第三話 命が懸かる
「なにしてんだ瀧田、さっさとシャワー浴び……」
「あぅへ〜!!」
「な、にしてんだよ……」
***
【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
***
部屋に戻り、俺はベッドに横になる。瀧田は部屋に備え付けてあるシャワーで済ませようとしているのか、隣の部屋でガタガタと音が忙しない。なにやら瀧田の叫んでいるような声も聞こえるし、なにかあったのだろうか。
そう思い、瀧田の部屋のドアを開けると、薄着を捲り上げたまま動けないでいるソイツがいた。汗をかいていたからそのせいで脱げなくなったのだろう。
「ふあ、ありがとな柳瀬ぇ……」
「ったく……いつまでもガタガタうるせえからなにしてるのかと思ったら……」
「へへ、ごめんごめん、すぐシャワー浴びるから待ってて〜」
「ん、じゃあな」
「はーい」
***
瀧田は筋肉がある。俺なんかより何倍も筋肉をつけている。もともと瀧田は筋肉がつきやすい体質だが、それ以上に努力を惜しまない。なにがあっても毎日筋トレをするから、ついた筋肉が落ちることはない。三食しっかり食べるのはもちろん、その量は大食いと言っていいほどの量だ。対照的に、俺は筋肉がつきにくい。瀧田に比べて食事の量が少ない。それに、ここ三日は筋トレどころか軽い運動すらできていない。部屋に戻るときに瀧田に言われた言葉がある。
「柳瀬最近痩せた?」
そりゃ一日三食まともに食べずに三日も動いていなければ痩せるだろうと抗議したかったが、そうではなかった。
「柳瀬が倒れた日さ、俺が医務室に運んで、そのあと柳瀬の部屋まで運んだんだけどなんかすっごい軽かったんだよな。着替えさせるために服も脱がせちったけど、すげぇ細かったし。ここ三日はあんまりご飯も食べてないんだろ?今はもっと細くなってんじゃない?」
「……は?」
正直少しキレながら瀧田に触られそうになった腹を咄嗟に押さえた。
痩せたってなんだよ、倒れる前は一日三食は欠かさなかったし、毎日特訓もついてもらっていた。筋トレだって毎日していたし、体力づくりのために運動もしていたのに痩せるわけがない。
一瞬でその場の空気が変わると、それを察した瀧田が眉を下げた。
「あー、ごめん。べつに悪い意味で言ったつもりじゃないんだけどね?」
「悪い意味じゃなかったらなんだよ、俺はお前と違って筋肉がつきにくいんだよ」
「うん……ほんとごめん」
***
「あーー、クッソ……」
ダサい。クソダサい。少し言われただけでキレて気を遣わせるなんて。瀧田は特別人に気を遣うような人間じゃない。でも対俺だと様子が変わってくる。きっと、長い間一緒にいたからそうなのだろう。関係を崩したくないだとか、そんな理由でアイツは俺に優しくする。瀧田の俺に対するそういう気遣いが苦手だ。俺はアイツに優しく扱われるような立派な人間ではない。
「柳瀬〜、ヘヘッ、ダッシュで来ちゃった」
ノックもせずにドアを開けて、ニカッと太陽のような笑顔を見せて入り口に立っているのはもちろん瀧田だ。ダッシュで来た、と言うだけあって髪はビショビショ。こういうのを一般人は水も滴るいい男、と言うのだろうか。俺には濡れている瀧田にしか見えない。
「来い」
「ん?はーい」
「座れ」
「はーいっ」
床に座らせるとちょうどいい位置になる。そのまま肩にかけられているタオルで瀧田の髪を拭くと、瀧田から笑い声が漏れた。
「んははっ、ヤバい。今の柳瀬、母ちゃんみたい」
「あ?」
「ほら、母ちゃんってこうやって髪の毛拭いてくれるんだってさ。柳瀬はそういうのなかった?」
「ああ、あったようななかったような」
「そっかぁ、俺はそもそも覚えてないしなぁ」
男の短い髪の毛なんてものの数分で拭き終わる。拭き終わったタオルはそのまま瀧田の肩に返しておいた。
「そいえば、柳瀬まだ四半痛きてない?」
「来てないな。できれば休んでいたあの三日で終わらせておきたかったんだが」
「今回遅いねぇ、前回も遅かったよね」
「ああ、二週間くらい遅れて来た」
四半痛はきっちり三ヶ月に一回来るというわけではない。生理に生理不順があるのと同じように、四半痛にも四半不順というものがある。一週間程度のズレはよくあることだが、それ以上ズレると四半痛になったときのダメージが大きくなる。早く来る分にはあまり問題がないのだが、遅れるものは四半遅滞と名前がつくほどに大変なのだ。
「瀧田は先週来たんだよな」
「うん、今回の四半痛はちょっとキツかったなぁ、頭も痛くてさ。でも柳瀬は毎回これよりしんどいんだもんな」
「……まあ、それはそうだけど、慣れるし」
「んふっ、慣れはしないだろ。柳瀬って変なとこ強がるよね」
「……」
実際、四半痛は何度経験しても慣れない。現在研究中ではあるものの、薬もないのでただひたすらに耐えるしかない。
「やっほー、やっぱり凪沙はここにいたんだね〜」
「あっ先生〜」
「ふたりとも、今出れるかい?」
「もちろんです」
「じゃ、準備お願いね」
『はい』
祟人が出た、その言葉が先生の口から出なくても分かった。
瀧田も自分の部屋に戻り、急いで準備を始める。現場用の服装に着替えると部屋を出た。
「お、来たきた」
「遅れてすみません」
「早かったよ〜、それじゃあ行こうか。現場はこの近くだよ」
先生の言葉通り、現場はそう遠くはなかったため到着までの時間はあまりかからなかった。だが、祟人はかなり凶暴化していたため、初期段階のように注射で処置することはできない。今回は対処だ。
「対象は火属性。対処は梛桜で、僕は補助につくから颯真と凪沙は一般人の保護誘導をお願いね」
「了解!」
「……了解」
***
第三話【 命が懸かる 】
***
「じゃ、俺は誘導するから柳瀬は保護に回ってな」
「ん、死ぬなよ」
「うん、柳瀬もな」
瀧田に言われた通り、俺は一般人の保護に向かう。今回の祟人はすでに凶暴化しているため、一般人にも見えているだろう。物珍しさから祟人に近づいたり、呪人との戦いを見物したりする一般人も少なくはない。危害を与えられる前に遠くへ避難させる必要があるのだ。
「みなさん下がって、できるだけ離れてください!」
遠くから聞こえる瀧田の声。その声に押され、一般人は少しずつ祟人から離れていく。俺は、騒動で怪我をした人がいないか見回り、怪我をした人がいたらその人を保護する。のだが、
「柳瀬!危ない!!」
背中から七森の叫び声が聞こえた。その言葉の中には俺の名前があった。振り向くと目の前には祟人。死ぬ、無意識にそう思った。その直後、俺の体は右に倒れる。だれかに倒された。
「柳瀬!火!」
俺の耳元で叫んだのは瀧田。瀧田が俺に飛びついて祟人からの直接攻撃を防いだのだ。その瀧田の声に反応して、咄嗟に呪説を唱えた。だがこんなに小さい火ではなにもできない。
「力、入れといて」
俺のその小さな火を確認したら、瀧田に腕を引かれた。言われた通りに力を入れると、瀧田が大きく息を吹きかけ風を呼び起こした。風により一気に大きくなった炎を祟人に吹きかける。祟人はその炎に動きを制圧され、風により後ろへ飛ばされる。自分でも驚くほど強力だと思った。そういえば、と前回の授業で先生が言っていたことを思い出す。
『颯真が持ってる火属性はその名の通り火や炎を自由に操れる力のことだね。三属性の中だと二番目に多いけど、実はいちばん扱いづらい。まぁ、風属性と力を合わせればかなり強いけどね』
風属性との合わせ技を使ったことがなかったから知らなかったが、こういうことだったのかと体感した。
圧倒されている祟人のもとに氷が飛んでくる。七森のものだろう。水属性は水だけでなく氷や雪も操れる。
「ごめん柳瀬、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。助かった。……って、お前その腕」
「え?」
瀧田の腕を見るとそこには腕全体に広がる血が流れていた。きっと俺を庇ったときに地面にひどく擦れて出た血だろう。
「お前こそ大丈夫かよ、早く戻るぞ、医務室」
「いやまぁ、このくらい大丈夫だって」
「大丈夫な出血量じゃねえよ馬鹿、早く行くぞ」
瀧田と軽く口論していると、そのうしろからまた声がした。
「柳瀬、大丈夫?」
振り返ると、七森と対処済みの祟人を抱えた先生がいた。
「大丈夫だ、俺はなんともない。だけど……」
俺が瀧田のほうに目をやると、それに気付いた先生が声を上げた。
「あっ、凪沙怪我してるねぇ。医務室行こっか」
「えぇ?これくらい大丈夫だよ」
「はいはい、ほら、行くよ〜」
先生は瀧田の出血していないほうの腕を取り、無理やり連れていった。
「とにかく、アンタに怪我がなくてよかったわ」
「結果俺のせいで瀧田が怪我してんだ、良くはないだろ」
「まだ怪我したのが瀧田だったからよかったのよ」
「は?なんでだよ」
「祟人がアンタのところへ行ったときのアイツらの顔、ひどかったわよ」
「アイツら?」
「アンタの叔父は顔が真っ青になってひどく焦った顔をしていて、アンタの親友は対照的に顔を真っ赤にしてひどく怒った顔をしてた。野郎どもふたりに愛されてるだなんてアンタも大変ね」
「は、はあ?」
七森の言葉に戸惑っている間にも三人は歩みを止めない。ほんとコイツら、なんなんだ。
***
「いやぁ単なる擦り傷でよかったね」
「擦り傷レベルじゃねえだろそれ」
「なんだかんだ言ってそばにいてくれる柳瀬、俺は好きよ」
「るせ」
ここは施設の医務室。応急処置は施したが、それも腕に包帯をグルグルと巻いただけ。だがこれ以上の処置もできないという。俺たち呪人は一般人や眼人と比べて怪我の治るスピードは早い。
「べつにここまでする必要もなかったのになぁ」
腕に巻かれた包帯を見ながら瀧田が言う。コイツ、人の心配はするくせに自分のことは後回しだからこっちが心配になる。
「祟人に襲われそうになったやつより怪我がひどいってどういうことよ」
そう声が聞こえ、目をやるとそこにいたのは七森だった。壁にもたれかけている彼女は手になにかを持っている。
「ほら、これやるわ。食堂のおばさまからよ」
「え、おばさんから?」
「おばさまに感謝しなさい。それと持って来たアタシにもね」
「え〜ありがとう七森!おばさんにも言っといて!」
七森から投げ渡されたのはカップに入ったプッチンプリン。なぜか俺の分まである。
「これ、俺もかよ」
「どうせアンタもいると思って持って来たのよ」
「そうか……ありがとう」
「やったな柳瀬、プリンはプリンでもプッチンプリンじゃん」
「……ん」
「顔赤い〜柳瀬可愛い〜」
「るせえ!」




