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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第二章

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第九話 生と死の話

「治った!」

「早すぎんだろ」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


目を覚ました翌日には、瀧田は完全復活して俺たちの前に戻ってきた。

「いや、さすがに早すぎる。本当に治ったのか?」

「雪さんのこと買収しただろ。それともあれか?買収したのは柊か?」

その異常な回復の早さに疑いの目を向けた俺たちは、瀧田に自白するよう諭した。

「ちょ、ちょっとひどい。ホントのことだよ、ばっちり。雪姉さんにもちゃんと許可もらった。でも三日くらいは激しい運動はするなって。だから三人で現場に行くときは七森が対処だな」

そんな俺たちに、瀧田はそう言った。正直、疑いはまだ完全に晴れていないが、そういうことにしておこう。

「……そうだな、俺は保護誘導しか許可されていないし、そうなる」

「なんかいやね、消去法みたいで」

「そんなんじゃない。頼むぞ、お前にかかってんだ」

「はいはい、言っときなさい」

そう適当に返事をする七森。コイツ絶対信じてない。

「やぁやぁグッドモーニング。おっ、凪沙は宣言通りの即日完治で完全復活かな〜?」

俺たちがそんな話をしていると、呑気に先生がやってきた。教室にいる瀧田を見てそう言う。

「おうね!でも念のため激しい運動は控えろって!」

「そっかそっか、じゃあ今日は座学をしよう!さて、生と死の話だよ!」

「そんなテンションで話す内容じゃねえ」

「今回の授業はちょっと重い話だからねぇ、みんな気を引き締めていこうか」

先ほどまで御転婆に話していた先生は、一瞬で纏う空気を変えた。静かな微笑みを乗せてはいるものの、冗談を言える雰囲気ではない。

「前回の現場で、凪沙の体にふたつも穴が開いたわけだけど、凪沙、そのときの感覚覚えてる?」

「えっ、感覚?」

正直、あのときのことはあまり思いだしたくない。人の死に際なんて思い出してもいいことないだろ。

「そうだなぁ。刺されたとき?氷が体に貫通したときは、なんのことか全然分かんなくて。ただとにかく違和感があるって感覚しかなかったんだよね。痛みを感じ始めたら同時に焦りも出てきて、ヤバいヤバいちゃんとしないと、って思えば思うほど目の焦点が合わなくなってきて、最後らへんは気持ちよくなってくるの。夢のなかに行く感覚。なんかさ、説明しづらいんだけど、スーッと吸い込まれていくみたいな」

「あはっ、それはもうかなり危険なところまで行っちゃったんだねぇ」

「えっ、そうなの?全然そんな感じはしなかったんだけどな〜」

「そんな危険な状況にあっても凪沙が今、なぜ生きているのかっていうと、それはやっぱり呪人であるという点がいちばん大きい。きっと一般人や眼人が同じような状況になれば、たとえ瞬が体の穴を塞いでも生き延びることは難しいだろうね」

「眼人も、ですか?」

「そう、眼人も、だ。眼人は僕ら呪人とその他一般人との狭間にいるような人間。どちらの質も持っている。が、基本的には一般人とほとんど変わらない。治癒能力を手に入れることができなければ、怪我の回復が特別早いわけでもない。怪我を負ってもその回復には時間が必要なんだよ」

言われてたしかになと思った。この人、いつもはおちゃらけているがこの世界のことをしっかり理解している。それに、説明がいちいち分かりやすい。

「さて、少し話がズレてしまったけど、ここからが本題だ」

行儀悪く教卓にドカッと座ると、先生はその長い足を組んだ。

「颯真、結果的に凪沙は死ぬことなく今こうやって生きているわけだけど、正直どう思った?」

「どう思ったって……」

先生の問いに、どう答えればいいか分からなかった。その問いに答えるために、必死に言葉を探す。

「死んでほしくなかった。……正直、それしか考えられませんでした。コイツは絶対に目を覚ますとか、今回ばかりはダメだろうとか、そんな考えは一切なく、ただ、ただ死んでほしくなかった。傲慢だと分かっていても、どうしてもそう思ってしまいました」

「うん、感動の回答ありがとう。凪沙は泣きそうだね」

「えっ」

先生のその言葉に、つい瀧田の顔を見る。先生の言う通り、瀧田は本当に泣きそうな顔をしていた。

「な、なんでお前が泣くんだよ……」

「い、いや……柳瀬がそんなふうに思ってくれてたなんて、俺、感動で涙が出そう……」

「出てんじゃねえか」

「はいはーい。まっ、颯真の回答は僕の思ってたのとちょっと違ったけど、でもそっかぁ、死んでほしくなかったね。随分とロマンチックな回答だ」

「いいから授業進めてくださいよ、俺のこの回答を聞くことが目的じゃないでしょ」

「ご名答〜。かなり前の授業にはなるけど、復習してみよう。さて颯真、僕たちはなぜ呪人と呼ばれているんだっけ?」

「エイプルに体を毒されているからです」

「正解。じゃあ凪沙。祟人を対処するときのいちばんポピュラーな方法は?」

「専用のナイフで対処する!」

「そうそう、正解。最後に梛桜。なぜその対処の仕方がいちばんポピュラーか分かる?」

「エイプルにしか反応しない解毒剤みたいなもんが染み付いているからでしょ」

「うん、みんな完璧だね、ちゃんと覚えててえらい!」

なにがしたいのかさっぱり分からない。やっぱり俺にはこの人のことが理解できそうにない。

「じゃあ今回、なんで颯真は凪沙の生死を心配したのでしょうか」

「えっ?」

驚いた。まさかそこで話が繋がるなんて。

「た、たしかに……その心配をする必要はなかった……?」

「そうだね、今までの授業の内容を考えればそうなる」

「今までの授業の内容?それじゃあこれから習う内容によっては心配しないといけないってわけね」

「うん、ほんとに梛桜はいいとこに気付くね、今日の本題はそれだ」


***


第九話【 生と死の話 】


***


「この前の授業でも話したように、ナイフで対処されなくても死ぬ方法は多い。例えば心臓を引きちぎられるとか、あとは物理的に頭と体が分かれるとか」

「ひぇ〜っ」

「そういった死に方は、まぁ見てて綺麗なものじゃない。もちろん、ナイフで対処する殺し方も綺麗とは言えないけど、それよりももっと無惨な死に方だよね」

「綺麗な、死に方……?」

「んー、まぁそれは置いといて。つまり僕たち呪人は、一般人や眼人のように簡単には死ねないんだよね、死ぬ方法は限られてくる」

「つまりなにが言いたいのよ」

「エイプルが動かなくなると僕たちは死んでしまうんだ。つまり、死にたければエイプルの動きを止めればいい。そうだねぇ例えば、今回の凪沙のように、体から血を抜く、とか」

「いや、俺、望んで血ィ出したわけじゃないんだけど……」

「まぁまぁ。大量に出血すれば、エイプルに必要な酸素や栄養が回らなくなるわけだからね。それと同じ考えでいくと、息を止めるとか?つまり窒息だね」

「なるほど、酸素を物理的に遮断するんですね」

「そうそう。ま、窒息死を望むならかなり時間がかかるけどね。酸素がなくても栄養は回ってるわけだから、エイプルの意地でそこ数日は生き延びれちゃう」

「なによそれ、論外じゃないの」

「それとまた似たような類でいくと、睡眠薬を多量に飲むオーバードーズ。これがいちばん簡単に楽に死ねる方法かな〜」

「……オーバードーズ?」

「正直、睡眠薬は呪人にはあまりよくない存在として知られている。僕はもちろん飲んだことないし、飲んでいる人を見たこともない」

「よくない存在?どうして?眠れなかったら使うことも悪くないと思うんだけど」

疑問に思った瀧田が手を挙げて先生に質問する。それに先生は淡々と答えた。

「呪人には効きすぎるんだ。エイプルが関係しているのかは分からないけどね、でもきっとそう。体にいい薬だと思っているのかなんなのか、効き方が尋常じゃないらしい」

「へぇ、効きすぎちゃうこともあるんだ」

「いずれにせよ、死ぬまでに少し時間を要するものばかりだね。あ、間違っても興味本位で試しちゃダメだからね!」

「はーいっ」


***


「なぁ、どう思う?なんで僕あんな授業しちゃったんだろう……」

「さぁな、自分でした授業なのに今更反省してどうする」

「だってあの授業は絶対にしないといけないって決まりだし、僕もあのくらいの頃受けた内容だし……」

「なら仕方ないことだろう。教え継がれてきたそういうことはきっと呪人の子どもたちにとって大切な知識のうちのひとつになる。恨むなら、お前が変えればいい。変えることのできる立場にいるだろう」

「……」

授業後、柊は医務室にやってきた。まったく、思春期の女子学生のようだ。そんな柊に、いつものようにコーヒーを用意する。少しは頭を冷やせ、との意味も込めて、アイスコーヒーを用意しよう。

「心配しているのは颯真か」

「……」

「ご名答だな。たしかにあの三人の中だといちばんの要注意人物だが、そこまで心配しなくても大丈夫だろう。失血死はともかく、窒息をするにはそれに必要な時間があまりにも長い。オーバードーズを狙うとしても、あの子たちには必要なとき以外薬を渡していない。死ねるほどの薬は持っていないはずだよ。ほら、飲みな。少しは頭を冷やせ。必死なお前を見るのはなかなかに滑稽だが、そう何度も来られると困るんだよ」

「んだよ……言いたい放題言いやがって……」

「ははっ。以前聞いたんだろう?お前は生きたいと思っているのか、って」

「……前回の四半痛のときだよ。あのときの颯真はあまりにひどい顔をしていた。最近は体調も落ち着いて随分と表情もよくなっていたけど、今回の凪沙の件で、きっとまた不安定になっている。追い打ちをかけるように事件が起こったり四半痛がやってきたりすると、今度はなにをするか分からない」

「そうだな、凪沙が気を失ってからの颯真の様子は異常だった。幼い頃の彼女との記憶が頭をよぎったんだろう」

「多分、……美代のことは一生と言っていいほど引きずるだろうね。颯真はここに来るまで、美代との世界しか知らなかったんだ」

「それは可哀想だ。この施設に来れば、さらにその世界は狭まる」

柊とのその会話中、ふと以前のことを思い出した。

「そういえば、颯真の幼馴染とやらはどうなった」

「幼馴染?あー、加瀬颯志か。眞部に調べさせたんだけど、特に不審な点はなし。実際に颯真が施設に入るまでは幼馴染として仲良くしていたらしい。えーっと、都立清峰学園在学の高校二年生。部活には入ってない。過去に一度、関東本部管轄内で祟人の攻撃により怪我を負ったことがあるらしい。身長は百八十手前。体重は約六十キロ。颯真より若干高いが細い。口数は少ないがハッキリした性格で、その性格ゆえか学校ではその友人、幾田智樹としか会話をしていない。ちなみにその幾田智樹は、同じく都立清峰学園高等部二年生。弓道部に所属しているらしい。出身は県外なのか寮生活を送っている。この子は加瀬颯志と違い、フレンドリーで優しい人間、だとよ」

「うわ、そんな情報まで手に入れてるのか」

「調べたのは眞部だ」

「そこまで調べさせたのはお前だろう」

「……」

「都合が悪くなれば黙ってそっぽを向くその姿勢は、甥っ子とそっくりだな」

アイスコーヒーを飲み干した柊は、その氷をガリガリと噛んだ。その攻撃的な音は、静かな医務室にひどく響いた。

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