2話 見崎渚と美少女たち、噂に包まれる(5)
「はぁ……ついてないな……」
俺は教室に戻って、海夏に買ったプレゼントを持って、そのままため息交じりに教室を後にした。
校舎を出ようとした、その時だった。
バリィィィィンッ――!
空が突然光ったかと思ったら、すぐさまドォォォンと腹に響くような雷鳴。そしてワンテンポ遅れて、バシャァァァッと大雨が降り注いできた。
「はぁ!?さっきまでカンカン照りだったよな!?俺だけピンポイント狙ってんのかよ!」
思わず空に向かって指をさしてクレームを入れた瞬間……
ゴロゴロゴロ……ッ!!
まるで「誰に口きいてんだコラッ!」と怒られたみたいな雷鳴が轟き、俺はビクッとなって数歩後ずさった。
「ご、ごめんなさい……!」
やっぱり神様には逆らっちゃダメだ。命あっての物種。
そう思って踵を返そうとした瞬間……
ツンッ。
背中を何かで軽く突かれた気がした。反射的に振り向くと、そこには、俺より頭一つデカい巨体の男が立っていた。
サングラス。筋肉。無言。
校内でこの見た目は完全にアウトだろ!?制服は着てるけど、顔はどう見ても三十路越えてるし?アンタ生徒なの?それとも教頭なの?校長なの?
「……なんだね君は?」
恐る恐る声をかけると、そいつは低い声でボソリと呟いた。
「この前……うちのやつらが世話になったらしいな?」
「え?」
なにそれどういう入り方?
「えっ、あの……すみません、意味が……」
「とぼけるな。数日前、トイレで、うちの奴らをぶっ飛ばしただろうが」
トイレ、数日前……もしかして……
「まさか先週……」
「聞いてるぜ。お前、月本のことをワンパンでぶっ飛ばして、あいつ今じゃビビって学校にも来れねぇってな。ガリガリの猿みてぇな体してんのに、やるじゃねぇか」
し、失礼だなぁこいつ……不良に礼儀なんて求めちゃいないけどさ、それにしたって言い方ってもんがあるだろ。
いや、礼儀とかマナーとか、あれは所詮建前だ。きれいに着飾った「教養」だのなんだの言って、裏では悪口言ってる奴なんて五万といる。世の中で一番信用ならないのは人の心だ。
ニコニコしてても腹の中じゃ罵詈雑言。下手すりゃ、殺人鬼みたいな奴だってチャンスがあれば迷わず刺してくる。まあそんな状況ほぼ無いけど。
って、話が逸れた。
問題は、こいつが俺のことを猿呼ばわりしたってことだ。
「お前なぁ、猿とはなんだ猿とは!俺がどこに毛ぇ生えてんだよ!」
ムカついた俺は思わず指を突きつけて抗議する。
するとサングラス男は、ニヤァ……っと口を歪めながら、さらに言った。
「猿猿うるせぇな!あっそうだな、ついでに一つ教えてやるよ。お前と恒川紅葉たちのあの噂、広めたのはこの俺だ。学校中から白い目で見られる気分はどうだ?なぁ、最高にスリリングだろ?」
えっ?ぜん、全部お前か!!!
つまりアイツの言ってた二つ目の可能性——わざと俺を狙って流された噂は、ビンゴってわけだ。
このクソ野郎……!
おかげで俺がどれだけ苦労してると思ってんだ!
「ん?おい、このクソ野郎、わざと俺をからかってんのか?」
「へえ、殴りたいのか?なら来いよ!月本をワンパンで沈めたってその腕前、どれほどのもんか見せてもらおうぜ」
ぶちのめしてやりたい気持ちは山ほどあるが、ここは教室棟だ、トイレじゃない。もし殴り合いになったら、そのあとが面倒くさいに決まってる。
余計な騒ぎは避けたい。今は部活の時間で大半の生徒はそっちにいる。
誰かに見られて「学校で喧嘩!」なんてことになったらシャレにならん。だから逃げるに限る。
そいつが構えを取るのを見て、鼻で笑ってやった。
「お前と殴り合うなんて、時間の無駄だ」
そう言って背を向け、濡れた廊下をタッタッと歩き出した。
悔しいけど、今は手を出すタイミングじゃない。佐々木先生が後ろに控えてるってのもあるし、文句はあるが大人しくしておくしかない。
「おい、この野郎、舐めやがって!」
二、三歩進んだところで、その怒号が背後から飛んできた。振り向いた瞬間……
ドンッ!
顔面に強烈な一撃が入り、体は吹っ飛んだ。いや、正確には殴られて宙を舞い、勢いのまま床の上をゴロゴロと何回も転がされた。
くそ……何の前触れもなく殴りやがって。痛いし、服は泥だらけだし、これ洗うの面倒くさいよ……
「おいコラ、いきなり……あっいたっ!!」
言い終わる前に、そいつはまた突っ込んできて、もう一発俺の顔面にクリーンヒット。俺は再び地面に叩きつけられた。
クソッ……こいつ意外とやるじゃねぇか……
だったら、こっちも容赦しねぇ!
俺はゆっくりと立ち上がり、ファイティングポーズを取って警告した。
「お前なかなか強いな!だがな、上には上がいるって……あれっ?海夏のワンピース!」
やべえええ!!さっき落としたプレゼントの袋が地面に転がってる!
包装袋は無事だが、こんなどしゃ降り+泥水フルコースの地面に放置してたら中身まで汚れるに決まってる!
「ちょ、ちょっと待て!」
俺は両手を上げて一旦ストップを宣言し、すぐさまワンピースの袋の方へダッシュ。こんな無意味なタイマンより、妹の誕生日プレゼントの方が一億倍大事だろ!
「はぁ!?てめぇ、人を無視してんじゃねぇぞコラァ!」
俺がまだ袋に手を伸ばす前に、背後からそいつの蹴りが俺の顔面を直撃。
鼻から熱い血がドバッと溢れ出し、雨水と混ざって最悪の気分だ。さらに、さっき治りかけてた額の傷口もまた開いたっぽい!
「てめぇこの野郎!せっかく治りかけてたのにまた開いたじゃねぇか!さっきからちょっと待てっつって……ぐふっ!?」
言い終わる前に、今度は腹に一発。そしてそこからは怒涛のコンボ!
一発、二発、三蹴り……
まるでドリルのように、そいつの拳と脚が遠慮なく俺の全身に突き刺さる。痛みが波のように全身を襲い、思わず意識が飛びそうになる……
「てめぇ舐めやがって!ぶっ倒してやる!」
そいつは俺の襟首をがっしり掴むと、思い切り蹴り飛ばして壁に叩きつけた。
「どうした?殴られてアタマおかしくなったか、口もきけねぇのか?」
そいつはさらに詰め寄ってきた。
「さっきからちょっと待てって言っただろ!」
俺は咄嗟に床の泥をつかみ、そいつめがけて投げつけた。泥が顔に当たってそいつの動きが一瞬止まる。その隙に、俺は必死に海夏のワンピースを拾い上げた。
包装はしっかりしてて、幸い中のワンピースは無事だった。包装が汚れちまったのは痛いが、まあ中身が無事ならいい——それだけは確保できた。
そして、俺は決意を固める。
「お前、理由もなく人殴って、妹のプレゼントまでこんなにしただと?俺、今まで目立たないようにしてたけど、もう黙ってられねぇぞ!」
「お?威勢づいてきたのか?」
「先に言っとくぞ。俺はものすごく強ぇぞ!覚悟しとけ!」
「ならかかってこいよ!」
そう言うと、そいつは即座に突進してきた。どうやら、俺の先程の口上は何の抑止力にもならなかったらしい。
こいつは海夏の服を汚した上に、噂を流して俺を追い詰めた——今回は本当にキレた。
お前が死を恐れねぇなら、俺も手加減はしねぇぜ。結果がどうなろうと、責任は全部お前が取れ!
「くらえ!」
そいつが振りかぶって拳を降り下ろしてきたところを、俺はとっさに横に避けた。
そして迷わずに反撃——鋭く蹴りを放ち、そいつをぶっ飛ばした。
飛んだ距離はざっと十メートル以上、壁にドンとぶつかってそのまま動かなくなった。
一撃で相手が倒れたのを見て、これで終わりかと思った。確かに一発で決めたけど……ちょっと手加減しすぎたかな?
「ゴホッ、ゴホッ……」
しばらくして、その男は胸を押さえながらむせ返るように咳き込み、頭を上げてこちらを見た。声はかすれていて、明らかにきつそうだ。
「お前、一体何者だ……」
その声に続けて、校舎の中から何人もの影が飛び出してきた。
「兄貴!しっかりしろ!」
「兄貴!大丈夫か!」
あっという間に不良どもが駆け寄り、倒れている男を必死で起こそうとしている。
よく見れば、こいつらは電車やトイレで見かけた連中そのものだった。
ただ、俺を奇襲した男は見当たらない。あいつは多分、月本ってやつだろう。
そいつの様子を一瞥すると、静かに口を開いた。
「俺はお前たちとは違う。不良でもない、模範的な生徒でもない。ただ、俺の大事な奴らを守るためなら拳を振る。弱い者をいじめるお前らとは違うんだ!」
そう言い残して、海夏に買ってあげたプレゼントを抱え直し、そのまま校門を出て行った。
てか今の一言、かっこいいよね?それとも中二病みたい?




