2話 見崎渚と美少女たち、噂に包まれる(2)
いろいろとドタバタはあったが、なんとか出発の準備は整った。
海夏が朝ごはんを食べ終わったところで、ようやく俺たちは家を出ることに。
ったく、グズグズしてるからこんなに時間ギリギリなんだよ。これ以上もたついたら、本当に遅刻確定じゃねぇか!
「忘れ物とかないか?本当に大丈夫か?」
「だいじょーぶ!全部完璧!」
胸をドーンと張ってそう宣言する海夏を見て、俺もようやく一息ついた。
俺は自転車を引っ張り出して、後ろの荷台にクッションを敷いてやる。
「ほら、乗れ」
「はーい!」
準備オーライ。出発だ。
俺はペダルを一気に踏み込む。海夏は後ろから俺の腰にしっかりしがみつく。
本当は自転車で二人乗りは違反なんだけど、家には一台しかないし、今さらそんなこと言ってられない。
もちろん俺には、お巡りさんを華麗に避ける熟練スキルが備わっている。伊達に毎朝これやってない。
「それじゃ、レッツゴー!」
「また不運が降りかかって事故らないようにね~?」
「……人がこれから頑張って送ってやるって時に、呪いをかけるな」
「だってこの前、車にぶつかって頭割ったばっかじゃん?これは心配と愛情からくる忠告なの!お兄ちゃんの最愛の妹・海夏からのね!」
そう言って、海夏はさらにぎゅうっと俺の腰に腕を回し、ほっぺを俺の背中にすりすりしてくる。
くっそ……こんなの、照れるに決まってるだろ。
ちなみに先週俺が不良と殴り合いして怪我した件は、「道で車とぶつかって転んだだけ」ということで海夏には説明済み。
本当はその日、自転車なんか乗ってなかったけど、海夏は俺より先に家を出たし、自転車はいつも裏庭に置きっぱなしだから、確認しない限り嘘はバレない。
「はいはい、わかってますって」
「てへ~じゃあ急いでね!遅刻しちゃうよ!」
「遅刻しそうなの、お前がもたもたしてたせいだろうが」
俺は一度深く息を吸ってから、踏み込む足にさらに力を入れた。
もちろん安全なのは一番。限界までスピード出してるように見えて、実際はまだ余裕ある。だが、こっちは命かけてんだぞ。
「わーい!風きもちい~!お兄ちゃんはどう?」
「お前だけな!俺はつらい!」
本来なら涼しい朝の風が気持ちいいはずなんだが、俺は汗だくだ。
少しでも早く送るためにペダルを全力で漕いでるせいで、脚はパンパン。呼吸も荒れまくり。
……これのどこが「気持ちいいサイクリング」だよ。
とはいえ、こっちもさっさと学校行かなきゃいけないわけで。
そんなこんなで……
「はーい、着いた!じゃ、降りるね!」
猛スピードでなんとか登校時間ギリギリ、授業開始の十分前に学校へ到着。
海夏は子どもみたいにピョンっと飛び降り、そのまま校門を駆け抜け……
と思ったら、いきなり振り返って叫んだ。
「Brother!道中お気をつけて!」
「はいはい、いいから早く入れっての……」
まったく、最後の最後までよくわからんやつだ。
俺は大きくため息を吐き出し、ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。
……よし、まだ余裕はある。こっちはゆっくり行くか。
そう思った矢先……ピコンッ。
スマホが鳴った。画面を見ると、送信主は当然ながら、海夏だ。
『Brother!今日の夜ごはんいらないよ!週末が誕生日でしょ?友だちが週末忙しいから、今日の夜に誕生日パーティーしてくれるって』
……ああ、そういや今週末が海夏の誕生日だったな。
プレゼント、何も用意してないなぁ。
「はいはい、早めに帰れよ」
そう返信を送ってから、俺は再び自転車にまたがった。授業開始まで少し時間がある。
なら今のうちに、海夏の誕生日プレゼントを買いに行くしかない。
海夏はスカートが好きだ。だから近くの服屋で、白いワンピースを一着購入。
サイズは……まあ、多分合うだろ。合わなかったらまた買えばいい。俺は優しい兄だからな。
さあ、あとはゆっくり学校へ……と、思ってた俺がバカだった。
「はぁ!?さっきまで晴れてたよな!?なんで急に雨!?」
空が急に暗くなったと思ったら、次の瞬間にはゲリラ豪雨。全力でペダル踏んでも、結局びしょ濡れになる運命は変えられなかった。
「うあぁ……びしょ濡れになったぞこれ……」
髪までべっちゃべちゃ。制服もぐしょぐしょ。唯一救いだったのは….
「ワンピースは……無事!袋!グッジョブ!」
プレゼントだけは奇跡的に無傷。そこだけは神に感謝しておく。
下駄箱で上履きに履き替えながら、俺はずぶ濡れの上着を脱ぎつつトイレへ直行した。
シンクで上着をぎゅうぅぅっと絞りながら、思わず独り言が漏れる。
「なんか最近……マジでツイてないな……」
絞ったはずの水がまだ滴り落ちる。ぬちゃぬちゃする靴下が気持ち悪い。最悪だ。
そして教室に向かう途中。
「……ん?んん?」
なぜか、廊下を歩く生徒たちの視線が、俺に刺さりまくっている気がする。
いやいやいや、見んなよ。見るなよ。ほんとやめて……
そう祈りながら、俺はびしょ濡れのまま教室へ歩き続けた。
「見崎くん!」
教室の前まで来たところで、不意に男子に呼び止められた。
こいつは……確か同じクラスの上野、だったか? 一度も話したことはないが、顔だけは覚えている。
「お、おう、上野か」
「どうしたんだその状態!?傘持ってなかったの?」
「持ってないよ……まさか急に降るとは思わねえだろ」
さっきまで晴れてたのに、数分でゲリラ豪雨。誰が予測できるかっての。
「そっか、運が悪かったなぁ」
「で、何の用だ?」
「ああそうだ、聞いたんだけどさ、うちのクラスの恒川さんと、E組の中野さんと里浜さん……なんか君と仲良いんだって?」
「え?」
やばい。絶対アレだ、こないだ医務室に担ぎ込まれたときのやつだ。誰かに見られて広まったなこれ。
「今じゃ校内中に噂広がってるぞ。三人と手ぇ繋いで歩いてたとかさ」
「おい待て誰だよそんな脚色したやつ!?俺は負傷してただけだ!手、引っ張られてただけだ!!」
なんで手をつないでイチャついてたみたいな話になってんだよ!?
「でも、見たって証言が……」
「証言とかいいから!とにかく誤解だ!俺とあいつらは別に仲良くないし、知り合いってほどでもない!」
ほぼ怒鳴り気味にそう言い捨てて、俺は上野を無視して教室のドアを開けた。
誰だ……誰がこんなクソみたいな噂流した。
教室に入った瞬間、さらに衝撃的な光景が俺を待っていた。
恒川まで男どもに囲まれていた。
やっぱりかよ。どう見ても原因は例の噂だ。
ところがその恒川の対応が、まさかの「完璧」だった。
「で?それ聞いてどうするの?」
男子たちが「お前、見崎と付き合ってるの?」とか「電車で一緒だったってマジ?」と質問攻めにする中、恒川は全部その一言で返していた。
肯定もしない、否定もしない。ただ、「なんでそれ聞くの?」と逆に質問して黙らせるスタイル。
……すげぇ。マジで模範解答じゃん。
とはいえ、俺たちが一緒に歩いてたのは事実。たとえ当事者がどれだけ否定しても、周りは勝手に盛り上がる。
はぁ……やっぱ面倒くせぇ。こういうのマジで無理。
全部無視する!無視一択だ!誰にも何も言わない!訊かれたら上野に言ったのと同じ返しでいい!
いや、無理だろ!こちとら噂が収まらない限りずっと落ち着かないんだよ!
こんな注目浴びるとか地獄以外の何物でもねぇわ!
だからこそ俺はこの学校に転校してきたんだ。できるだけ目立たず、空気のように過ごすために、余計なことは一切喋らないって決めてたのに……
でも……あの日、あいつらが俺の怪我を心配してくれたのは事実で。だからこうなったからって、恒川も中野も里浜も責める気は一切ない。
悪いのは、事実を勝手に捻じ曲げて広めてる連中だ。
むしろ「俺が三人同時に付き合ってる」とか言ってるやつ、正気か?どんな脳みそしてたらそんな発想になるんだよ。
この世は歪みすぎてる!全部ゼロになれ!




