第三話 再会
「ん?柳瀬?どうした?」
「あ、いや、なんでもない」
「颯真?」
「……颯志」
***
【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
***
俺が幾田との会話を終わらせて柳瀬と七森のもとに戻ったとき、ボロボロの体を細い腕で支えながら立ち上がった柳瀬は俺の後方を見た瞬間、その動きが固まった。ナイフのケースを落としてしまったのだろうかと、さっき走った場所をもう一度見る。でもなにもなかった。その先にいる幾田と不意に目が合ったとき、うしろからだれかがこちらを覗いた。そして柳瀬は、その人を見て一瞬息が上がった。柳瀬から帰ろうと言葉が出るよりも早く腕を掴まれる。柳瀬の緊張感に違和感を覚えた七森と俺は、早く帰ろうとその準備を始める。対処した祟人を担いで公園を出ようとする。でも、逃げるように立ち去る前に、その人が柳瀬の名前を呼んだ。振り返り、柳瀬もその人の名前を呼ぶ。
「え、だ、ど、どなた……?」
「……幼馴染だ。施設に入るまで一緒だった」
掠れた声だった。こんなに余裕のない柳瀬を見るのは初めてだった。俺の陰に隠れるように移動した柳瀬の息は少しずつ上がっていた。柳瀬を守るように柳瀬の目の前に立ってガードを作る七森と、柳瀬の頭を自分の肩に押し付けてその顔を隠す俺。ふたりとも、柳瀬の名前を呼んだその人が、柳瀬にとっていい影響を与える人間ではないことは分かっていた。
「柳瀬、落ち着いて、息、ゆっくり吐いて」
だんだんと息が上がる柳瀬に俺がそう言った。柳瀬は俺の言う通り、息をゆっくり吐いていく。少しずつ荒い息が収まっていった。
「ちょっとアンタ、突然話しかけるなんていい度胸してるじゃない。礼儀ってもんを知らないの?」
「……あ?」
七森がその人に向けて言った言葉に臆することなく威圧的な態度を取る男。鋭い視線を七森に向けながら、その男は続けて口を開けた。
「お前こそ礼儀ってもんを知らないのかよ、初対面の男に対してアンタとはなんだ」
「あら、レディーに対してお前とはいい御身分ね」
威勢のいい七森と、それに屈しない男。言い合いは止まらなかった。
「七森、いい」
七森にそう言ったのは柳瀬だった。七森の腕を掴んで俺のほうに引き寄せた柳瀬は、男のほうに歩み寄っていく。
「……」
ふたりは向かい合ったものの、お互いになにも言わずしばらく立ち尽くしていた。そんななか、先に口を開いたのは相手のほうだった。
「呪人が、なんでここにいる」
息が詰まる感覚を覚えた。他人事ではないからだろう。柳瀬を連れ戻そうと無意識に足が前に出る。でも、それは叶わなかった。七森が俺の腕を掴んでいたからだ。
「な、ななもり……はなして……」
「……」
俺の腕を掴む七森はなにも言わなかった。目を合わせようともしない。
「……俺はお前を傷付けた祟人とはちがう」
「なんだ、お前知ってたんだ。俺が祟人に襲われたことあるって」
「……ああ」
***
いやな空気だった。冷や汗が止まらない。背中に汗がべっとりとくっついて気持ち悪い。早くこの場から立ち去りたい。
「俺は祟人に襲われた」
颯志の言葉が頭に響く。その意味を理解したくもなかった。
「でも、それは祟人であって呪人では」
「それでもお前は今、そんな祟人と同じ呪人になっている。俺は、お前たち呪人を同じ人間だと思っていない」
「お、おい!加瀬!」
「なによアイツ、意地の悪い男ね」
颯志の友人なのだろうか、俺たち全員と面識のあるその男が足早に去っていった颯志を追いかける。俺はというと、立ち尽くしたまま動けないでいた。息が苦しい、目の焦点が合わない、頭が、グラグラする。
「柳瀬、帰ろう」
瀧田が七森とともに対処済みの祟人を抱えてこちらにやってきた。俺はそれにただただ頷くことしかできなかった。
***
第三話【 再会 】
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『ご苦労様でした』
施設の安置所で遺体の保管作業を行う。俺の心配をする瀧田と七森とはそこで別れた。先生と眞部さんに今回の現場の報告を行い、早いうちに部屋に戻ろうと足を進める。
「あ、柳瀬さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
マネージャー業務を担う眼人の控え室である事務室で、眞部さんに現場報告を行う。すぐに終わる現場報告だが、眞部さんが椅子を用意してくれた。
「すみません、すぐ終わるのに」
「いえ、お疲れのようですのでお座りください。飲み物も用意できますが、なにか飲まれますか?」
「あ、いえ、ご心配なく」
少し喉は乾いていたものの、わざわざ用意してもらうほどではなかったので遠慮しておく。俺ひとりのためだけに眞部さんの業務を増やすわけにもいかなかった。
「そうですか。ちなみに、オレンジジュースにアップルジュース、お茶やコーヒーも準備できますよ。カフェラテもございます」
「あ、な、なら、カフェラテ、お願いします」
「はい、かしこまりました」
眞部さんはドリンクを作りに立ち上がった。机に置いてあったカップを持って行ったので、自分の分も一緒に作るのだろう。数分後、ふたつのカップを持って眞部さんが戻ってきた。
「温かいものでよかったですか?」
「あ、はい、ありがとうございます」
俺の体質を考えてのことだろう。正直、夏でもすごく助かる。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
俺にそう言った眞部さんも、温かいコーヒーを飲んだ。
「本日の現場はどうでしたか?最近は柊さんなしでの現場が増えてきましたが、ご不便はありませんか?」
「まぁ、はい。大丈夫です。移動に関しては瀧田がいるし、瀧田も七森も、俺より対処の経験が多いので頼りになります。あ、今日の対象なんですけど、事前情報はBランクでしたよね」
「はい、Bランクで連絡が来ました」
「勘、というか、そういうものなので確証は持てないんですけど、事前情報でもらっていたランクより、だいぶ強いイメージを持って……」
「本当ですか、ちなみに、どれくらいのランクでしたか?」
「Aランク相当だと思います。今日の対処は俺だったんですけど、対処の経験が少ないのもあって、ひとりでは歯が立たなくて」
「そうでしたか、それでいつもよりお疲れだったんですね」
「すみません……安置所での保管作業は全員で済ませてきました。あと、都心の公園で対処したので周辺に少し被害が出ているかもしれません」
「かしこまりました。ほかにはなにかありますでしょうか」
「いえ、こちらからは特にありません」
「かしこまりました。本日はゆっくりお休みください。緊急での連絡がない限り現場には配属いたしませんのでご心配なく。このあと、柊さんへ報告ですか?」
「はい、まずは眞部さんに報告だなと思って。カフェラテありがとうございました。美味しかったです」
「本当ですか、よかったです。なにかご連絡があった際にはいつでもどうぞ、今回のようにドリンク程度でしたら提供できますので」
「ありがとうございます。失礼します」
眞部さんへの報告が終わったので、今度は先生に報告に行く。その長い廊下を歩き出した。
***
あの人はいつも一定の場所にいるわけではない。あの人の場合、まずは見つけることが大変な作業となってくる。
教室にはいない、実習室にもいない、食堂にもいない。念のためふれあい広場や小児棟も覗いたが、そこにもいなかった。
「事務室にもいなかったし、あとは医務室か……」
ヘトヘトになりながら医務室に向かう。医務室のドアを開けると、そこにはなにかの話をしている雪さんと先生がいた。
「なぁ、照れ隠ししてるときの颯真と、誤魔化そうと必死になってるときの颯真、どっちが可愛いと思う?」
「さぁな、答えはあるのか?」
「ない。あるわけない。なんでかって、僕はどっちの颯真も可愛いと思ってるからね、つまり颯真の存在自体が可愛いんだよ」
「甥っ子自慢はもういいか?本人は羞恥で死にそうだ」
「本人?……颯真ぁ!」
話に夢中で気付いていなかったのか、入り口に立つ俺にやっと気付いた先生は、気付いた瞬間にひどい勢いで飛んできた。そしてその勢いのまま力強く抱きしめられる。
「んぐ……い、いたいです……」
「おかえり!颯真現場に行ってたんだって?怪我はなかった?」
「ないですよ……アンタに現場報告しに来たんです。探しましたよ」
「僕を探してくれたの!僕も颯真が大好きだよ!」
「俺は大好きなんてひとことも言ってません……」
「……颯真、こっちにおいで」
「え?」
苦しむ俺を見兼ねてか、次に俺の名前を呼んだのは先生ではなく雪さんだった。
「なんだよ倉田、僕に嫉妬してんの?」
「嫉妬して欲しいんだったらお望み通りしてやるよ。颯真、ここに座りなさい」
雪さんに言われるまま、俺は椅子に座った。すると突然雪さんが胸のあたりを軽く押した。
「いっ……」
「……颯真、今日の現場で、なにかがこのあたりに強く当たったり、圧を加えられたりしなかったかい?」
「え……あ、ありました、けど……」
「そうか……。ここ、このあたり、肋骨ね。ヒビが入っているかもしれないよ。最悪折れてるね」
「は、はい……?」
「しばらくは現場に出られないね、深呼吸程度でも痛みが走るだろう」
「え、い、いや、俺は大丈夫ですけど……」
「現に痛みは感じている。少し休みなさい。これ以上ひどくなると、休まなければいけない時間が増えるだけだ」
「……」
「ま、その辺はのちのち検査して決めるとして、まずは現場報告から聞こうか」
「あ、は、はい……」
現場報告の前に、先生に席を空けようと立ち上がろうとすると、先生はそんな俺の頭を撫でた。そのままでいいと言っているような眼差しで俺を見る。立ち上がることは諦めて、座ったまま現場報告を済ませた。
「なるほどね、事前情報とちがうのはちょっと問題だね。あとで眞部と相談してみるよ」
「お願いします」
「で?ほかには?」
「はい?」
「ほかにもあるんじゃない?颯真が僕に報告しないといけないこと」
「いえ、そんなことないですけど……」
「そんなことないことないでしょ、顔に出てるよ〜」
反射的に自分の顔を手で覆う。ここまで引きずるほど俺は思い詰めていたのか?顔に出るほど不安なのか?久しぶりに再会したアイツの顔を思い出しては心臓が締め付けられていくのを感じた。また息ができなくなる。息、息を吸わないと。
「あちゃ〜、ほんとになにがあったの。倉田、ベッド借りるよ」
「はいよ」
「はい颯真、おねんねの時間ですよ〜。ほら、いつも通りに息して〜。焦らないで、落ち着いて」
落ち着いて。今日瀧田に散々言われた言葉だ。落ち着いて、息を、ゆっくり吐いて。
「はッ……はぁっ……はあ……っ」
「そうそう、上手だね」
瀧田の言葉を思い出しながらゆっくりと息を吐く。深く息を吐くと新鮮な空気は自然と肺に入ってきた。息が整い、落ち着いてきたその瞬間にやっと、肋骨がジリジリと痛みを与えていることに気付く。
「颯真、こっち向いて」
先生にそう言われ、先生の目を見る。そのまま俺は、気を失った。




