第七話 命に替えても
「ハッ……瀧田!危ない!」
「えっ、……あ」
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【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
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九州支部での現場で、七森の危機を救った瀧田。そんな瀧田は後方からの祟人の氷の攻撃を受けた。その鋭い氷が、瀧田の肩と腰にひとつずつ貫通する。痛みと焦りで目の焦点が定まらなくなった瀧田は、ニッと余裕の表情を見せた祟人によって突き飛ばされた。
「瀧田!クッソ……」
七森が今浮いているのは瀧田の力があるからだ。瀧田が気を失ったり七森への集中力が切れたりすると同時にその浮力を失う。早く祟人を対処しなければマズい。七森は上がっていく心拍数を抑えるために深呼吸をする。
「ふぅ……水神、来水」
それは、彼女が自身の父親である七森優作を対処したときにしか使ったことのない強力な呪説だった。七森の中に膨大な力が溜まっていくのを感じる。気分が悪くなるのを抑えながら、まだだまだだと出来る限りの力を溜め込む。
「行け……!」
***
「瀧田……瀧田!」
町の中で瀧田を探す柳瀬。一帯は柳瀬により一般人は避難済みなのでだれか人がいれば見つけやすいはずだった。走りながらあたりを見渡す柳瀬。その後方から、ドサッとなにかが落ちたような音がした。振り返るとそこには瀧田がいた。近くにある木から落ちたのだろう。
「瀧田!!」
「あ……やっぱり柳瀬の声だった……」
「なに呑気なこと言ってんだよ……怪我人は喋んじゃねえ」
「ねぇでもさ?俺が気を失うと七森が落っこちちゃうの。……だから気を失わないように喋らせてよ」
「クソ……屁理屈ばっかこきやがって……」
「ねぇ、七森もう終わりそう?」
瀧田にそう言われ、空を見上げる。上空ではまだ七森が祟人と戦っていた。
「いや、まだだ。耐えられるか」
「耐えないとね、七森に怒られちゃう」
「わぁ!見てみて〜!おそらを飛んでるよ〜!」
「はッ?!」
随分と幼い声がした。柳瀬が驚いてその声のほうを向くと、そこにいたのは五歳くらいの女の子だった。その少女は上空で戦う七森と祟人を指差し笑った。が、次の瞬間には自分の周りにだれもいないことに気付き、泣き出してしまった。その泣き声が聞こえたのか、祟人はその標的を少女に変えた。祟人が急接近するのと同時に、その少女に向けて氷柱を放った。
「危ない!!」
柳瀬が大声を出し、女の子のもとに走る。だが氷柱の落ちてくる速さは柳瀬の思っているよりずっと速かった。間に合わない。だからといって自分の力を氷柱にあててもどうにもできない。
「クソッ……間に合わねえ……!……へっ」
柳瀬が顔をしかめた瞬間のことだった。うしろからの強い風に背中を押される。その姿を確認しなくてもわかった。この風は瀧田の力だ。柳瀬はその甲斐あり氷柱から少女を守ることができた。腕の中で恐怖に泣く少女は、柳瀬に抱きかかえられる。
「大丈夫か、お父さんかお母さんは」
「ママ……あたしママと一緒だったの……」
「そうか、残念だがきっとこのあたりにはいない。あとで探してやるから今は俺たちと一緒にいろ。いいな」
「うん……」
柳瀬の腕の中で落ち着いた少女と対照的に、柳瀬は心拍数を上げながら上空を見上げた。少女を狙っていた祟人は、なにかの抵抗を受けてこちらに進めないでいた。
「は……瀧田!」
柳瀬は少女を抱えたまま瀧田のもとへ走る。瀧田は寝転がった体勢のまま、祟人に手を向けていた。最後の力を振り絞って、とでも言おうか、そんな様子で瀧田は祟人に風を送っていた。
「やめろ、やめろ瀧田!俺がなんとかする!お前は無理をするな!」
柳瀬がそう叫んでも、瀧田はその腕を下げなかった。目の焦点が合わなくなっていく瀧田の体からは血が止まらない。心拍数の低下も著しかった。
「俺は言ったよ。……ふたりは傷ひとつ付けないって」
「だからって、自分を犠牲にするんじゃねえよ……お願いだからやめろ……やめてくれよ……」
泣きそうな目で懇願する柳瀬に瀧田は驚いた。柳瀬のそれに応えるように、瀧田は腕を下ろす。そしてその瞬間、七森が祟人とともに地上に落ちてきた。
「七森!」
七森は自分の力をぶつけ、ボロボロになった祟人にナイフを刺すと、のそのそと立ち上がった。
「なんとかなった……」
***
第七話【 命に替えても 】
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『先生!助けてください、瀧田が……瀧田が……死ぬかもしれない……』
「って、普段どんな状況でも落ち着いている颯真からあまりに余裕のない声で電話があったから慌てて来たけど、どうしてその電話を寄越した颯真まで気を失ってるの」
「そんなこと、あたしに聞かれても知らないわよ。それよりこの状況どうにかしなさいよこのクソ教師」
「も〜梛桜ったらそんなに汚い言葉使わないの!とりあえず、支部に戻ろっか」
颯真からの電話を受け取ってものの数分で現場に到着した僕は、いまいち状況を把握できないまま、梛桜が対処した祟人と、気を失っていた颯真と凪沙を抱えて九州支部へ向かった。とりあえず気を失っているふたりを支部の医務室に預けて祟人の保管作業を済ませる。それが終わってからが少し問題だった。
「んー、颯真のほうはただ気を失っているだけだから大丈夫だとして、問題は凪沙だね」
「……ねぇ、死ぬとか、ないわよね」
「おや」
梛桜の心配そうなその表情と言葉に、成長したなとしみじみ感じた。だけど、
「それは分からない。なんせ出血量がかなり多い。僕の治癒能力で助けてあげられたらいいんだけどね、残念なことに光属性は自分にしか治癒能力を使うことができない。他人に治癒能力を使うことができるのは、三属性の限られた人間だけだ。例えば、瞬とかね」
「じゃあ、あの人の力を貸してもらって」
「うん、でも今、瞬は現場に行っている。とりあえず、応急処置で倉田になんとかしてもらおうか」
ふたりを抱えて関東本部に戻る。医務室の扉を開けると、そこには事務作業をしている倉田がいた。
「なんだ柊か。随分と雛鳥が多いようだが」
「緊急だ。凪沙の傷の応急処置を頼む」
「凪沙の?珍しいな、あの子が怪我なんて」
「医務室でできる応急処置程度ではどうこうできるレベルではない。すぐに瞬と連絡を取るが、それまで持ち堪えられるようにしておいてほしい」
「分かったよ、ベッドに寝かせてくれ。おや、もうひとりは颯真かな」
「颯真は気を失っているだけだ。問題ない。が、目を覚ますまではここで寝かせておく」
「はいはい。梛桜は無事なのか」
「あぁ。梛桜は大丈夫だ」
「随分と派手にやられたな、穴がぽっかりと開いている」
倉田は凪沙の悲惨な状況を見てひとこと漏らした。傷口の周りの血を水で濡らしたタオルで拭き、傷口には消毒液を塗る。
「おい、突っ立ってないで手伝え。私の力ではこの子の体は動かせない」
倉田に言われた通り、凪沙の体を起こしてやる。背中側の傷も消毒したら包帯を巻いた。
「ここでできる応急処置はこの程度だろう。瞬とはまだ連絡がつかないか?」
「まだだ。珍しく時間がかかってるな……」
「まぁいい。血圧も死に至るほど低くない。安心はできないが、こちらが焦っていてもなにも変わらない。柊は梛桜と芳人くんを呼んできてくれ」
「……ん」
医務室を出て、まずは事務室に向かった。眞部にひとこと声をかけてから女子寮に向かう。
***
柊が医務室から出ると、そこは異様な静けさに包まれた。ふたりの静かな呼吸音だけが医務室に響く。
「ん……」
そんななか、声を出した人間がひとり。それは気を失っていた颯真だった。
「颯真、目を覚ましたか」
「……雪さん」
彼は覗き込む私に気付いたら勢いよく体を起こした。
「雪さん!助けてください……瀧田が!たき、た……が……。あれ、医務室……?」
「おはよう。ここは医務室だ。安心しなさい、凪沙ならお前の横で寝ているよ。応急処置はしたから大丈夫だ」
「た、瀧田……」
颯真は額に汗をかいていた。ものの数分でこの汗の量。相当不安を感じていたのだろう。凪沙を見て、辛うじてではあるが生きていることを確認すると、ふぅ、と息を吐いた。
「失礼します。お疲れ様です雪さん。あ、柳瀬さん、目を覚ましておられたのですね」
「眞部さん。お疲れ様です」
「芳人くん、お疲れ様。悪いね、忙しいのに呼び出してしまって」
「いえ、お構いなく。柊さんは七森さんを呼びに行ってくるとのことでした」
「ありがとう。そこの椅子にでも座ってよ、なにか飲む?コーヒーでも出そうか」
「いえ、そんな。大丈夫ですよ」
「ついでだよ、ついで。颯真もなにか飲むかい?」
「え、いや俺は……」
「仕方ないな、洒落たものは出してやれないが、少し待っていなさい」
遠慮して飲み物を断るふたりと、のちのちやってくる梛桜と柊の分も含めて五人分の飲み物を用意する。大人はコーヒー。子どもはカフェラテ。颯真の分だけホットにして、その他四人はアイスにしておこう。
「失礼します」
そうやって準備をしていると、梛桜と柊がやってきた。梛桜はシャワーでも浴びてきたのか、髪が濡れている。
「ん、柳瀬」
「ん。お前シャワー浴びたのか」
「えぇ。汗かいたし」
「髪濡れてるぞ、こっち来い」
「は?なんでよ、髪くらい自分で拭けるわよ」
「ん……そうか……」
「んぐ……こんの弟属性が……」
梛桜は、颯真のシュンとした表情に弱い。こういった光景は珍しくない。
颯真がベットから退くと、そこに梛桜を座らせた。そして梛桜は自身の肩にかけていたタオルを颯真に手渡す。そのタオルを受け取った颯真は梛桜の髪を拭き始めた。
「ちょっとそこ、なにイチャイチャしちゃってんの。人様の前でしょうが」
「してないわよ!」
そのふたりの様子に嫉妬したのか、柊が嫌味を放つ。梛桜の反論は早かった。まったく、賑やかなものだ。
「はいはい、落ち着いたら現場報告でもしなさいね」
出来上がった飲み物をそれぞれに渡していく。髪を拭いている颯真と拭かれている梛桜の飲み物は近くのテーブルに置いておいた。
「あたたかいほうが颯真ね」
「すみませんわざわざ。ありがとうございます」
滴らない程度にその髪を拭いた颯真は、少し満足げな顔をして梛桜の隣に座った。冷たいカフェラテを梛桜に渡し、自身は温かいカフェラテをゆっくりと飲み始めた。
「ま、一段落したところで現場報告を聞こうか」
「あ、はい。すみません」
***
「雪さん、……瀧田、いつ起きるの」
「さぁ、分からないね。でもあまり時間はかからないだろう。心配することはない」
現場報告を済ませた梛桜が心配そうな顔で私に質問した。
「梛桜と颯真は怪我をしていないかい」
「あたしは大丈夫」
「俺もです」
「そうか、よかった。ふたりとも今日は疲れただろう。部屋でゆっくり休むといい」
「えぇ。あたしは部屋に戻るわ。柳瀬は?」
「……俺も部屋に戻る」
ふたりは医務室を出ていった。柊もそのあとを追うように医務室を出ていく。残った芳人くんとは凪沙の現状を説明して解散した。また、医務室が静寂に包まれた。と、思っていた。




