3話 そして、カフェのリニューアル計画が始まる(2)
コンコンコン~
部室の扉が、不意にノックされた。
まだ席に座って五分も経っていないというのに、突然の来訪者だ。
「どうぞ。」
恒川が返事をすると、ゆっくりドアが開き、そこから、見たことのない女の子がひょこっと顔を出した。
まるで危険がないか様子をうかがう子ウサギみたいに、まずは頭だけ。
それから、少しずつ、少しずつ全身を現す。
身長は小柄。俺の感覚だと、海夏と同じくらいだろうか。
顔立ちは幼くて、まさに「小動物系」。一瞬、中学生かと思ったくらいだ。
が、着ているのは俺らと同じ制服。
つまり、見た目が幼いだけで、年齢は俺たちとそう変わらないということらしい。
「あ、あの……ここって文芸部……ですか」
声は蚊みたいに小さい。今にも消えてしまいそうなほど弱々しい。
誰だこの子?
俺は思わず中野たちを見るが、みんな同じように首をかしげていた。
「は、はい。ここが文芸部の支部です。えっと、何かご用ですか?」
中野がやわらかい声で応対する。
すると、少女はびくっと肩を震わせて……
「そ、その……佐々木先生に……来るようにって、言われて……」
「えっ、佐々木先生が?」
中野は驚いたように目を丸くする。
そして同時に、俺と恒川に「……これ知ってる?」という視線を送ってきた。
だが、知らん。全然知らん。恒川も小さく首を横に振る。
確定。これは佐々木先生の独断だ。
またあの人、勝手に何かしたな……
俺たち四人の思考が一瞬で一つになったのが、ただ空気でわかった。
「う、うん!そうです!」
少女はこくこくと勢いよく頷いた。
俺は続けて問いかける。
「じゃあ……君は何しにここへ?」
少女は深呼吸して、ぎゅっと拳を握りしめ……
「わ、私……皆さんに、お願いがあって!」
「お願い?」
な、なんだ今度は?
整理しよう。
この子は何か困っている → 誰かに助けてほしい → なぜか俺たちを頼りに来た。
そしてその「なぜか」の部分は、どう考えても佐々木先生だ。
……つまりこうだろ?
① この子、困ってる
② 佐々木先生に相談
③ 「じゃあ文芸部の支部へ行きなさい」
④ 俺たちに丸投げ
はい出ました教師パワー。
俺たち、いつから便利屋になった?
「失礼かもしれないけど、一応確認させて。君がここに来たのって……佐々木先生に言われたから?」
恒川も、俺とまったく同じ疑問を抱いていたらしい。その口調はやはり、どこか呆れ混じりだ。
「は、はい!佐々木先生が、『きっとあいつらなら助けてあげる』って!」
はい確定、元凶は佐々木先生でした。
あの人、本当に勝手に話進めるよな!
「やっぱりそうか……」
恒川は深いため息をついて、軽く髪をかき上げた。表情は明らかに困っている。
「ねえ、さっきの件さ、やっぱり佐々木先生が勝手に進めたんだよな?」
俺は恒川を脇に引いて、こっそり確認するように訊いた。
「そう言いたいところだけど……仕方ないわ。先生には助けてもらったし、先生の頼みを断るのは筋違いでしょう。恩に報いるって意味でも、今回は協力するべきだと思う」
なるほど、あの手の理屈か。言われてみれば確かに反論しにくい。
「あたし、手伝うよ!正義の仲間は弱き者を見捨てないからな!」
「先生が頼んだって言うなら、きっとたいしたことじゃないはずよ。そんなに重い話じゃないでしょ?」
その時、里浜と中野も会話に割って入ってきた。
里浜は相変わらず中二病こじらせたノリだし、中野は相変わらず穏やかだ。
「とにかく、一度話を聞いてみるしかないだろう」
「そうね、今のところそれしか選択肢ないし」
「じゃあ、みんなで力を合わせてやっちゃおう〜」
「えーっ、俺、断っていいかな?マジで動きたくないんだけど……」
「見崎くん、これはある意味で先生の指示でもあるのよ。行かない場合のことを、君も想像できるでしょ?」
うっ……それを言われちゃあ、反論は難しい。普段の俺なら断固拒否するけど、相手は佐々木先生だ。あの人の性格を知っていれば、行かない選択肢がどれだけ怖いかは容易に想像つく。
「わかったよ、わかった。行くってば……」
結局、俺は渋々折れた。
「じゃ、異議なしか?」
「言いたいことは山ほどあるけど、どうせダメなんで黙っておくよ……」
「みんなで一緒に行くから心配しないで。君だけに押し付けるわけじゃないから」
こうして、簡単な打ち合わせのあと、俺たちはそのお願いを受けることになった。
いや、正確には「受けさせられた」という表現の方が正しいかもしれない。俺に関しては、完全に後者だ。
「それで、俺たちに何を手伝ってほしいんだ?」
俺が問いかけると、少女はおずおずと口を開いた。
「そ、その……説明するとちょっと長くなるので……一度で言うのは……」
「だから、こっからは、私が引っ張るぞ」
少女の言葉を遮ったのは、聞き慣れた低い声だった。
この声……まさか。
ガラッ!!
部室の扉が勢いよく開かれ、その向こうからあの人物が悠然と登場した。
そう、俺たちの担任、佐々木先生だ。相変わらず登場だけで空気が変わる。こいつ、歩くだけで圧があるんだよな……
「せ、先生……やっぱり先生がこの子をここへ?」
恒川がたずねると、佐々木先生は当然と言わんばかりに頷いた。
「ええ。私が呼んだわ」
「いや、あの……どうして私たちなんですか?」
「決まっているだろう。この件を解決できるのは君たちだけだからだ」
……と言いながら、先生はビシッと指を向けた。
いや、俺たちに向けてじゃない。ピンポイントで里浜に向けてだ。
「……なんで君たちって言いながら、指差してるの里浜なの?」
「細かいことを気にするな。とにかく、この子の件だ。私の妹だ」
先生はそう言って、少女の肩に手を置いた。
「へぇ、そうなんで……は……?妹!?」
俺は思わず椅子から半分立ち上がってしまった。
まじか、この子、佐々木先生の妹!?
視線を少女と佐々木先生へ交互に向ける。
よく見ると……目元の形とか、雰囲気とか……確かに似てる……気がする……!
っていうか、先生の妹なら……なぜこんなに雰囲気差があるんだ?
「えっ?先生の妹なの?」
「信じられない……」
中野と恒川のリアクションも、俺とまったく同じだった。二人とも目を見開いている。
「先生に似てるかもね。ほっぺの感じとか、あのツヤツヤ具合がソックリ〜」
里浜がいきなり前に出て、その子の頬をつんつんと突いた。
は?ちょっと待て!
おいおいおい、それ佐々木先生の妹だよ?何やってんだ、里浜さん!失礼すぎるだろ。命知らずすぎんだろ。
「先輩……痛いですからやめてください……」
里浜の行動に中野が慌ててフォローする。
「さ、そろそろ本題に入りましょうか!」
あっさりと許すのな、この雰囲気。もし俺が同じことをやったら、間違いなく先生の「タイタンパンチ」が俺を直撃するはずだ。被害妄想かな?
「では先生とその妹さんから、今回の件の詳細を聞かせてもらおうか」
恒川がきっちり場を立て直して、自分の席に戻る。
「うん、由希、お願いね」
「はい」
少女は、少し緊張しながらも礼儀正しく自己紹介を始めた。
「はじめまして、佐々木由希です。綾野姉さんの妹で、今年この学校に入学しました。これから先輩方にはお世話になります、よろしくお願いします」
見た目どおり、礼儀正しくて控えめな子だ。先生とは雰囲気がずいぶん違う、まるで影と光みたいな差がある。
佐々木は話を続ける。
「実はですね……私の両親は、私が生まれる前からカフェを営んでいて、家族の大切な収入源なんです。でも数年前にいろいろあって、詳しいことは省きますが、父が一人で店を切り盛りするようになりました。周りの店主さんたちに助けられながらやってきたんですけど、ここ数年になってから、嫌がらせをしてくる連中が店に来るようになってしまって……業績はどんどん悪くなって、今ではほとんど客が来ません。先輩方に、あの人たちをどうやって追い払えばいいか、一緒に考えてほしくて……」
「あの話を先生に相談して、先生がここに来るように言った、ってことか」
「はい、そうです」
「で、先生。先ほど私が引っ張ると言ってましたが、具体的にはどう動こうというのですか?」
佐々木の説明を聞き終えた恒川が、早速佐々木先生に問いただす。
「いい質問だ。では、私の作戦を説明しよう」
そう言うなり、佐々木先生はなぜか俺の席に座った。
しかも、優雅に脚を組み、堂々とした大姐頭ポーズである。
……あの、そこ、俺の席なんですけど?
顔だけ見れば、先生は確かに美人だ。でも、性格と態度が全部それを台無しにしてるんだよな……
そりゃあ独り身なのも納得というか……いや、でも脚は綺麗。認める。
視線がどうしても吸い寄せられるのは、人間として仕方ないと思う。
……いや、何考えてんだ俺。話が逸れすぎだろ!
「それで、先生の案っていうのは?」
恒川が話を戻してくれた。助かった。
「簡単なことよ。この数日はみんなで店を手伝う。そして、もし例の連中が現れたら……」
先生はまっすぐ指を向けた。
里浜に。
「里浜任せたわ」
「えっ、彩奈ちゃん!?」
「つまりどういう……?」
中野と恒川が困惑する中、当の本人だけはすでにやる気全開だった。
「わかりました!武力制圧ですね!」
「そう、その通り!」
先生、親指を立てて満面の笑み。
なにこの息ぴったり感。怖すぎるんだが。
「先生、教師として暴力を助長するのはダメでしょ?」
俺が恐る恐る口を挟むと、
「もちろん。暴力は最終手段よ」
先生はスッと手を上げ、落ち着いた声で続けた。
「まずはお店の雰囲気を整えて、客足を戻すのが先。それに、君たち、見栄えは悪くないし。可愛い店員が揃っていれば、向こうも迂闊には手を出しにくいでしょ」
なんか今、すごくサラッと褒められた気がする。
というか、これつまり、俺も可愛い側に含まれてない?やめてよ!
「で、どうしても通じない相手だけを、里浜が奥の手で排除する。以上」
奥の手とか言うなよ……最終話の必殺技みたい……中二病じゃんこれ!
「いや、でもそれは……」
俺が反論を試みる前に……
「決定。明日から放課後、全員でカフェへ。」
強制終了。
やっぱり俺、先生に逆らえないんだよな……




