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3話 そして、カフェのリニューアル計画が始まる(3)

 翌日の放課後。俺と恒川が校門へ向かうと、そこにはすでに佐々木先生と、その妹の佐々木、さらには中野と里浜まで揃っていた。


 早っ!


 なにこのやる気満々チーム……いや、待て。俺たちが遅いのか?それともあいつらが早すぎるのか?


「君たち遅いわよ?もうこんな時間じゃない」


 佐々木先生が腕時計をチラリと見て、ため息をつく。


 ……よかった。これが授業中だったら、間違いなく俺と恒川は処刑確定だった。


「すみません、先生。ちょっと遅れました」

「まったく、恒川まで見崎に似てきたんじゃない?時間の感覚ゼロね」

「ちょ、ちょっと待ってください! なんで俺まで巻き込まれてるんですか?一度寝坊しただけです!『時間の感覚ゼロ』じゃないよ!」


 俺は即座に反論する。


 人の人生をそんな一瞬で決めないでほしい。


 ……まあ、否定しきれない部分もあるけどさ。確かに俺、出発時間ギリギリを狙って動くタイプではある。


 でも一度だって遅刻したことはない!あの日はただ、目覚ましが壊れてただけなんだよ!


「でもね、見崎くんの普段のだるそうな態度、確かに時間の感覚ゼロだね」

「ひどい!てか、お前も今俺と一緒に遅れてきてるだろ!?」


 俺がギリギリなのは戦略的なんだっての!決してだらけてるわけじゃ……


「それは君の歩くペースが遅いからでしょ。私、合わせてただけ」

「はあ!? 何言ってんだこの人!」

「まぁまぁまぁ、ケンカしないの!」


 中野が慌てて間に入る。どうやら俺たちが本気でケンカしてるように見えたらしい。


 ……いや、ケンカじゃないんだ。ただ、責任を押しつけられてムカッとしただけだ。


 別に恒川が嫌いなわけじゃない。


 それにしても、まぁ……俺、基本的にやる気ないし、だらけてるのは否定できない。


 だってさ、俺はもう、この世界にあらがうのをやめた。立派なオタクとして、静かに生きて、静かに死ぬって決めたんだ。


「よーし!みんな!気合入れていくよーっ!」


 里浜が、やたらとテンション高く両手を上げて叫んだ。


 ……うん、これがこの女だ。


 出会ってからずっとこのテンション。


 元気で明るくて、ちょっと中二病……いや、かなり中二病、そして可愛いバカ。


 あくまで俺個人の感想だぞ?殴るなよ?


 そんな感じで軽く一騒ぎしたあと、俺たちは出発した。


 他のメンバーはやたらとやる気に満ちている。特に里浜と中野。


 里浜は言わずもがな、あの性格だから当然として、中野までやけに張り切ってるのは……なぜだ?


 一方の俺はというと、死にかけのゾンビみたいな顔で、自転車を押しながらとぼとぼ歩く。


 いやマジで辛い。やりたくもないことを強制されるこの感じ。


 店の売上を上げるのが目的なら、あの三人で十分だろ。


 力で解決するなら、里浜が一人で片付く。先生だって格闘趣味の本格派。


 あの人、空手歴何年って言ってたっけ?少なくとも戦闘力的には、里浜と互角……いや、多分里浜以上だろ。


 ……つまり、俺がいなくても問題ない。


 なんで俺まで行かなきゃいけないんだ?どうせ俺なんて、「怠け者」「時間の感覚ゼロ」「役立たず」とか思ってるんだろ。


 ほんと、佐々木先生は何を考えてるんだか……


「はい、ここです!」


 佐々木が立ち止まり、指差した先に、佐々木のご両親が経営しているカフェがあった。


「わぁ~っ!見て見て!この花すっごく可愛い!ねぇ由希ちゃん、この子もらっていい!?」

「えっ!?あ、はい!先輩が欲しいならどうぞ!」

「やったぁ~!ありがと由希ちゃん!」


 ……いや、待て。それ店の装飾じゃない?普通に営業妨害だろ。


「中野さん、そういうの、もらうのはちょっと……」

「でも由希ちゃんが『どうぞ』って言ってくれたじゃない?」

「いや、でも一応店の飾りだろ……」

「大丈夫です!先輩が喜んでくれるなら嬉しいです!」

「ほら~見崎くん、由希ちゃんは分かってるねぇ~見崎くんってほんと堅いわ」

「チッ……堅いじゃないよ!」

「ふんっ!」


 ぷいっと顔をそらす中野。


 俺はため息をひとつついて、周囲を見回した。


 ……思ったより人が多い。


 放課後だから学生が通るのは分かるけど、大人の姿もちらほら。どうやらこの店、立地だけは悪くないらしい。


「ここ、けっこう人通りあるのね。変な人たちが来なければ、お客さんも多いんじゃない?」


 質問したのは俺じゃなくて恒川だった。


 ……いや、正確に言えば、俺が聞こうと思ってたけど先に言われた。


「はい。ここは商業地区なので、普段はそれなりにお客さんが来てたんです。それに、周りのお店の人たちもよくしてくれて……でも、あの人たちが来るようになってから、少しずつお客さんが減ってしまって……」


 そう言って、佐々木は視線を落とした。


 その顔には、言葉では表せないほどの陰りがあった。触れたら壊れてしまいそうなほど儚くて。見ていて、胸が少し痛くなる。


 あっいや……勘違いするなよ?


 俺は別に特別な感情とかそういうんじゃない。ただ、可哀想だなって思っただけだ。


 誰が相手でも、こんな状況を見たらそう思うだろ?


「それにしてもずっと気になってたんだけど、由希は先生の妹なんだよね?なのに、どうして今まで先生は放っておいたの?」


 恒川がそう言って、じっと佐々木先生を見る。


「……今日初めて知ったのよ」

「同じ家族なのに、こんなに長い間気づかなかったって……先生、家庭への関心、薄すぎません?」

「せ、先輩っ!違うんです!」


 佐々木が慌てて恒川の前に出て、両手を広げて止めた。


「父さんが……綾野には絶対に言うなよって言ったんです。だから、これは姉さんのせいじゃないんです!」


 その真剣な顔を見た瞬間、嘘じゃないと分かった。


「心配させたくない……ってこと?」


 恒川が静かに問いかけると、佐々木はこくりと小さく頷いた。


「は、はい……姉さんに言ったら、絶対に騒ぎになるって……でも、もうどうにもできなくて……だから、こっそり父さんに内緒で、姉さんに相談したんです」


 そう言いながら、佐々木はうつむき、指先で制服の裾をいじる、まるで、叱られた子どものようだった。


「……はいはい。私の家庭事情はもういいでしょ」


 佐々木先生が軽く手を振り、話を切り上げる。


「どう思われても構わないわ。今は、目の前の問題をどうするかが先よ」

「じゃあ、昨日先生が言ってた通りに動こう」


 恒川があっさりと結論を出し、そのまま店の中に入り、カウンターに鞄を置いて振り返った。


「せっかくカフェのスタッフをやるんだから、ぼーっと突っ立ってないで動きましょう。それから、私たちの制服は?」


 その言い方、完全に上から目線。


 言ってることは正論だけど、トゲのある言い方のせいで、なんか素直に頷けない。


 恒川のその一言を皮切りに、俺たちもぞろぞろと店内へ入った。


 ……いや、正直言うと、俺は来たくなかったんだよ。

 けどさっき、あの子の顔を見たら、つい、助けてやりたくなっちまった。


 まったく……俺のこの変な正義感、ほんと厄介だよな。


 佐々木が店の奥から数着の制服……というか、薄手のエプロンを持ってきて、俺たちに配り始めた。


 色は悪くない。パステルっぽい青やピンク、黄色なんかもある。


 でも……いや、待て。エプロンって……めっちゃ女子っぽくないか?俺が着るの?いやいやいや、絶対無理だろ!


「俺、これパスで……」って言いかけた瞬間、視界の端に入ったのは、もうすでに完璧にエプロンを着こなしてる佐々木先生の姿。


 ……やばい。


 これで俺だけ着ないとか言ったら、確実に殺される。あの人、笑顔で拳骨飛ばしてくるタイプだ。


 わかりましたよ。着ればいいんでしょ、着れば。


 俺はしぶしぶエプロンを身につけた。


 くそっ、妙に似合うとか言われたらその場で泣くぞ。


「さて、これから仕事を分担しまーす!」


 レジ前に立った佐々木先生が、まるで軍の指揮官のような声で言い放つ。


「仕事は四つ。呼び込み、接客、雑用、それからコーヒー担当ね。呼び込みは店の外でお客さんを誘導、接客はオーダーを取る係。雑用はレジの補助や店内の掃除。コーヒーはまあ、説明しなくてもわかるでしょ。さて、まず最初に呼び込みを決めるわ。誰が行く?」


 呼び込み、か……


 そんなの、絶対に俺がやるわけないだろ。


 見知らぬ人に声をかけるとか、無理ゲーにもほどがある。


 雑用ならまだいい。一人で黙々とできるし、人の顔色をうかがう必要もない。


 ……そうだな。呼び込みは、あの元気バカに任せるのが一番だ!


 俺はゆっくりと左隣を見た。


 いた。案の定、満面の笑みで立ってる能天気女。


 そう、里浜だ!


 あいつならピッタリだろ。明るいし、可愛いし、テンション高いし。おまけに声がでかい。呼び込み向きにもほどがある。


「先生、俺、思うんですけど……この仕事、里浜に任せるのが一番いいと思います!」


 俺は誰よりも早く手を上げ、堂々と「犠牲者」を推薦した。


「えっ?でも私、こういうのやったことないよ?」

「通りかかった人に、うちのコーヒーを全力でおすすめすればいいんだよ」

「そんなに単純な話じゃないわ」


 そう言って、恒川が俺の推薦をあっさり切り捨てた。


「どういう意味だ?」

「見崎くん。彩奈を選んだ理由はわかるわ。子どもみたいに明るくて元気だからでしょ?」


 ……おいおい、見透かされてる!?


 なにそれ、心の泥棒かよ。俺の考えを丸ごと盗んで返すな!


「えっ、もしかして紅葉さんの中では、あたしって子ども扱いなの?」

「年齢的には同じだけど、精神年齢と性格は……正直、子ども以外の何者でもないわね。 」


 うん、この点に関しては完全に同意だ。


「ひ、ひどい~!もうっ、やだぁ~!あたし、ちゃんと17歳の高校生だもんっ!」


 里浜が恒川の腕にしがみついて、半泣きでぶんぶん振り回す。


 ほんと、言動が子どもそのものだ。


「だからそう言ってるのよ……」


 恒川は額を押さえて、深いため息をついた。


「で、見崎くん、私の言ってること、合ってるでしょ?」


 ……なんなんだこいつ、自分の洞察力をドヤ顔で見せびらかしたいのか?


「……ああ、まあ、そうだな。」

「やっぱりね。」


 恒川が満足げに微笑んだ。まるでクイズに正解した子どもみたいな顔。


「で、結局言いたいのは何なんだ?」

「別に大したことじゃないわ。でもその考え方なら、余計に彩奈を呼び込みにするのはダメね。彼女は見ての通り、テンションは高いけど空気を読まない。話す内容も場を選ばない。だから……ちょっと、彩奈!離れなさいってば!」


 説明しながら、恒川は必死に里浜の腕を振りほどこうとしていた。


「もう~!紅葉さんのケチ~!」

「ケチじゃない!いいから離れなさい!」


 怒鳴った!というより、いつもより声を張っただけだ。けど、その瞬间の迫力に俺は思わずビクッとした。


「じゃあ、お前はどんな名案があるの?」

「そうねぇ……」


 恒川は顎に手を当て、しばらく考え込むように目を細めた。


 そしてゆっくりと、俺たちの顔を順番に見回し、最後に視線が止まったのは、俺の右隣に立っていた少女。


「桜花、君にお願いするわ」

「えっ、あたし?」

「できるか?」

「中野で大丈夫なのか?」


 俺は思わず恒川に問い返した。


 別に中野の能力を疑ってるわけじゃない。ただ――いまいちピンとこないというか、どの辺を評価しての推薦なのか、さっぱり分からない。


「分かってないわね、見崎くん。桜花はこういうの、得意なのよ。授業が終わったあと、よくバイトしてるから経験豊富だし。たぶん、由希を除けば一番頼りになると思うわ」


 ……えっ?中野にそんなスキルあったの?


 正直、全然知らなかった。


 俺の印象では、ただの顔がいい普通の女子高生だったんだけどな。


 勉強もそこそこ、特技も特になし。強いて言うなら、クラスで一番かわいい。


 まあ、それも立派な才能かもしれないけど。


「桜花、できるか?」

「ん……やってみるけど、お客さんが来るかどうかは保証できないよ?」

「いいわ、それで十分。」


 こうして、呼び込み担当は中野に決定した。


「じゃあ次、雑用係ね。彩奈と見崎くん、お願い」


 おお、きたきた!雑用なら俺の得意分野だ。なんたって、手を抜ける。


「了解です~!」

「わかった」

「残りの接客は、私と佐々木先生でやります、よろしいですか?」


 恒川がきっちりとした声でそう言うと、佐々木先生は満足げに頷き、手を叩いた。


「うん、完璧な分担だわ。じゃあ、その通りに進めましょう」

「ありがとうございます。じゃあ、コーヒーを淹れるのは当然、由希ね。このメンバーの中で、彼女より上手い人なんていないでしょ?」

「いないです!」


 全員の声がきれいに揃った。もちろん俺も含まれている。


「では、異論なし!それぞれの持ち場につきましょう!」


 恒川がいつもの冷静な声で宣言した。


 異論なしって言ったけどさ。俺としては、そもそもこの仕事に参加してること自体が異論なんだよな。


 退出を許されてない時点で、もうすでに負け戦だ。


 ともかく、各自が担当を受け取り、作業を開始した。


 雑用担当の俺は、左手でスマホを操作しながら漫画を読み、右手でなんとなくテーブルを拭いていた。


 一応「働いてる感」は出しておく。


 要するに、サボりながら動いてるだけだ。


 一方、里浜はというと、店の入り口に立てかけてあったほうきを手に取り、「我が最終兵器・ブレイザーソード!」とか叫びながら、床の「敵」を次々と討ち取っていた。


 いや、つまり普通に掃除してるだけなんだけどね。


 中野と佐々木は、店の前で頑張って客引きをしている。声をかけたり、チラシを配ったり、結構本格的だ。


 佐々木先生と恒川はというと、入り口付近で腕を組んで仁王立ち。客が来るのを、まるで将軍が戦場を見張るみたいに待っていた。


 ……暇すぎる。


 この店、ほんとにヤバいんじゃないか?瀕死のカフェって言葉がぴったりだ。

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