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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第二章

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第十四話 燭明

「颯志、遊びに行こう」

「……うん」

「おれ、ネコちゃん見つけたの。颯志もきっと気に入る。すごくかわいいよ」

「……ふぅん」

「こっち。ついてきて」

「……ん」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


上空での祟人との対戦中、危機に瀕した祟人はその危機を察知して地上へ逃げた。追い詰めようとあたしが水の呪説を祟人にぶつけ、補助の瀧田には上空での監視と柳瀬の捜索を頼み、林に落ちていった祟人を追いかける。が、そこにいたのは祟人と人質に取られていた柳瀬。柳瀬は先ほどの水を浴びたようで体に力が入っていない。

「……ちょっと!アンタの相手はあたしでしょ。ソイツを離しなさい」

祟人はそれに応じるだろうか、可能性はゼロに近いが一か八かの勝負に出た。これまでの経験上、祟人はこちらの言葉が理解できたり、逃げないといけないという本能があったりすることは分かっている。お願いだから柳瀬だけでも自由にさせてくれ。

が、もちろん祟人はそんなに親切なわけがなく、あたしからの依頼の拒否と脅しまで含めて、手に出していたひどく鋭い氷柱を柳瀬の首に食い込ませた。

「わ、分かった!分かったわ、お願いだからそれだけはやめてちょうだい……」

落ち着いた口調で話してはいるものの、心臓はバクバクと鳴って止まない。どうにかして柳瀬を祟人から離さないと。大声で瀧田を呼んで、その瀧田に柳瀬を引き上げてもらう?体力がかなり削られているであろう柳瀬。その柳瀬に少し頑張ってもらって、水属性の暑さに弱い性質を利用して自力で抜け出してもらう?もしくは、柳瀬の体力を完全に奪って自由を効かなくさせるか。これだ。これしかない。柳瀬には申し訳ないが、人質が思うように動けなければ祟人としては扱いづらい邪魔者にしかならない。一度、周りに一般人がいないことを確認する。柳瀬目掛けて水の呪説を唱えようとしたとき、草陰からガサガサと音がした。

「颯真!!」

驚いた。出てきたのは柳瀬の幼馴染。あの加瀬颯志だ。そしてそのうしろには動きを止めようと加瀬の腕を掴んでいるその友人、幾田がいた。

「バカ!なにやってるの!隠れて!!」

祟人の目の色が変わったのが分かった。マズい、標的が切り変わった。

「颯志……」

柳瀬はうっすらと目を開けて加瀬の名前を口にした。そして加瀬に手を向ける。同時に火を放った。柳瀬はふたりに隠れろと言ったつもりだろう。だがそれと同じタイミングで祟人も加瀬に手を向けた。ひとつ、ふたつ、みっつと連続して氷柱が彼を襲った。

「逃げて!!」

あたしがそう叫んだときにはもう遅かった。放たれたいくつもの氷柱が加瀬の体を貫通する。そしてそのうちのひとつは幾田の肩に突き刺さる。

「クソ……久遠、冰」

祟人の意識がふたりに向き、柳瀬の首に巻かれていた腕が緩くなる。狙いを定めて呪説を唱えた。

「七森!!」

そして異変を感じた瀧田が上空から祟人目掛けて飛んでくる。その体当たりで、完全に祟人を制圧した。


***


颯志の体に祟人の氷柱が貫通したとき、息が止まった。体から力が抜ける。血の気が引いた。生きている心地がしなかった。自分が寒さに震えていたことなんて一瞬で忘れてしまった。

「颯志!!」

今までに出したことのないほど大きな声が出た。急いで颯志に近づき、その息を確認する。虫の息ではあるが、まだ生きている。

「颯志、いやだ、いやだ……お願いだから返事してくれよ……颯志!」

「ッハ、うるせぇ、うるせぇよホント……」

「颯志……!大丈夫か、痛くないか、ちょっと待ってろよ……」

自分の現場服を裂いていくつもの穴が空いた颯志の体に巻き付ける。ひどく焦っていた。こんなもので血が止まるはずがないと、そんなことを考える余裕もなかった。颯志の隣にいた男には瀧田が向かった。アイツは大丈夫だろう。

「……なぁ、悪かったな、お前のこと、お前たちのこと、非難して。認めるよ、お前らすげぇな」

俺のそんな様子を見ていた颯志は静かにそう言った。

「馬鹿、終わりみたいなこと言ってんじゃねえよ。クソ、出血止まらねえ……おぶるぞ、いいな」

「もういい、もういいよ」

「いいから黙ってろ、怪我人は喋んじゃねえ」

ここでの止血は厳しいと考え、颯志をおぶって歩き出す。うしろで瀧田と七森が俺に声をかけていたようだったが、そんなこと気付きもしなかった。すると颯志はまた呑気なことを言い出した。

「ハハ……すげ。お前、俺を持ち上げられるほどデカくなったんだな」

「お願いだから黙っててくれよ、死ぬんじゃねえぞ」

「あー、ヤバい。フワフワしてきた、気持ちいいな」

「喋るなよ、助けられたかったら喋んじゃねえ」

「はは、なぁ颯真……」

「なんだ……」

「ありがとう」

「え?」

「颯真が呪人になって分かったよ、俺が人に好まれる性格じゃないってこと。こんな俺の隣にいてくれたのは、颯真と幾田だけだった。特にお前は幼馴染だし、だから少し嫉妬した。お前が呪人になった影響で、俺はひとりになったんだ。幾田と出会ったのは去年だから、それまではずっとひとりだった。なのにお前は、あっちで仲良いヤツができてる様子で、それで嫉妬した。ひどいことも言った。ほんと悪かった。そんで、ありがとう。俺、颯真に散々助けられたよ。ありがとうな……」

「は、お前……颯志!おい、そこで黙るな!もう少しだから、お願いだからまだ死ぬんじゃねえよ……」


***


「午後二時二十分、死亡確認」

雪さんのその言葉が、冷たく、重く感じた。颯志は死んだ。その事実だけが告げられた。

「……最後に顔を、見せてください」

声が掠れた。目が乾く。また、生きた心地がしなかった。

医務室の中に入ると、診察台の上に横たわる颯志の姿があった。顔は白く、冷たくなっていた。診察台のそばで颯志の姿をじっと見ていた男。その男は、颯志をじっと見つめて動かない俺を抱き締めた。

「……ありがとう。加瀬を、最後まで生きさせようとしてくれて、ありがとう」

その男から出る言葉が嫌味でないことはすぐに分かった。彼の言葉には温もりがある。それは充分に伝わった。だがそれと同時に、自分の手がどんどん冷たくなるのを感じた。男が体を離すと、その部分からも熱が引いていく。俺が、殺した。俺は颯志を守れなかった。助けられなかった。俺は、俺の手は、ヒト殺しの手だ。


***


第十四話【 燭明 】


***


「なぁ、柳瀬」

「言わなくてもいい。大丈夫じゃないに決まってるでしょ。幼馴染が死んだんだもの」

「……うん」

いつもはなにがあっても動揺しない柳瀬が、今回の現場報告では一度も口を開くことがなかった。それだけで充分動揺していると分かったし、ショックを受けているんだと感じた。柳瀬は現場報告が終わると、なにも言わずに部屋に戻った。

加瀬くんの遺体は家族に引き取られ、幾田も加瀬くんの家族とともに帰っていった。幾田には治癒能力のある諸伏くんに肩の怪我を治してもらおうかと話をしたが、それは断られた。それも加瀬くんに対する彼なりの向き合い方なのだろう。施設には、加瀬くんの家族が彼へ向けた泣き声だけが残った。

そしてその夜。

「柳瀬は」

「ドア越しに声はかけてみた。けど、返事はなかった」

「……そう」

食堂に出てこないどころか、部屋から出てくることすらなかった。

「おばさん、軽食準備できる?」

「できるわよ〜、少し待っててね」

「ありがとう」

おばさんに用意してもらった軽食を持って、七森と一緒に柳瀬の部屋に向かう。ノックしても変わらず返事がなかったため、そのまま部屋に入った。柳瀬は布団に包まり、俺たちに背を向けている。

「柳瀬、おばさんに軽食作ってもらった。食べよう」

「……」

「ほら、サンドウィッチだよ。柳瀬、パン好きだよね」

「……」

「悲しいの分かるけど、少しは食べよう。ね?」

「放っておいてくれ」

声には覇気がなかった。その掠れた声からは、表情が読み取れなかった。

「……行きましょ」

「うん……」

俺は、七森の言葉に従って部屋から出た。こういうとき、俺はなんて無力なんだろうとつくづく感じる。

翌日。やはり柳瀬は授業に出てこなかった。現場報告により事情を把握していた先生は、柳瀬のことについて聞くことはなかった。今まで先生に言われて授業に出られないことがあっても、無断で授業を休むことはなかった柳瀬。そんな真面目な柳瀬が初めて授業を無断欠席した日だった。


***


「幼馴染の死、か」

「颯真にとって、たった六年ぽっちの関係。いや、それより短いかもしれないけど。それでも、あの幼馴染の死は、颯真にとってかなりしんどい出来事だったんだろう」

「ふぅ……。まぁ、梛桜のように立ち直ることを期待しておこうか」

「お前……医務室でタバコなんて吸うなよ……子どもたちの体に悪いだろ」

「すまないね、ここからだと喫煙所が遠くてついな。次からは気を付けるよ」

「……今回の颯真の件と梛桜の件は、似てるようで少しちがうんだ。梛桜のときは相手が祟人になっていた。つまり、殺さないといけない対象になっていた。これは絶対なんだ。梛桜が殺していなくてもほかのだれかが殺していた。それは梛桜も理解していたし、だからこそ自分が殺すことを選んだ。でも颯真のは、相手が一般人だった。たとえ自分が祟人の人質になって体がうまく動かせない状況にあったとしても、殺されない未来があったかもしれないんだ。きっと颯真は自分のせいだって思ってる。自分が守らなかったから、自分が助けられなかったから、加瀬が死んだ。もっとしっかりしていれば加瀬は死なずに済んだのにって。だから遺体引き渡しのとき、颯真は加瀬の家族の顔が見られなかった。相手の家族は颯真が呪人であったことを知っていたようだったし、彼が引き渡しの現場にいたのにも気付いていたようだけどね」

「颯真が自分のせいだと思い詰めるのはいつものことだろう。お前はこれからどうすればいいと思う」

「分かんねぇよ……。正直、梛桜のときみたいにほかのふたりが部屋から引っ張り出すなんて作戦はうまくいかないと思う。それがいちばん早いし、こちらとしても楽なんだけどね」

「最低でも食事は取ってもらえ。昨日の夜も今日の朝も、結局なにも食べていないと聞いた。前回の梛桜や、幼い頃の瞬のときを覚えているか。あの子たちは食事を取っていなくとも水分は取っていた。でも颯真は、食事どころか水分すら取らないよ」

「なんでそう言い切れる」

「今までのあの子を見てきたからだ。お前にも分かるだろう、私の言いたいことが。あの子が今どんなことを考えているのかは分からないが、最悪、死のうと考えているだろうね」

「……」

「にしても、あれが噂の加瀬颯志か。随分と手のかかりそうな子だったな」

「そりゃ、友だちは一緒にいた幾田だけだったんだ。それなりの理由があったんだろ、それがあの性格だ」

「あぁ、初対面の年上の異性に対してアンタとは。……フッ。そんな人間に、あの子を託すかね」

「なに言われたんだよ」

「秘密だ」

「あ?なんだよ教えろよ」

「ははは」

「ハハハじゃねぇ」

瀕死の状態で加瀬は言った。颯真をよろしく頼む、と。そして、自分が死んだことは颯真には伝えないでくれ、と。

残念だが少年、この世界はきみの願うようにはいかない。きみが死んだことは彼に伝えなければならないし、あの子を守れるほど私の力は大きくない。だが少年。君の意思は受け取った。

「まぁ、頑張ってみようか」

「だからなにをだよ……!」

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