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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第二章

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第四話 優しさは

「気絶までさせるのか、まるで鬼だな」

「詳しい事情は知らないけど、今回の現場が原因だろうな。今は休ませておいたほうがいい」

「なるほど、賢明な判断だ。気絶している今のうちに、肋骨の検査をしておくか」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


「や……」

『柳瀬の肋骨が折れた?!』

「折れたんじゃなくてヒビが入ったの〜」

「それ折れたも同然じゃないの!」

「ま、まさかあのとき……」

先生からそう報告をされたとき、七森と俺は、今にも走り出しそうな勢いでそう言った。心当たりというか、そういったものがないこともなかった。おそらく柳瀬が公園内で祟人の攻撃を受けていたあれが原因だろう。あのとき柳瀬はうしろの大木に体を打ちつけてそのまま祟人の風によって押し潰されていた。かなりの風圧で息もできていない様子だったのを覚えている。

「柳瀬今どこ!」

「医務室で休んでるよ、そこ二週間くらいは現場にも行けないかな〜」

「七森行こう!」

俺たちは廊下を走って医務室まで向かった。その扉を勢いよく開けると、そこには扉の音に驚いた顔をした雪姉さんと、ベッドの上ですやすやと眠っている柳瀬がいた。

「ご、ごめん雪姉さん」

「ははっ、構わないよ。颯真の様子を見にきたのかい?」

「うん、そう……」

「うっ……ヅ、瀧田……アンタ少しはうしろの様子も見ながら走りなさいよ……」

「えぁ、ごめん七森……置いてっちゃってたんだ」

「おやおや、梛桜までおいでか。ふたりとも中に入ってきな。飲み物でも出してやろう」

雪姉さんに言われるまま、俺たちは医務室の中に入った。俺たちが騒がしくしていてもピクリともしなかった柳瀬は、先生によって気絶させられたと聞いた。

「今日の現場はどうだった」

「あ、うん。今日は柳瀬が対処したんだ。祟人は事前情報でもらってたランクより強い様子だったけど、三人で協力してなんとか対処できたよ」

「そうかい。お前たちも本格的に柊なしでの対処が可能になってきたな。そうだ、颯真の様子が少しおかしくてね、現場報告のときに柊が多少追い詰めただけで息が上がってしまった。なにかあったのかい?」

「えっ……あ……」

「おや、その反応はなにかあったと見ていいようだね。教えられる範囲内でいい。これも主治医の務めだ」

「……うん。正直、俺たちの口から話していいのか分からないんだけど……っていうか、俺たちも詳しいことはよく分かっていないんだけど……」

俺が話すことを躊躇していると、それに気付いた七森が口を開いた。

「対処後、柳瀬の幼馴染っていう男に会ったんです。会った直後もかなり動揺していたように見えたけど、正直、第三者から見ても快くない言葉ばかりかけられていて。そのあとも少し息が上がっていたわ。その男、あまり呪人にいいイメージを持っていないんじゃないかしら。差別するような言葉ばかり投げかけていたし」

「……ふたりの関係は、七森が言ったように多分幼馴染で間違いないんだと思う。柳瀬はウソつかないし。でも、なんというか、俺には幼馴染には見えないくらい空気が悪かったんだよね……」

「具体的にどんなことを話していた?」

「えっと……まずその男が言ったのは、なんでここに呪人がいる、みたいなことで、あと、その男、祟人に襲われたことがあるって言ってた。それと……呪人は同じ人間だとは思ってない、って……」


***


多感な時期の子どもたち。呪人という、その他一般人とはちがう特徴を持つ子どもたち。少しの刺激で、一瞬にしてすべてが崩れることも少なくはない。

「ありがとう。また話を聞くことがあるかもしれないが、そのときはよろしくな」

「うん……こんなんでよかった?」

「あぁ、話を聞けてよかったよ。一応、柊には私から話をしておこう」

「ありがとう……」

凪沙はえらく不安そうな顔をしていた。颯真の話を本人の許可なく話したからだろう。

「……ちなみに、柳瀬の肋骨にヒビが入ったのは本当?」

梛桜の突拍子のない発言につい笑いが出てしまう。

「ははっ、柊の言葉は信じられなかったのか?ふふ、本当だよ、本当にヒビが入っている」

「そうなのね……」

「ヒビが入っている程度だから一、二週間で治るだろう。現場に出れるのは早くて二週間後かな」

その後、颯真の顔を見たふたりは、その寝顔に少し安心した様子で医務室を出ていった。


***


「ハッ……」

「……なによ」

医務室を出て廊下を歩いていると、隣にいた瀧田が声をあげた。

「柳瀬の骨折、俺のせいじゃね……?」

「は?」

「いやだって、柳瀬は最初、対処は俺って言ってたじゃん。でも柳瀬がしてみなよって提案したのは俺だし、結果柳瀬が対処することになったし、ついでに祟人の保管作業に行く前に柳瀬を医務室に連れていかなかったし、そのあと意地でも医務室じゃなくて報告に行った柳瀬とそのまま別れちゃったし……」

「バカね、それを言ったらあたしのせいにもなるじゃない。起こったことは仕方ないのよ、事前情報よりも確実に強い祟人だった。なら、だれが対処しても柳瀬のように大きな怪我を負うのはほぼ確実じゃない。結果、柳瀬が対処になって、柳瀬の肋骨にヒビが入ったわけだけど、その結果にアンタまで落ち込む必要ないのよ」

「いや、でも」

「でもじゃないの。そんなに負い目を感じるなら、柳瀬が目を覚ましてからこれでもかってほどアイツの世話をしてやりなさいよ」

「う、うん……」

柳瀬はその日中に目を覚ました。体調は特に悪くなく、いつも通りに生活する分には特に痛みも感じないらしい。それでも深呼吸をすれば痛みを感じるので、当然の如く特訓はできないし現場にも出れない。呪人は怪我の治るスピードが早いとはいえ、ヒビまで入っていれば完治するまでにそれなりの時間を必要とする。柊と雪さんが言っていた二週間とは、あくまで目安。柳瀬がそれより早く完治するか、それともズルズルと長引くのかは、柳瀬自身がどれだけ安静にして過ごせるかが重要になってくる。が、きっと柳瀬のことだしじっとはできないだろう。アイツはあの状態の自分にもできることはないかと探し回る可能性が高い。

「いい?少しでも早く現場に出たいのならおとなしくここで瀧田の世話を受けるのよ」

「無闇に動いちゃいけないのは分かってる。でもなんでそれで瀧田の世話がついてくるんだよ」

「アンタをひとりにしておけば動きそうだからよ」

「信用ならねえってか」

「アンタもあたしたちのこと信用してないじゃない」

「……そんなことねえよ」

「ウソ下手か」

「いや、でも信頼はしてる」

「はぁ……まぁいいわ。とにかく、瀧田は今、アンタに怪我を負わせたのは俺のせいだ〜って心傷中なのよ。世話なんかいらない、なんて言ったらこっちが面倒になるんだから、素直におとなしく、瀧田の世話を受けていればいいのよ。分かった?」

「……分かったよ」

「で?食欲はあるの?」

「え、あ、まあ」

「じゃ、瀧田に食事持ってこさせるから、待ってなさい」

柳瀬に言い聞かせてから医務室を出る。そして食堂でひとり寂しく座っていた瀧田を見つける。相変わらず柳瀬のこととなるとセンチメンタルになる瀧田。コイツのためにも、柳瀬には早く元気になってもらわなければ。

「瀧田」

「ん、七森」

「出番よ、柳瀬に夜ご飯持って行きなさい。ついでにアンタもそこで食べなさいよ」

「……うん、七森も行こ」

「は、なんでよ、あたしはここで食べるわよ」

「ひとりでご飯なんて寂しいよ」

「アンタじゃないんだから大丈夫よ」

「でも、みんなで食べるほうが楽しいだろ?柳瀬も七森がいてくれたほうが楽しいと思うよ。行こう」

「ん……」

三人分の食事を取りながら瀧田とそんな話をする。あたしは自分の分、瀧田は自分と柳瀬の分の食事を取り終えたら、瀧田に言われるがままふたりで医務室に向かった。

「柳瀬〜おはよっ」

「ん、瀧田、はよ」

「みんなで一緒にご飯食べよ〜」

語尾を弾ませていつも通りに接しているつもりなのか、瀧田は柳瀬に対して笑顔を絶やすことはなかった。でも、柳瀬は気付いていたようだった。トレーを机に置いた瀧田の頭を、柳瀬が軽く殴る。

「アデッ」

「心配そうな顔すんな、ただヒビが入っただけだ。普通に過ごしていれば痛くもない」

「だ、だってその骨折、俺のせいも同然じゃん……」

「だから、お前のせいじゃないって。七森からも言われたんだろ、相手があれだと、だれが対処しても怪我は負ってた。今回はそれがたまたま俺だった。ただそれだけだ」

「……うん」


***


第四話【 優しさは 】


***


「柳瀬!おはよ!」

「はよ」

「柳瀬!授業行こ!」

「ん」

「柳瀬!ご飯食べよ!」

「おう」

あれから瀧田は気持ちを切り替えていつも通りに接してくるようになった。というか、いつも以上に元気に接してくるようになった。きっと、俺に気を遣ってのことだろう。

俺はしばらくの間、移動は車椅子で行った。そこまでする必要はないと反抗したが、いいように言い包められてしまった。当然体術や一般体術の授業には参加できないので、その時間は実習室の端で見ているだけだ。

「柳瀬〜今日も大浴場?」

「ああ、行ってくる」

「俺も一緒に行く〜」

「はあ?お前は部屋のシャワーでいいだろ」

「せっかくだし一緒に入ろうよ、お背中お流ししますよ〜」

「結構だ」

「まぁまぁそんな固いこと言わずに!」

俺が怪我をしたあの日から一週間が経った。その間、何度か現場要請があったものの、特別人数の必要な現場もなく俺の怪我も回復傾向にあるとのことで俺の生活拠点はまた、医務室から自分の部屋へと移り変わった。

「柳瀬おはよ!飯食べれる?」

「ん、はよ。食べれる」

「じゃ持ってくる!」

「あ、おい瀧田」

「ん〜?」

「食堂には行けるだろ。どうせ車椅子なんだし」

「でも、柳瀬目立ちたくないって……」

「もういい。俺がこの状態でいること、施設の人間は全員知ってるだろ。もう諦めた」

「あー、ほんと?じゃあ一緒に行こっか」

「ん」

俺の座る車椅子を押してくれるのは大抵瀧田だ。自分で押せると言ったが、瀧田は俺にあまり無理をさせたくないと率先してそのハンドルを握っている。

「あら、凪沙ちゃんに颯真ちゃん、おはよう」

「おばさん!おはよ!」

「おはようございます」

「颯真ちゃんはまだお怪我治らないのねぇ」

「ご心配なく、俺は大丈夫なんですけど、コイツが過度に心配しているだけなので」

「あらあら、そうなのねぇ。いっぱい食べて、早く元気になってね」

「はい、どうも」

食事を取って座る席を探す。そうすると、奥のほうにひとりボーッと朝食を取っている七森がいた。

「瀧田、奥に七森がいる」

「あっ、ほんとだ〜。七森のところ行こっか」

「ん、そうだな」

「七森おはよ〜」

「ん、瀧田、はよ。柳瀬もいるのね、珍しい」

「ああ、おはよ。もう諦めた」

「そういえば、先生はまだ起きてないのかな」

「起きてるよ凪沙〜」

「うわっ、先生突然うしろから来ないでよ〜」

「やぁやぁグッドモーニング。ごめんね〜。ついでなんだけど、凪沙と梛桜、ご飯食べ終わったら現場ね〜」

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