第5部 マイーツ島事件を受けての<ブルーリーフ>の様子。
この部ではマイーツ島事件の報を受けた<ブルーリーフ>の様子と、その後に再編された艦内編成の話を取り扱う。
ここに示した各科長の顔ぶれが、シャーロット殿下の腹心の部下たちとなっていくのである。
★事件の知らせを聞いた<ブルーリーフ>のこと。
再び私たちの伝承者であるジム・ロビンソン退役軍艦旗准尉の取材メモに戻りたいと思う。マイーツ島事件がもたらされた<ブルーリーフ>の艦上は、どのような様子だったのだろうか。
「確か9月の24日の日曜日でしたね」
当時を振り返って元准尉は海軍手帳を確認しながら語ってくれた。
(筆者注:現地とは日付変更線を挟むので日付が変わっている事に注意されたい)
「夜食を下士官食堂で摂っていたら、急に喇叭が鳴ったわけです」
「ラッパですか?」
「信号ラッパですよ。間違いなく『戦闘ラッパ』でした。私らは食器を投げ捨てるようにしてほったらかして、配置に向けて駈け出しました。当時<ブルーリーフ>はケンブル港沖に停泊中でしたが、そんなことは関係ありませんでした。『戦闘ラッパ』が吹かれたら『総員戦闘配置』ですよ」
「最初はどう思ったのです?」
「とうとう摂政のヤローが攻めて来たと思いましたね」
敵役の顔を思い出したのか、憎々し気に元准尉はおっしゃった。
「海軍にも摂政の味方は居ましたからね。そいつらが<ブルーリーフ>を狙って来たと思いましたね。私の配置は艦橋の右舷後方を担当する対空見張盤でしたから、舷梯を駆け上がりましてね。ああいう時は上官も部下もありません。なにせ戦闘配置につくのが最優先ですから」
「では敬礼などは省略しても良いのですか?」
「それどころか突き飛ばしたって怒られません。まあ、わざとするヤツはたまにしかいませんが。艦橋に上がると副長が居ましてね、各部署からの報告が集まるのを待っていました。『第一主砲ヨシ』とか『飛行科ヨシ』とか艦橋伝令が伝えるのです。私も見張長でしたから他の見張盤に取りついている部下の報告を聞いて『対空見張りヨシ』と声を張りましたね」
「報告を上げるのですね」
「復命と言います。配置に就くと星がきれいな夜でした。どこのどいつが敵かと目を見開くのですが、静かなものでした。拍子抜けしていると艦内放送が雑音を出し始めました。後ろで副長が送話器を手にしましてね、艦内放送の準備をしていることが分かりましたよ。そこで喋っているのに艦内放送からも声が聞こえてくるのが面白かったですね」
当時の様子を思い出しているのか、元准尉は目を閉じたまま天井を仰がれた。
「その放送でマイーツ島事件の事を知ったのですか?」
「そうですね。半分はそれで知りましたね。副長は、あんな方ですから、きわめて事務的におっしゃるわけです。『本日、シャーロット殿下が所属不明の艦船との戦闘で負傷された。どうやら重傷であるらしい』と」
「やはり感情的になられていましたか?」
「それがダンナなのだから色々と思うところがあるでしょうに、オクビにも出さないのです。ある意味立派でしたね。で『詳細はこれから入電すると思うが、乗組員一同は動揺せずに上官の命令を聞いてくれ』と。そんな事を言われたってシャーロット殿下が負傷と聞いて動揺しないヤツなんていませんよ」
「やはり<ブルーリーフ>の全員から慕われていたのでしょうか」
「なにせ私らの大親分ですもの。その放送中に通信科の若い奴が舷梯を駆けあがってきました。走って来たから息が上がっているはずなのに、顔が真っ青でしたね。黄色い通信紙を握りしめちゃって、シワクチャにしていました。それを『本国艦隊通信隊から入電』と言って副長へ差し出しました」
「え? 真夜中ですよね?」
「そうです。時間が夜で、戦闘配置の艦橋ですから、真っ暗なわけです。そういう時でも困らないように海図室に赤い電球が灯されていましてね。海図室に手を入れて文面を確認できるようになっているわけです。副長は紙面を見るとグラリと体勢を崩して、慌てて航海長に支えられていましたね。どうやら『シャーロット殿下が戦死された』と書いてあったらしいです」
(筆者注:もちろん誤報である。ちなみに記録にはこの電文は残っておらず、誤報ゆえに抹消されたものと推察される)
「私は持ち場がちょうど反対側だったので、良く見えませんでしたけど。副長の人間らしい姿は初めて見ましたね」
「やはり副長も人間だったと」
「そうです」
元准尉はクスクスと笑った。
「そうしたら、まだ最初の通信科員が艦橋に居るのに、二人目の通信科員が駆け上がって来ました。舷梯は艦橋後部にあるので、私からは誰が昇って来るのかが丸見えなのですよ。今度は、1人目とは真逆に真っ赤な顔をしているのです。そいつも黄色い通信紙を握りしめていましたね。また同じく『本国艦隊通信隊から入電』と言って差し出しましたね」
「それは、やはり副長が?」
「副長は海図室の入り口の所に寄りかかって対応できそうも無いので、航海長が受け取りました。受け取って文面を読んだ航海長が『おお』と犬のような声を上げたのを覚えていますよ。そして『少佐。大丈夫ですよ!』と言って通信紙を差し出して、読ませました。そうしたら副長まで『おお』と犬のような声を上げましたね」
「2枚目の通信はなんだったのです?」
「そちらはシャーロット殿下自らが送って来られた通信だったようです。それを艦隊の通信隊が中継してくれたのですね。現地の入院した病院から砲艇戦隊を通して送られた物で、内容は『自分は平気だから<ブルーリーフ>は早まったことをしないように』みたいなことが書いてあったようです。まあウチ(ブルーリーフ)にケンカっぱやいのが揃っていたのをシャーロット殿下も御承知で。ブレーキをかけておかないと<ブルーリーフ>単艦でマーチャーシューグラード(筆者注・モイラ帝国の帝都)へ乗り込んで行きかねないと解っていらっしゃった」
そう言って元准尉は楽しそうに笑われた。
「それからたくさんの通信が着信したらしくて、次々に通信科のヤツが艦橋へ駆けあがって来るわけです。その内に航海長が『副長。ココは自分に任せて下さって結構です』と艦橋を引き継ぎましてね。副長は直接艦橋の下の方にある通信室へ行かれましたね」
「それからどうなりました?」
「私は艦橋配置ですから事の推移が分かるのですが、他の乗組員は分からないでしょう。とても不安だったようです。その内、艦内電話で通信室と連絡を取った航海長が『港内勤務に戻れ』と下令してくれて(乗組員たちは)安心したそうです。まあ当直を交代する時間でしたし、そのまま私は当直に入りましたけど」
「乗組員たちが事の次第を知ったのはいつです?」
「翌朝に『総員、前甲板に集合』の号令がかかりましてね。そういう時は、手を離せない持ち場の者以外は全員集合なわけですよ。私も艦橋から前甲板へ下りましてね。普段ならば綺麗に整列するのでしょうが、罐の面倒を見るはずの缶員まで来ていましたから、舳の方までいっぱいです。みんなギュウギュウ詰めで、副長を待ったのです」
「艦長では無いのですね?」
「艦内の事は副長の役目ですから。第一砲塔の前に艦内吸気口がありまして、そこの上が朝礼台として使えるように板が張ってありましてね、そこへ副長が姿を現しました。すでに放送用の送話器が用意されていましてね。あれですよ。運用員長が言われる前に仕掛けておいたのです。それを使って全艦相手に事の推移を説明してくれましたね。砲艇<レディバード>は所属不明の武装艦と交戦し、これの撃破に成功したが4ネイル(約100ミリメートル)砲の砲撃で艇橋を損傷し、艇長であったシャーロット殿下が左腕に重傷を負われた、と」
「それを聞いてどう思いました?」
「シャーロット殿下がご自分の領地へ赴任された事は、みんな知っていましたから。いくら相手が『所属不明』とか言われてもモイラ帝国海軍に決まっているわけですよ。向こうが先に撃ったのだから、コッチもやり返してやろうと、みんなで意気込みましたね。可哀そうなのは海兵団から訓練で乗り込んでいた若い奴らですよ。何が何だか分からない内に戦争が始まりそうな勢いですもの」
「それはそうですね」
私の愛想笑いが分かったのか、元准尉は笑顔を変化させて続きを語ってくれた。
「で、まあ副長からは『落ち着け』と。『我が<ブルーリーフ>は栄光なる王国海軍に名を連ねる1隻である。よって独断専行して王国の立場を悪くすることはできない。みんな思うところはあろうが自重してくれ』と。まあ、自分の奥さんがキズつけられたというのに、とても真面目に場を纏めましたね。その後、後甲板へ行って王姉親衛隊と侍従や女官たちにも同じ説明をしていましたね」
「それからどうしました」
「どうも」
肩を竦めて元准尉は言った。
「いつもの勤務に戻っただけです。それまでの2年間と同じですよ。練習科目を設定して新人を鍛えるだけです。ほら、シャーロット殿下が南の海へ行っている間は、それは平和なものでしたし。なにせ舞踏会が無いですから。お客さんさえ来なければ、普通の戦艦と同じですからね。戦争が無い時は練習戦艦でも、普通の戦艦でも同じですよ。兵学校や海兵団の練習生を乗せて色々と叩きこむ。これだけです。そういう『普通』の生活に慣れてきたところで帰って来ると聞いて、半分ガッカリで、半分は興味津々でした。なにせ平和な時間の終わりですから」
「興味津々?」
なにかそぐわない言葉のような気がして私は元准尉に確認した。
「それは、どういった理由で?」
「やはり実戦をくぐり抜けた将校というのは顔つきから変わってきますから。ウチのお姫さまがどういう風に成長なさったのか。それは気になりますよ」
記録によれば翌25日にはシャーロット殿下に対して、可及的速やかに王宮へ出頭し、現地状況を報告せよという召喚命令が勅命として出された。同時に名誉の戦傷に対する褒賞として海尉への昇進と共にディスランド王国聖十字勲章の授与が通達された。
これによりシャーロット殿下は、二列列島各所にある空軍基地を連絡する空軍機で本国へ帰還を急ぐことになる。サーペンティン島からジェイムザのポート・ストークスを経由してグランドテール島で1泊。そこからパロ島からポート・ターリク経由で本土南西部のトーリッジに到着。そこから大西武鉄道の急行列車で王都ケンブルまで、重傷の身ながらの強行軍であった。
王都ケンブルに到着後、王宮であるワイアットヴィル城へ登城が予定されたが、長旅の疲れからかご容体が悪化したご様子で、そのまま市内の海軍病院に入院された。海軍病院の貴賓室へ入院されたシャーロット殿下を、オーガスト4世陛下はお見舞いにお出ましになられ、久しぶりに姉弟水入らずに歓談されたという。
「シャーロット殿下はすぐに帰艦されませんでしたね。病院でだいぶ看てもらってからでしたから。月が替わってからのご帰艦だったはずです」
元准尉は、またメモを確認しながらおっしゃった。
「それよりも9月の最後の土曜日に、<ブルーリーフ>の幹部が軒並みケンブル管区隊に呼び出されて留守になりました。艦長の他に『ハッパ』は居なくなりましたよ。あ、『ハッパ』というのは水兵たちの言葉で『佐官』という意味です。ほら佐官の階級章は『生命の木の葉』で示されるでしょう。銀色1枚が少佐で、2枚が中佐。金色1枚が大佐で、2枚が代将という具合に。ちなみに『尉官』は『棒』と呼びます。銀色1本が士官候補生で2本が海尉心得。金色1本が下級海尉で2本が海尉となります。『将官』は『星』です。銀色1つが少将、2つが中将。3つが大将で、王冠が描かれたのが『大提督』(筆者注:海軍元帥とも呼称する)ですから」
「それは水兵の階級章にもついているような言葉なのですか?」
「はい。『スッピン』が『水兵』です。階級章がありませんから。あとは『札』が『水兵長』になります、赤色無地の階級章ですから。それから『花』と呼ばれるのが『曹』です。赤色無地のところへ『生命の木の花』が入りますから。銀色の花1輪が兵曹で、2輪が上級兵曹です。金色の花1輪が准尉で、その下に交差させた軍艦旗がつくと軍艦旗准尉となります。でも軍艦旗准尉の階級章は復員軍人の日や戦没将兵追悼記念日などでしか身に着けません。なぜなら全員が退役しているはずだからです」
ちなみに現在の海軍では准尉と上級兵曹の間に兵曹長の階級が加えられ、階級章は銀色の花2輪の下に1本の黒い棒が描かれる物となっている。残念ながら水兵たちがどのように呼んでいるかは不明である。
「つまり艦長の下には各科の海尉しかいない状態になったわけです」
「理由は知っていましたか?」
「その時は分かりませんでしたね。週が明けての月曜日に『ああ、そういうことか』と納得しましたがね」
週が明けて10月2日の月曜日に、シャーロット殿下は<ブルーリーフ>へと帰艦された。
「通信士が艦長に電報を渡すのを見ていましたよ。手下がみんな陸に呼ばれてしまって、艦橋で当直に立っている時に届きましたから。昼に帰って来ると聞いて、みんな喜びましたね。やっぱり<ブルーリーフ>の大親分はシャーロット殿下ですからね」
その喜び様を想像するのは難くなかった。
「いつもなら新米の海尉心得あたりに押し付けられる舷門の番兵役に海兵隊隊長が立って、気合が入った号笛を吹きましたもの。その時は、まるで国賓が来艦するようにみんなで整列して出迎えましたね。軍楽隊が居なかったのは残念でした。侍従や女官たちも綺麗に整列して出迎えました。やはり自分の主人が帰って来るのが嬉しかったのでしょうね」
「やはり『武者修行』を終えて、変わって見えましたか?」
「南の海は陽射しが強いですからね。まるで焦がしたパンのような色に肌が焼けていましたね。あと怪我のせいか、やつれて見えました。まあ左腕は三角巾で吊ったままでしたし」
「腕を吊っていたのですか?」
「はい。軍服の上から三角巾を使って首から吊っていました。あれを見て私らは『ウチの大親分によくも怪我をさせやがって』と思いましたもの」
「その怒りはモイラ帝国に向かってですか? それとも『武者修行』に出した軍務省に対してですか?」
「半々ですかね。まあ(怒っている対象は)軍務省にではなくて、摂政のヤローに対してでしたがね」
「そこまで恨みを買っていたと?」
「はい。なにせ『小銭を落とした』とか『自分のピクルスだけが酸っぱかった』とか、些細な事すら摂政のせいにしていましたから」
元准尉はそう言って笑われた。
★練習戦艦<ブルーリーフ>艦内編成(聖歴2164年10月時点)
「あとシャーロット殿下は(海軍)少佐に昇進されていました。本当はトーリッジの航海学校を(筆者注:海軍に複数ある術科学校の内の1つ)卒業しないと艦長になれないのですけど、ジョーンズ艦長から指揮権を委譲されて、晴れて<ブルーリーフ>はシャーロット殿下の物になったわけです」
「海軍少佐で戦艦の艦長職は珍しいですよね?」
「そうですね。珍しかったです。でも名誉の負傷をしたシャーロット殿下のわがままを陛下が受け入れられたらしくって。陛下の裁量で術科学校を免除されて、艦長となられました。まあ術科学校と言っても航海術は艦隊に居れば身に沁みつきますから、ほどほどしかやらないようです。主に学ぶのは部下を率いる統率力の育て方のようです。シャーロット殿下は王家の生まれでしたから、そういった事は学ばなくても自然と身につけられている様でした。それで必要が無かったのでしょう]
言われてみれば納得である。シャーロット殿下は、それこそ生まれた時から人の上に立つことを学ばれる立場であった。
「陛下としては<ケンブル・ハウス>の艦長になってほしかったようですが(筆者注:王都にある<ケンブル・ハウス>は地上の施設ではあるが軍艦扱いである)シャーロット殿下は艦隊勤務を望まれたようです。あと(シャーロット殿下に)王都に居て欲しくなかった摂政が、術科学校の免除と引き換えという形で(人事権のある)航海局に口をきいたようです。それもあって<ブルーリーフ>艦長へ補職されたようです」
「摂政閣下とは対立なさっていたはずですよね?」
「まあ<ブルーリーフ>に戻って来たかったシャーロット殿下の意志と、悪巧みを抱えている摂政の考えが同じ方向を向いたというところですか。言うなれば『悪い摂政も使いよう』といったところですか」
陛下が<ケンブル・ハウス>での艦長職を求められた心は察せられるに余るものだ。二人きりの姉弟である。まわりの権力争いを別に姉弟仲はよろしかったと聞く。女性の身を気遣って危険な任務からは遠ざかってもらいたかったのであろう。
「午後になって『ハッパ』が帰って来て『なるほど』と思いましたね。やはり艦長が一番偉くないと指揮系統がややこしくなりますから」
「ええと? つまり、どういうことですか?」
「<ブルーリーフ>に居た『ハッパ』たちは、1日だけケンブル管区隊に転属したという形を取ったのです。で、月曜日の午後に再び<ブルーリーフ>に配属されたということです。そうすれば<ブルーリーフ>の最先任少佐ということで、同じ階級でもシャーロット殿下が偉いという事になりますから」
「ああ、なるほど。その時の<ブルーリーフ>の艦内編成はどのような物だったのですか?」
「艦内編成ですか」
元准尉は別の海軍手帳を手にし、細かい文字がビッシリと書かれたページを、睨みつけるような目で確認した。
「ええと。いきますよ」と前置きをして語り始めた。
「まず艦長がシャーロット殿下となりました。階級は海軍少佐です。シャーロット殿下に艦を引き継いだジョーンズ海軍代将(当時)は、海軍大学校の教授職へと補職されました。艦長は艦の最終責任者ですから、ドッシリと構えているのが仕事です」
自分の言っている事を私が理解しているのか、チラリとこちらを確認された。
「次に偉いのが副長です。チャールズ・タートル『冷や飯食い』海軍少佐です。副長が(海軍)少佐のままだったのは(前の説明通り)軍務省に嫌われたからです。普通の将校ならば、こんな飼い殺しは嫌になって海軍を退官されるのですが、副長はされませんでした。当直で一緒になった時に『なんで我慢できるのですか』と訊いた事があります」
「なんという答えでしたか?」
興味が出て乗り出して訊ねると、半ば呆れたような顔で教えてくれた。
「簡単な理由でしたよ。『俸給が良かったから』ですって。なにせ出世できない少佐でも少佐は少佐ですから、貰える俸給はそれなりです。それに勤続年数に比例して(俸給)等級だけは上がって行きますから」
「はあ」
あまりの世俗的な理由に気を削がれて変な声が漏れてしまった。
「艦長が全体的な事をやりますが、どちらかというと外務に関する事が多くなります。副長が内務を仕切るわけです。艦内の掃除が行き届いているかとか、衛生状態はまともかとか。それと<ブルーリーフ>では副長が主計長を兼任していましたから、そのまま第1分隊の分隊長の仕事もやられていました。主計科は人数が少ないので、そのまま科が分隊に相当したわけです」
「主計科の仕事をもう少し説明できますか?」
「他科のことは詳しくないのでザックリした物になりますよ」と前置きをしつつ元准尉は主計科の仕事について語ってくれた。
「主計分隊は将校と水兵で仕事が分かれます。将校は艦の事務作業を一手に引き受けます。私らの俸給の計算なんかから、重油や砲弾など<ブルーリーフ>が戦艦として必要な物の手配まで、あらゆる書類は主計分隊の将校が面倒を見ます。水兵はというと、主に給養です。つまり乗組員の飯の世話なわけです。こーんな…」と腕で大きな輪を作られた。
「大きな鍋を使ったりして、1000人ぐらい乗り込んでいる連中が腹を空かさないようにしてくれるわけです。ですから給養員長と言えば水兵たちにとって皇帝みたいなものですよ。怒らせると飯の盛りが減りますから」
「たしか運用員長が神さまでしたっけ?」
「ええそうです。もちろん一番は運用員長なのですが、世俗的な権力は給養員長が持っているわけです」
「神と皇帝ですか。言いえて妙ですね」
「あと少ない数ですが、事務員でも給養員でもない酒保担当と言う部署もあります。そいつらは海軍が戦艦の中で開いている売店の店員です。そこで乗組員は酒や煙草を買うわけです。酒や煙草は、もちろん嗜好品なのですが、水兵の間ではお金の代わりでもありました。何か他の部署に頼みごとをする時に欠かせない物でした。主計分隊はそのような感じですね」
「戦闘になっても厨房にいるのでしょうか?」
「いえいえ。飯の準備する時間以外に戦闘となると、弾運びの手伝いですよ。ほら大鍋を扱う連中ですから力もつきます。それを有効に活用するわけです」
「なるほど。他に主計科に関する話しはありますか?」
「海軍には『8月25日の飯は不味い』という言葉がありましてね。年度末のシメの日である8月25日は、給養員も事務作業に駆り出されて、飯を作るのが疎かになるのです。そういう風に将校だから水兵だからと他の仕事に手を出さないわけでもないのです」
「なるほど、あの言葉にはそういう意味があったのですね。ちなみに本当に不味くなるのですか?」
私の問いに元准尉は滑稽に崩した渋い表情をしてみせて答えてくれた。
「給養員が働くのは水兵用厨房です。士官用厨房では艦が雇った料理人が働きます。<ブルーリーフ>では副長がケンブルの鍵屋横丁で店を開いていた料理人を雇いましてね。他の艦と比べて劣る事の無い質でしたね。あと<ブルーリーフ>には宮殿用に、もう1つ厨房がありまして、そこにはシャーロット殿下が雇った料理人が働いていました。普段は侍従や女官の世話をしていますが、<ブルーリーフ>で晩餐会となると、そこの料理人が腕を振るいました」
「そちらは、やはり献立からして違ったのでしょうね」
「晩餐会の翌日にお裾分けがあって、口にすることになりますけどね。あんな物をありがたがって食べているのかと思いましたね。まあ、私らの舌が貧しかっただけですけどね。やっぱり食べ慣れている物が一番ですよ」
「そんなものですよね」
「第2分隊は私が所属していた航海科です。航海分隊はポール・ビンセント航海長の指揮下にありました。ビンセント航海長は、本当は中央海艦隊司令部への栄転が決まっていたそうですが、シャーロット殿下が急遽艦長となられたでしょう。そこで航海に詳しい者が航海長でないと航海局としては不安だったのでしょうね。転属が保留になった代わりに海尉から(海軍)少佐へと昇進されました。本人は中央海へ行きたがっていましたけどね」
「やはり中央海への転属は栄誉あるものなのですか?」
「違います。同じ艦隊勤務の中でも『一番女性にもてる』からですよ」
「は?」
キョトンとした私に念を押すように元准尉は教えてくれた。
「中央海艦隊勤務が一番もてましたね。逆に一番もてなかったのは潜水艦勤務ですよ」
「理由はあるのですか?」
「中央海からの連想ですかね。温暖な気候の海で優雅に軍艦を操っている。そういう感じだったそうですよ。逆に潜水艦は薄暗い水中に潜っているという連想で、感じが悪かったようです」
「しかし今では潜水艦の方が出世頭ですよね?」
現在の海軍の話しを持ち出すと、元准尉は首を傾げた。
「海軍の中ではそうですが、町ではどうですかね? やっぱり感じが悪いままなのではありませんかね」
そう訊かれて私も首を捻ってしまった。
「航海科も人数は多いのですが分隊は1つでした。操舵、信号、見張りなど航海に必要なことを担当します。私はその中で見張りを担当する見張長だったわけです」
「第2分隊は航海科ということですね」
「はい。そして次は(ジョージ・)リッケンバイヤー内務長が科長を務める内務科です」
ジョージ・リッケンバイヤー少佐(当時)は男爵位を持つ家柄の出身だ。ただ三男ということで領地に関する相続権は保有していなかった。本来は航海科が専攻の将校であった。航海と結びつきが強い内務科の分隊長に航海科出身の者が就くのは不思議な事では無かった。
「内務科は運用分隊、工作分隊、電機分隊、補機分隊の4つの分隊に分かれていました。それぞれに分隊長が居て内務長を補佐します。運用分隊だけ特殊で、分隊長、分隊士、掌分隊長の他に運用員長がいます。この運用分隊がいないと航海になりません」
「運用員長はたしかジョン…」
「本人は名前で呼ばれる事を嫌がっていましたがね。あまりにも平凡な名前だと」
ジョン・スミス准尉(当時)は、民間の捕鯨船団に乗組んでいた生粋の船乗りであった。それが中途採用という珍しい経歴で海軍へと入隊し、下士官からいきなり海軍での生活を始めた。
「いつも運用員長と肩書で呼んでくれと言っていました」
「それは艦内の全ての乗組員がそう呼んでいたのですか?」
「初めの内はそうでした。そうしていたらシャーロット殿下が『メイガス』と呼びはじめまして、じきに将校はそう呼ぶようになっていましたね」
「めいがす?」
「魔法使いという意味ですよ。シャーロット殿下は士官候補生になる前の練習生時分から<ブルーリーフ>に(乗組員として)乗り込んでいました。そしてシャーロット殿下が艦橋へ当直に立つ時は、間違いが無いように運用員長が掌当直長にあたっていました。そこで運用員長の腕前を知ったのでしょう。学生からしたら運用員長の業なんて、それこそ魔法や神業に見えるでしょうから、そう呼び始めたのでしょうね。本人も気に入っていて最後には自分の中間名のようにして使っていましたね」
まあ匿名希望と同じような名前では、そういったアダナは嬉しいものであろう。
「内務科は運用から順番に第3~第6分隊となります。この内務科は、戦闘などで艦が傷ついた時に応急修理などでダメージを局限する間接防御を担います」
「間接防御ですか? ただの防御では無くて?」
「単純な装甲の厚みなどをさす直接防御という言葉もありますから。練習戦艦として装甲が無い<ブルーリーフ>では重要な役割でした」
「なるほど」
「間接防御が重要視されたのはバトランド沖(海戦)の戦訓からです。艦体に穴が開いても被害を局限して戦闘を続けることが重要なわけです」
中原戦争にて生起したバトランド沖海戦では、間接防御の優れたプロニア海軍の巡洋戦艦が21発の被弾と1本の被雷を受け、5300トンもの浸水をしても、なお沈まずに帰港し、三か月の修理の後に艦隊に復帰している。
逆に我が海軍の巡洋戦艦の中には。たった1発の被弾で弾薬庫が誘爆して爆沈した艦があるほどだ。この例をとっても間接防御の重要性が分かるという物だ。
「防御が内務科の仕事ならば、次の砲術科が攻撃を担当します。砲術科は人数が多くて第7~第19分隊までの13個分隊もありました。砲術長は(レイ・)ヴィクトリアズ(海軍)少佐です。この時点で<ブルーリーフ>勤務3年目で、2年で転属する事が慣例であった当時では珍しかったですね」
「副長は例外と言う事ですか」
「まあ、あの方は特別でしたから」
ちょいと肩を竦めた元准尉は砲術科の説明に戻った。レイ・ヴィクトリアズ海軍少佐(当時)は、祖父がアール=ランチェスト・ヴィクトリアズ大提督という生粋の海軍の家系に生まれた人物である。しかしご本人はそんな事を鼻にもかけないような気さくな人物で、私も何度か取材でお世話になったことがあった。
「砲術科は人数だけは多かったですから、統制も大変そうでしたね。ですから砲術長が全部の面倒を見るのではなく、副砲長や対空長など補佐する将校がいました。ですから砲術長は主砲に関する分隊の面倒を見ることに集中できたはずです。第7分隊は第1(主砲)砲塔を担当するだけでなく、錨甲板で揚錨も担当します。ですから錨分隊とも呼ばれていましたね。あとは順番に第8分隊が第2砲塔、第9分隊が第3砲塔、第10分隊が第4砲塔となります。そして番号は飛びますが第17分隊が主砲幹部分隊で、主砲の狙いをつける主砲管制を担当します」
「というと第7から第10分隊は何をするのでしょうか?」
「砲弾こめですよ。艦橋の一番高いところに主砲方位盤がありまして、砲術長がそれで狙いをつけて射撃手に発射を命じると、そこで引き金が引かれます。その電気信号が各砲塔へ伝わると電気雷管が発火して発射となるわけです」
「あれ? いまたしか第4砲塔と言いましたね? <ブルーリーフ>は…」
「そうです。練習戦艦としたため、第4砲塔は陸揚げしてしまっているので存在しません。でも、いつか再搭載の可能性を信じて、欠番として取っておいてあったのです」
「しかし砲塔を戻さずに速力を選んだのでしたね」
私が前に聞いた改装の話を思い出していると、そうですと元准尉は頷かれた。
「あともう1つ。第19分隊の測的分隊も砲術長のもとにありました。こいつは敵との距離を測って、各砲が狙うためのデータを作る分隊でした。その6つが、砲術長が直率していた分隊です」
「なるほど。それでも多いですね」
「第11分隊が第1副砲(右舷)、第12分隊が第2副砲(左舷)となります。これに合わせて第18分隊が副砲幹部分隊となっていて、この3つの分隊を副砲長が統制します。副砲長は(ロバート・)ダニガン海尉でした。ダニガン海尉はアレです。中原戦争で英雄になったダニガン元帥の息子さんですよ。ダニガン元帥が陸軍で、3人いるお兄さんもみんな陸軍に入隊したのに、末っ子のダニガン海尉は海軍でした」
「そうですね。一人だけ海軍なのは不思議ですね」
ダニガン家は古くから続く家柄で、伯爵位を持つ名家であった。男ばかりの4兄弟で、海軍に入ったロバート・ダニガン男爵が末っ子である。
「噂ですけどね」
あくまでも噂と何度も念を押しながら元准尉は語ってくれた。
「幼馴染のシャーロット殿下の傍に居たかったから、という話が水兵の間で噂されていましたね」
いちおう王都ケンブルにあるベナコックス王立地方学校へ、シャーロット殿下とダニガン海尉(当時)は同じ時期に通っていた過去がある。ただしシャーロット殿下が1年生の時にダニガン海尉は8年生だったはずだ。
「まあ、噂ですがね。副砲ですが、第1副砲が右舷で、第2副砲が左舷の副砲となります。片舷あたり7門あって、さらに前3門と後ろ4門で分火することもあります」
「前が1門ずつ少ないのですね」
「もとは片舷8門あったそうです。ですが1番艦首側に装備された1番、2番副砲は波飛沫がかかりやすい悪い位置だったそうです。あまりに飛沫がかかって射撃ができないことが多いから、中原戦争が終わる頃には撤去されていたそうです。第1砲塔の横にあった凹みが、その跡だったそうで」
当時の写真には、元准尉が指摘した箇所に、不自然に平らな部位が存在する。砲門を装甲板で塞いだ後であろうと推察される。
「第13分隊が対空砲、第14分隊が対空機関砲、第15分隊が近接防御分隊で、この3つは対空長の(チャールズ・)マクガイヤ海尉が統制します。対空長は(聖歴21)45年に新設された役職です。飛行船をはじめとして空からの脅威が増えたことにより、対空兵器が軍艦に搭載されるようになり、その指揮運用にあたる士官になります。対空長も気のいい人でね。私とは科が違うのに仲良くしてもらいました」
チャールズ・マクガイヤ海尉(当時)は私立大学の予備士官制度から海軍へ入隊して正規士官になった経歴の持ち主であった。生え抜きの海軍士官でないところが人柄に現れていたのだろう。
「この時の<ブルーリーフ>は4ネイル(約100ミリメートル)連装対空砲と、60キュビト(約30ミリメートル)4連装対空機関砲。それと25キュビト(約12・5ミリメートル)機関銃を装備していましたね?」
「そうです。その内、対空砲と対空機関砲は片舷に2基ずつ装備されていました。近接防御兵器と呼ばれていた機関銃は、2挺ずつ前後檣楼に装備されていましたね」
私は指を折って確認した。
「すると1つ計算が合わないようなのですが」
「ああ、それは第16分隊です。王姉親衛隊のことです。本当は1個分隊とするほど人数はいなかったのですが、女子部と言う事で特別でしたね」
「ああ。そういえば砲術科に配属されているという話しでしたね」
「はい。後甲板にある4門の礼砲を担当しました」
私は以前にしてもらった話を思い出していた。王姉親衛隊は1つの分隊扱いで分隊長はイーディス・オリアナ・ヘジルリッジ下級海尉(当時)であった。他の分隊では少佐~海尉クラスの者が分隊長を務めるのに比べて階級的に少しバランスのとれないところであったが、特殊な事情を考慮してこうなっていた。いちおうそれでも海尉心得から下級海尉へと、この秋に昇進したばかりであった。
「第20分隊が通信科になります。通信科も人数が少ないので1個分隊しかありませんでした。通信長は(ジョゼフ・)レイモンド『教授』です」
「きょうじゅ?」
「レイモンド通信長は何しろ物知りで、水兵たちの何気ない疑問に全部答えてくれるのですよ。『ドーナッツは何故穴が開いているのか』とか『霧の海では何故檣楼の先に炎が灯るのか』とか。なんでも教えてくれました。そこでついたアダナが『教授』というわけでして」
「なるほど。それは、どのような科目でも答えてくれたのですか?」
「ええ。難しい単語の綴りから、歌劇の有名な言い回しまで。あの方の頭の中には百科事典が詰まっていらしたのですかねえ」
ちなみにジョゼフ・レイモンド海軍少佐(当時)は、お父上が本物の教授であった。お父上が子供向けの博物学として出版された本は、今でも各地方学校に1冊は置いてあるという。
「第21分隊は飛行科です。空母と違って3機しか飛行機がありませんから、ここも1つの分隊で1つの科でした。飛行長の(ローガン・)アレン少佐は金髪の伊達男でね。変わった経歴とあわせて女子部には人気でしたね」
「変わった経歴? たしか…」
「空軍から海軍航空隊へ移籍して来た組ですからね。でも水兵の間では海軍に移ることになった原因の方が話しのネタになっていましたね」
「というと?」
「飛行長は伊達男なりに空軍時代もモテましてね。ある時も、いつものごとく口説いて一夜を共にしようとした女性がいたそうですが、それがよりにもよって基地司令の情婦だったそうで。服も全部脱いで、さあこれから1戦という時に基地司令が現れて、ズボンも履かずに逃げ出して、その足で海軍航空隊の門を叩いたっておっしゃっていましたよ」
「本当ですか?」
記録では空軍と海軍航空隊の意思疎通の要員として空軍から出向し、後に移籍とあった。ローガン・アレン海軍少佐(当時)は、実家のターゲナム男爵家を相続したばかりであった。
「さあ、本当かどうかまでは私は知りません。しかし女子部とイザコザが起きた時には役に立ってくれる御仁でした。本人も『僕の美貌も使われないと無駄になるから、存分に使ってくれたまえ』なんておっしゃっていてね」
「女子部とトラブルなんて起きるのですか? たしか生活は区切られているのですよね?」
「そうですね。普通ならば女子部の方とは交流すらありません。しかし『便所が壊れた』など生活していれば普通の事が起きるでしょう。そういった場合、修理するのは地上ならば配管工を雇いますが海の上ではそうは行きません。工作分隊がやることになります」
それは艦内の別の部署でも同じである。
「しかし工事の仕上がりが悪いとか、工夫足りないとか、人間ならば色々と仕事のデキに文句をつける時もあります。そうなったら工作分隊の連中だって面白くありません。しかし男性同士ならば『紳士的な決着』で(と言いつつ元准尉は握った右拳を突き出す仕草をしてみせた)簡単に話しはつきますが、相手が女性ではそういったことにできません。そういった時に飛行長が出て行くと、話しが円滑に済むわけです」
「ははあ。しかし、それだと飛行科が乗り込むまでは大変だったのではないでしょうか」
「はい。まあ副長が怖い顔をして『ケンカ両成敗』と裁定して強制的に終わらせていました。元々がああいう性格の方で、乗組員からの憎まれ役となっても超然としておられましたが、飛行長が来られてだいぶ助かったのではないですかね」
副長の苦労の一端が見えたような気がした。
「その次に来るのが機関科です。第22~第24分隊がコレになります。機関長は中佐だったのですが、艦長交代を機会に本国艦隊司令部へ栄転されて機関参謀になられたはずです。そして第22分隊の分隊長だった(ジャック・)ウィーバー海尉が昇進と同時に機関長に補職されました」
ジャック・ウィーバー海軍少佐(当時)は兵学校時代から機関科を歩まれてきた苦労人である。練習戦艦という性格上<ブルーリーフ>には複数の機関が装備されていたが、それを使いこなせるだけの実力者でもあった。
「第22分隊が機関分隊で、蒸気タービンの面倒を見る分隊です。第23分隊が罐分隊で、そのタービンを回すために必要な蒸気を発生させる罐を担当します。<ブルーリーフ>の罐は重油専焼缶では無く、石炭と混ぜて焚く混焼缶だったため、石炭庫の面倒も見なければいけません。こいつが大変で、どの石炭庫からも均等に石炭を消費して行かないと、艦が傾いてしまうのです」
「それは重油でも同じではないのですか?」
「重油ならば送油機の開閉器1つで、どの燃料槽から重油を使うのかを選択できますが、石炭はそうはいかないのです。貧乏クジを引いた1人が石炭庫に入って、平らにならさなければなりません。しかも罐へくべるのも人力ですし」
「なぜそのような事になっていたのでしょうか? 海軍の艦は重油専焼缶ばかりだったでしょうに」
「いいえ、そうでもありません。戦艦や駆逐艦などは重油でしたが、運送艦や敷設艦など、まだまだ石炭で動く艦はいっぱいありましたから。練習戦艦としては、そういった艦へ配属されるかもしれない者の教育もしなければなりません。それと精神修養の役割もあったようです」
「つまり懲罰ということですか?」
「そうですね。機関科で悪い事をした者に罰として罐焚きを命じられることがあったようです」
「勝手に罰則を与えるのは、海軍規則に反すると思うのですが」
「規則ではそうですがね。軍艦と言うのは中甲板を境にして、上と下で世界が違いますから」
「世界が違う?」
「艦全体の責任者はもちろん艦長ですが、中甲板から下は機関長の領分となります。そこでは中甲板より上とは法則すら違う世界です」
「ちょ、ちょっと待ってください。他の部署の者でも中甲板から下の仕事もあるでしょう。そういう乗組員はどうなのですか?」
「他に中甲板から下の配置があるなんて、砲術科の弾火薬庫係ぐらいです。彼らも似たように単純に重い荷物を弾火薬庫から上げ続ける仕事ですからね。自分の領分からはみ出さないように仕事をします。あとは戦闘中に攻撃を受けた時に間接防御で走り回る内務科もいますが、内務科の仕事は機関科の協力がなければ成り立ちませんから」
「では機関長というのは意外と権力者なのですね」
「そうです。海軍内部では出世しにくい部署とされていますが、1隻の軍艦を見た場合は大きな権力者です。それに海軍を退官した後に再就職に有利な部署でもありますから。どこかの艦で機関長をしていたなんていう肩書を持っていれば、すぐに工場長ぐらいの席が転がり込んで来ますよ」
「ははあ。艦長になれないという話しで、なぜ機関科を目指す者が居なくならないかと思いましたが、そういった事があったのですね」
「同じく航海科だって再就職には困りませんよ。海運会社はどこだって人手不足ですから」
「ちなみに、逆に再就職に難しい部署という物はあるのですか?」
「それは砲術科ですね。なにしろ『声がでかければ誰でもなれる部署』ですから。市井の会社で技能が生かせる事はあまりありません」
元准尉はそう言ったが、砲術だって高等数学をこなさなければ自分も敵も動いている海戦では命中弾を得ることは難しいのだ。主計科や航海科に比べて計算能力が必要とされないという事ならば、元准尉のおっしゃる通りなのだが。
「第24分隊は機械分隊です。軍艦なんて機械だらけではないかと思うかもしれませんが、この場合の機械とは内燃機関のことです。<ブルーリーフ>には8基のディーゼル機関が搭載されていましたから」
「ディーゼル機関が故障したらドックに入るまでそのままですか? 狭い艦内で気筒を開けて内部機構を抜き出して整備する事は難しいと思いますが」
「それが機械分隊に言わせると『もちろん揺れて狭い艦内で、手持ちの工具で分解整備する』らしいですよ。もちろん船渠入りの時になるべく面倒を見てやるのですが、航海中で故障する事は珍しい事ではありませんでしたから」
「珍しくなかったのですか?」
驚いていると平然と元准尉は言った。
「8基あるでしょう。それが勢ぞろいで動くなんて船渠から出た直後ぐらいだったのではないですかね。どれか1つは故障して動いていませんでしたもの。先駆者たるプロニア帝国ではどうしていたか分かりませんが、少なくとも我が海軍の大出力ディーゼル機関はそういう調子でしたよ」
「それは初耳ですよ」
「まあ、あまり自慢できる話ではありませんからね。そういった機関の不調はすぐに艦橋へ電話があります。いま出せる最大速力を知らないと、敵に出会った時に『逃げる』のに困るでしょう」
「え、逃げるのですか?」
「まあ砲術科や水雷科は勇ましいから敵に突撃すると言うのでしょうけどね。練習戦艦という性格か<ブルーリーフ>では平然と『いざとなったら逃げられるから敵と対峙できる』と言っていましたよ。勇ましい将校には悪いですが、水兵としてはその方が気楽でしたね。ああ逃げていいのだってね」
「やはりケンカとは違いますか?」
取材を始めた時に聞かされえた威勢の良い話を思い出しつつ私は訊いてみた。
「違いはありません」
「え?」
「ケンカだって不利ならば逃げますし、態勢が悪ければ仕切り直すために一旦下がったりします。殴り合いですらそうなのですから、大砲やら魚雷を持ち出して行う海戦では、逃げたりするのは恥ずかしい事ではありません。最後に勝てばいいのです。それを分かっていない若い将校なんかは『突撃』しか命令しませんよね。そういう方は1人で突撃なさればいいのに、軍艦は将校も水兵も一蓮托生ですから、付き合わされる水兵はたまったものではありませんよ」
「なるほど」
歴戦の勇者に似合わない言葉に目を白黒するばかりだ。だが、そうやって生き残って来たからこそ今の彼があるのだろう。
「第25分隊は医務分隊です。兵学校には医務科がありませんから市井の医大を出た医師が志願や徴兵されて海軍医務将校になります。まあ大体外科の医師ですね。薬学部を卒業された方は海軍薬学将校に看護学校出身者は看護兵にそれぞれなります。戦艦みたいに大きな艦には医務科がありますが、軽巡洋艦ぐらいにはもういませんね。<ブルーリーフ>の医務科は他の戦艦よりも充実していました。それでも人数が少ないですから1つの分隊でした。分隊長は(エド・)スロップ軍医で看護兵まで入れて20人ぐらいの所帯でしたね」
エド・スロップ退役海軍医務大佐は代々侍医を務めるシューマッカー伯爵家の出身であるが本家筋では無いので爵位を名乗ることは無かった。海軍に入隊すると同時にシャーロット殿下の侍医として海軍医務少佐に任官した。
「珍しいところでは歯医者ですかね。<ブルーリーフ>には歯医者さんが居たのですよ。こればっかりは他の軍艦には無かったですね」
「すると他の艦で虫歯になると大変ですね」
「まあ大抵、派閥の長が抜いてやることになります。酷くなると軍医に手術してもらうことになります」
「町に居ても歯医者だけはお世話になりたくありませんからね」
「まったくその通りです。これで分隊は全部です。あとは艦内で警察の役をする海兵隊がいます」
「それは分隊とは言わないのですか?」
「ええ。普段は第4対空砲の砲員をしていますから、一見すると砲術科に所属しているように見えますが、別です。命令系統としては艦長から直に海兵隊隊長に繋がります。敵と撃ち合う時は砲術長が命令を代理して出しているという態になりますが、本当は違うのです。艦内で反乱があった場合、最後まで艦長を守るのが海兵隊の役割ですから。後に上陸作戦をする海軍の地上部隊も海兵隊と呼ばれるようになりますが、アレとは本質が違うのです。まあ軍艦から港に兵を派遣する時も海兵隊が行く事になりますから、まったく関係が無いと言うわけでもありませんが」
「警察というと、やっぱり乗組員からは避けられる物なのですか?」
「そうですね。陸の警官と同じですよ。私などは目を合わせるだけでケンカになったものです。海兵隊は(リチャード・)リットメイヤー隊長が仕切っていました」
リチャード・リットメイヤー海尉(当時)は後に海兵隊が海軍から独立した時に移籍し、最後は海兵隊大将まで出世される将校だ。副長のタートル少佐と同じで石部金吉の規則にうるさい将校だったと聞く。
「あと珍しい事に実験小隊が乗り込んでいました」
「実験小隊?」
初めて聞く言葉に私は眉を顰めてしまった。
「正式名称は別にあるのでしょうが、私らは実験小隊と呼んでいました。あの夏の船渠入りで<ブルーリーフ>にレーダーが装備されたのです。まだまだ初歩的な物でしょっちゅう故障していましたがね。その面倒を見るのが実験小隊の役割でした。技術畑の人が10人ばかり乗り込んでいて、その人たちがそれにあたります」
「ああ。レーダーですか」
「新兵器は良いのですが、その所轄でモメましてね。見張りに便利だから航海科に属するべきだとか、照準に便利だから砲術科に属するべきだとか、各科で取り合いましてね。通信科まで電波を使うならウチの所属だとか言うし、内務科だって電気を使うならウチのところだろうとか言うし」
「それは大変でしたね」
「私は気楽なものですよ。将校たちの言い合いを眺めている立場ですから。勝手に決めてくれっていう感じです。そこでシャーロット殿下が、新兵器だからどの部署にも属さない新しい科だ、という事にして一件落着ですよ。そういうことでレーダーは新参者だし、人数もまだ少なかったし、で実験小隊と呼ばれていましたね」
艦内編成を表に纏めてみよう。(いずれも階級などは当時のもの)
・艦長:シャーロット・ルイス海軍少佐(王姉殿下)最先任将校
・副長(主計長兼務):チャールズ・タートル海軍『冷や飯喰い』少佐(王姉配)
・航海長:ポール・ビンセント海軍少佐(子爵)
・内務長:ジョージ・リッケンバイヤー海軍少佐
・砲術長:レイ・ヴィクトリアズ海軍少佐
・副砲長:ロバート・ダニガン海尉(男爵)
・対空長:チャールズ・マクガイヤ海尉
・王姉親衛隊隊長:イーディス・オリアナ・ヘジルリッジ下級海尉
・通信長:ジョゼフ『教授』レイモンド海軍少佐
・飛行長:ローガン・アレン海軍少佐(男爵)
・機関長:ジャック・ウィーバー海軍少佐
・医務長:エド・スロップ海軍医務少佐
・運用員長:ジョン『メイガス』スミス准尉
・陸戦隊隊長:リチャード・リットメイヤー海尉
他にレーダー実験小隊




