3話 そして、カフェのリニューアル計画が始まる(4)
「見崎、君さ、やる気なさすぎじゃない?」
テーブルを拭き終えた俺は、カウンターの椅子に腰を下ろして大きなあくびを一つ。
目をこすっていると、案の定——佐々木先生がジト目で突っ込んできた。
「だって本当に暇なんですもん……やることないし」
「お客さんはそのうち来るの、こういうのは忍耐が大事なのよ。それに、由希が私たちに助けを求めた時点で、普通じゃないって分かるでしょ?」
恒川が少し説教混じりの口調で俺に言った。
うん、言ってることは正しい。正しいけどさ。
「……これが忍耐ってやつ?お客さんどこなんだよ!?」
気づけばもう夕方の六時を過ぎていた。
佐々木と中野はすでに声が枯れそうなくらい客引きをしてるのに、来店した客は、この二時間半でたった三人。
三人だぞ、三人!
「変ね……いくら閑散期でも、ここまで少ないのはおかしいわ」
恒川が腕を組んで考え込んでる。
「うーん……もしかして、やり方が悪いんじゃないかな?」
中野がぽつりと口を開いた。
「やり方?」
恒川が首をかしげる。
「うん。紅葉ちゃんの言う通り、普通ならここまで閑古鳥が鳴くはずないのに、実際はお客さんがこっちを見てもすぐ通り過ぎちゃう。悪い人たちのせいもあるけど、あたしたちのやり方にも問題あるんじゃないかなって」
「なるほど、確かにそうかもね」
恒川は中野の言葉にハッとしたように顔を上げ、そのままゆっくりと佐々木のほうへ視線を向けた。
「由希、お客さんがほとんど来ない現象って、どれくらい続いてる?」
「えっと……たぶん三、四年くらい前からです」
「その悪い人たちはどれくらいの頻度で来るの?」
「毎日ってわけじゃないけど、結構多いです。だいたい半月に一回くらい……昨日も来ました」
「ふむ……今の状況は突然始まったの?それとも、だんだん変わっていった感じ?」
恒川の口調が、まるで刑事ドラマの取調べみたいに真剣になっていた。
ああ、なるほど。この質問の仕方……たぶん、もう答えに近づいてるな。
「最初のころは、あの人たちが来てもお客さんは普通に来てたんです。でも、何回も何回も騒がれるうちに、だんだんお客さんが減って……今では、悪い人たちがあまり来なくても、お客さんは戻らなくなりました」
佐々木がそう言い終えた瞬間、恒川の口元にスッ、と笑みが浮かんだ。
まるで事件の真相を掴んだ刑事が見せる、あの勝利の笑みだ。
……やっぱり、そう来たか。
俺の勘が正しければ、彼女の答えは——
「これで確定ね!」
「えっ?」
佐々木がキョトンとした顔を向ける。
「多分店の経営方法そのものが間違ってるかも。いいえ、間違いというより、時代遅れね!」
「時代遅れ?」
中野と里浜、そして佐々木までもが、まったく同じタイミングで同じ言葉を繰り返した。
そう、それだ。恒川の言う「時代遅れ」ってやつ。
時代はどんどん変わっていく。特にここ数年の社会の変化は、まるで急流みたいな勢いだ。
そんな中で、昔ながらの経営を続けていれば……そりゃあ客足も遠のくに決まってる。
もちろん、悪い奴らが店を荒らしたせいってのもあるけど、それだけじゃ説明がつかない。
古臭い経営スタイル。これが一番の原因だろう。
確かに、店員は可愛い。問題はその制服。
あの昭和感漂うエプロンは……いや、もう令和だぞ?店内の装飾も、いい意味でレトロじゃなく、ただの老朽化って感じだし。
もし経営の仕方を変えられれば、たとえ問題の根っこが悪い客にあったとしても、この先の営業にはプラスになるはずだ。
恒川の考え、俺にもわかる。
だから、わざわざ口を挟む気にはならなかった。
一方の佐々木先生はというと、まるで「部下の報告を聞く上司」みたいに、腕を組んでうんうんと頷いていた。
「そう!時代遅れ!」
恒川の声が、ぴんと張り詰めた空気を切り裂くように響いた。
「コーヒーの味って意味では古き良きも価値があるけど、若い子たちの価値観はどんどんアップデートされてる。つまり、客離れの原因は、経営の古さにもあるってこと!」
「な、なるほど……!」
中野が目を丸くし、里浜も「わぁ~!」と素直に感嘆の声を漏らす。
「悪い連中の目的はまだ分からないけど、まずは店の見た目と雰囲気を変えてみましょう。原因がそこじゃなくても、改善する価値はあるわ」
「うん、いいぞ恒川!頭いいじゃないか!」
佐々木先生が満足そうに親指を立てた。
「お褒めにあずかり光栄です。それで、みんなはどう思う?」
恒川がこちらを見回す。
その瞳は、答えを待つ探偵みたいに真剣だった。
「俺は別にいいけど……みんなにいい方法があるなら、それでいいと思うよ」
「じゃあ、見崎くんは賛成ってことで。他の人は?」
「あたしも賛成!」
「ナギっちが賛成なら、あたしも賛成〜」
おいおい、なんでお前は俺に合わせるんだよ!?人の意見に乗っかる才能だけは一流だな!
「そ、それじゃあ……私も先輩たちに従います」
「よし、全員一致。決定ね」
こうして、経営方針を変えるという案は正式に採用された。
が、本当の問題はここからだ。
どうやって変えるか、だよな。
……まあ、俺は別に真面目に考える気なんてさらさらないけど。どうせみんなが勝手にアイデア出してくれるし、そのとき俺が「うん、いいじゃんそれ!」って一言言えば、完璧だ!
まさに天才的サボり戦術。
「じゃあ、まずはみんなでグループチャット作ろっか。今夜、それぞれアイデアを考えて、いい案があればそこで共有ね」
佐々木先生の提案に、みんなが一斉にスマホを取り出した。
……え、ちょっと待って、俺も?いやいや、勘弁してくれよ!
俺のスマホ、もはや音楽が聴けて漫画が読めてゲームができる目覚まし時計だからな?
通知なんて鳴ったことほとんどない。グループチャットとか、絶対うるさいやつだこれ……
「あっ、そういえばさ」
中野がぽんっと手を叩いた。
「まだ見崎くんの連絡先、交換してなかったよね?」
「そうだな。連絡先がなきゃ、グループにも招待できないし」
恒川がさらっと同意する。
……いやいや、ちょっと待て。
「なあ、別に学校で直接話せばよくないか?わざわざグループ作る必要ある?」
「だって、いいアイデア思いついたときに、わざわざ次の日まで待つの面倒でしょ?すぐ共有できたほうが効率的じゃん」
恒川はスマホを器用に操作しながら、当然のように答える。指の動きが速すぎて、もはや人間の限界を超えている。
「俺のスマホ、漫画読んだり音楽聞いたり、あとゲームするか……まあ、アラームくらいにしか使ってないんだけど」
「それ、完全に宝の持ち腐れでしょ……はい、これ」
そう言って恒川は自分のスマホを俺の目の前に突き出した。
画面には彼女のアカウントIDが大きく表示されている。
「めんどくさいし、そっちで勝手に追加してくれ」
俺はため息まじりにスマホを渡す。
ていうか、このアプリ最後に使ったの、いつだったかも覚えてない。えっと……海夏の誕生日の数日前だったっけ?
家族の連絡も電話で済むし、通知なんてここ数ヶ月見た記憶すらない。
正直、削除して容量空けたほうがマシじゃね?
「無防備にスマホ渡すとか、見崎くんって本当に警戒心ないね。中身見られたらどうするの?秘密とかないの?」
「別に。俺のスマホには隠すようなもんなんてないし」
俺にとってスマホなんて、「音楽が聴けて漫画が読めてゲームができる目覚まし時計」だ。プライバシーもへったくれもない。
「ふーん、ほんとに何も入ってないね。アプリも少ないし……あ、ロックすらかけてない。なんか寂しいスマホだね」
恒川の声には、わずかに呆れと皮肉が混じっていた。
まあ、図星だし反論する気も起きない。
「じゃ、せっかくだし私も追加しておこうかな」
「え?メールアドレスあるじゃないですか」
「あるけど、メールって面倒でしょ?やっぱりアプリのほうが便利じゃない」
「いや、規則的に先生が生徒をフレンド登録するのはNGでは……?」
……まさか、この人、学校のルールすら力でねじ伏せるタイプ?
「バレなきゃいいのよ。君たちも黙ってれば問題なし。はい、ほら、さっさと追加」
結局、俺のスマホが戻ってきたときには、フレンドリストに数名の新しい名前が追加されていた。
同級生の恒川や中野、里浜、後輩の佐々木まではまだいい。
でも、佐々木先生の名前がそこにあるのは、正直プレッシャーでしかない。
「よし、じゃあ今からグループを作るわね。全員招待するから、ちゃんと入っておきなさい。あと、この件は絶対に他言無用。バレたら、私の職が吹っ飛ぶから」
自覚あるなら最初からやめといてよ……




