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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第二章

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第十話 絡み絡まれ

『大変です!小児棟で祟人が!』

「小児棟で?」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


ある日、昼食後の授業が始まるまで、教室で瀧田と七森とダラダラと話をしていたときのことだ。眞部さんから電話がかかってきたと思えば、慌てた声で眞部さんから祟人出現の連絡が入った。

「対象は火属性だ。処置は七森、補助は瀧田、保護誘導は俺。今回の祟人は初期段階らしい。早いとこ処置するぞ」

『了解!』

時間もないので現場服には着替えずに小児棟に向かう。途中、医務室に寄って注射器を借りた。もしものときのためにナイフも持っている。

「着くよ!」

「今回の現場はあまり広くないからな、あんま派手にすんなよ」

「はいはい!」

人だかりの出来始めた小児棟入り口。人混みを掻き分け、現場に足を踏み入れる。そこはあまりにも暑かった。七森は瀧田と祟人のもとへ向かった。俺は入り口近くにいた小児棟管理担当者に話を聞く。

「ほぼ全員の避難は済ませたんです。でもひとり、涼宮奈央斗がどこを探してもいなくて!お願いです、あの子を助けてください!きっと今頃祟人の人質に……!」

「人質?」

「祟人になったのが涼宮奈子なんです。奈央斗くんの双子の姉で、だから、きっと道連れに!」

「奈子が、祟人に……?」

その衝撃的な話と物騒な妄想に、焦りが頭の中を埋め尽くす。ダメだ、俺がこうなってどうする。

再度小児棟の中に入り、奈央斗の姿を探す。奥に行けば行くほど暑くなる小児棟は、部屋がいくつも分けられていた。奈央斗たちがいつもいた部屋は、手前から二番目の部屋だ。

「奈央斗!」

火元はその部屋。でも、そこにはだれもいなかった。が、床が少し濡れている。さっきまでここにいた?ここで七森が処置をしようとしていた?なら、どこへ行った。あまり遠くには行っていないはず。今までの部屋にはだれもいなかった。ということは、まだ奥だ。

「奈央斗!奈央斗返事しろ!奈央斗!!」

必死に叫ぶが返事がない。クソ、どこにいるんだよ。

「柳瀬!こっち!」

そんな俺の声が聞こえたのか、いちばん奥の部屋から瀧田の声が聞こえた。走ってその部屋に向かう。そこには祟人と七森、瀧田がいた。それだけではない。祟人に必死に捕まる、

「奈央斗?!」

奈央斗もいた。


***


「おし!七森いいよ!」

「ったく、来ンのが遅いのよ!!久遠、生水!」

泣きじゃくる奈央斗の声が響くその部屋で、瀧田が七森に合図を出す。その瞬間に七森が水の呪説を唱え、部屋を水浸しにした。対象である涼宮奈子は火属性。俺と同じく寒さには弱い。彼女はその力と浮力を失い、地面に落ちる。ゴン、と音がなる前に瀧田がその力でふたりを救った。七森はすかさず祟人になった彼女に特効薬を投与する。そんな姉にしがみつきながら泣き止まない奈央斗。俺はそんな奈央斗の様子にグラグラとしたいやな感覚を覚えた。

「……柳瀬?」

突然瀧田が視界に入る。驚いて意識を戻すと、七森が俺の顔を目掛けて水を放ってきた。

「しっかりしなさい。ボーッとしてんじゃないわよ」

「あ、わ、悪い……」

「柳瀬、具合悪い?どこか怪我した?あっ、肋骨、また痛くなった?」

「いや、悪い。俺は大丈夫だ。怪我もしてない」

「そっか、じゃあこの子医務室に連れて行くの手伝ってくれる?全身に水被っちゃって体が冷えてるみたいなんだ。体力大丈夫なら温めながら連れてってほしいんだけど」

「分かった。……奈央斗は」

「奈央斗はあたしが連れて行くわ。奈子にしがみついていたせいでひどい火傷を負ってるから、冷やしながら連れて行く」

「そうか、じゃあ頼んだ」

俺は全身水浸しで震えている奈子を抱き上げ、その力を彼女に集中させた。小児棟のすべての部屋の消火活動も済ませ、ふたりを医務室に連れて行く。通常なら小児棟の子どもたちはその近くにある医務室に連れて行くが、今回ばかりは仕方ないだろう。奈子はこの歳の呪人にしては珍しく祟人になったし、奈央斗は全身にひどい火傷を負っている。雪さんの手当が必要だ。

「今日はまた随分と可愛い患者さんを連れてきたね、それもお前たちが」

「……なんか少しイラッとしました」

「おやおや、すまないね。その子たちの病状を聞こうか」


***


「ま、双子の呪人の暴発は少なくないよ」

「そうなんですか?」

雪さんの言葉に思わず声が出た。過去にも何件か同じようなことがあったのだろうか。

「この子たちは双子で、しかも早い時期から施設にいるね」

「えぇ。あたしがこっちに異動してくる時期とほぼ同じタイミングで施設に入ったらしいわ。二歳ごろからいるわね」

「それに、颯真の話を聞く限り、特に弟の奈央斗のほうはすでに自分の力を自覚していたと」

「はい。以前会いに行ったとき……五月の中旬くらいには、自分の意思で氷を操っていました」

「双子の場合、その特性は両極端に分かれる。まずひとつは、呪人になった時期、四半痛の時期などがバラバラで、それぞれの強さが違い、その力がどちらかに集中しているタイプ。そしてもうひとつは、すべての時期がほぼ同じで、それぞれの強さもほぼ同じ。実力差が少ないタイプ。言いたいことは分かるね?」

「……奈子と奈央斗は、後者でした」

「そう。前者より後者のほうが、多方面で扱いやすいし、実力差による差別も受けにくい。が、後者はすべてのタイミングがほぼ同時だ。つまり、どちらか一方が祟人になれば、もう一方も近いうちに祟人になる可能性が高い」

「えっ、じゃあ近いうち奈央斗も祟人に……」

「そうだね、その可能性は非常に高いよ。それも今回と同じくらいの力でね。今回は施設内で発見されて処置されたからよかったものの、施設を抜け出された場合、発見にも処置や対処にも時間がかかる。奈子は目が覚めて体調も安定したら小児棟に戻そう。だが、奈央斗は万が一に備えて安全が確保されるまではここで預かることにするよ。小児棟の担当者に伝えておいてくれるかい」

「分かりました。お願いします」

「こちらこそお願いね、この子たちを連れてきたということは今から現場報告だろう」

「はい、午後の授業は今回の処置でなくなりましたし、現場報告が終われば今日の予定はありません。なにか手伝うことがありますか」

「いいや、こちらは大丈夫だ。ご丁寧にどうもありがとう」

「そうですか、じゃあ俺たちは失礼します。ふたりのこと、よろしくお願いします」

全員で礼をして医務室を出る。瀧田には小児棟管理担当者に先ほどの話を伝えてもらい、七森と俺は眞部さんと先生への現場報告に向かった。


***


第十話【 絡み絡まれ 】


***


「アンタ、さっき様子おかしかったけど、今は大丈夫なの」

医務室を出て柳瀬とふたりで並んで廊下を歩く。小児棟での柳瀬の様子を思い出したあたしは、引っかかっていたそれについて、本人に尋ねた。

「は?」

「は、じゃないわよ、奈子の処置が終わったあと、泣いてる奈央斗の様子をジッと見つめながら目を見開いてたじゃない」

「べつに、俺はなんでもねえよ。……奈央斗の火傷がひどかったから、少し心配になっただけだ」

「……ふぅん」

柳瀬はあたしたちにウソを言うことは滅多にない。でも、隠し事はしょっちゅうする。そこまであたしたちが信用ならないかと感じるし、あたしには柳瀬がなにを隠したいのか分からない。でも、それでも。

「分かってるでしょうけど、あたしたちは変な偏見なんて持ってないし、口出しされたくなければなにも言わない。口外されるのがいやならもちろん口は堅く結ぶ。アンタがあたしたちのことを信用していないのはよく分かっているけど、信頼はしてるんじゃなかったの?」

「……そういうんじゃない。それに、俺はなにも隠してない。隠していたとしても、お前たちには教えることはない」

「はぁ……アンタってほんと、人生ヘタクソ」

「悪かったな、俺は先生とはちがうんだよ」

「アイツは人生を楽しんでるってより」

人類をこの上なく楽しんでいる。そう口に出しそうになる。やっぱりやめておこう。縁起が悪いものね。

「とにかく、爆発する前にどうにかしなさいよ。今のアンタならいつ崩壊してもおかしくないんだから」

「ほっとけ、余計なお世話だ」

「この頑固者」

「うるせえお節介野郎」

「レディーに向かってヤローとはなによ!」

「そこかよ……」


***


「眞部さん、お疲れ様です」

「柳瀬さん七森さん、お疲れ様です」

「現場報告に来ました。お時間よろしいですか」

「はい、もちろんです。こちらにお座りください」

「はい。では早速ですが、今回処置をした七森からの現場報告です」

「今回の対象は火属性。名前は涼宮奈子。普段は小児棟で過ごす四歳児です。処置は小児棟内の一室で行いました。小児棟全体が火に包まれましたが、処置が終わってから消火活動を済ませ、彼女は今医務室にいます。それと、奈子の双子の弟である涼宮奈央斗が彼女にしがみついていたため、ひどい火傷を負っていました。彼も現在医務室で雪さんに診てもらっています。奈央斗に関しては近いうちに祟人になる可能性が高いとのことで、安全が確保されるまではしばらく医務室で保護するらしいです」

「迅速な対応ありがとうございました。奈央斗くんの今後の状況については小児棟の管理担当者の方には伝えてありますでしょうか」

「それは今瀧田が伝えています。それと、奈子は目が覚めて体調も安定したら小児棟に戻すと雪さんが言っていました」

「そうですか、ありがとうございます。ほかにはなにかありますでしょうか」

「いえ、こちらからは特にありません」

「かしこまりました。柊さんから報告があったと思いますが、本日の午後の授業は明後日に変更するとのことです。今日と明日はぜひゆっくり休んでください」

「はい、ありがとうございます。失礼します」

眞部さんへの現場報告を終わらせた俺たちは、事務室から出る。七森は深いため息をついた。

「はぁ……柊はともかく、ナベさんと喋ると神経使うわ。事務室静かだし、緊張感っていうか、肩ガチガチになるわね」

「そうか?俺は先生と話すときのほうが疲れる」

「……あぁ、アンタはたしかに、そうかもね」

そう言って俺たちは、先生を探すために長い廊下を歩き始めた。


***


「アンタの場合いつも見つけるのに時間がかかるんですよ、お願いだからうろちょろしないでください」

「今日もアンタを見つけるのにどれだけ時間がかかったと思ってんのよ。現場終わりで疲れてるのにホント勘弁してほしいわ」

「え〜そんなこと言わないでよ〜っ。現場報告のために僕を必死に探す子どもたちなんて今しか見られないんだからさ」

「クソが、早く大人になってアンタの管理下から抜け出してやる」

「ほらほら梛桜、可愛い顔にシワが刻まれちゃうよ、眉間のシワ取れなくなったらどうするの!」

「アンタのせいでしょうが!!」

そして騒がしい現場報告が終わる。それぞれ部屋に帰り、シャワーを浴びた。

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