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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第二章

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第六話 傷のひとつも

「じゃあ、……行ってくる」

「うん……行ってらっしゃい」

「ただの検査だ、変な空気を出すな」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


「颯真、検査の結果だ」

「……はい」

緊張感漂う医務室。雪姉さんは体を硬くする柳瀬に微笑んだ。

「ほぼ完治と言っていいだろう」

「えっ、本当ですか」

「やなっ、柳瀬〜!」

柳瀬の折れていた肋骨は完治していた。これも全部、

「動きたい欲を我慢してしっかり安静にしていたおかげだな!」

「いや、お前のおかげだ。お前が執拗いくらいに安静を諭していなければ、俺は無理にでも動いていた。もう現場にも出れる。今まで休んだ分、ちゃんと取り返すから」

「ンハハッ、りょーかいっ!」

「おっと、喜ぶのはまだ早い」

「え?」

喜んでいる俺たちは雪姉さんの言葉によって動きが止まった。

「ほぼ完治、だ。調子に乗って動き回れば、またヒビが入る」

「じゃあ、現場には……」

不安そうな顔をして柳瀬が聞いた。柳瀬にとって長かったであろう二週間。やっと出れると思っていた現場に出られないかもしれない不安が襲っているのだろう。

「現場には行ってもいいよ、ただし約束しなさい」

「約束、ですか」

「そう。これから約一ヶ月間、対処と補助はしないこと」

「え、で、でもそれって……」

「分かりました。約束します」

「えっ、や、柳瀬……」

さすがの柳瀬でも少しは抵抗すると思っていた。だって、対処と補助をしてはいけない、ということは、現場に出るときは必ず保護誘導に回れと言っているようなもの。そんな条件を柳瀬がすんなりと飲むなんて。

「柳瀬……いいの?一ヶ月ずっと保護誘導だよ?」

「構わない。俺はもともと対処の経験があまりなかったんだ。今さら気にはしない」

「でも、補助はできるじゃん」

「いいんだ。俺は現場に出れればそれでいい。保護誘導でも人の命は救える」

「柳瀬がそう言うんだったらいいけど……」

柳瀬と雪姉さんはその約束を交わした。その後、柳瀬と俺は医務室を出る。そしてすぐさま七森のもとへ向かった。

「七森〜!」

「なによ……」

「柳瀬の骨折、治った!」

「骨折じゃねえ」

七森はジムで筋トレをしていた。ジムのドアを勢いよく開け、七森にそう報告した。

「あら、そうなのね。じゃあ現場にはもう出れるの?」

七森は筋トレを中断し、入り口にいた俺たちのもとにやってくる。

「現場には出れる。でも完治したわけではないらしい。だからこれから一ヶ月は保護誘導しかできない」

「ふぅん。で、瀧田はそれに納得していないと」

「エスパーかよ」

「ま、女の勘ってやつね」

「納得できないよ……やっと柳瀬が現場に出れるようになったのに一ヶ月も……」

「それが最善の方法なんだろ、仕方ない」

「アンタは随分と落ち着いてるのね」

「コイツが俺の代わりにこれだけ騒いでるんだ。俺は逆に冷静になる」

「たしかにね」

「え?!それ新手の悪口じゃない?!」

「そんな程度の低い悪口吐くかよ」

七森はその後、使っていたトレーニング器具を片付けて俺たちと一緒にジムを出た。


***


『やっほー颯真!あれ、みんなもいるね。じゃあ颯真の病み上がり記念も兼ねてみんなで現場に行ってもらおうかな!』

『病み上がり記念ってなんですか……』

『詳細は颯真のメールに送っておくからね〜』

『送るのは眞部さんでしょ。場所はどこですか』

『四国支部だよっ!』

「ったく人使いが荒いわよね、せっかくシャワー浴びてスッキリしたところなのに」

「対象は火属性だ。対処は七森でいいな、瀧田は補助を頼む」

「了解!」

あのあと俺たちは、汗を流すためのシャワーを浴びに部屋に帰った七森と合流して俺の部屋で雑談をしていた。そこに突然やってきた先生は、突然現場を入れてきた。そして今、急いで現場服に着替え、四国支部へ向かっているところだ。

「あークッソ、あのクソ教師!帰ったらぶん殴ってやるー!!」

「着いたぞ!」

「アンタたちさっきから無視してんじゃないわよ!」

「お前に付き合ってたらいつまで経っても話進まねえよ」

「七森、行こう!」

「ったく……!」

俺はふたりと別れて地上に降りる。二週間ぶりの現場に、妙な緊張感を覚えた。


***


「いいよ!」

「っしゃ、行ってくる」

「気を付けてね」

瀧田にそう言われ、当たり前だと頷く。瀧田の風を自分で操るのも慣れたものだった。今回の祟人はほぼ初期段階らしい。事態が悪化する前に処置しておきたい。

「いた……」

そこには、奇妙なほど自身の周りに火を纏っている祟人がいた。こちらには気付いていない様子。男の人で、かなり体の大きい祟人だった。凶暴化が進めば厄介になるだろう。

「え?!」

突然のことだった。ひどく周りに纏っていた火の鎧が一瞬で消えたと思えば、それと同時に力を失ったかのように地上に落ちていく。頭から落ちていく祟人のもとへ急ぐ。

「う"、ぐッ……おっも……」

その体格や体重に加え、重力や体に一切の力が入っていないことも相まってさらに重くなっている祟人は、あたしひとりでは完全に支えることができなかった。祟人の下に入り込み、上へ上へと意識を上げるがそれも虚しく、順調に地面までの距離が近づいていた。

「おっ、とぉ……」

「へっ」

まずいまずいと焦りを感じた瞬間、浮遊感を覚える。

「た、瀧田!」

「間に合った〜」

その原因は瀧田だった。あたしと祟人を抱きかかえた瀧田は、祟人に特効薬を打ち、安全を確保しながら地上に降りていく。

「七森、大丈夫か」

地上に降りると、こちらに走り寄ってくる柳瀬にそう聞かれる。

「えぇ、あたしは大丈夫。瀧田、ありがとね、助かったわ」

「ううん、七森に怪我がなくてよかったよ」

その後、四国支部の医務室まで祟人を運び、関東本部に帰ったあたしたちは、今回対処だったあたしと指示役である柳瀬のふたりでナベさんと柊への現場報告を済ませた。

「じゃあな」

「ん、お疲れ」

あたしは柳瀬と別れ、再度シャワーを浴びるために自分の部屋に戻った。


***


第六話【 傷のひとつも 】


***


「だから……なんでお前がここにいるんだよ」

「へへっ」

部屋に戻るとそこには中央に大きく駄犬と書かれた、通称駄犬ティーを着ている瀧田がいた。そんな瀧田は、まるで自分の部屋にいるかのような寛ぎようで俺の部屋に置きっぱなしにしている漫画を読んでいる。

「駄犬ティーシャツかよ……その漫画も自分の部屋に持って帰れよな……」

「いいじゃ〜ん、減るもんじゃないし!」

俺がため息を吐くと、瀧田が再度口を開く。

「あれ、柳瀬それなに?」

瀧田が指を差したのは俺が手に持っていたものだった。

「ああこれか。現場報告のときに先生にもらった。俺の新しい現場服のインナーらしい」

「インナー?へぇ、どんなの?」

「ん……」

俺はそれを広げて見せる。瀧田は想像通り、顔をしかめた。

「それ不良品じゃない?上の部分ビロビロなってるけど」

「いや、不良品ではない」

ただ広げただけではそうなるよな、と思い、着ていた上着を一度脱ぎ、そのインナーを着る。

「お〜なるほどな!」

そのインナーは俺の顔半分までもを覆うようにできている。もちろん袖も長い。

「息はしにくくない?」

「ああ、大丈夫だ。息が上がっているときは分からないが、通気性もいいし悪くないだろうな」

俺は寒がりだ。普段施設で過ごしているときでさえ、寒くて常時力を使用しているほどだ。そんな俺は、現場後、急激に体が冷える。現場で少しでも汗が出ると、その汗が冷えて寒さを引き起こす。さらに現場後は自分に力を回せるほどの体力が残っていないため、その寒さにひたすら耐えることしかできなかった。ただこれからは、これがあるから少しはマシになるだろう。

「あの人もたまにはいいことするな」

「んははっ、柳瀬辛口だね〜」

そのインナーを脱ごうと顔を覆っていたそれに手をかける。

「待ってなんかそれエッチ!」

「なんでだよ!!」

とりあえず瀧田は殴っておいた。


***


「やぁやぁグッドモーニング」

「先生おはよ〜」

あれから二日が経った。あの日はあれ以降現場が入らなかったし、昨日も入っていない。先生にもらった新しいインナーの出番はまだ先になりそうだと思っていた、そんな日のことだった。

「はーいみんな現場行くよー」

「随分と緊張感のない大人ですね」

「それは昔からじゃん?」

「凪沙までそんなこと言っちゃうのね?!」

「場所はどこですか」

「九州支部だよッ!今回の祟人強いらしいから気を付けてね〜」

「本当に緊張感のない大人ね」

「じゃ、着替えてここに集合な」

『了解』

「柳瀬のほうがよっぽど緊張感があるな!」

「お前、よっぽどって単語知ってたんだな」

「ヒドい!それって新手のイジメでは!」

「うるせえ」


***


「対象は水属性。対処はどうする」

九州支部への移動中、柊からの新しい現場用インナーを身につけた柳瀬がふたりに問う。その言葉に七森が問いを返した。

「ランクは」

「事前情報も曖昧だ。特定されていないがAからBらしい」

「じゃあ瀧田ね、頼んだわよ」

「いや、俺は補助に回る」

「はぁ?あたしに一回りも二回りもランクが上の祟人を対処しろって言うの?それ遠回しに死ねって言ってるもんよ!」

「七森がなんと言おうとも、俺は補助に回る。今度こそ、柳瀬はもちろん、七森のことも傷ひとつ付けないから」

「……」

「……七森、頼めるか」

「仕方ないわね……分かったわよ」

頑なな瀧田に折れた七森は、柳瀬からナイフを受け取った。

「じゃあ対処は七森、補助は瀧田、保護誘導は俺な」

「よし、着いたよ」

保護誘導の柳瀬は、対処の七森、補助の瀧田と別れ、地上に降りる。七森は瀧田とともに町が見渡せるところまで飛んでいった。

「気を付けて」

「えぇ」

風の準備ができた瀧田は、七森に合図する。その合図に七森は飛び出した。対象である水属性の祟人はその先にいた。

「久遠……生水」

七森が水の呪説を唱える。その瞬間、祟人を大量の水が襲った。その水に体がふらつく祟人。町に氷の攻撃をしていた祟人に対して、七森の奇襲攻撃は効果的だったようだ。しかし、その瞬間に標的が七森へと切り替わった。

「冰!」

勢いよく自身に向かって突っ込んでくる祟人に、七森は氷の呪説を唱えた。いくつもの氷柱や大小いくつもの氷の塊が祟人目掛けて飛ばされた。そのうちの大半は避けられるも、いくつかは祟人の体にダメージを与えた。氷柱は祟人の体を貫通し、氷の塊は無数の傷を与える。貫通した部分や傷ができたところからは血がボタボタと垂れ、その血生臭さが鼻の奥をひどく刺激した。しかし、大量の傷を負っても動きの鈍らない祟人は、その奇妙さに一瞬怖気付いた七森に構わず突進する。その手には鋭い氷柱がある。避けられない、もうダメだ。七森がそう咄嗟に思い、目を瞑った瞬間だった。七森の体がひどい勢いで左に流れた。

「わッ?!」

「七森!大丈夫か!!」

瀧田の呪説の影響だった。そんな瀧田は驚いた顔をした七森に必死な顔をして叫んだ。

「傷ひとつ付けないって!言った!!」

「ハッ……瀧田!危ない!」

「えっ、……あ」

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