第十六話 天の才能
「先生お誕生日!」
「『おめでとう!』ございます」
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【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
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この時期になるといつも先生はひっつき虫にでもなったかのように俺に引っ付いてくる。理由は分かっている。先生の誕生日が近いからだ。だが今年は珍しくひっつき虫にはなっていなかった。直近に俺の体調不良や実力テストがあったからだろう。先生も忙しくて自分の誕生日を忘れることがあるのかと少し哀れになると同時に、いつも祝っている誕生日を祝ってくれなかった、と駄々をこねられる前になにか対策を立てようと考えた。
「ちょっと手伝ってくれ」
構う相手を分散させよう。
「お?どうしたの柳瀬。珍しいね、柳瀬が俺たちに手伝いを求めるなんて」
「俺を守れ」
「アンタはなにに追われてんのよ」
「先生の誕生日を祝え」
「え!先生今日お誕生日なの?!」
「ちがう。でももうすぐで誕生日だ」
瀧田は案の定すぐにノリノリになった。七森も案外乗り気だったことで、サプライズ計画はふたりに任せた。サプライズ計画といっても、誕生日当日に教室で待ち伏せをしておめでとうの言葉を伝え、一緒にケーキを食べるという単純なもの。先生はそれだけでも充分に喜ぶだろうと俺たちなりに考えた策だった。
「いつもより少し早く来いよ」
「おうね!」
「七森は、気付かれないようにケーキの調達。ちゃんとおばさんに時間伝えたんだろうな」
「当然でしょ」
「……なにかあったときのために瀧田連れて行くか?」
「コイツ連れて行くほうがなにか起こりそうだからいらない」
「なにそれ!」
「分かった」
「柳瀬も否定して!」
「じゃあ明日な、寝坊するなよ」
「おうね、柳瀬こそな」
「俺は大丈夫だ」
「どっからくるのよその自信」
その翌日。サプライズは無事成功。そして、俺の構う相手を分散させるという計画も成功した。先生は俺の予想通り、忙しさゆえ自分の誕生日を忘れていたらしい。
「このサプライズ、柳瀬が考えたんだよ!」
「ば、馬鹿お前!」
「え〜なに颯真、僕のためにこんな豪華なことしてくれたの〜?いつも僕が構うといやがるくせに本当は構って欲しいんだね〜んも〜ツンデレなんだからぁ」
お願いだから瀧田、余計なことは言わないでくれ。
***
「さてさて、本日三十五歳になったばかりの僕の授業は!」
世の中にはこんなにも元気な三十五歳がいるのだろうか。生徒である俺たちよりもテンションが高いその様子から、たまにこの人が自分の倍以上の歳を取っている人間だということを忘れてしまう。
「早速現場だよッ!」
「え"!!」
「誕生日が厄日なんて、かわいそうね」
「ちょっと、早速哀れむのやめてよ」
「で?場所と移動手段は」
「近畿だ。遠いから僕の瞬間移動で移動するよ」
俺たち三人は部屋に戻り現場服に着替え、再度教室に集合する。そこには瞬くんもいた。
「瞬くん!」
「あっ、颯真くん、みんなも。おはよ〜」
ふわふわとこちらに笑顔を向ける瞬くん。彼はしばらく休むよう先生から言われていたはずだ。
「もう休まなくて大丈夫なの?」
「うん、今回は三日もお休みもらっちゃってさ。しっかり寝れたよ〜」
そう言うわりに瞬くんの目の下のクマはなくなっていない。少し薄くなった程度だ。
「その状況で現場行っても大丈夫?もう少し休みなよ」
「ま、調子は悪くなさそうだし、今日は勉強も兼ねて瞬がいつもどんなふうに現場をこなしているか見てみようか。瞬はいけるかい?」
「もちろんです」
一瞬で纏う雰囲気が変わった瞬くん。先生の瞬間移動で、現場に移動した。
「対象は水属性。対処は瞬ね。補助は颯真と凪沙と梛桜。僕は保護誘導に回る」
『了解』
補助という名目で三人が見学。俺たちは瀧田の風に乗って瞬くんの様子を見ることになった。
「みんな、怪我しないようにね」
「うん、瞬くんも」
「ありがとう」
瞬くんは祟人のもとへ向かった。今回の祟人は凶暴化がかなり進んでいて、並みの呪人では手につかないレベルまで事態は深刻化していた。祟人は瞬くんに気付くと、瞬くん目掛けて一直線に突っ込んでくる。ひどく早かった。こちらに向かってくるのと同時に、祟人は氷を出す。
「風鈴」
それは、瞬くんの呪説だ。彼がそう言うと、瞬くんが呼び起こした風が祟人を地面まで追い込み、そのまま地面に叩きつけた。その衝撃に動くことのできない祟人。そこに瞬くんは飛んでいき、ナイフを刺した。
一瞬の出来事だった。対処に手馴れた呪人でもここまで早くは動けない。瞬くんはその細い体で祟人を持ち上げると、俺たちのところに戻ってきた。
「みんな怪我はない?」
ケロッとしたその様子に全員がポカンとする。
「え、はや……」
瀧田の口から思わず出たその言葉に、七森とふたりで無意識に頷く。
「あはっ、凶暴化した祟人は早く対処しないと被害が増える一方だからね」
爽やかな笑顔で俺たちに語りかけた瞬くんは、行こうと言って先生のもとへ向かった。
***
第十六話【 天の才能 】
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「どうだった?瞬の現場捌きは」
「なんかもう、早すぎて意味が分からなかったです」
「一瞬で倒したよな〜」
「そうね、引っ張りだこなの納得したわ」
「あはは、大袈裟だよ」
「しっかり休んだあとだったから調子良かったね」
「はい、体が軽かったです」
「今回は龍のほうを使うのかと思ったんだけど、鈴を使ったんだ」
「はい。鈴でいけるかなって」
「うん、いい判断だったんじゃないかな。実際鈴で対処できたわけだし」
「龍って?」
「瞬くんのもうひとつの呪説だ。俺も使ったところは見たことがない」
瞬くんのもうひとつの呪説、玉龍は、この中だと先生しか見たことのない強力な技だ。そもそも瞬くんは普通レベルの祟人相手だと呪説を使わない。指や腕の力だけで軽く圧倒できる強さを持っている。
「諸伏くんって、すげぇね」
随分と抽象的な感想だった。でもそれ以上に、彼のすごさを言い表せる言葉なんてなかった。
「瞬くんは強くなるためにどんな練習をしたの?」
「え?えぇっと、そうだなぁ」
「瞬にはもともと才能があった。これはみんな知ってるよね?そこからさらに実力を上げて今の強さになったわけだけど、ここまで強くなったのはここ数年の話だね」
「え?」
瞬くんはずっと強いというイメージがあったから驚いた。ここまで強くなったのが最近だったなんて、考えられない。
「瞬が呪人になったのは五歳。出身は静岡だから、当初は中部支部にいたんだよね」
「はい。こっちに来たのは七歳でした」
「あぁ、異動か」
「そそ。発症から間もなく才能に恵まれていると分かったからね。支部よりここのほうが設備がよくてさ、中部支部からの要望で」
「でも僕、あの頃は本当に才能なかったですよね」
「いや、才能がなかったわけではない。あの頃から才能はあったよ。ただ、それを出すのが下手だっただけだ。出すのが下手で、自分の中に溜め込みすぎて気分が悪くなるほど。抑え込む方法や放出する方法を教えたらすぐにコツを掴んでね、そういうところにも才能があった。瞬はその才能があったから、ほかより少し早い時期から体術の授業も取り入れてたよ。もちろん特訓もしていた。最初につけられたランクはC、メキメキと実力を上げてその次のランクはA-。そしてA、A+って感じ。十歳になった頃にはすでに現場にも行ってもらってたね〜」
「十歳で?!」
「稀にあるよ、認められればね」
「で?強くなったのはここ最近って話はどうなのよ。その話を聞く限りずっと強いじゃない」
「うん。さっきランクの話をしたけど、A+になったのは三年前だ」
「ほんとに最近なんだ。三年前だと、俺たちはまだ外に出てないな」
「そうだね、瞬が十四歳、颯真たちが十三歳の頃の話だ」
***
瞬が中部支部から関東本部に異動してきたのは、彼が七歳の頃。今からちょうど十年前の話になる。当時、彼のランクはC。特別高いとは言えないランクではあったが、彼の中に溜まっているその力は非常に大きかった。瞬が呪人になったのは五歳。それから二年足らずでは力の調節がうまくできないのは当然だった。僕や関東本部にいる風属性の呪人の指導により、その調節や力の上手い使い方を身につけると、その実力は同年代の呪人とは比べ物にならないくらい上がっていった。それでも直近の実力テストで与えられたランクはA。それ以上のランクにはなかなか進めないでいた。
「その歳でAランクなのはすごいことだよ」
「でも、このランクで傲り高ぶりたくないです。この歳だからこそ、まだ伸び代がある歳であるからこそ、もっと強くなりたいんです」
「……そっか」
ゾクゾクと背筋が凍るような感覚。才能があるのには理由があると知った。この子は恐ろしくまっすぐだ。
「鈴に加え龍をも操れる技術を手に入れ、人に力を貸しながら自分も同じくらい戦えるような力もある。それ以上にお前は、なにを求める」
「僕は今まで、戦うことしかできませんでした。それ以上のことはできなかった。怪我人を最小限に抑えることはできても、ゼロにすることはできない」
「それは当然だ。祟人は僕たち呪人にしか対処できない。一般人や眼人はいわば、無力な人間なんだよ」
「僕はそんな無力な人間である彼らを、守り助けたいんです」
「なるほどね、つまり」
「はい。治癒能力を手に入れたいです」
瞬が自分から欲求を口に出すことは珍しかった。彼のそのまっすぐな目に自然と笑みが出る。この子は本当に、恐ろしくまっすぐだ。
しばらくして瞬は治癒能力を手に入れた。もちろんそれは天から授かったものではない。自分で手に入れた力だ。自分の属性に加え、治癒能力も持ち合わせている呪人は数少ない。人によってその習得方法がちがうことや、習得に膨大な時間と力が必要であることによってそうなっている。
「で?瞬はどうやって習得したの?」
「実はよく分からないんです。暇さえあればとにかく部屋でひとりになって集中していたら、ある現場で使えるようになっていて」
「ほんと、天才肌って怖いね」
「ふふ、柊先生には言われたくないですよ」
「残念ながら僕にも使えないんだよ、その技」
「え?本当ですか」
「うん、本当。光属性にはもともと自分自身の怪我を治癒する自己治癒能力が備わっている。でも、他人の怪我を治癒する能力はどう頑張っても習得できないみたいなんだ。その力は僕にも成し得ない特別な力なんだよ」
「そうなんですね、なんだか嬉しいです。柊先生にもできないことがあるんですね」
「うん、なんだか少し悔しい気がしたけど、僕にだってできないことはあるさ」
彼のランクがまたひとつ上がったのはその次の実力テストでのことだった。
「治癒能力がさらに安定して、怪我がひどい呪人の治癒も完璧にできるようになれば、またランクが上がるかもね」
「はい、頑張りますね」




