第二話 少年は、まだ
「ッドアアアア!ヤバい先生!えっ、ヤバい待って、柳瀬祟人なっちゃう?!いやだ!!先生どうしよう!ハッ……注射!医務室行かないと!」
「あーはいはい、ちょっと待って凪沙。これ多分疲れて倒れただけ。さっきの体術披露でトドメ刺しちゃったかな」
「へぁ……な、なぁんだ、よかったぁ……」
「とりあえず医務室には行っておこうか、なにかあったら怖いしさ」
「じゃあ俺運ぶよ」
「頼むよ、ありがとね〜」
***
【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
***
「あっ、柳瀬起きた〜」
目を開けると瀧田の顔。まさか俺、授業中に寝てしまっていたのか。
「わり、寝てたか……う、ってぇ……」
「あーあー、そりゃ痛いだろ。体術披露のあと立ったまま先生の話聞いてたじゃん?そのまま倒れたんだよ」
情けない。たった少し、数分程度の体術披露で倒れるなんて。
「柳瀬最近特訓詰めだったし、そろそろ四半痛くる時期じゃない?」
「え、ああ……言われてみればそうだな……」
四半痛とは、三ヶ月に一度の頻度で約三日間、エイプル発症時と同じ痛みを感じる時期のこと。分かりやすく説明するなら、月に一度訪れる女子の生理と一緒だ。四半痛は、生理痛同様個人差がある。三日間という短期間ではあるが、ひとことで表現するなら地獄だ。特に俺は瀧田や七森に比べて四半痛が重いらしい。腕の強い痺れはもちろん、頭痛、吐き気、さらにひどいと立っていられないほどの眩暈にも襲われる。ちなみに、女子はその痛みと生理痛とが相殺してほとんど痛みを感じない人がいれば、相乗効果でさらに痛みを感じる人もいるらしい。七森は前者のようで、いっそのこと毎月四半痛が来てくれればいいのにと言っている。勘弁してほしい。
「夜もよくうなされてるみたいだったし、柳瀬の思ってるより体の疲労が抜けきってないんだよ」
「……なんでお前がそれを知ってんだよ、一応部屋ちがうだろ」
「柳瀬の声、大きいのか知らないけど案外聞こえるんだって」
「マジかよ……」
「とりあえず先生呼んでくるから寝ててな」
「……ん」
「寝ててよ!」
「分かってる」
忙しなく俺の部屋から出ていった瀧田は数分で先生を連れて戻ってきた。
「やぁやぁグッドモーニング。調子はどうだい?」
「どうもこうも、俺は大丈夫です」
「そのセリフ、九割九分大丈夫じゃないヤツが吐くセリフなんだけど」
起き上がろうとする俺の動きを先生がその目で制圧する。
「ごめんねぇ、体術披露で追い込みかけちゃったね。とりあえず颯真は三日間は安静にしてな。祟人が出ても寝てること」
「いや、そんなことしたら」
「いい?壊れる前に休みなさい。お前は今、イチの状態だ。ゼロになったら元も子もない。十まで回復しろとは言わないよ、せめて半分。五になるまでは休みな」
先生のその言葉になにも言うことができなかった。現在日本にいる呪人の数は約千人。日本人口で比較すると約0.00001%。ひとりの呪人の荷は重い。
「……分かりました」
「うん、おやすみ」
そう優しく言った先生は俺の部屋を出ていった。瀧田はまだ部屋にいる。そんな瀧田もしばらくの間、静かに俺を見つめていた。
「なんかさ」
珍しく纏う神妙な雰囲気に息を飲む。
「よく思うんだけど、先生ってあんまり俺たちのこと叱らないよな。いや、叱らないことはないんだけど、なんていうかな……」
「……言いたいことは分かる。言葉はアレだけど、先生らしくないってことだろ」
「うんまぁ、そんな感じ。さっきだって、俺が先生の立場だったらきっと叱ってた。なんで医務室に行かなかったんだって」
「……多分先生は、倒れたのが俺だったから叱らなかった」
「え?」
「俺が、無理をする性格だって知ってるから。……倒れたのがお前でもきっと叱らなかった」
「え、や、柳瀬に叱らないのは分かったけど俺も?俺は別にムリする性格じゃないよ」
「お前は、自分が休んでいる間に出動要請や応援要請が来たらみんなに迷惑かけると思っているから。俺は自分のために無理をするけど、お前は特に、人のために無理をする性格だと知ってるから」
瀧田はまた、しばらくの間なにも喋らなかった。ただ床を見つめて、俺の言葉になんとか納得しようとしているように見えた。
「失礼します」
部屋のドアをノックし、静かに入ってきたのは眞部さん。この人は眼人と言われる人で、俺たち呪人やその他一般人とはちがう部類の人だ。眼人はハンコ注射が消えた人のことをいい、一般人と違い初期段階の祟人の発見は可能だが、呪人と違い対処はできない。現在日本に住む多くの眼人は周りと変わらない社会人であるが、一部は眞部さんのように呪人のマネージャー的役割を担っている。が、最近は呪人と同じくらいハードな仕事であるとマネージャー業務を担う眼人が減っているため、人材不足に陥っているという。
「あ、眞部さんお疲れ様でーす」
「お疲れ様です。柳瀬さん、体調はいかがですか」
「お疲れ様です。大丈夫なんですけど、先生には三日間休むよう言われました。ただでさえ人が足りないのに、すみません」
「いえ、ゆっくり休んでください。しっかり者のあなただから大丈夫だろうとスケジュール管理をお任せしていた私に責任があります」
こちらに深く頭を下げる眞部さんに対してなぜか慌てている瀧田とは対照的に、俺は非常に落ち着いていた。
きっちり仕事をこなす眞部さんに、これからのスケジュール管理はお任せしますと言われたのは一ヶ月前のことだ。十七歳になる年。自分でも、自己管理はできていると思っていた。だからこそ眞部さんのその言葉にはすぐに納得し、分かりましたと頷いた。自分はあの眞部さんの信用を得ることができたのだと喜び、そして信用を壊さないようにもっと精進しなければと特訓を詰めに詰めた。俺は自分の信用のために無理をして、自滅して、結果的に人を困らせてしまった。今回のこの一件で、眞部さんの俺への信用や信頼、期待まで崩れてしまっただろう。また一からやり直しだ。
「おい眞部」
背筋が冷えるような、ドッと低い声が部屋に響く。しまったと思った。俯く顔を上げると、ドアを開けたそこにいたのは先ほど部屋を出た先生。そこにはいつもの穏やかな目はない。怒っている、そんなの見なくても分かった。
「……はい」
先生のその短い言葉に眞部さんが覚悟を決めたような返事をした。
「瀧田、お前外出てろ、もう七森のところに戻ってもいい、ありがとうな」
「え、いや、でも」
「大丈夫だ、悪いな」
「あ、うん……」
今この状況でもかなりひどいが、これ以上ひどくなる前に瀧田を部屋から出す。ゆっくりと体を起こすと、俺が口を出す前に先生が話し出した。
「お前さっきのどういうこと、颯真にスケジュール丸投げしてたってこと?」
「申し訳ございません、私の考えが甘かったです」
「俺は謝罪の言葉が聞きたいんじゃなくて事実かどうかってのを聞きたいんだけど」
「はい、事実です。誠に申し訳ございません」
「あのさ、どれだけ颯真がしっかり者のように見えても相手はまだ十六だよ、子どもだよ。お前の仕事量が多いのは分かってるけどそれとこれとは話がちがうでしょ。倒れたときの当たりどころが悪けりゃ、言い方悪いけど再起不能だよ」
「はい、申し訳ございません。今後は同じミスをしないよう」
「待ってください、悪いのは眞部さんじゃないです」
「……なぁに?颯真が口を出すなんて珍しいじゃん」
先生はこちらに笑顔を寄越す。が、それでもまだ怒っているようにしか見えない。
「眞部さんにスケジュール管理を任されたのは本当です。でもそれを了承したのは俺だ。それに、その後の特訓を詰めたのも俺です」
「それは分かってるよ、でもね、そういう問題じゃなくて、そもそもスケジュール管理を子どもに押し付けることが」
「俺は、正直眞部さんに信用されているんだと思って嬉しかったんです。だからスケジュール管理を任されたとき、すぐに頷きました。眞部さんの信用を裏切らないように、早く強くなるためにいろんな先生に特訓をお願いしました。俺が俺のために無理をしなければ、こんなことにはならなかったんです。全部俺の責任です。眞部さんは悪くないから」
「分かった。……分かった、悪かった。颯真も、もう無理しないで」
「はい」
「氷、交換しておくね。あとはふたりで今後のスケジュールについて話しておいて。結果は眞部が報告」
「かしこまりました」
先生は部屋を出る前にまた俺の頭を撫でていった。
「すみません眞部さん、倒れて迷惑をかけているのは俺なのに」
「いえ、こちらこそ申し訳ございません」
「厳しいことは言っていたけど、先生は眞部さんを信用していると思うので、その……」
「えぇ、存じ上げておりますよ。今までの私の仕事に一切口を出さなかったのがその証拠でしょう。さて、起き上がっているのは少々しんどいでしょう。横になってください」
「ああ、すみません。眞部さんも座ってください、その椅子しかないですけど」
「お気遣いありがとうございます。それでは、今後のスケジュールに関してなのですが」
***
第二話【 少年は、まだ 】
***
三日も休めばかなり調子は戻ってきた。今ならなんでもできる気がする。
「先生、特訓お願いします」
「……あのさ颯真」
「はい」
「つい先日の自分の言葉を忘れたの?自分が自分のために無理をしなければ、倒れるようなことはなかったって。全部自分の責任だって、言ってたよね」
「言いましたね」
「颯真が今僕に頼んでいる特訓も、自分のために無理をしていることのひとつなんじゃないの?」
「いえ、今回のはそうではなくて。今なら先生相手でも勝てそうな気がするので」
「……颯真ってこんなにバカだったっけ?まだ疲れが抜けてないのかな、もう三日休むか」
「いえ、遠慮しておきます」
「はぁ……とにかく、颯真は病み上がりでまだ万全ではないんだから、現場には行ってもらうかもしれないけどしばらくは特訓禁止。ほかのやつらにも伝えておくから僕以外に頼もうったって無駄だからね」
「え、なっ、なんで」
「だからぁ、病み上がりだからって言ってんでしょ〜?またいつ倒れるかわかんないその状態で特訓して、そのあと緊急で現場入るとかしたら、こっちが怖くて仕方ないよ」
「んむ……分かりました……」
心残りはあるが仕方ない。することがなくなったのでとりあえず部屋に戻ることにした。
「あっ、柳瀬〜」
その道中、こちらに走ってくる瀧田に会った。上着を脱いで薄着でいる様子から、先ほどまで特訓をしていたのだろうと伺える。
「もう体調は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。迷惑かけて悪かったな」
「んーん、それより様子見に行けなくてごめんな、先生がしばらくひとりで休ませてあげようって言っててさ」
「……そうか」
瀧田の言葉を聞き、自分はしょっちゅう様子を見にきてたくせにな、と思った先生に対してのそれは口には出さないでおいた。
「特訓してたのか」
「うん、昨日までの出張でこっちに来てた支部の先生についてもらってた」
「じゃあ昨日現場だったのか」
「まぁね、でも初期段階の祟人だったしすぐに終わったよ。午前中で処置が終わったから午後は休養時間になったし」
「……そうか」
「部屋戻るの?行っていい?」
「いいけど、先にシャワー浴びてこいよ、汗だくじゃねえか」
「はーい」




