1話 要するに、見崎渚の日常は美少女三人に侵略された(4)
「うわあ!死んじゃうー!」
いきなり叫び声を上げて、俺は夢から飛び起きた。
え?寝てたのかよ。
壁の時計を見ると、ちょうど一時間目が終わったところだった。
ふう、ラッキー!さっきの時間って自習だし、先生も来てなかったから気兼ねなく好きなことができた。
読書でもマンガでもスマホでも、昼寝だって全然アリだ。もし授業中だったら、また佐々木先生に呼び出されて職員室でお茶会コースだったに違いない。
どうやら長時間机に突っ伏してたのと、さっき見た悪夢のせいで疲れてたらしい。
夢の内容は最悪で、犬に追いかけられて崖から突き落とされるという、何とも救いのない追い詰められ系ホラーだった。
起きた瞬間、全身にどっと倦怠感が襲ってきた。
ちょっと廊下に出て風に当たりたくなった俺は、ふらふらと教室を出る。そしたら通りすがりの男子数人の顔が目に入ったんだが、なんか見覚えがある。
「あいつら……間違いない!今朝のやつらだ!」
思い出した途端、腹の中に怒りがこみ上げる。今朝、電車で散々な目に遭わせやがった連中だ。ここで黙ってられるかってんだ。
俺はそっと後を追った。
そいつらは案の定、人気の少ないトイレの方へ入っていった。あのトイレは人目につきにくいから、不良どもの「秘密基地」に最適らしい。
扉の前で深呼吸してから、俺は勢いよく中へ踏み込んだ。
「おい!」
ためらいなく声を張ると、向こうの一群が一斉にこっちを振り向いた。
「にししし〜やっぱり同じ学校の奴らか!やっと見つけたね〜」
「お前、今朝の……」
「てへ~今朝は随分お世話になりましたなぁ〜さては土下座で許してほしい?それともおでこ擦りつけて拝む?他に土下座以外のオプションがあるなら聞いてやってもいいけど?」
俺はニヤリと陰湿な笑みを浮かべ、勝利を確信していた。今度こそ絶対にやり返してやる……そう思った、その瞬間。
ゴッ――!
「いっ……!?」
頭に突然、固い棒か何かが思いきり振り下ろされた。
あまりにも唐突すぎて防御する暇もなく、視界が一瞬で真っ暗になる。身体がバランスを崩し、そのまま地面に崩れ落ちた。
「調子乗ってんじゃねぇぞコラァ!」
倒れた俺の腹部に、すかさず強烈な蹴りが入る。
「ぐぉっ……!」
続けざまに何発も踏みつけられ、まともに息ができない。
「どうしたぁ!?さっきまでイキってたのはどこのどいつだコラァ!?あぁん!?」
そいつは罵声を浴びせながら俺の胸ぐらを掴み、ずるずると引きずり起こした。そして……
ドガッ!
「がはっ!?」
そのまま思い切り内側の個室へとぶん投げられ、俺の頭。
「君たちやめなさい!」
俺に追撃を加えようとしていた不良の動きが、突然の怒声に止まった。
この声は……まさか!
「またナギっちをいじめてひどい!」
やっぱりお前か、里浜!
いや助かるのは助かるけど、また借りを作っちゃうじゃないか!それとナギっち呼びはやめて?親しげすぎる!
「はぁ?こいつが勝手にケンカ売ってきただけだろ。自業自得だ自業自得」
「理由がどうであれ、やりすぎにも程があるって言ってんの!そんなの絶対許さないから!」
「月本さん、あの女マジでやべえっす!逃げたほうが……」
「ビビってんじゃねえよ情けねーなぁ!たかが女一人相手に……」
「はぁぁッ!」
次の瞬間、廊下全体に響き渡るほどの打撃音と、複数人分の悲鳴が飛び交った。
俺はまだまともに立ち上がれず、個室の床にぐったりと横たわったままだが、それでも声だけで状況は丸わかりだ。
あ……これは完全に虐殺だな
ようやく便器のフタを支えに立ち上がり、ふらつきながら外に出ると、すでに不良どもは全員床に沈んでいた。
つ、強すぎるだろこいつ!
と、そう思った時……
パチ、パチ、パチ〜
静寂を裂く拍手。そして、不気味な笑い声。
「ほぉ~いいねぇ。まだ本気出してないのに、いきなりガチでやりにくるとは思わなかったぜ?」
拍手しながら立ち上がったのは、さっき俺の頭をフタにぶつけた奴だ
こいつ……さっきの攻撃、ほとんど効いてなかったってことか?こいつが強すぎるのか、それとも他の雑魚が弱すぎるのか……
「君は他の連中よりはタフみたいだな。じゃあもう一丁行くよ!このウザいやつを徹底的にしばいてやるからね!」
里浜が、俺の目の前で倒しても立ち上がる相手を見て、まるでこれから血祭りに上げる気満々の不敵な笑みを浮かべ、首をひょいっと回してから再び突っ込んでいった。
パァン!
受けた!里浜の一撃が、そいつに軽く受け止められた。マジかよ……やっぱりこいつ、普通の不良とは一味違うのか?
「力あるじゃん。女の子だし、本気でやるつもりはなかったんだけど、こいつがガチで来るなら、俺も手加減しないぜ~」
そいつはそう言うと、素早く拳を振り上げて里浜に殴りかかった。
「ふざけんな!」
間に合った!
相手の拳が里浜に直撃する直前、俺は咄嗟に飛び出して蹴りを叩き込んだ。ギリギリで里浜を助けられた。
「お前さっき背後から奇襲してきただろ?何がしたかったんだ。俺はただあいつらに仕返ししに来ただけだ。お前と関係ねぇだろ?女に手を出すとか、男かお前は?さっさと引っ込んで反省しとけ!」
俺、かっこよかったな?
一瞬、自分の言葉に酔いしれるレベルでカッコよかった。さっきの蹴りと決めゼリフ、締まってた。自分で自分に惚れそうだ。
相手は俺の蹴りを喰らって表情が一変した。薄笑いは消え、戸惑いと恐怖が入り混じった顔でこちらをじっと見ている。前に出てくる素振りはない。言葉も出ない。
こいつ、ビビってんのか?
まあ、構わねぇ。俺は気まぐれに人を殴いたりしない。正当防衛というか、今のは背後から奇襲してきたお返しだ。これでチャラってことで、別に恩義を作るつもりはないからな。
「ナギっち……」
「ナギっちって俺のこと?」
「そうだよ!ナギサだからナギっち!なんか一気に親しみやすくならない?」
「確かに……でも、俺たち知り合ってまだそんなに経ってないだろ?あんまりそう呼ばないでくれ……」
「このやろう!」
まずい!また奇襲だ!
一度痛い目に遭ってる俺が、二度も同じ手に引っかかるはずがない。咄嗟に体をひねって相手の動きを見る。
拳だ!
右手をさっと伸ばして、見事に受け止めた。
「この卑怯者!」
今度は遠慮しない。思い切りパンチを叩き込んでやる。相手は数メートル吹き飛び、壁に激突した。
見崎選手、ナイス一撃!満点!
「うるせぇハエが、どっか行け!」
俺は相手に向かって怒鳴りつけ、額の血を指でぬぐいながらその場を立ち去ろうとした。里浜もぴったり後ろについてくる。
「ナギっち、ナギっち、頭大丈夫?」
おいおいおい、さっき呼ばないでくれって言ったばかりだろ!それに、頭から血がダラダラなんだが、大丈夫なわけあるか!
「見てみろよ、俺の頭。全然大丈夫そうに見えるか?」
「うわはは……確かに。じゃあ保健室連れてってあげようか?」
「いや俺一人で行けるから」
もちろんそんなの断る理由ゼロ。絶対に一人で行くわけない。
今この怪我を里浜みたいな有名な奴と一緒に行ったら、たちまち誤解の的になるに決まってる。人目を引きたくないんだ。
慌てて振り切ろうとするが、その瞬間、恒川と中野と鉢合わせてしまった。
「見、見崎くん……」
「そ、その頭が……」
二人はこちらの頭の傷を見て、一気に顔色を強張らせる。とくに中野は慌ててハンカチを取り出し、すぐに俺の前に差し出した。
「見崎くん、これで拭いて!」
「保健室にすぐ行こう、彩奈、手伝って!」
言葉も終わらないうちに、恒川と里浜が俺の腕をとって支えようとする。
「ちょ、ちょっと待て……俺一人で行けるってば!おいおい里浜、それそこ触るなよ!そこは股間だっての!」
もがいて振りほどこうとするが、三人とも結構力があるらしく、全然離してくれない。
「ダメだよ、ケガしてるんだから。念のため私たちが支えて行くって決めたの」
恒川は真剣な表情でそう言った。
結局、俺は三人に半ば強引に連れて行かれ、保健室で額の傷を手当てしてもらう羽目になった。




