第二一話 知らない過去
「おい!ハル開けろ!ハル!!」
「んだようるさいな……なんで女子寮まで来てんだよ、夜更かしパーティーならやらないってば」
「碧がいなくなった」
「はぁ?」
「祟人の匂いがする」
「……は?」
***
祟人は、独特の匂いがする。血生臭くて人によっては気分が悪くなるほどの匂いだ。
「誕生日に祟人になるとか……ハッ、冗談キツいって」
「……」
「……先生には」
「言ってない……」
「言いに行くぞ」
「うん……」
夜遅くから始まった鳴宮の捜索活動。だがどれだけ探しても、鳴宮は施設内にはいなかった。
「俺……外探しに行ってくるわ」
「待て、ひとりじゃ危ない。私も行く」
柊と春園は、先生の許可を取って施設の外を捜索することにした。
「青葉、頼んだぞ」
「はい」
先生に頼まれ、春園が隠し持っていたものがあった。
「今の葵を考えると、アイツが祟人になっていたとしても対処出来ない。そうなると、お前しか頼れる呪人がいない」
そう、鳴宮が祟人になっていた場合の対処道具、祟人専用のナイフだ。これだけ探してもどこにもいない。もうそれは、祟人になって外で暴れていると言っているようなものだった。
ふたりは夜の空に向かっていった。
「碧!碧どこだ!!碧!」
柊が声を張るなか、春園は一生懸命に目を凝らす。鼻を利かせ、祟人の匂いを探す。すると微かに、その血生臭い匂いが鼻に入った。その匂いには、鳴宮自身の匂いも混じっている。
「柊、あっちだ」
匂いのするほうに向かう。進めば進むほど濃くなる匂いに鼻がツンとする。この先に祟人がいるという絶対的証拠だった。
「……あれ、もしかして」
そしてしばらく進むと、鳴宮らしき祟人がいた。
「いた……。碧……碧!」
匂いや背格好、そしてなによりこちらを向いたときに見えたその顔。見間違えるはずがなかった。彼は鳴宮だ。やっと見つけた、と柊は笑顔になって祟人に近づいていく。そんな柊を、春園は必死に止めた。彼が動けないように羽交い締めにしてその動きを止める。
「やめろバカ!アイツは今祟人だぞ!」
「なに言ってんだよ!まだ初期段階かもしれないだろ!」
「もう手遅れだ!諦めろバカ!」
「ふざけんな!ふざけんなよ……!まだ助かるかもしれねぇのに、仲間を見殺しにする気か?!」
「はっ……」
暴れる柊を止めていた春園は、その一瞬、力が抜ける感覚に陥った。その一瞬を見逃さず、柊は春園から抜け出し、祟人になった鳴宮のもとへ向かう。
「ば、バカ!行くなって!!」
そんな柊を春園はまた引き戻す。力を使って柊を引き寄せる。もう鳴宮は手遅れだ。殺すしかない。
柊を瞬間移動で施設内に飛ばした春園は、ナイフを取り出す。鳴宮は風属性とはいえSランクだ。早く対処しないと被害が大きくなるだけでなく、対処に時間がかかってしまう。
***
第二一話【 知らない過去 】
***
「碧!……は?」
気が付いたら施設内の自分の部屋。無意識に瞬間移動を使ってしまった?いや、それはない。でも瞬間移動を使える人間は、自分だけではない。
「クソ、ハルかよ……!」
春園に瞬間移動を使われたと考えた柊は、再び現場に向かおうと現場服に着替えた。ポケットの中には処置のための注射器も入っている。柊には、鳴宮を殺すという選択肢はなかった。
「よし」
準備が整った柊は、部屋を出た。
「葵!」
「うわっ、先生」
すぐに現場に向かおうとしていた柊は、部屋を出た先で先生に見つかった。説明はあとにしてとりあえず現場に向かおうとするが、そうはさせないと先生に腕を掴まれる。
「ちょっと、離してよ先生!」
「その様子だと、碧は見つかったようだな」
「見つかったよ!だから離して!」
「私も一緒に行く。連れて行け」
「いやだね!どうせ先生も殺す気なんだろ!ハルと同じように!」
「あぁそうだ」
「はっ……?!マジで、ふざけんなよ!」
「ふざけてなんかいない!一般人のために、祟人は殺さないといけないんだ!」
「俺はいつも一般人のために戦ってるんじゃない!俺は自分のために碧を助けたいんだ!」
「……」
なにも言えなくなった先生を置いて、柊は施設を飛び出した。冷静に血の匂いを辿っていく。
「いた!ハル!」
「は?!もう戻ってきたのかよ!」
そこにはもちろん、鳴宮を対処しようと戦っている春園がいた。
「碧……」
鳴宮の目は赤く染まり、腕には黒いあざ。彼はどこからどう見ても祟人だった。
「碧!思い出せよ、俺だって!」
「柊!離れてろ!」
柊の思いも虚しく、彼は春園の力によって後方に飛ばされた。
もう碧はダメなのかもしれない。そんな思いが頭をよぎれば、柊の目には涙が溜まっていた。柊が感情的に涙を流すのは初めてのことだった。
「クソ、キリがない……あまり使いたくはなかったが……」
「は……、やめろ、やめろハル!!」
「……根絶」
春園は苦渋の決断を下した。あの無惨な仕留め方、彼女の呪説を使ったのだ。途端、鳴宮に鋭い風が送られる。そしてその後方には無数の氷柱。鳴宮は為す術なく、その体は氷柱に突き刺さった。当たり前のように鳴宮の体からは血が流れ出る。気を失った鳴宮に春園が近づいた。
「……悪かったね、鳴宮」
春園の呪説で姿を現した氷柱に鳴宮の体が貫通した。その鳴宮の心臓にナイフを刺そうとした瞬間。
「コイツ……ッ」
鳴宮は凄まじい勢いで動き出した。体に穴を開けて血を垂れ流しながら氷柱から身を出す。その顔は狂気に満ちていた。驚くほど笑顔だったのだ。鳴宮に近づいていた春園は、動き出した鳴宮に反応することができなかった。そんな春園に、鳴宮は容赦なく殴りを入れた。
「あ"ッ……!」
殴りをまともに受けた春園は、グラグラと安定しない感覚に襲われる。その勢いで何度も殴られれば、拳を避ける余裕もなくなっていった。春園のその様子を見ていた柊は、どうにかして動きを止めないとと鳴宮の目を見て力を入れる。そうすれば鳴宮の動きは少しずつゆっくりになっていく。が、さすがはSランクの風属性。なかなかすぐにその動きを止めることができなかった。
「碧!」
柊は咄嗟に声を出した。この状態では鳴宮はもう元には戻らない。だが対処用のナイフは春園が持っている。ならまずは春園の体勢を整えなければいけない。柊の頭の中で、そう整理はついていた。
「こっちに来い!」
鳴宮は柊の思惑通り春園から意識を逸らした。そして勢いよくこちらに向かってくる。
「止まれ止まれ止まれ止まれ……止まれ!」
自身の目に力を入れ続ける柊。しかし、鳴宮の動きが止まることはなかった。
「クソッ、クソ!」
柊は突き進んでくる鳴宮を、合気道の要領で軽く去なす。すると次の手を考える隙も与えないほど早く鳴宮が再び攻撃を仕掛けてきた。風を起こし、柊の体制を崩す。柊は首を掴まれ、そのまま押し出された。
「ガッ……!」
「柊!」
柊が注意を引いていたおかげで、少し余裕が出た春園。だがいつものようには戦えなかった。体はボロボロ、口からは生暖かい血が流れて止まらなかった。あまり長くは戦えない。早く対処しなければ。
「ふぅ……来い」
鳴宮は標的を再び春園に切り替え、勢いよく突っ込んでいく。鳴宮の拳を春園は受け止め、次の手が出てくる前に彼女の呪説で血の止まらない鳴宮の腹部に殴りを入れた。途端、鳴宮の口から血が出てくる。もちろん腹部からの出血も止まらない。このまま順調にいけば、鳴宮の体力が底をつく。それまで持ち堪えろ。
「ン"……ッ!」
春園がそう考えた、その一瞬の隙を突かれた。鳴宮は鍛え上げられた自身の腕を振り上げ、春園の首に殴り込む。春園はその攻撃を避けることができなかった。そのまま気を失い、地上に落ちていく。ナイフも彼女の服から落ちた。
「ハル!」
そんな春園を受け止めた呪人がいた。鳴宮にその首を掴まれ飛ばされた柊だ。地上に落ちていく春園を受け止め、ナイフを掴んだ柊は、満足して気を緩めていた鳴宮の背後からそのナイフを刺した。
「は……はぁ……はぁっ……」
切れる息もそこそこに、未だ意識が戻らない春園と力尽きた鳴宮を担いで地上に降りる。
「おいハル!しっかりしろ!ハル!」
いくら問いかけても春園は目を覚まさない。そんななか、鳴宮が小さく言葉を発した。
「あお……あおい、か……」
「あ、碧……」
「あぁ……葵……」
呪人に戻った鳴宮に、自分が殺してしまったという事実が頭を駆け巡り、柊は涙を流した。
「泣くんじゃないよ馬鹿……」
「バカはお前だろバカ、誕生日に祟人になってんじゃねぇよ……」
「はは、そうか……今日が誕生日か……。一年間心待ちにしていた瞬間を、こんな形で迎えるとはね……」
「お前のせいでせっかく準備した菓子も飲み物も無駄になるし、お前のせいでハルもこんなんだよ……」
「おや……青葉がいるのかい?せっかくだから最後に顔が見たいな……」
鳴宮のその言葉に応えるように、柊は彼の体を起こし、春園の顔を見せる。
「あぁ……せっかくの綺麗な顔が台なしだ、こんなに血だらけになってしまって……」
鳴宮はそう言いながら春園の頭をそっと撫でた。
「光属性ふたりに殺されるなんてね……なんて光栄なんだ」
「変なこと言ってんじゃねぇ……この、クソ詐欺師が……」
「あはは……いいね、最後まで葵らしい言葉だ。……でも葵、キミからいちばん欲しい言葉をまだもらえていないよ。今日は誕生日なんだ」
「ん、う"……誕生日おめでとう碧、お前らまとめて俺の仲間だよ……」
「は……ははっ……あはは……そうかそうか、仲間か……いい響きだ。……ありがとう、葵。青葉にも伝えておいてくれ……本当にありがとう」
鳴宮はそう言って息を引き取った。柊は初めてできた仲間の初めての死に涙が止まらなかった。声を抑えることも忘れて泣き続ける。それは、夜の空にひどく響いていた。
「……祟人、鳴宮碧、呪人、柊葵、春園青葉。以上三名を確認。これより施設に運びます」
『頼んだ』
三人が施設の人間に見つかり、施設に運ばれたのは何時間もあとのことだった。
***
「碧の葬儀は今からだ。最後に顔だけでも見てやってくれ」
僕が目を覚ましたのはその日の昼頃。碧の葬儀を終わらせたら僕は春園の部屋に行った。先生から聞いた話によると、ハルは碧からの最後の攻撃で首をやられたらしい。目を覚ますかどうかすら怪しいし、目を覚ましたとしても体が動かない可能性が高いという。そんなハルが目を覚ましたのは、碧の誕生日から一週間経った頃だった。先生の言っていた通り、ハルは体を動かすことができなかった。ただ、その後のリハビリでぎこちなくはあるが体は動かせるようになった。それでも現場に出れるほどの回復はできず、今はほとんどの時間を部屋で過ごしている。
「よっ」
「よ。なに、今日は」
「べつに、様子見に来ただけ」
「ハッ、様子なんか見に来なくても私は死にはしないよ」
「……僕さ、この前誕生日だったんだけど」
「そうか、もうそんな時期か」
「そんな僕に言うことないの」
「図々しいにも程があるな甘ちゃんよ、誕生日おめでとう柊。これからもお前はずっとクソガキだよ」
「は……ほんと、お前は変わらないね」
「お互い様さ。お前も私も鳴宮もずっと変わらないよ。どれだけ歳を重ねても、所詮私たちはクソガキで小指ちゃんで、アイツは詐欺師だ」




