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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第一章

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第十七話 本能の拒絶

「突然だけど、僕たちは死んでいる」

「え?!」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


本当に突然だ。この人の場合、本当なのか冗談なのか、これから話す内容のために必要な仮定なのか分かんねえな。

「僕たちがなぜ呪人と呼ばれているか。それは呪われているからでもハンコ注射が打った腕の反対側に移っているからでもない。僕たちの体にはエイプルという毒がいるからだ。これは知ってるね?」

「え、うん、知ってるけど……でも現に俺たちは生きてるじゃん」

「うん、そうだね。でもそれはエイプルが体に住み着いているおかげだ」

「どう、いうこと?」

「つまり、僕たちはエイプルがいないと生きていけない」

「エイプルがいないと……」

「……生きていけない」

「そう。僕たち呪人は、エイプルに体を毒されつつ、そのエイプルがないと生きていけない体になっているんだ」

「で、なにが言いたいのよ。本当に伝えたいことはそれじゃあないでしょうね」

「お、さすが梛桜、よく分かってるね。祟人を対処するときのいちばんポピュラーな方法は?」

「専用の小型ナイフで心臓を突く」

「正解。で、その専用の小型ナイフには、エイプルにしか反応しない解毒剤みたいなものが染み付いている」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ、僕たちは祟人の心臓を止めるために突くんじゃなく、祟人の体の中にあるエイプルを殺しているんだ。エイプルは僕たちを生かしてくれている心臓代わりの親切な毒。その毒を解毒剤で消毒すれば、当然生きられなくなるわけだからね」

「つまり、あたしたちが一般人として生きていきたいとそのナイフで自分の中のエイプルを殺そうとすれば、心臓を突かなくても死んでしまうってことね」

「そゆこと〜。逆に、死にたいと思って普通のナイフで心臓を突いても、ただ痛いだけで死ぬことはできないってこと」

「なぁ、ムゴいこと聞くけどさ、首切られたり脳みそぐしゃぐしゃになったりしても生きられるってこと?」

「あ〜、もちろんそれは論外だ。心臓を引きちぎられたら一発アウト。首を切られたら頭部分はアウト。体は生きてる。まぁ、頭からの信号が届かないから動くことはできないけどね」

「うげ、気持ち悪いわね。想像したくないのに想像しちゃうわ……」

俺たちが現場に行くとき、その場にいる呪人全員がそのナイフを持っているわけではない。特に俺たちは、先生から指名されたひとりのみしかナイフの所持が認められない。対処が終わればナイフを先生に返さなければいけないうえ、そのナイフは普段、鍵付きの金庫で厳重に保管されている。

「あのナイフに対しての手厚いそれは、意図的な死や事故死を避けるためだったんですね」

「大正解〜。時代が進むにつれ前線で戦える呪人が少なくなっているからね、きみたちみたいな若い呪人は特に、死なれちゃ困るんだよ」

「なんだか一気に冷めました」

「結局、あたしたちってそういうもんよね」

「現実突きつけられるとやっぱショック〜」


***


「なぁ先生、前先生は祟人の出現が多くなる時期は今からって言ってたけど、毎年これくらいなの?なんか思ってたより少ないんだね」

「そうだね、この時期でこの数だと例年に比べると少ない」

「理由とかあんの?」

「さぁね、今年はエイプルの機嫌がいいんじゃない?」

「そういうもん?」

「そういうもん」

授業後、先生と瀧田が話すそれに軽く耳を傾けながら、机の中にしまっておいた特訓評価シートを取り出す。体調不良により、特訓ができない時期が一定期間あったが、その後は以前のように特訓ができている。呪人や眼人により埋まっていく評価に満足感を得る。

「お、颯真結構特訓できてるね〜」

「はい、最近は体調も悪くないですし、調子もいいです」

「じゃあ僕ともやろうよ〜」

「いえ、遠慮しておきます。先生と特訓するとしばらく休まないといけないハメになるので」

「そんなことないよ〜」

「一度でもそうならなかったことがありますか?」

「言うようになったね颯真……」

「そういえば先生、瞬くんはまた出張ですか」

「うん。一昨日現場が終わったあとすぐに呼ばれてね、今近畿」

「……そうですか」

「なにか言いたいことがあるっぽいね」

「俺たちはいつも出張があるとしても三人一緒にですよね、単独の出張はないんですか。三人だと手が余る現場もありますし」

「うーんそうだね、そろそろ単独での現場も経験してみようか」

先生のその言葉にいちばん大きな反応を示したのは瀧田だった。

「ほんと?!俺頑張る!」

「三人だけでも現場に行ってみよう。自分たちで役割を考えるんだ」

「その場合、だれかが指示を出せるようにしないとですね」

「そうだね。そして今日授業した専用ナイフの管理も自分たちでしなければならない」

「移動はどうするの?瀧田は自分で移動できるからいいとして、柳瀬とあたしはそんな力ないわよ」

「ふたりにお願いするときは僕が連れていくよ、もしくは凪沙と一緒に現場配属かな。必然的に凪沙の出張回数が多くなる可能性がある」

「任せてよ!俺がどこまでも連れていく!」

「無理はすんなよ。どこまでもは無理だろ」

「大丈夫。俺頑丈だから」

「頑丈だとしても所詮ひとの体だ。壊れるときは壊れる。大事にしろ、自分の体だろ」

「やなしぇ〜」

「野郎どもでイチャイチャしてんじゃないわよ」

「単独で頼むときも初めのうちは引率で僕がついていくから安心してね。何度か単独での現場を経験したら本格的にお願いしようかな」


***


第十七話【 本能の拒絶 】


***


「柳瀬」

「あ?」

「ついてこい」

「どこに」

「いいから黙ってついてこいっつの」

瀧田は授業後、早い段階で特訓に走った。俺もジムに行こうとしたが、七森の言葉によってそれは叶わなかった。乱暴な口調の七森に半ば強制的に連れてこられたのは小児棟だった。施設にはこの小児棟に加え、一般小児棟がある。ふたつの違いは、その子ども自身が呪人であるかどうかだ。小児棟は呪人である子どもが過ごす場所であり、一般小児棟は呪人を親に持つ一般人の子どもが過ごす場所である。

「こんにちは〜」

「あ!なおお姉さん!こんにちは!」

「奈子〜!久しぶり!元気にしてた〜?」

小児棟に入って早々七森に元気な挨拶を返したのは、今年で五歳となる涼宮奈子だ。彼女は俺と同じ火属性の呪人だ。そして彼女には、双子の弟がいる。

「ほら、なおともアイサツ!」

「……こんにちは」

彼の名前は涼宮奈央斗。属性は水だ。顔が似ているふたりの性格は真逆と言っていいほどちがう。姉である涼宮奈子は社交的で素直な性格だが、弟の奈央斗は内気で用心深い。正直、俺は子どもが好きなわけではない。というか、このふたりがなんとなく苦手だ。弟に関しては一度拒まれた過去があるからだが、姉に関しては特にそういった対応を取られたことがないのに苦手意識がある。小児棟には特に仲のいい人がいないので、涼宮奈子と遊んでいる七森を他所に俺は隅に座り込んだ。そうすると俺の隣に弟の奈央斗が座る。はじめは人ひとり分距離を空けて座っていたが、少しずつこちらに寄ってくる奈央斗。彼がこのように人に甘えたような行動をするのは珍しかった。

「涼宮」

「なおとです」

「……奈央斗、どうかしたか」

「どうもしない」

素直じゃない。姉にすべての素直さを譲り渡したのか?

「おにいさんはいつからここにいるの?」

奈央斗から出たその言葉は、彼を内気な性格にした原因のひとつなのだろうか。

「俺は六歳の頃だよ、奈央斗はまだ四歳だから、俺はそのときまだ外にいた」

「そっか。……そとってどんなところ?」

「俺もよく覚えてない。でも楽しいと思うよ。まあ、いろんな人がいる」

「いろんなひと……」

奈子と奈央斗。彼らは世にも珍しい双子の呪人だ。ふたりの属性はちがうが、呪人になった時期も同じで、施設に入った時期も同じ。さらには四半痛の時期も同じだという。

「奈央斗、苦しくないか」

「くるしくないよ、ぼくにはなこちゃんがいるもん」

「……そうか」

「柳瀬〜そろそろ帰るわよ〜」

「ん」

七森のその言葉に立ち上がろうとする。が、それは叶わなかった。奈央斗に隣接していた手である右手が、彼の氷の力によって固められたのだ。驚いた。この歳で自分の力を理解して使いこなせることも、自己表現が苦手だった奈央斗がここまでの自我を持っていたことも。

「悪い七森、先行っててくれ」

「え〜?もうしょうがないわね。じゃあまた来るわね、奈子。それまでいい子にしてるのよ〜」

「うん!またね、なおお姉さん!なこいい子にしてまってる!」

七森は彼女に挨拶をして小児棟を出ていった。


***


周りには常に大人たち。血の繋がっている人間がひとりしかいないこの環境下で、四歳の子どもがひっそりと泣いていた。苦しさを察してくれるような器用な大人がいなければ、その苦しさを打ち明ける強さもない。だから俺たちは数少ないこのサインを見逃してはいけない。

「疲れたか」

奈央斗を向かい合わせに膝に乗せ、顔が見えないように彼の頭を俺の肩に乗せる。こうすれば少しは泣きやすいだろう。

「そうまお兄さん!なおとだいじょうぶ?どこかいたい?」

「大丈夫だ、心配するな。お前は友だちと遊んでおいで」

「そっか、よかった!でもお兄さん!あたしはなこだよ!」

「……そうか、悪かった。奈子、友だちと遊んできな」

「わかった!なおともげんきになったらいっしょにあそぼうね!」

「言っておく。ありがとうな」

奈央斗の様子を見にこちらへやってきた奈子をほかの場所に送る。彼女は元気に走って行った。

「ぼく、またなこちゃんをこまらせちゃった」

「え?」

そう呟いた奈央斗は、俺の肩に涙をこぼした。

「ぼくはいつも、なこちゃんをこまらせちゃう」

「どうしてそう思う?」

「ぼくがよわいから」

「弱いから?」

正直、奈央斗くらいの歳の呪人は特訓はおろか体術の授業もしない。その状況での強さはなにに関係しているのだろうか。

「おにいさんは、なかない?」

「……そうだな。しばらくは、泣いていない」

「ぼくも、おにいさんみたいに、つよくなりたい」

人に強いと言われたことはあまりない。むしろ俺は弱いほうだ。そんな俺を、この子は強いと言った。この子が先生のような人を見たらどれだけ驚くのだろうか。

「そうか。……頑張って強くなろうな」

「うん。ぼくも、ヒーローになれるかな」

奈央斗のその言葉に、俺はなにも言うことができなかった。なれればいいな、なんて無責任なことは言えなかった。俺たち呪人は決して正義のヒーローにはなれない。でも、その事実を突きつけるのは今じゃなくていい。

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