第十五話 月見れば
「七森おはよ〜」
「ん、はよ。今日もアンタだけなのね」
「あれ、七森も柳瀬見てない?」
「どういうことよ。まだ引きこもってるんじゃないの?」
「いやさ、 朝部屋行ってもいなかったから復活したのかと思ったんだけど、食堂にもいないし医務室にもいなかったんだよね。先生なら分かるかな」
「さぁね、アイツは親バカならぬ甥っ子バカだから気配でも察知して見つけられるんじゃない?」
「あはは、言えてる。授業開始になっても柳瀬が来なかったら先生に頼んでみようかな〜」
「ん、噂をすればお出ましね、柳瀬より早いなんて祟人でも出るのかしら」
「やだな七森縁起悪いじゃ〜ん。先生おはよ!なぁ先生、柳瀬知らない?朝からいないんだよね」
「……」
「ん?先生?」
「なに黙ってんのよ、いつもみたくやかましい授業始めなさいよ」
「いや、その前に柳瀬でしょ七森……」
「颯真が、祟人になった」
『……は?』
***
【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
***
先生は普段から冗談が多いけど、縁起の悪いことは言わない。例えばそう、柳瀬が祟人になったとか。
「初期段階だったから特効薬は打ったけど、今は大事を取って医務室で休んでる。アザも少しずつだけど減っていってるよ」
先生はそう言っていた。でももし、それが俺たちを安心させるためのウソだったとしたら?
「柳瀬!!」
「あぁ、凪沙か」
「ゆ、雪姉さん……」
「颯真なら大丈夫だ、安心しな」
「……柳瀬」
「走ってきたということはアイツに聞いたんだろう。今は休んでいるだけだよ、目を覚ましたらちゃんと呼んでやる」
「あ……うん……」
「ッぐ、瀧田……アンタね……」
「あっ、な、七森……ごめん……」
うしろから走ってきた七森は息を切らして医務室に入っていく。俺もそんな七森に続いて医務室に入った。柳瀬のそばに椅子を置き、そこに座る雪姉さん。七森はそんな雪姉さんに聞いた。
「雪さん、柳瀬は……」
「今は休んでいるだけだ。心配しなくても祟人にはならないよ」
「……そう」
「んもー、廊下は走っちゃダメでしょ〜?」
「うわっ!先生?!」
先生は瞬間移動を使って医務室にやってきた。七森はそんな先生にひどい顔を向けた。なにが気に障ったのか、眉間にシワが寄っている。
「芳人くんに施設内では力の乱用をするなと言われていないのか」
「え〜?まぁいいじゃん。このくらいどうってことないし」
「のちのちの自分に返ってこなければいいけどな」
「へいへい眼人様よー。まったく、究極のお節介焼きだな」
先生と雪姉さんはいつもの様子でそう話していた。先生たちの様子を見ていると、あまりひどい状態ではないのだろうけれど、それでも心配だった。それと同時に、今までの柳瀬のことについて疑問がどんどん浮かび上がる。
「……ねぇ先生。俺、柳瀬のことが分からないよ。なんで柳瀬は俺たちになにも教えてくれないの?柳瀬はいつもなにに苦しめられているの?なんで柳瀬は、あんなに人が傷ついたりいなくなったりすることをすごく怖がってるの?なんで柳瀬は、呪人である自分をあんなにも嫌っているの」
「あたしからも質問よ。どうして柳瀬は、あたしたちのことをあんなにも信用していないの」
雪姉さんと話していた先生は、喋りかけた俺たちのほうを見てしばらく動きが止まった。マズいことを聞いてしまったかな、と先ほどの発言をしたことに後悔した。でも先生は、静かに笑顔を見せた。
「よし、じゃあ今日は颯真の授業をしようか」
***
第十五話【 月見れば 】
***
俺たちはまた、先生の瞬間移動によって教室に戻った。俺と七森は自分の席に座り、先生は柳瀬の椅子を教壇に置き、そこに座った。
「さて、颯真の悪いところは?」
「え?」
「なによ急に」
「まぁまぁ、必要なことだから」
「んー……俺たちに大切なことを話してくれない?」
「倒れるまで我慢する」
「んー……、素直じゃない、とか……?」
「あたしたちのことを信用していない」
「いいね〜。じゃあ次、颯真のいいところは?」
「特訓とかトレーニングを毎日コツコツ頑張ってる努力家!」
「オンとオフの切り替えが上手い」
「俺たちのことをすごく大切にしてくれる!」
「……現場を指揮する能力がある」
「うん、ありがとう。ふたりともちゃんと颯真のこと見ていてくれて嬉しいよ」
「で?これは一体なんなのよ」
「うん」
ついさっきまで笑顔だった先生は、その笑顔のまま纏う雰囲気だけを変えた。そして俺たちに静かに話し出した。
「精神的なグラつきで祟人になる可能性は高くなる。なぜなのか、理由は分かっていないけどね。颯真はその影響で祟人になった可能性が高い」
「精神的なグラつき……」
どうして?と疑問に思う自分と、なるほどな、と納得する自分がいた。先生はそんな俺をじっと見る。
「原因はきっと、凪沙の体に穴が開いて気を失っていたあの件と、苦い思い出の詰まった幼馴染との再会と別れ。それと、小児棟の双子の姉が祟人になったことが影響しているだろうね」
「奈子が?」
「え、な、なんで?それは関係ないんじゃ……」
双子の姉、涼宮奈子とその弟奈央斗は、容姿はすごく似ているのに性格はまったく似ていなかった。元気なほうは姉の奈子。静かなほうは弟の奈央斗。初めてふたりに会ったとき、俺たちは小児棟の先生にそう紹介された。その紹介のときも、奈子は笑顔で挨拶をしてくれたし、奈央斗はその先生のうしろに隠れてしまったのを覚えている。
「奈子は直接的な原因じゃないよ。あの日の現場報告で、奈央斗が祟人になった奈子にしがみついていたから火傷を負ったんだって言ってたよね」
「えぇ。火を纏う奈子に泣きながらしがみついていたわ」
「その様子、昔の颯真と美代にそっくりなんだ。普段の奈子と奈央斗の様子も、僕から見ればあの頃の美代と颯真にそっくりだった。颯真も、薄々それに気付いていたんじゃないかな」
「み、ミヨ……?」
突然の知らない人物の名前に、思わず聞き返した。柳瀬の口からは出たことのない名前だった。俺が知らないということは、施設に入る前までに知り合っていた人?
「颯真の実の姉だよ」
『はぁ?!』
***
柳瀬には姉ちゃんがいた。初めて聞くその事実に、俺と七森から大きな声が出た。
「颯真には、眼人だった颯真の姉ちゃんが祟人に殺された過去がある。それも火属性の祟人にね。殺されたのは颯真が三歳の頃だったかな。まだ世の中のことをなにも知らない三歳の颯真にも、大好きだった姉ちゃんがもう帰ってこないってことは、なぜか分かったらしい」
俺は四歳の頃、初めて人を殺した。でも柳瀬はそれよりも早くに、姉ちゃんを失った。
「殺された相手が祟人で、なおかつ火属性の者だったって知ったときの颯真は、僕の思っている以上に落ち着いていたよ。でもね、それは颯真お得意のポーカーフェイスで隠していただけだった。颯真は火属性の呪人が祟人となって自分の姉を殺したことにひどくショックを受けていてね、何度も死のうとしていたよ」
先生の言葉に、さっきから驚きが止まらない。柳瀬の知らない過去がどんどん明るみになっていく。
「祟人はもともと呪人だったって事実だけでいやだったろうに、さらに属性は自分と同じ火属性。だから颯真は、呪人である自分を憎み、そして他人を失うことが異常なまでに怖いと思っている。それと颯真は多分、許されたいと思ってるんじゃないかな」
「許されたい?だれに?」
「美代だよ。颯真はいつも現場に行くとき、死ぬ覚悟はできているって目をしている。もちろん僕らのやっていることはいつだって死と隣り合わせ。凪沙や梛桜にその覚悟がないと言っているわけではない。だけどね、颯真は自ら死にに行っているんだ。祟人を対処して、祟人と一緒に自分も死のうとしている。だから僕は、颯真に祟人の対処をさせたくない」
「たしかに、アンタと一緒の現場だと柳瀬が祟人を対処しているところ、見たことないかも。あたしには親の対処をさせたくせにね」
「……。特に祟人が火属性だったら颯真は迷わず自分も殺すだろうね」
先生は七森の言葉になにも言えなくなったあと、そんな衝撃的なことを言った。自分を殺すって、なんだかすごく怖い表現だ。
「それで姉ちゃんに許されたい……」
「そ。姉ちゃんを殺した火属性の祟人を、同じく火属性の呪人である自分が対処したんだって。だからあのとき姉ちゃんを守れなかった自分を許してほしいって」
「で、でも、柳瀬は人一倍特訓やトレーニングに力入れてたよ?あれもそうなの?」
「あれはあれで、一般人を助けることができ、尚且つ自分が死ねるような効率的な方法を、探していたんじゃないかな」
***
「──────、───?」
なに?聞こえないよ、もう一度言って。
「───!───、──────〜」
ねえ美代ちゃん、聞こえないってば。もう少し大きな声で言ってよ。
「ねぇ、そうちゃんは、──────?─────────〜。───?」
そういえば、記憶は声から失われるらしい。あの日まで聞こえていた俺を呼ぶ声。その声ですら俺は、思い出せなくなってしまうときが来てしまうのだろうか。
なあ、それならせめて、もう一度、もう一度だけでいいから、俺の名前を呼んでくれ。この世のすべての人間の声を忘れるよりも、たったひとりの大切な人間の声を忘れるほうが、ひどく苦しく、ひどく俺を締めつける。お願いだから、もう一度だけでいいから、貴方の声で俺の名前を呼んでくれ。俺にも聞こえるように、とびきり大きな声で叫んでくれ。俺はそんな貴方の声を忘れないように、一生懸命に耳を傾けるから。
***
先生のあの話を聞いて、今までの柳瀬の言動に納得がいく箇所がいくつもあった。先生と一緒の現場で対処に回されない柳瀬。意図的にそう指示した先生に納得のいかない様子で渋々頷く柳瀬。現場のたびに俺たちには気をつけるように言うのに俺たちが同じように言えばあまり反応をしないし、技術がないからと卑下してはかなり無茶な対処をすることが多かった。
「柳瀬が俺たちに隠しごとするの、柳瀬の優しさだったのかな」
「さぁね。でも、さすがと言うかなんと言うか、そうやって変なところに気を遣うのは、お姉さんのことがあったからなんでしょうね」
「うん……柳瀬、大丈夫かな」
「ここで心配してもどうしようもないわよ。とにかく、あたしたちは柳瀬が目を覚ますことを信じるしかないわ」
「……そうだな」
教室から移動して再度医務室にやってきた俺たちふたり。雪姉さんはそんな俺たちの様子を見て少しの間席を外すことにしてくれた。
「柳瀬〜、起きてよ〜……」
俺のそんな弱々しい声が、医務室を包み込んだ。当事者である柳瀬は、寝ているだけのはずなのに、表情を乗せていた。でもそれは、単純な俺には読み取れない表情。柳瀬がその表情でなにを言いたいのか、なにを思っていたのか、俺には分からなかった。
そんな複雑な表情をする柳瀬の頬をそっと撫でる。そうすれば柳瀬は少し泣きそうな顔をした。今になって気付くな。俺の中のなにかが、突然そう叫んだ。




