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1話 要するに、見崎渚の日常は美少女三人に侵略された(2)

「は?持ってねぇって、死にてぇのかてめぇ?」


 俺が中野たちの前でスマホ取り出して音楽再生しようとしていたそのとき、車両の連結部分あたりから怒号が響いた。


 その声に反応して顔を上げると、どこかの男子が別の男子に一発食らって床に倒れている。


 え、今何事?不良が弱いものをいじめてんのかよ?


「持ってねぇんなら、どう弁償するつもりだ?あ、そうだ、最近ウチら兄弟で空手やってんだ。お前、ちょっとサンドバッグ代わりになってみるか?」


 そう言いつつ、数人の男が倒れている奴に詰め寄る。電車内で人目のあるところでやるとか、最近の不良はマジで図々しい。


「おい、よくわからんけど、そんな人数で一人を殴ったら本当に死ぬぞ」


 俺は即座に飛び出して止めに入った。いじめが大嫌いだからだ。昔、俺自身がいじめられてた弱者だったから、俺は不良が許せない。


 だが相手は俺を押しのけ、すごく偉そうに構えてこう言ってきた。


「は?余計な口出すな!殴られたいのかテメェ?」


 口調は荒く、挑発的だ。正直、ムカつく。こいつ、偉そうにするだけで何ができるってんだ。


 ぶん殴ってやろうかとも思ったが、ここは電車内だし、俺は反暴力主義者!できるなら手は出したくない。まずは言葉で威圧してみる。言葉で怯ませれば、事態は収まるはずだ。


 多分、いける。たぶん、なんとかなる。やってみるしかない。


「状況は知らねぇけどよ、この人に手を出すってんなら、ただじゃおかねぇぞ!」

「はあ?」

「いいから、今俺が手を出す前にさっさと消えろ!喧嘩なら俺のが強えんだってば」


 よし、これで行く。言葉は強ければ強いほど効果がある。王者の風格を纏って、相手を威圧するんだ。


 と言ってみたものの、どうも効いてないっぽい?


「ハハハハハハハハッ!」

「兄貴、こいつマジでアホっすね!ハハハハ!」

「一発殴ったら泣きながら倒れるタイプだろこれ!」


 ……全然効いてねぇじゃねぇか。


 俺の決め台詞がまるで子猫の鳴き声扱いされてるんだが?そんなに俺、弱そうに見えるのか?


 いや、もしかして見た目からしてひょろい系男子に分類されてるのか?


 くそ、完全にナメられた……


 仕方ない、ちょっとだけお灸を据えてやるか。弱い者いじめの報いってやつを、身体で教えてやる。


「それじゃあ、俺が優しく——いってぇぇぇっ!!」


 結局、次の瞬間、俺は滑った。


 そう、まさかの水たまりトラップ。床にこぼれた水に足を取られ、見事にスライディングダウン。


 派手に転んだ勢いで、後頭部を床にガツン!


「う、うわぁぁ、頭!頭痛てぇぇっ!!」


 鈍い痛みが頭から全身に広がって、思わず床でのたうち回る俺。


 マジで痛ぇ……何だよこの仕打ち!誰だ、水なんてこぼしたまま放置した奴は!?マナーどうなってんだこの電車!?せめて拭いとけよっ!!


 涙腺が本気で崩壊寸前。歯を食いしばって耐えようとするけど、勝手に目尻からポロッと涙が零れ落ちる。


 俺の威厳、完全に崩壊。


 まさか、「王者の風格」を見せるつもりが、「床ドン系コメディアン」になるとは思わなかった。


「なんだてめぇは!」


 後頭部を床にぶつけてのたうち回っているところへ、さっきの不良が追い打ちをかけるように蹴りを一発くらわせ、俺は二、三メートル吹っ飛ばされた。


 続けざまに数人が群がってきて、拳や脚が降り注ぐ。


 ど、どういうことだよ……助けに入ろうとしたのに、いつの間にか俺が袋叩きにされてるってどういうことだ。まさかの逆転である。


「やめなさい!」


 え?この声は誰?


 その一声で不良どもは一瞬手を止め、俺も顔を上げて声の主を見る。


 あっ、里浜彩奈だ。


「大勢で一人を殴るなんて卑怯よ!」

「は?お前誰だよ?黙ってろ。お前まで殴られたくなけりゃ引っ込め!このアマ!」

「ア、アマだと!?ふざけんな、ぶっ飛ばしてやる!」


 里浜がアマ呼ばわりされると途端に顔を真っ赤にして怒り出した。殴るって……やばい、里浜、今にも殴りかかりそうだ。


「ア、アヤナちゃん、落ち着いて、落ち着いてよ!」


 中野が慌てて飛び出して里浜を抑えようとするが、里浜の力は強く、簡単に振りほどかれてしまう。


「桜花さん、放っといて。あたしがこいつら懲らしめてやる!」


 里浜は中野を押しのけると、空手の構えをとった。姿勢が妙に決まっていて、そのフォームはかなりきれいだ。マジか、あいつ空手やってるのか?


 いや待て待て待て!たとえ空手をやってたとしても、相手は数が多い。女一人がいきなり複数の不良に立ち向かったら、さすがに分が悪いはずだ。


 助けていこうか……正直言うと、今殴られても俺は大丈夫だ。身体のタフさには自信があるし、多少の傷なら耐えられる。


 しかし里浜に一度助けられた形になった以上、お礼をしないわけにはいかない。今回助けなければ、恩がずっと残る。それは俺が一番嫌いなことだ。


 人に借りを作るのが嫌いなんだ。貸した金を全部使い果たして返せなくて、いつでも返せるように気を張る羽目になるあの感覚。


 まさにそんな感じだ。


 だから、助けるかどうかの答えは既に決まっているようなものだった。


「兄貴、あいつ多分うちの学校の里浜彩奈だぜ」

「里浜彩奈?知らねぇな。あのアマ、俺たち舐めてやがる。ちょっとこらしめてやろうぜ!」


 ちょっと待て!さっきの奴、重要なこと言ってなかったか?「うちの学校」だと?つまりこいつら、不良連中も同じ学校の生徒……ってことか?


 よく見れば確かにそうだ。こいつらが着てる制服、俺と同じだ。


 しかし今そんなことを考えてる場合じゃない! 


 まずは里浜を助けねば……いやいや、やっぱりここは一旦前に出て「里浜さん、俺がやるよ」と言ってやって、それからまとめてぶっ飛ばすほうがいいんじゃないか?


 そうだ、それで行こう!さっきはちょっと派手にコケてしまったけど、俺が喧嘩に強いってのは自慢じゃない、本当の話だ!


 腕に覚えがなきゃ、こんな真似はしない。


「クソ……」

「兄貴、こいつヤベェっすよ……」

「ざまあみろ!」


 え?何だこれ?


 ちょっと目を離してたら、奴らが悲鳴を上げる声が聞こえた?


 顔を上げると、彼らはそれぞれ懐を押さえたり腿を抱えたりして、痛そうな顔で別車両へ逃げていく。さっきの男も、その隙に降りていった。


 え、本当に?全部里浜がやったのか?あいつ、まさかそんなに強いのか?


 俺がぼーっとしている間に、一体何が起きたんだ?


「ふんっ!人をいじめていい気になってんじゃなちよ!強いかどうか試したけりゃ、あたしにかかってこい!べーっ!」


 里浜さん、そんな顔までしてんのかよ。


 なんだこの可愛い罰ゲーム顔!思春期の本能がざわついて、ちょっと胸がキュンとしたけど……


 でも!それはほんの一瞬だけだからね!


 ラブコメなんて、あるわけないだろ!たかが一回助けられたくらいで好きになるわけないし!むしろ恥ずかしくて死にそうなんだが!


 後頭部のタンコブをそっと押さえながら、俺が言いたいのはただ一つ。


 痛ぇんだよ!マジで激痛なんだよこれ!!


「見崎くん、大丈夫!?」


 中野が心配そうな顔で駆け寄ってきて、俺に手を差し伸べてきた。


 いや、大丈夫なわけないだろ?数人にボコボコにされた直後だぞ。


 でもな、中野さん、今助けるんじゃなくて、俺が自力で立ち上がって、隅っこの座席にでも移動して、黙ってホコリ払ってたら……多分その時点で治ってたんだよ?


 たとえるなら、子どもが転んだ時、黙って立ち上がって何事もなく歩こうとしてるのに、大人が「大丈夫!?」とか心配してきた瞬間、急に泣き出すアレに近い。


 人ってやつは、「得できる」と分かった瞬間、その得のために痛みを盛るんだ。まるで欲望に拡大鏡がついてるみたいにな。


「大丈夫、ありがとう」


 とりあえず礼を言って、中野の手を借りて立ち上がり、埃を軽く払った。もうこの車両にはいたくない。そっと離れようとした——そのとき。


「ハロ〜あたし、里浜彩奈!桜花さんと紅葉さんの友達だよ!」


 さっき不良どもをぶっ飛ばした張本人が、さっきと同じ、いやそれ以上にキラッキラな笑顔で挨拶してきた。


 やめろ、その笑顔は危険だ。


 お願いだからそんな無邪気な笑顔を向けないでくれ。こっちの心臓に悪い。ドキッとしたのは一瞬だけだからな?一瞬だけだからな!?


 それにしても、あんなに可愛い顔して、どうしてあんなに強いんだコイツは。


 見た目だけならただの天使級の美少女なのに、まさか中身は格闘ゲームの隠しキャラ枠なのか……


「俺は見崎渚。さっきは助けてくれてありがとう」

「てへっ〜いえいえ〜ちょっとケガ見せてみて?」


 そう言って里浜が袖をキュッとまくりながら近づいてくる。


 おいおいおい、待て待て待て!


 何その「手当してあげるお姉さんモード」みたいなやつ!?


 絶対そのまま「恋愛イベント:負傷フラグ」発生するやつだろ!?


 神様、俺をラブコメに引きずり込もうとしてるだろ!?これは罠だ、断じて罠!


「だ、大丈夫!平気だから!本当にありがとう!」


 俺は慌てて二歩下がって手で制止する。


 そのタイミングで電車が停車し、ゆっくりとドアが開いた。


「ほら、もう着いたよ。行こうぜ!」

「え?ちょ、ちょっと、見崎くん……」


 振り返ることなく、俺はそのままホームへと駆け出した。とにかく早く離れるのが一番だ。


 後ろから誰かが俺の名前を呼んでいるが、聞こえないふりをして走り続けた。


 このペースで学校まで行けば、ギリギリ間に合うはず!


 と、そのとき……


 半分くらい走ったところで、ふと違和感に気づいた。景色が……おかしい?


 嫌な予感が背筋を走る。まさかと思い、駅名の看板を振り返って確認した。


 降りる駅、間違えたぁぁ!!!


 本当なら次の駅で降りるべきだったのに、焦っていたせいで一つ早く降りてしまったらしい。


「うわぁぁぁ……やべぇやべぇよ!」


 急いで引き返し、次の電車を待つしかない。でも、もう確定だ。


 俺、遅刻する。


 そして頭に浮かんだのは、あの恐怖の存在。


 どうやらあの女が……

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