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2話 見崎渚と美少女たち、噂に包まれる(1)

 兄として当然の務め——それは、妹を甘やかすことである。


 俺は漫画とゲームに魂を捧げた立派なオタクではあるが、それでも海夏にとって「最高のお兄ちゃん」でありたいという気持ちは常に忘れていない。


 朝食を作り、昨夜洗濯機に放り込んでおいた服を全部ベランダに干し終え、その足で海夏の部屋へ向かった。


「海夏、起きる時間だぞー。そろそろ学校行く準備しろ」


 ベッドに寝ているはずの海夏の体を、そっと揺らして……


「あれ?からっぽ?」


 な、なんでだ!?まさか妹が忽然と消えた!?


「ふっふっふ~甘いね兄貴!」


 どこかから声が聞こえた。


 ……やっぱりまたか。


「おい海夏、またかくれんぼかよ。もういいから出てこいって」


 海夏、表の顔は清楚でちょっとおちゃめなアイドル。だが、家に帰った瞬間にその仮面は完全に消滅し、俺の前ではただのいたずら好きなガキになる。


 つまり、完全に別人である。


「お兄ちゃんさぁ、普通は声の響きでどこにいるか分かるもんでしょ?」

「いいからさっさと出てこいって。夜中まで起きてたくせに、わざわざ早起きしてこんな意味不明な遊びやるな」


 そう言った瞬間、布団の下から低い唸り声が聞こえた。


「はぁ!?意味不明!?あたしたち、昔からずっとこうやって遊んでたでしょーが!」

「そりゃ昔はそうだったけど、もう成長したんだからさ……」

「ぬあああ!このクソ兄貴、成長とか言い出した!教育してやる!」


 その瞬間、俺の足首になにかが絡みついた。


 ……ああ、分かった。お前、ベッドの下にいるな。


「覚悟ーっ!」


 いきなり足の裏に衝撃——いや、これ衝撃じゃない、くすぐりだ!


「ぶはははははっ……まっ、待て……やめっ、くすぐ、あはははははは……」


 俺はベッドに転がされ、海夏による全力のくすぐり攻撃を受けながら悶絶した。必死に降参を叫ぶも、彼女は一切聞く耳を持たず、全力で俺の足裏を責め続けた。


 しばらくして、海夏は満足げに口を開いた。


「どう?どうどうどう?まだ意味不明な遊びとか言える?これが罰だからね!」

「わ、分かった……悪かったって……も、もうやめろ……マジで死ぬ……!」

「ふっふ~ん〜今回はこの辺にしといてあげる!でも次やったら本気出すからね!」


 海夏はようやく俺の足を解放した。俺は全身の力が抜け、ぐったりとベッドに倒れ込む。


 その間に彼女はベッドの下から這い出てきて、腰に手を当てながら俺の前に仁王立ちした。


「Brother!気持ちよかったでしょ?」

「どこがだよ!!死ぬかと思ったわ!」

「意味不明な遊びとか言うからでしょ。これは教育的指導なんですー!」


 十五歳にもなって何やってんだこの女子は。


「……もういいから、さっさと着替えろ。洗面所行って朝飯食え。送ってくから」

「はーい!」


 特に予定がない限り、妹を学校まで送るのが俺の日課のひとつだ。


 別に歩いて行けない距離でもないんだが、海夏の登校時間の方が早く、俺も学校がちょっと遠いため早めに出る必要がある。


 その結果、出発時間がほぼ同じで、しかもルートが完全に一致する。


 そんなわけで、ほぼ毎朝俺は自転車で妹を送り届ける。今日も例外ではない。


 海夏に着替えるよう声をかけた後、俺は部屋を出て、用意しておいた朝食をテーブルに並べた。


 こうやって見ると、完全に俺、主夫じゃねぇか?


 将来もし結婚するとしたら、逆に俺が家を守って、嫁さんが外で働くパターンもアリなんじゃないか……?


 なんか、それはそれで悪くない気がする。


「お兄ちゃん、洗面終わったよー」

「ああ、なら……え?お前、まだ着替えてないのか?」

「えへ?そうだったっけ〜?」


 海夏は後頭部をぽりぽり掻きながら笑い、ためらいもなくその場でパジャマを脱ぎ始めた。


 今年でもう15歳になるというのに、こいつは俺の前ではいまだに羞恥心という概念が存在しないらしい。普通ならアウトだろこれ。訴えたら勝てるぞ俺。


 とはいえ、ここまで堂々とされると、こっちもいちいち反応するのがバカらしくなってくる。長年一緒に暮らしていれば、そういう感覚も麻痺してくるもんだ。


「お前さ、なんで毎回そんなとこで着替えるんだよ」

「いいじゃん別に?お兄ちゃんには見慣れてるでしょ?」

「見慣れてても俺は男だからな?」


 まあ、興味ゼロとは言わない。だが兄としての理性がそれを全力で否定してくる。


 もし兄貴がいたら、絶対ブチ切れて説教コースだぞこれ。


 ちなみに俺と海夏には、もう一人……いや、正確にはあと二人兄姉がいる。


 俺たちは四人兄弟だ。


 長男・見崎尊龍みさきたける

 次女・見崎琴音みさきことね

 三男・俺、見崎渚みさきなぎさ

 四女・見崎海夏みさきうみか


 両親はかなり昔、事故で亡くなった。だから俺たちは兄貴に育てられたわけだが、今は少し事情が変わっている。


 ただ、あの人、職業がちょっと特殊でして。


 世界中の組織から依頼を受けて任務をこなす、いわゆる……「エージェント」みたいなやつで、ほとんど家にいない。まあ、格好良すぎるからスパイって言った方が早いかもしれない。


 でも兄貴は律儀なので、毎月の頭になると生活費をまとめて振り込んでくれる。おかげで生活はどうにかなってる。


 それに、俺も実は時々、兄貴のDARK市内の任務に同行してたりする。


 親父とお袋が死んで少しした頃から、俺は兄貴に格闘技を叩き込まれてきたからな。だから腕にはそれなりに自信がある。この前電車で「俺強ぇからな」とか言ったのも、あながち嘘じゃない!


 そう、俺も半分エージェントなのだ!


 ……言っててめちゃくちゃカッコよくないか?


 自分で言っておいて照れるけど、響きが最高だ!


「男だからって何?小さい頃からずっと一緒に育ってきたじゃん!まさか、あたしのEカップ、嫌いになった?」


 海夏はわざと胸をぐいっと突き出して、まるで秘密兵器を見せびらかすようにドヤ顔してきた。


「いや、嫌いとかじゃなくて……え、ていうか、お前Eカップなの?」

「え~じゃあさ、物差しで測ってみる?」


 そう言って、海夏は本当にブラジャーを外しそうな仕草をし始めた。


「おいおいおいストップ!バカなことすんな!さっさと服着て飯食え!遅刻すんぞ!」

「ちぇー、昔は平気で見てたくせに」

「昔は昔だろうが!!」

「だいたい一緒でしょー」

「全然違ぇよ!!」


 海夏が服を着はじめたので、俺はダイニングテーブルの椅子に座って待つことにした。


「あ、そうだ。お兄ちゃん、冷蔵庫からミルク取ってきて」


 シャツを半分着た状態で、海夏が当たり前のように命じてくる。


「はいはい……」


 立ち上がって冷蔵庫の方へ向かったそのとき、パァン!と海夏が自分の額を叩いた。


「あっ!」

「な、何だよ急に」

「ミルク、全部飲んじゃってた……」

「なんだそれだけかよ。びっくりさせんな。てっきり宿題忘れてたとかそういう話かと思ったわ」


 ん?いや、もしかすると。ミルクってあいつにとってはマジで重要案件なのでは?


 海夏のあの発育、ここ一年で一気に来たやつだぞ。一年前なんて、ただの滑走路だった。


 それが15歳にしてEカップに成長とか……どう考えてもおかしい。


 遺伝だとしても……いや、母ちゃんあんなにデカくなかったぞ? 


 対抗できるの、せいぜい愛美ぐらいじゃない?


 よくよく考えてみれば、この一年、海夏はほぼ毎朝と寝る前にミルクを一本ずつ飲んでたんだよな。


 もしかしてあいつ、ミルクを飲む目的って……おっぱいをもっと育てるためなんじゃ……?


 いや、知らねぇけど!とにかく現状、ミルクは完全に底をついた。


「じゃあ、夕方帰りに買ってくるから。ほら、早く着替えろ」

「は~い、もうすぐ終わるってば!」


 海夏は服を着ながら同時に髪まで整え始めた。両手が忙しすぎて、完全にテンパってる。


 たぶんこのあと絶対メイクもするんだろうな。


 一個ずつ終わらせてから別の作業に移れよ。


「見てらんねぇ……服はお前がちゃんと直せ。髪は俺が結んでやるから」


 こいつ、アイドルとは思えないほど日常生活がポンコツなんだよな……

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