説を唱えるとその風が一気に強くなる。俺の手と連動して動くその風で、祟人は地上に落ちていった。のだが。
「え?!」
この期に及んでまだ抗う気か。一瞬でそう思った。祟人は地上に落ちた先で自分を中心に半径一キロほどを火の海にしたのだ。マズい。ここに一般人がいる可能性は低いけど、消火活動をしている消防士さんや保護誘導をしている柳瀬がこの近くにいてもおかしくない。安全を守るために動いていた人たちを巻き込んだかもしれない。そう思っていると、その火の海が一瞬で凍った。
「えっ」
「もう、なにしてんのよびっくりするわね」
「な、七森!」
その場が一瞬で凍ったのは七森のおかげだった。
「ごめん、ありがとう。七森、柳瀬知らない?」
「はぁ?知らないわよ、アンタのバカデカい声で呼びかけてみれば?」
「ば、バカデカいって……」
山火事の被害が大きくならなかったのはよかったものの、この巨大な氷が溶けるのを待つにはかなり時間がかかる。火属性の柳瀬に祟人がいる場所の氷だけでも溶かしてもらって、また暴れ出す前に対処したいと考えていた。祟人は先ほどの七森の氷によって固まってしまったからだ。
「じゃ、あたしは消火活動に戻るから」
「あ、うん。ありがとう」
***
「ありがとう柳瀬」
「いや、俺は別に。というか、すごいな七森」
「な〜。こんな広範囲を一瞬にして氷で固めるなんて力つけたよね」
「ああ。俺も頑張らねえと」
「柳瀬は充分頑張ってるよ〜」
「言っとけ」
その後、柳瀬と合流した俺は、柳瀬に祟人がいる場所の氷を溶かしてもらっていた。祟人がいた場所はかなり氷が厚くなっていたから、柳瀬の火を使っても時間がかかる。
「もう少し?」
「ああ、もう少しだ」
そして作業開始から約十分後、やっと氷が溶けきろうとしていた。そんなときだった。
「はっ」
「や、柳瀬!」
祟人は氷の中にいたときも力を使っていたのか、その周りがほんの少し溶けていた。それに気付けなかった。思いっきり動けば内側からでも破れるレベルまで双方から溶かされていた氷は、祟人が柳瀬を人質にするために勢いよく動いたことで柳瀬の顔や腕にいくつか刺さった。ウソだと思いたかった。あの日と同じだ。柳瀬の幼馴染である加瀬くんが亡くなったあの日と、同じ状況になってしまった。柳瀬はこの十分間、連続して力を使い続けた。冷たい氷を溶かし続ける作業。溶けた氷は冷たい水となって柳瀬の手足を冷やし続けた。属性が影響して人一倍寒がりな柳瀬がそれに耐えながらずっと力を使っていれば、その体力は底をついていた。人質に取られた柳瀬にそこから抜け出せるほどの体力はない。
***
第十八話【 余燼 】
***
ああ、まただ。またやらかした。祟人の腕が首に回されたとき、そう思った。あのときと一緒だ。俺がやらかして力が出せないときに祟人に人質にされる。ほらまただ。瀧田の表情があのときの七森の表情とそっくりになっている。俺がこうならなければ、あのとき颯志は死ななかったし、今回だってもう祟人の息はない。早く動かないと。早く対処しないと。頭ではそう考えている。でも、考えたところで体が素直に動くはずがない。俺は自分で考えていたより疲れていた。力を無意識に使えない程度には疲れていた。おかしい。いつもどうやって力を使っていた?自分に力を回す方法を忘れてしまった。早くしないと、早く動かないと、早く力を使わないと。
祟人がフッと余裕を見せる息を吐いたことに気付いた。それと同時に祟人が腕を上げる。
「やめ……」
その手から放たれた火は一瞬で瀧田の体を包み込んだ。
「や、やめ……瀧田……やめろ、やめろ……!」
いやだいやだと我武者羅に体を動かす。だが祟人の手が俺の口元を覆った。少しずつ手で覆われた部分が熱くなっていく。頭がボーッとする。その異質な熱さに意識が途切れかける。マズい、このままだと祟人に逃げられてしまう。
「んもおおおアンタたち!!!」
そんな大きな声が鼓膜を刺激した。それと同時に火に包み込まれた瀧田に水がかけられた。
「う、さ、さむッ!!」
「そんなこと言ってないでさっさと対処しちゃいなさい!」
「ぬぉ、はい!!」
瀧田はナイフを取り出した。その動きに祟人は氷柱を手にする。瀧田が勢いよく祟人に斬りかかろうとすると、それに応じて祟人は攻撃を去なした。それを何度も繰り返すうちに、腕の中にいた俺のせいで動きづらくなっていたことに気付いたのか、俺は祟人から解放された。途端俺は立つこともできずにその場に倒れ込む。先ほど自分で溶かした氷水に顔が埋もれた。冷たい、息ができない。
「ちょっとバカ!顔上げなさい!」
そう言って七森が俺の体を支える。
「ああ……悪い……助かった……」
「アンタは喋んなくていいから」
しばらくすると、その場は静寂に包まれた。瀧田が祟人の対処を終えたのだ。
「ごめん七森、ありがとな。祟人の火、結構執拗くて自分じゃどうしようもできなかった」
「驚いたわよほんと。消火活動が終わったからふたりの様子を見に行こうとすると、ひとりは火に包まれてるし、祟人はもうひとりを人質にしてるし。……ま、無事でよかったわ」
「うん。柳瀬大丈夫?寒いよな、早く戻ろっか」
俺は瀧田に横抱きされながら一度中国支部に向かった。祟人の保管作業をふたりにお願いして俺は医務室で少し休む。ホットミルクを飲めば少し体力も回復したように思えた。
「柳瀬、終わったよ。帰ろ」
「ん、ああ。ありがとう」
「んへへっ。いいえ、どういたしまして」
「ミルク、ありがとうございました。だいぶ温まりました」
「そう、よかった。気をつけて帰ってね」
「はい!ありがとうございました!」
***
「なーんか面白いことになってんね〜」
「……現場報告に来ました」
「はいはーい」
「クッソ……だから降ろせって言っただろ」
「だっ、だって柳瀬、まだ体力完全回復してないだろ?体冷たいし」
「もうだいぶ回復した。大丈夫だ」
「ウソ言わないで!」
「嘘じゃねえ」
「意地っ張り!」
「単細胞。脳筋」
「倍返し?!」
「ほらほら、早く現場報告聞かせてよ〜。梛桜の顔すごいことになってるよ?」
『あ……』
「わ、悪い……」
「ごめん七森……」
「いいわよ別に。アンタたちのイチャイチャは今に始まったことじゃないでしょ」
「い、イチャイチャなんてしてねえし……」
「はいはい」
ここは第一実習室。俺たちは先生に現場報告をしに来た。なぜかここにいた先生に対しての疑問は多いが、俺はそれよりも横抱きから降ろしてくれない瀧田に苛立っていた。
実習室に唯一ひとつだけ置いてある椅子になぜか俺が座ることになり、そのまま現場報告が始まった。
「今回の対象はBランクの火属性。現場は中国支部の山の中でした。七森の氷で祟人の動きは抑制できましたが、対処の段階で俺が人質に取られ、対処までに少し時間がかかりました。それと、それに伴い……」
「凪沙が大火傷、ねぇ」
「あ、あは……」
「……」
瀧田は祟人の火に全身を包まれたあのとき火傷を負った。それも大火傷をだ。
「痛くないの?」
「ん〜、まぁ痛くないこともない。でも大丈夫、俺体頑丈だから」
「現場服は大丈夫だったんだね」
「うん。あれ防火服でしょ?防火服じゃなかったら今頃真っ裸だよ、助かった」
「で、颯真はなんでそんなに落ち込んでるの?」
「すみません……切り替えます」
「うん、その前に理由を教えてよ」
「……俺があのとき祟人の人質にならなければ、もしくは祟人が瀧田に攻撃する前になにか策を講じることができたら、瀧田がいらない火傷を負うことがなかったのに、と……考えてしまって」
「そっか。まぁ反省はしてもいいと思うけど、それを引きずる必要はないからね」
「……はい」
「消火活動に関してはあたしと消防の人たちで終わらせたわ。ただ、あたしがばら撒いた氷は今のあたしの力じゃ一気に溶かすことができなかった。そこは火属性の呪人に溶かす作業をお願いするか、自然と溶けるのを待つしかないわね、申し訳ないけど」
「りょうかーい。ま、僕がなんとかやっておくよ。みんなお疲れ様。疲れたと思うから、ゆっくり休んでね」




