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2話 見崎渚と美少女たち、噂に包まれる(4)

「さ、佐々木先生……」


 俺は驚愕で固まりながら先生の方を見る。先生は薄いフレームの眼鏡をかけ、こちらに歩み寄ってくる。


 表情は判然としないが、放つ圧がハンパじゃない。胸に来るあの圧力。


 すごすぎる。彼女、まるでサイヤ人みたいだ。


「今日学校中で君たちのことが持ち切りだって知ってるか?一体どういうことなのかね?」

「あ、あの、その……そのう……」


 まずいまずいまずい!この圧に押されると息が詰まる。幽霊がじわじわと心を蝕むみたいに、言葉が口に詰まってしまう。


「別に何でもないよ。ところで先生、どうしてここにいるって分かったんですか?」


 すげぇ!恒川、よくそんなこと直接先生に言えるな。命知らずかよ。心の中でガクガク震えながら見てる俺は、お前の勇気にマジで冷や汗をかいてる。


「だって、担任の先生だからね」


 いやいやたとえ担任でも、こっちの行動を全部把握できるってどういうことだよ?先生、超人か何かなのか?


「それにね、私はE組の担当でもあるのよ。中野と里浜の知名度は説明不要だし、君もその二人と仲良しだから、とにかく勘で大体どこにいるかは推測できるの」


 佐々木先生の説明、ちょっと強引すぎやしないか?


 いや、実際は校内で噂を聞きつけて、真相を確かめるためにこっそり追ってきたんだろうと俺は思うが、そんなこと言えやしない。


「なるほどね。先生、私たちのことよく分かってるんだね」

「まあそれはさておき、ちょっと聞くけど、君たち一体どういうこと?」

「全部誤解です!ただの噂なんですよ!」

 

 里浜が先に口を挟む。


「噂って何?どこから流れたのかね?」


 先生はこちらを鋭く見つめ、真剣な顔で問いかける。


「見崎くんが怪我してて、あたしたちが心配して医務室に連れて行っただけなんです。まさかこんな噂になるとは思ってませんでした」


 中野がそう説明し、包帯で覆われた俺の頭に指をさした。


 中野の説明を聞くと、先生は一度ゆっくり目を閉じ、顎に手を当てて全てを見通したかのように言った。


「つまり、見崎は頭をぶつけて怪我をしていて、君たちは善意で医務室へ連れて行った。それが、君たちの知名度のせいで特別な関係という形にねじ曲げられて広まったと。そういうことだね?」

「はい、その通りです」


 中野がうなずくと、先生は眼鏡をきゅっと押し上げ、唇を少し引き結んでほのかな笑みを浮かべた。


 その顔はまるで物事の本質を見抜いたかのような雰囲気だ。


 え?ちょっと待て?ここまでで本当に信じちゃうのかよ?先生、疑う気配ゼロってどういうことだ?


「よし、これで終わり!まあ教師である私が、君たちの名誉をここで正してあげるよ」


 そう言って先生は腰に手を当て、頼もしげに言い放った。


「先生ってさ、目撃者でもないし、今の話だって俺たちの言い分を聞いただけですよね?そんな状況でどうやって誤解を解くつもりなんですか?俺たちが嘘ついてる可能性だってあるのに……」


 思わず俺は佐々木先生に噛みついた。


 証拠がなきゃ無理だろ、普通。


 先生はその場にいたわけじゃないし、今聞いたのは全部俺たちの片側の証言だけ。


 本当のことを言ってるのは間違いないけどさ、額の怪我だって証拠の一つにはなるけど……それにしたって、よくまあ簡単に信じられるよな?


「君たち、噂は賢者で止まるって言葉、聞いたことあるだろ?それに私は教師だ。自分の生徒を信じられないようじゃ、教師失格じゃないか?それと……君たち、この件を少し大げさに考えすぎてるんじゃないの?」


 おお、前半めっちゃ正論!


 佐々木先生、普段は鬼みたいに怖いけど、今の言葉で俺の中の評価が一気に上がったぞ!なんだよ、意外と熱血教師っぽいじゃん!


 ……が、後半の一言はどういう意味だ?


 これでもまだ大したことじゃないってのか?


「どうしてそう思うんですか?」

「恒川たちは容姿が目立つから有名なだけで、中身は普通の女子だ。異性の友達が数人いたって、別におかしくないだろう?」

「問題はそこじゃありません。今回の噂は友達という普通の関係にすらしてくれず、完全に歪められているんです。本当に被害を受けているのは……私や桜花、彩奈ではなく、見崎くんの方です。今の悪意ある視線も言葉も、ほとんどが彼に向けられていますから」


 さすが恒川!よくぞ言ってくれた!


 噂は賢者で止まるなんて言うけどさ……この学校、賢者なんて一人もいないみたい……いるのは他人の言葉をなんでも真に受けるバカばっかりだ。


「わかるよ。今の状況は、君たち四人の関係が普通の友達レベルじゃないって、ほぼ全員に思われてるってわけだな?」

「その通りです」

「その程度なら、私にも手はある。噂を押さえ込むくらい、そう難しくない。ついてきな」


 佐々木先生は自信満々の表情でそう言い放った。その顔はまるで「任せておけ」と言わんばかり……いや、実際言ってるようなもんだった。


 いやいや、先生を疑うつもりはないけどさ……今回の噂って全校レベルで広まってるんだぞ? たった一人の教師にどうやって止められるんだよ?


 そんな疑問を胸に抱えたまま、俺たちは先生の後を追って職員室へ入った。


「よし、これに名前を書きなさい」


 先生は引き出しを開けて、四枚の用紙を机の上に並べた。俺は覗き込んでみて、すぐにそれが何かを理解した。


 文芸部の入部届。


「ちょ、ちょっと待ってください佐々木先生!これ、どういう……」

「なるほど!」


 中野がニヤリと笑って言った。


 また理解してんのかよ?!なんで俺だけ分かんないんだよ?!


「おおっ、そういうことか~!」

「いいアイデアだと思うよ!」


 おいおいおい、なんで三人とも秒で理解してんだ?!俺だけ理解力ゼロのバカみたいじゃん!


「え、あの、結局どういう意味……?」

「簡単に言うとね、私たちは同じ部活の部員ってことにするのよ。しかも入部日を全員バラバラにしてさ」

「つまり、噂が広まるよりも前から、それぞれが順番に文芸部に入ってたことにすれば、もともと交流があったって自然に見せられるってことだよ」


 説明を聞いて、俺は入部届の日付を確認してみた。たしかに俺の書類には5/24と記されている。つまり先月。


 なるほど、そういうロジックか。


 でもな……


「いや、でもさ、それって逆に変じゃない?同じ部活だから仲がいいってなったら、それこそ部内カップルとか部内ハーレムとか言われるだけじゃないの?」


 だがそこで恒川がクスッと笑って、からかうように言った。


「見崎くんって、普段は頭キレるのに、たまに変なところで抜けてるよね」


 え?今のどこが変だったんだよ?


「どういう意味だよ?」

「みんながそう思い込んでるからこそ、こっちは堂々と違いますって言いやすくなるんだよ。そもそも、あのときの状況、どう見ても手をつないでたって感じじゃなかったでしょ?」

「そりゃそうだ。遠くから見ても近くから見ても、完全に負傷者を支えて歩いてる構図だったし」

「でしょ?でもそれでも手をつないでたとか付き合ってるとかって広まったってことは、つまり、そのときの本当の光景をちゃんと理解してた人なんて、噂を流したやつ以外には一人もいなかったってことになるよね?」


 ……な、なるほど。


 言われてみればその通りだ。


 みんなが噂を信じてるってことは、逆に言えば、真相を知ってる人間がほぼ存在しないってことになる。


 ってことは、このデマを流した犯人の目的は大きく分けて二つだ。


 一つ目は、ただの見間違いで、勘違いして拡散したパターン。


 二つ目は、俺たちの誰かを陥れようとして、わざと歪めて拡散したパターン。


 俺は……うん、学校に知り合いほぼいないし、わざとって言えば、この前ぶっ飛ばしたヤンキー?


 まあどっちにしても、はっきりしたのは一つ。


 噂の張本人以外、誰も真実を知らないってことだ。


「なんかやっと分かってきた」

「でしょ?だから可能性は二つに一つ。噂を流した本人がただの勘違いマンだったか、もしくは最初から私たちを狙ってたってことになるわけ。特に見崎くんを標的にしてた線もあるしね。でも、どっちにせよさ」


 恒川は人差し指をピンと立てて、ニヤリと笑った。


「その噂が正体不明の誰かから広がったんなら、こっちは逆に、正体のはっきりした人に否定してもらえばいい。しかも、なるべく影響力のある人にね。となれば……文芸部の部長さんにお願いするのが一番じゃないかな?」


 その言葉を聞いた佐々木先生は、「ほぉ~」と感心したように目を細め、パンパンと手を叩いた。


「素晴らしい分析力だな。まさにその通りだ!」

「ありがとうございます」

「というわけで、この部活申請書にサインしなさい。細かい段取りは全部こっちでやる。文芸部の部長に正式な部員として、君たちの潔白を証言してもらう」


 たしかに……考えてみりゃ、悪くない方法かもしれない。


 文芸部はこの学校でも有名な大所帯だし、部長は先生の右腕らしい。俺はまだ見たことないけど、噂ではめちゃくちゃ可愛い子らしい。もちろん噂は噂だけど。


 でも、ひとつだけ問題がある。


 俺は別に、部活なんて入りたくないんだけど!?


「ほら、さっさと名前を書きなさい。書いたら今日はもう帰っていいから」


 佐々木先生がプリントを指でトントン叩きながら急かしてくる。


 ……ダメだ。この圧、逆らったら死ぬ。


 もしここでゴネたら間違いなく怒られるし、噂もそのまま放置になる。それだけは避けたい。


 というわけで……


「はいはい、書きますよ。書けばいいんでしょ、書けば……」


 俺は渋々、覚悟を決めて名前を書き込んだ。


 こうして俺は、気づけばとんでもない3人組と同じ船に乗ることになった、大丈夫かよこれ……

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