第二話 上等
「もしもし、眞部です。お疲れ様です。……はい。……えぇ、はい。……はい、こちらは大丈夫です。……かしこまりました。ご連絡ありがとうございます。では失礼します」
「……現場ですか」
「はい。特訓後でお疲れだとは思うのですが、行っていただけますか。Bランクの風属性が祟人になりました。場所は関東本部周辺です」
「大丈夫です。行きます」
「では、瀧田くんと七森さんにも声をかけていただきたいです。おふたりも行けるのであれば、一緒にお願いします。詳しい場所はメールにてご連絡いたします」
「分かりました。特訓ありがとうございました。失礼します」
***
【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
***
三人で現場に向かいながら概要を確認する。詳しい場所は、先ほど眞部さんから送られてきたメールで確認した。
「対象は風属性だ。対処はだれにする」
「風属性か……ランクは?」
「Bだ。瀧田行けるか」
「まぁ、行けないこともないけど、でもたまには柳瀬が対処してみなよ」
「は?」
「ほら、なにごとも経験っていうかさ」
「そんな生ぬるいこと言ってる場合か、一歩間違えれば死ぬんだぞ」
「柳瀬なら大丈夫。俺も柳瀬に風を任せられるようになったし、柳瀬も自分の意思で自在に操れる。柳瀬に怪我はさせないからさ」
「……分かった。俺が対処する。瀧田は補助を頼む。七森は保護誘導な」
「了解。今度の実力テストで絶対にランクアップしてやるから見てなさいよアンタたち」
「だからそんなこと言ってる場合じゃねえだろって……」
「そろそろじゃない?」
風を操作する瀧田が指を差す方向に目をやる。そこには東京の町に竜巻を起こしている祟人がいた。
「いた……」
「ちょっと、あれ本当にBランクなの?軽くAは行ってそうじゃない」
「事前情報ではBだったんだ、ここまで来て情報と違ったから帰る、なんてことできねえよ」
「は?マジで言ってんの?アンタこれを対処すんのよ?」
「七森、保護誘導は頼んだ。瀧田、行くぞ」
「あっ、おい!無視すんなよ!」
「じゃ、じゃあ七森、下まで行ってね、風は任せるから!」
俺は瀧田と一緒に祟人に近づいていく。自分が対処することなんて今までほとんどなかったうえに、事前情報よりランクが高いと思われる祟人を対処しなければならないという緊張で、冷静に対処しなければいけないと分かっていても実際に頭の中を整理する余裕なんてなかった。
「柳瀬、落ち着いて、一旦深呼吸」
緊張している俺を見兼ねて瀧田がそう言った。瀧田に言われた通り、一度、深く息を吐き出す。新鮮な空気を肺に入れ直すと、先ほどよりずいぶんと冷静さを取り戻せた。
「こっちはいいよ、柳瀬の準備ができたら行って」
「……行ってくる」
「おうね、行ってらっしゃい。気を付けてね」
対象が風属性の場合、対処するのは大抵風属性か水属性だ。正直、火属性はどの属性が対象であっても対処に適していない。唯一可能性があるとするなら、水属性だ。でも、今回の対象は風属性。こちらとしての相性は最悪だ。対処できる気はしていない。
竜巻を起こす祟人の威力は依然として衰えない。早く対処しなければ、刺激を受けて強くなる一方だ。被害が大きくなるだけでなく、対処するのにも時間がかかってしまう。
「ふう……散華」
小さく起こした火に力を込め、少しずつ大きくする。集中力は濁されていない。数分で大きくなったその火を、指を鳴らして出した小さな五つの火とともに祟人へ飛ばした。その火が祟人のもとに到達すると、竜巻に火が付いた。こちらに気付いた祟人は、ひどい勢いでこちらに飛んできた。こちらに意識が向くと、竜巻は収まった。どこか、どこか近接格闘のできる広い場所はないか。
「柳瀬!下!」
瀧田の声に反応して下を向く。そこには少し広い公園があった。あそこなら、と公園に降りていく。すると祟人も俺のあとをついて公園に降り立った。地に足をつけ、体に入っている無駄な力を抜く。
「来い……」
***
俺が拳を前に出すと、祟人は勢いよく突っ込んできた。風は出していない。これはただの一般体術に当たる。それなら、最近だって練習した。
祟人が走り込んできたと同時に出してきた拳を合気道の要領で軽く去なす。振り返り、また突っ込んできた祟人に今度は殴りを入れる。祟人は自身の勢いも相まって口から血を出した。が、祟人も同じように俺の腹に殴りを入れた。
「う"ッ、ぐ……」
ひどく重い一発だった。たった一発なのに足の力が抜けそうになる。さらに左腕を振り上げて攻撃してこようとする祟人から少し距離を取った。当たり前だが、一筋縄ではいかない。体勢を整えた祟人は、口から血を垂れ流しながら狂気的な笑顔を向けて走り込んでくる。その間、指を鳴らし、出した小さな火を何度も祟人に飛ばす。しかし、その程度の火では祟人に太刀打ちなんてできなかった。俺の火を物ともせず突っ込んでくる祟人は、俺の火に影響されてか自身の力を俺に投げかけた。こちらに軽く仰がれた手から勢いよく風が吹く。俺はその風に押され、後方に飛ばされた。大きな木に体をぶつけると、さらに風が強くなったのを感じる。抵抗ができない。風が痛くて目も開けられない。その木に体がめり込んでいくような感覚を覚えると同時に、内臓が潰れる感覚にも襲われた。息が、できない。
「柳瀬!」
七森の声が聞こえる。アイツ、近くにいるのかよ。保護誘導頼んだじゃねえか、なんでここにいるんだよ。
「柳瀬!」
今度は瀧田の声だ。するとその瞬間、祟人からの強い風は弱まった。うっすらと目を開けると、七森が祟人に氷の攻撃を仕掛け、瀧田は祟人が俺に向けていた風を横に流している光景があった。今まで押し付けられていた風が弱まったことで、本格的に足に力が入らなくなる。膝から崩れ落ちるように倒れると、瀧田が大きな声を出した。
「柳瀬!息!して!深呼吸!!」
息?深呼吸、深呼吸か。息、吸わないと。
「息、吐いて!柳瀬!」
瀧田の言葉通り、肺にある空気を吐き出す。新鮮な空気が肺に入ると、無駄な力も抜けていった。
「柳瀬立てるよな!対処できるもんな!な!!」
あークソ、無理言いやがって、立てるかよ。立てんのかよ、この状況で。俺はお前と違って体力馬鹿じゃねえんだ。ああ心臓痛え、クソ、クソ、立てよ。立てよ馬鹿。
「う"、ぅん"ッ……はあ……クッソが……」
力の入らない足に無理やり力を入れて体を起こす。祟人は瀧田と七森に気を取られている。俺が立ち上がったのには気付いていない。
「おい!」
祟人は俺の声に気付き、ふたりへの攻撃をやめてこちらを向いた。
「お前の相手は俺だろ」
祟人の対処方法として、体術や一般体術で弱体化させ、祟人が簡単に動けなくなってからナイフを使うのがいちばん安全だ。そうしなければ少しのミスで自分が死ぬことになる可能性が高くなる。が、こうなればもう仕方ない。これ以上長く戦うことも難しい。次に相手が仕掛けてきたとき、防御しつつ同時に殺してやる。そう考え、こちらの体勢が整うと同時に祟人は走り出した。風を使うことで、そのスピードとともに威力も上げている。そして、瀧田が俺を心配するような声をあげた。
「柳瀬!逃げろ!」
***
第二話【 上等 】
***
「は……ハッ……、お疲れ様です……対処終わりました。すぐに戻ります」
『お疲れ様です。お気を付けて。ゆっくりで構いませんので』
「はい、失礼します……」
数分後、俺は対処済みの祟人に体を預けられながら眞部さんに電話していた。結果として対処は成功した。俺の計画通り、突っ込んできた祟人にタイミングよくナイフを刺せたのだ。こればかりは運がよかったとしか言えない。
「柳瀬……大丈夫?怪我、ない?」
そんな俺のところに、心配そうな顔をしている瀧田がやってきた。七森も同じように俺に駆け寄る。
「大丈夫だ。対処は済んだ」
「よ、よかったぁ……柳瀬、突っ込んでくる祟人に対して微動だにしないからそのまま死ぬのかと思ってヒヤヒヤしたよ……」
「アンタほんと無謀な挑戦するわよね、もうちょっと心臓に悪くない対処の方法ないわけ?」
「俺にはそこまでの余裕も技術もねえよ、近接格闘でどうにかするしかなかったんだ」
「にしてもよくAランク相当の祟人を対処できたわね。ま、あたしたちがいなければ今頃物理的に体が潰されていたのかもしれないけど」
「ああ……助かった。お前たちがいなかったら対処できなかった」
俺と七森の会話を聞いていた瀧田は俺が抱えていた祟人を軽々と持ち上げた。
「よし、施設帰ろっか。安置所行って保管作業をして、柳瀬はさらに報告もしないとだしな。あと念のため医務室も行くか」
「俺は大丈夫だ、心配するな。寝ていれば治る」
「ほーらまた言った、アンタの大丈夫は大丈夫じゃないんだからね。瀧田、アンタ責任持ってコイツを医務室に連れて行きなさいよ」
「えっ、俺だけぇ?七森は行かないの?」
「野郎のために医務室まで付き添いは面倒じゃない。あたしだってそんなに暇じゃないの。これから特訓にも行かないといけないし」
「え、今日は現場あったんだし、大事を取って休みなよ。いちばんは柳瀬だろうけど、七森も疲れただろ?」
「ナメんじゃないわよ、たいして動いてないんだから、疲れ足りないも同然だわ」
「えぇそんなに?まぁいいや、とりあえず帰ろう、柳瀬体起こせる?」
「ん、起こせる……」
俺が体を起こすと、周りには人だかりができていた。祟人を対処してしばらく経ったから、騒ぎがあった場所の様子を見に集まったのだろう。
「あれ、そういえばナイフの……」
「ナイフ?ナイフならここにあるけど」
「あ、いや、ないのはそのケースだ」
「あぁ、ケースならたしか、アンタが祟人と戦ってるときにどこかに落ちて」
「あ、あっちにある。俺取ってくるよ」
瀧田は抱えていた祟人を一度地面に降ろして、ナイフのケースを取りに走った。が、ただケースを取りに行っただけなのにかなり時間がかかった。そして不思議に思った瞬間、瀧田の大きな声が聞こえる。
「あぁ?!」
「な、なんだ!」
瀧田の大声に疲労や体の痛みなんて吹き飛んだ。体を起こし、瀧田の声がしたほうに体を向ける。
「幾田!」
「……は?」
そこにいたのは、以前課外授業で食堂を案内してもらった男だった。
「あっハハ、久しぶり。まさかこんなところで会うなんてな。ここでなにしてたの?みんなもいるじゃん」
「え、あ、い、いや……その……」
「ん?」
「……瀧田、帰るぞ」
「あ、う、うん。じゃあ、ごめん幾田。俺行かないとだから」
「あ、うん。じゃあまたな」
瀧田はまだ、あの男に自分たちが呪人であると言っていない。瀧田は嫌われることに恐怖心を抱いているのだろう。困った様子の瀧田を呼び、その場を離れさせた。
「ご、ごめんな。帰ろっか」
瀧田がこちらに戻ってきてそう言った。が、俺はその言葉に頷く前に、体も思考も硬直してしまった。
「ん?柳瀬?どうした?」
「あ、いや、なんでもない」
「颯真?」
「……颯志」




