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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第二章

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第一話 呪われたヒト

「っし!あざした!」

「うん、おつかれ〜」

──────

「じゃあ次の時間にお願いします」

「かしこまりました。鍵は私が持っていきますのでご心配なく」

「ありがとうございます」

──────

「よし、今日のノルマ達成……午前中で終わらせるなんて私もなかなかやるわね」

「体幹も安定してきたし、筋肉もいい具合についてきたね、その調子」

「どうもありがとう、じゃああたし行くわね。明日も来るわ」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


七森が自身の父親を対処してから約二ヶ月。季節は夏。蒸し暑い夏でも俺たちは基礎練や特訓を欠かさない。

「あ、柳瀬おつかれ。特訓終わった?」

「ん、お疲れ。俺は午後からだ。お前は?」

「俺、先生に一般体術相手してもらってた」

「……お前、あの人と対峙して医務室送りになってないのか、さすがだな」

「いや〜手加減してくれてさ、アドバイスもらいたかったし」

「……」

「あ、七森〜おつかれ〜」

「おー瀧田、柳瀬。お疲れ」

「七森はジムだったっけ」

「えぇ。アンタは一般体術だったかしら?」

「そうそう!七森は今日特訓の予定とかないの?」

「授業終わったら特訓の予定入れてるわ、この前使った呪説の練習がまだまだ足りないもの」

「今日の授業は教室でだってよ」

「珍しいわね、最近は体術だったり一般体術だったりしてたのに」

「とりあえず飯行こ!腹減った!!」

瀧田の提案で食堂に向かった俺たち。食器を取り、席に座って手を合わせた。

『いただきます』

先ほども話していた通り、最近の授業は体術や一般体術のように体を動かす授業が多かった。今更座学でなにを学ぶのだろうか。

「なんか最近さ、現場少ないよな」

「多発する時期は過ぎたからな、次は来月頃だろ」

「たしかに。結構前、先生言ってたな」

「最近現場行ったのいつだったかしら」

「三人で行ったのは七月の最後あたりだな。だいたい二週間前だ」

「たしか、水属性だったよね、近畿支部で対処は俺」

「ああ。そのあともひとりかふたりの現場がまちまち。俺に関しては最後の現場が三人で行ったその次の日だ」

「祟人が出ないのはいいことなんだけど、次に現場に行ったとき久しぶりで感覚鈍ってたらいやだなぁ」

「だからそうならないために体術の授業や特訓で練習してるんでしょ?弱気になってんじゃないわよ」

昼食を取り終わったら、瀧田と七森は軽くシャワーを浴びに部屋に戻った。特に用のない俺は先に教室に向かう。教室に入り、自分の席に座る。ひとりだとやけに静かだと感じた。俺たちが三人でいるときは、大抵あのふたりが話を進める。俺はたまに口を出す程度だ。あのふたりがいるときの騒がしさがデフォルトとなると、ひとりでいるときの静かさは尋常ではない。

「あっ、柳瀬もう教室いたんだ」

「おお。早かったな」

その後、時間ギリギリになってやっと七森が教室に来た。

「急いでシャワー浴びてギリギリって、ほんとなんなのよ……」

「おつかれ七森、女子って大変だなぁ」

「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞこの生意気小僧」

「ヒェ、ひどい……」

「やぁやぁグッドモーニング。みんな、今日は久しぶりの座学だね〜」

「あっ、先生おはよ〜」

授業が始まって間もなく、先生がやってきた。

「今日は、ヒーローの話をするよっ!」

『ヒーロー?』

「わっ、颯真シワすごぉい」


***


「今日は、ヒーローの話をするよっ!」

僕が三人の前でそう言うと、みんなが声を揃えてその言葉を発した。しかも、颯真は顔を思いっきりしかめながら。

「さてさて、僕たちは常日頃から祟人と戦っているわけだけど、そんな僕たちは一体正義と悪、どちらでしょうか!はい、みんなどっちだと思う?」

「正義!俺たち一般人のために戦ってるわけだし!」

「悪だな、俺たちは褒められた存在じゃない」

「なに言ってんのよ、あたしは瀧田の意見に賛成よ、正義だと思うわ。戦闘モノって正義対悪が普通じゃない」

「お前がなに言ってんだよ、一般人のために戦っても礼を言われたことなんてねえだろ。俺たちは嫌われ者だ、その証拠だよ」

「ふぅん、アンタ感謝されるために現場行ってんのね」

「馬鹿か、これはひとつのものの例えだ」

「レディーに向かってなんて口聞くのよ、ぶち殺してやるわかかってきなさい」

「ちょ、ちょっとふたりともぉ……」

「おーいいねいいね、みんな考え方がちがうんだね〜」

繰り広げられる討論を詳しく聞いていたい気持ちは山々だったけど、それをしていたら授業が進まない。正義であると主張する梛桜と、悪であると主張する颯真を止めて、その正解を発表した。

「正解は悪だ」

僕のその言葉に驚いた様子を見せた凪沙と梛桜。そりゃ、自分たちが悪者だと言われたらそうなるよね。そして同時に、自分たちは正義であると反対したくもなる。

「ちょっと待ちなさいよ、さっきも言ったけど」

「梛桜の言った通り、世の中に溢れている戦闘モノは大抵、正義対悪で構成されている。僕たちが日頃している祟人の対処、それも正義対悪と考えることができる」

梛桜の言葉を制してそこまで言うと、だからそう言っているだろうという表情を見せた梛桜は、こちらに鋭い視線を向けて口を閉じた。

「が、見方を変えると悪対悪にもなる。僕たちは呪われた存在だ。下っ端は、上の人間の言うことを聞いていればいい。名前も顔も知らない一般人を危険に晒すなと言われれば、それに従うほかないんだよね。僕らは正義の味方じゃない。呪われたヒト、呪人だ」

「……」

なにも言えなくなった梛桜は、その鋭い視線を床に落とす。現実を突きつけられ、少し落ち込んでしまっただけだろう。

「まっ、その辺は好きにしてよ。一般人のために戦っていると思ってもいいし、自分のために戦っていると思ってもいい」

「そういう先生は、どう思って祟人と戦っているんですか」

「さぁね、今は分かっていない。でも昔は、自分のために戦っていたよ」

「自分のために?」

「そう。一般人のために、なんて綺麗事は嫌いだった。あの頃は性格や考え方がひどく尖っていたんだ。世界は自分中心で回っているんだと思っているのか疑われるレベルで、それはそれは先生に怒られるしね」

「お、先生の珍しい昔話」

「でもね。ある人間を殺したら、自分はだれのために戦っているのか、分からなくなった」

ある人間が頭に浮かぶと、意思に反して涙が出そうになる。それをグッと堪え、無理やり口角を上げた。

「どんな人だったの……?」

凪沙が恐るおそるそう聞く。

「初めての仲間だったんだ。出会ってすぐに、僕が殺しちゃったけどね。初めての仲間であり、初めての親友でもあった」

「……こんなちゃらんぽらんな男でも、一応仲間はできるのね」

「まあ、実力は……あるからな……」

僕の放つ暗い空気からいつもの調子に戻そうと少し無理しながらそう言った梛桜と颯真。完全に気まずさが勝ってしまうほど感情のコントロールが下手だけど、笑ってしまうほどいい子たちだ。

「僕はソイツを助けたかったんだよね。だから対処はしたくなかった、殺したくなかった。でもね、殺さないといけないときが来たら、そんなこと言ってられないんだよ。自分のためにアイツを助けたかったけど、僕がそう言ったら先生は言った。一般人のために祟人は殺さないといけないって。残酷だよね、でもその通りなんだ。アイツは風属性だった。でも当時、ランクはすでにS。凶暴化もかなり進んでいて、助けられる状態ではなかった。自分のために助けたかったけど、助けようとすると甚大な被害が出ることは間違いなかった。だから一般人のために殺した。それから僕は、今もずっと迷っている」

気持ちを切り替えて、三人の目を見る。全員が少し不安そうな顔をしていた。

「ま、こうは言ってるけどね、でも一般人のために戦おうと思っている人も、それなりに危ないよ」

「危ない?どうして?」

「他人軸で動くと、ブレが許されなくなる。少しでもブレると、今の僕みたいにだれのために戦っているのか分からなくなるからね」

「じゃあ、先生も今危ない状態なの?」

「僕はもう大丈夫だ。なんせこの状態が二十年近く続いているからね。だれのためにだとか考えなくても、人は殺せるよ」


***


第一話【 呪われたヒト 】


***


「なんか、今日の先生の雰囲気、違ったな」

「昔、なにかがあったことは知っている。でも、なにがあったのか詳しい事情は知らない」

「あぁいうの調子狂うのよね。いつもやかましいくらいだから尚更」

授業後、三人で並びながら廊下を歩く。先生のあの様子を見るのはえらく久しぶりだった。

「あ、そういえばふたりとも、これから特訓なんじゃないの?」

「俺は今からだ」

「あたしは一時間後だから少し余裕があるわ」

「そうなんだ。じゃあ柳瀬頑張ってな」

「ん、じゃあな」

俺はふたりと別れて実習室に向かう。今日は眞部さんに看守特訓をお願いした。鍵は眞部さんが持っていってくれるとのことだったので、俺は特訓評価シートを持って実習室に向かえばいいだけだ。

「あ、眞部さん、お疲れ様です」

「柳瀬さん、お疲れ様です。授業後すぐの特訓で大丈夫ですか?」

「はい、ご心配なく。今日は座学だったので」

「そうでしたか、では早速ですが始めましょう」

「はい、よろしくお願いします」


***


「柳瀬最近調子いいよな」

「そうね、少し前は驚くほど調子が悪かったのに」

「あー、ずっと医務室にいた時期なぁ」

「そういえば、柳瀬の四半痛、そろそろじゃない?」

「うん、予定通り来れば三日前くらいのはずだった。でも前回も前々回も四半遅滞起こしてたんだよなぁ……」

「今回も遅れなければいいけどね。アイツもともと四半痛ひどいし」

「俺が代わってあげたいくらいだよ……」

これからの予定がない俺と、一時間後に特訓を控えている七森は食堂にいた。おばさんにもらったお菓子を食べながらそんな話をする。

「アイツ大丈夫じゃないのに大丈夫って言うから信用ならないのよね」

「まぁ、柳瀬は柳瀬で俺たちに心配かけたくないから大丈夫って言ってんだろ?」

「最終的に心配かけてんじゃない。倒れるまで我慢するなんて、澄ました顔して変なところ意地っ張りよね」

「まぁ、ちょっと意地っ張りだなって感じることもあるけど、そういうところも可愛いじゃん」

「……アンタ、柳瀬にだけ判定ガバいのなんなのよ」

「えぇ?そんなことなくない?俺、七森のことも大切に思ってるよ?」

「それは……分かってるわよ」

「な、なんで顔隠すの!え!そんなにいやだった?!」

「っさいわね!そんな小っ恥ずかしいこと堂々と言うんじゃないわよ!」

「えぇ、ごめんじゃん……」

柳瀬が特訓に行ってから約三十分。看守特訓は対人特訓と比べてもあまり時間はかからないからそろそろ帰ってくるだろうと思っていた頃だった。

「あ……いた」

「お、柳瀬おつかれ〜。特訓どうだった?」

「ん、お疲れ。その話はあとでいいか。七森も特訓はあとに回してくれ」

食堂に顔を出した柳瀬は表情をひとつも変えずに言った。

「ふたりとも今から出れるな」

柳瀬の纏う空気は人間のそれではなかった。呪人の目をした柳瀬に、七森と俺は立ち上がった。

『了解』

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