第4部 砲艇<レディバード>(GL5)
転封された領地で活躍する特務掃海艇の航海長から、シャーロット殿下は砲艇の艇長へと転属された。
艇名は<レディバード>であり船体番号は(GL5)であった。
この砲艇にて殿下はマイーツ島事件に遭遇される。
★砲艇<レディバード>(GL5)のこと。
王都ケンブルを夜行列車で旅立って12時間後。まだ夜明けの燭光が乏しい時間に列車は西海岸のマージー中央駅へと滑り込んだ。
こんな時間だというのに林のように並び立つ煙突のドレもから黒い煙が上がっている。鋳物工場や冶金工場など、金属を溶かす炉は24時間火を落とすことはできないから、夜も生産が続くのだ。
いわばこの町では金属の都合の方に人間を合わせるのである。
私が工業で盛んなこの都市に来た理由は、もちろん取材のためである。
高台に位置する駅からは港が一望できる。朝日を受けてキラキラと光る波の先にはエドワドバーク島が浮いていた。
あれが中原戦争時代に量産された駆逐艦の級名のもとになった島である。戦争需要で船舶の建造や火砲生産が増え、相対的に電力が足りなくなって建設されたのがエドワドバーク火力発電所である。
その姿は特徴的である。駅前のここからでも平らで長く四角い建物に、4本の煙突が等間隔に並んでいる様子が見て取れた。
この姿が、当時量産が開始された駆逐艦にそっくりだと言う事で、最初はここら辺だけで<エドワドバーグ級駆逐艦>と呼ばれるようになった。その後、同型艦が増えて各地での活躍が広がるにつれて、この愛称が広まり、今では正式名称とされている。
本来は細かく分類すると(旧)A級9隻、(旧)B級108隻、(旧)N級150隻の3種類に分けられる合計267隻の艦級である。船体寸法などの要目もほとんど変わらず、兵装も同じような物なので、纏めてしまっても何ら問題は無い。
改めて見てみれば平甲板に4本の煙突は、たしかにこの発電所に似ている。さらに戦時中は屋上に陸軍の対空砲が据えられていたというから、より近しい姿であったことだろう。
時間が早いのでしばらく船渠が並ぶ港湾部を散策し、宿を取ってから約束した相手に会う事にした。
私が訪ねたのはこの町に居を構えるジョージ・アクロイド退役海軍少佐であった。
彼もまた王国海軍のトーリッジ管区に所属する艇に乗組んでいた。だが特設掃海艇みたいな小舟では無く、もう少し大きい砲艇<レディバード>(GL5)で航海長を務めていた人物だ。そして<レディバード>艇長時代のシャーロット殿下を知る人物でもある。
町全体が鉄錆で覆われたような都市マージーにあって、庭木の緑が特徴的な一軒家が元少佐の住居であった。
厳しい軍役で肺病を患って引退された方なので、声量に期待できない状態であった。よってこの取材は変則的な物となった。まず私が質問し彼が答える。しかし声が小さいので寝台脇に座られた夫人が身を乗り出してまでして彼の言葉を聞き取って、私へと伝えるという形式となった。
読者諸兄には幾分不自然な記録を提示する事となるが、こうしたやり取りの上で得た情報であることに留意していただきたい。また読みにくい部分があると思われるので、先に謝罪させていただく。
「まず、あなたが<レディバード>に乗組むことになった経緯をお教え下さい」
「兵学校を出た後は戦艦<ハンニバル>乗組みを命じられて、そこで航海術に磨きをかけました。翌年、順当に海尉心得に昇進しました。真面目だけが取り柄のつまらない人間でしたから、成績だけは優秀でした。それでキナ臭くなっていたシェーンハウゼン海方面へと配属されました。『武者修行』のことは知っていましたけど、最初は『とんだド田舎へ飛ばされたものだ』と思ったものでした。ジェイムザに駐留する南大陸艦隊分艦隊の砲艇<エイフィス>の分隊士がフリダシでした。後は同型艇の<コックチェファー>に2年いて、同じ<ナット>で昇進して<レディバード>で航海長になりました。ですからシャーロット殿下が着任した時は2年目の下級海尉でした」
「ずっとジェイムザに居たわけですね?」
「そうです。艇の乗組員の半分は、国籍は王国ですがジェイムザ出身の者ばかりでした。あの頃の砲艇戦隊はジェイムザのポート・ストークスを母港にして、シェーンハウゼン海をアッチにウロウロ、コッチにウロウロ。色々と雑事を押し付けられる役目でした」
「雑事とは?」
「アチコチの島で反乱などが起きるのです。『王国の施政に不満がある』という大義名分ですが、後ろにモイラ帝国が居るのは見え見えでした。現地に駐留している陸軍の<サーペンタインロックライフル連隊>と共同して鎮圧にあたるのが任務でした。アッチの島、次はコッチの島という風に。海の上でも漁船が襲われて『助けて』と無電が飛んできました。そういうのも見ないふりはできませんでした。特務艦隊の方でも掃海艇など出しますけど、我々も救助へ向かいました。武装船が海賊行為を行っているのが定番でした。さすがに砲艇相手だとすぐに逃げますが」
「シャーロット殿下が赴任されると聞いて、どう思いましたか?」
「戦隊司令に転属願を、もう1回書きました。毎年どころか半年に1回は転属願を書いていました。それでも『もう半年頑張ってくれ』なんていう空手形で騙されていました」
「本土に帰りたかったと?」
「里心がついていましたから。海尉心得から数えて7年近くジェイムザに居ました。でも、やっぱり『もうちょっと頑張ってくれ』と誤魔化されて<レディバード>の航海長を続けることになりました」
「シャーロット殿下の第一印象は?」
「本国での事情なんて知りませんでしたから『お姫さまが箔付のために艇長に補職されるのだな』ていどの認識でした。つまり実力の無い人間が上に立つという不安の方が大きくて、実際に会った時の印象なんてありませんでした。艇橋に立つ中で最先任は自分でした。すると手柄は全てお姫さまの物、失敗は全部コッチの物ということになると思われました。諸手を上げて歓迎する気分ではありませんでした。もしかしたら親の仇ぐらいの目で睨んでいたかもしれません」
「もう少し詳しく、赴任された当日の話は訊けるでしょうか?」
「秋の人事で、人の出入りが多くありました。砲術長は中央海へ転任だと聞いて、舷門まで送りに行きました。戦艦と違って砲艇は小船です。ですから岸壁につけて補給などできるのです。舷門でお別れの挨拶をしたら、海兵隊の隊長が号笛を吹いて、みんなに見送られながら退艇して行きました」
「みんなですか?」
「砲艇は小さな船ですから将兵たちが家族的な繋がりを持ちますから。で、背姿を見送っていると反対に本部建物の方から女子部の将校が歩いて来るのが見えました。半歩後ろに小さな鞄を持った侍女を連れていました。2人がすれ違うという時に、砲術長がしゃっちょこばって敬礼したので、なんだろうと思いました。女子部の将校はそれに答礼してから舷梯を渡って来ました。もちろん門番役の海兵隊隊長が誰何しました。そうしたらそれがシャーロット殿下だったというわけです」
「驚かれましたか」
「はい、もちろんです。慌てて艇長室に、艇長を呼びに行きました。艇長がおっとり刀で出てきたところで海兵隊隊長が号笛を吹きまして、将校全員で出迎えました」
「侍女を1人連れて、ですか?」
私の再確認に元少佐は頷いて答えられた。
「身の回りの世話をする者だと言っていました。彼女はほとんど艇長室へ籠り切りで意識したことはありませんでした。もうお歳を召したご婦人で。立ち振る舞いが優雅でしたから、もしかしたら名家の出身だったのかもしれませんが」
「他に王姉親衛隊などは乗り込まなかったのですか?」
「そういう組織があることは知っていましたが、私はジェイムザで会ったことはありませんでした。任務上、陸軍の連隊から精鋭が1個小隊派遣されていて、彼らも乗組んでいました。海軍の海兵隊も居るし。アレ以上兵隊を乗せたら転覆してしまったのではないでしょうか? なにせ沿岸用の砲艇でしたから、乾舷が4ペデース(約1・2メートル)もありませんでした。その代わりに上部構造物がお城のように立派で。もちろんハッタリでした。薄い鉄板でできていますから、ゲリラの密造銃ですら貫通しました。さすがに危ないとなって、後に防弾板をベタベタと張りました」
「よい機会です。砲艇<レディバード>がどのような艇だったのか教えてください」
「細かい記録はそちらに」
元少佐の骨ばった指がベッド脇に置かれた書き物机を示した。夫人がそこから1冊のノートを私へと渡してくれた。
そこには砲艇<レディバード>の記録が記されていた。
「戦後に自分の記録を書き残そうと、艇ごとに1冊ずつ書き記した物です」
元少佐はそう述べられたが、航海科はメモが暗黙の了解で許されていると聞いていたので、そういった物を纏めた物だと想像がついた。
その最初のページにはこうあった。
砲艇<レディバード>
量産された沿岸用砲艇の1隻
基準排水量600トン
全長240ペデース(約72メートル)
最大幅37ペデース(約10・3メートル)
お城みたいな上部構造物に騙されるが喫水は4ペデース(約1・2メートル)しかない
これは沿岸用のため。喫水が浅いため砂浜ギリギリに寄せて陸軍を援護ができる
主罐バブルコック社式3胴型小型重油専焼罐を2基搭載
本国ならば石炭が採掘されるので石炭焚きだろうが、ジェイムザには(石)油が湧くので(補給に便利だから)重油専焼罐を選択した物と思われる。よって大きさの割に大出力であった
主罐の蒸気で3段膨張式往復機関を動かして2基の推進器を回す
公式記録では最高速度が12ノット(約時速22キロメートル)とあるが、それは1番艇<エイフィス>の記録であり、<レディバード>はもう少し調子が良くて16ノット(約時速30キロメートル)出せた
最後の記述に意外な物を感じて私は質問した。
「同型艦でもそんなに個体差があるものなのですか?」
「昔の機械でしたから。いまの大量生産される自家用車だって当たり外れがあるでしょう。ああいう感じです。乾舷が低いから外洋航行に不便が無いように、つまり波が切れるようにと船首楼がありました。錨作業は、その船首楼の中でやりました。その後ろに60キュビト(約30ミリメートル)対空機関砲1基があって、そこから大砲が並べてありました。戦艦の副砲と同じ6ネイル(約150ミリメートル)単装砲を1基、背負い式に3ネイル(約75ミリメートル)単装対空砲を1基。艇橋と煙突、主檣を挟んで、背負い式に3ネイル単装対空砲と6ネイル単装砲と、全体的に見て山形になるように装備していました」
「60キュビト対空機関砲は前甲板に? 主砲と同じ高さですか?」
「はいそうでした。しかも前は船首楼、後ろは6ネイル砲に挟まれていますから、射角は狭い物でした。それと艇橋の両脇に15キュビト(約7・5ミリメートル)機関銃が前後左右を狙って1挺ずつありました。これは陸軍の軽機関銃と同じ物でした。弾丸が同じだったので、足りなくなったら融通し合っていました」
「戦車よりは強そうな感じですね」
「どうでしょう。戦車は敵の弾をはじく装甲板でできていますが、砲艇には(装甲が)ありませんから。まともに撃ち合ったことはありませんが、砲艇の方が不利だと思います」
「<レディバード>でのシャーロット殿下の勤務などは、どういった感じでしたか?」
「もちろん真面目な方でした。着任当日から色々と指示を出されました。こちらは座学しか知らないお姫さまが頭でっかちに色々言うのだろうと舐めてかかっていました」
まあ、その考えを否定することはできないだろう。
「殿下は、まず艇橋の両脇にある機銃の1つを船首楼の先端に移設させろと命じられました。(砲艇は)小さくても内務科がありますから、そのぐらいの工作は自分たちだけでできました。まわりに土嚢を積み上げて、けっきょく立派な銃座を作りました。反対の1挺は煙突の後ろに移して、そこにも土嚢で銃座を作りました」
「それはドコの機関銃ですか?」
「艇橋の前を向いている2挺です。後ろの2挺は弄りませんでした。私たちは『こんな小細工、何の役に立つのだろう』なんて噂し合っていました。でも実際に武装船を追いかける時などは役に立ちました。何せ周りに何も無いところにある銃座ですから、(目標が)右や左へと逃げても銃撃を浴びせる事が可能で、とても便利でした。1回2回と場数を踏むうちに、ひょっとして肩書だけのお姫さまじゃないのかなと気が付きました。出港が3回目を数える頃には、本当の艇長となっておられました」
「では操舵もご自分で指揮されていたのですか?」
「はい。最初だけは私が舵を預かって操艇しましたけど、後はご自分で。しかも、いくら小さくても海軍艦艇ですから、艦内の編成は当直制でした。右舷と左舷の2交代制です。艇長はソコに含まれませんから、朝夕に艇橋へ顔を出せば仕事をしたということになりました。もちろん事が起これば、そうは行きませんが。それまでの艇長もそうやって来たのですが、シャーロット殿下は違いました」
「というと、普段から任せっきりで顔を出さないという事ですか?」
「逆です。艇橋に椅子を持ち込みまして、そこに1日中ずっと座っていました。港に居る時はそうでも無いのですが、航海に出たらずっとそこに座っていました。ですから当直は緊張しました。夜中に眠気に負けそうになっていると、急に後ろから『おい、今の艇位は?』など訊かれて、冷や汗を掻きながら振り返ったりすることが何回もありました」
「それは大変でしたね。ずっとシャーロット殿下は起きていらっしゃるのですか?」
「いいえ。海図台の予備の机を前に置いて、そこへ頭から雨合羽を(筆者注:当時支給されていた王国海軍の雨具は黒いゴム引きのポンチョであった)着てうつぶせになって動かなくなるのです。多分アレは寝ていたのだと思います。食事もその机で召し上がりました。料理長に簡単な軽食を作らせて届けさせるのですが、そういう物ですから王族の方が口にするには粗末で簡単な物でした。お茶もそこで頂くのですが、それも魔法瓶に詰めた簡単な物でした。お茶請けは水兵からも人気の無かった缶詰のビスケットでした」
「ずっと、おられるのですか?」
「はい。ですから私らの方が士官室で贅沢な物を食べていることになりました。でも用事があれば艇橋に必ずいるので、みんなは(捜さずに済んで)助かりました。ただ朝食だけは艇長室に籠っている侍女の方と一緒に摂られていました。その時間だって30分ほどでした。あとの23時間30分は艇橋に居続けるのですから、たいしたものでした」
「それでは最初に感じていた箔付という印象は違ったわけですね?」
「そうです。こう言っては何ですが男性だってあそこまで頑張る将校は居ませんでした。少なくとも私には難しい事でした」
「実際の戦闘は経験されたのでしょうか?」
「はい。武装船を拿捕する時などは、海兵隊や陸軍の兵隊が乗り込んでいく役目なので、私たちの仕事はあまりありませんでした。しかし冬になったら向こうは飛行機を持ち出しました。こいつが漁船に嫌がらせをしました。最初は低空飛行で脅かすだけだったのですが、その内にレンガとか拳大の石などで『爆撃』をしてくるようになりました」
「本物の爆弾では無いのですか?」
「本物の爆弾や機関銃による掃射はありませんでした。本物を持ち出すと、こちらの空軍が出動する事を知っていたのでした。飛んで来るのはモイラ帝国の水上偵察機でした。向こうの正式名称で<94番軍用機>と呼ばれる、こちらの情報本部が<サリー>と名付けた、複葉機に浮舟がついている水上機でした」
モイラ帝国が保有した<94番軍用機>は、かの国で最も普及した水上偵察機として活躍した。
「最初に出くわした時はビックリしました。なにせ、それまで対空戦闘なんてやったことがありませんでしたから。いつも相手にしていたのは武装船か、陸上の反乱部隊でした」
「空に敵はいなかったということですね」
「それまでは、です。艇橋見張りが『所属不明の飛行機が近づいてきます』と叫ぶので、最初は我が空軍の練習機か何かと思いました。見ると明らかに<サリー>でした。でも所属を現す表示は一切ありませんでした。国籍マークどころか製造番号まで機体の色に塗りつぶしていました。外交問題になっても『確かに我が軍で使用している水上偵察機に似ているが、当該機はわが国には存在しない。我が国の飛行機は性能が良いから、第3国が似たような飛行機を開発したのではないでしょうか』というように言い逃れをするためでした」
「それでは所属が分からないと言う事ですね」
私の念押しに元少佐は小さく頷かれた。
「ですから操縦桿を握っているヤツを捕まえないと意味がないのです。でも、相手は空の上ですから手が出せない。見上げるだけで、それは悔しかったです」
「初めての対空戦闘はどのような感じだったのですか?」
「先ほど申した通り、シャーロット殿下はずっと艇橋に居ますから、報告を聞いてすぐに立ち上がって相手を確認しました。見た途端に『両舷全速』からの『対空戦闘』の号令でした。とは言っても戦艦みたいに対空砲がハリネズミのようにありません。対空砲が2門に、対空機関砲が1門。あと機関銃が4挺でした。乗り込んでいる陸軍の兵隊も機関銃分隊の機関銃を甲板で用意しまして、もう1挺加わりました。あと手隙の人間はあるだけの小銃を持ち出して、空を狙いました」
「相手は複葉機ですよね?」
「複葉の水上機と言っても飛んでいる時は54ノット(約時速100キロメートル)ぐらい出ていますから、レンガでも頭に当たったらタダではすみません。ですから脅威ではあったのでした。遠くをゆっくりと旋回して、艇の後ろに回り込んだところで真っすぐコチラに突っ込んで来ました。例えが正しいか分かりませんが、走っているトラックの荷台へボールを投げ込もうとするなら、横からより後ろから追いかけて放り込んだ方が確実でしょう。ああいう感じで後ろから襲ってきました」
たとえ話のお陰で私は素直に頷くことが出来た。
「シャーロット殿下は向こうがコチラに真っすぐと向かい始めたら『面舵』を号令しました。砲艇というのは喫水が浅いから、例えるなら洗面器みたいな物でした。水に浮かべた船の模型だと、船尾を押してもなかなか横を向いてくれませんが、これが浮かべた洗面器だったら軽く回ってくれるでしょう。アレと同じで舵はすぐに利いて艇首は右を向きました。横を向いたところで『撃ち方はじめ』の号令がかかりました」
これが殿下が1隻の長としての初めての(対空)戦闘である。
「対空射撃と言っても、専用の方位盤があるわけではありませんでした。艇橋にある2パッスース(約180センチメートル)測距儀で、砲術長が目標との距離を測って数字を怒鳴るのです。その数字を聞いて砲側に貼ってある諸元表を見て砲弾の信管をセットして、後は照準器を覗いて撃つわけです」
私は想像してみた。低い乾舷の甲板上で旋回する対空砲が、敵機に向けて長い砲身を振り上げる様を。
「でも、本当の戦争が始まってから身に沁みますが(対空射撃は)当たりはしませんでした。お祭りを知らせる花火のように丸い煙が見当違いの所でポンポンと浮かびまして、対空砲の狙いが合っていないことは明らかでした。対空機関砲や機関銃だと、曳光弾でどこへ弾丸が飛んで行くのか目で追えますから、まだ近くまで飛んで行きました。けれど、まるで磁石の実験のように、触れるか触れないところまで飛んで行くと、スイッと逸れてしまいました。当たらないから悔しかったです」
対空砲火の命中率は1割にも満たないことが戦前の実験で分かっていた。それが改善されるのはレーダーなどの新兵器が開発されてからである。
「しかも困ったことに航海長としては、何もやることはありませんでした。舵は艇長が執っていますから、ただ艇橋で震えていました」
「そんなことは無いでしょう」
私が慰めの言葉をかけると、元少佐は小さく咳交じりの笑い声を漏らされた。
「いえいえ。嘘をついても意味がありませんから、正直に言います。あの場面で私は役立たずとなっていました。そうこうしているうちに所属不明機がレンガを落としました。投下装置みたいな物を使うのではなくて、後席に乗った搭乗員が手で放り込んで来ました。でも舵を切っていたのが幸いでした。レンガは<レディバード>を飛び越えて、左舷に外れて水柱を上げました」
いくら小船であろうとレンガぐらいでは沈められないと分かっていても、相手の攻撃が外れたと聞いて私はホッとした。
「コチラもただやられるのではなくて、頑張って対空射撃を続けるのですが、いっこうに当たりませんでした。所属不明機は<レディバード>の後ろを右舷から左舷へ横切るように航過しました。すると撃つのに夢中になった前甲板の60ネイル対空機関砲が、機影を追って旋回を続けていました。横に相対した状態から、ドンドンと後ろに向いて、気が付いたら砲口が艇橋を向いていました」
「え?」
「砲術長が悲鳴のような声で『撃ち方止め!』と怒鳴りながら床に伏せました。気が付いたら艇橋の全員が床に頭を抱えて伏せていました。堂々と立っているのはシャーロット殿下だけでした。現状を理解していないのではなく、床に這いつくばるぐらいなら味方であろうと撃たれても良いという態度でした。ご立派でした」
「それが王家に生まれた者の矜持と言うわけですね?」
「そのようです。幸い照準器を覗き込んでいた射手が(艇橋が視界に入ったことで)照準器が暗くなったので撃つのを止めてくれたので、同士討ちということにはなりませんでした。所属不明機は、レンガが足りないのか、あまりしつこくしていると無線で空軍を呼ばれると思ったのか、1回だけで去って行きました。ヤレヤレと一息つきながら私はシャーロット殿下に訊ねました。『慣れていらっしゃるようですが、どこで対空戦闘を経験なさったのですか』と」
「そうですね。まだ開戦前ですから実戦すら珍しいはずですから。で、なんというお答えだったのですか?」
「シャーロット殿下がおっしゃるには『私は長く練習戦艦に乗っていて、本国の空軍や海軍航空隊の爆撃演習の的の役ならば何回も経験していたから、それを応用しただけだ』と」
「では過去の経験が生きたというわけですね」
「そのようでした。もう我々は舌を巻く一方でした。若くして艇長に補職されましたが、実力が伴っていらっしゃったわけです」
「対空戦闘は、それ1回だけですか?」
「いえ、毎週のように空襲はありました。<レディバード>だけではなくて掃海艇なども狙われました。結局、撃墜する事はできませんでした」
★<マイーツ島事件>のこと。
「それでは、そろそろ例の事件の事を訊いてもよろしいでしょうか?」
私が水を向けると、元少佐は眉を顰めて語り始めた。
「(聖歴21)64年の9月にピャスト王国が高地諸国に攻め入って戦争が始まったと、通信長から報告がありました。これは大変な事になったと<レディバード>の艇内でも水兵たちが動揺していました」
前の中原戦争でプロニア帝国から独立を回復したピャスト王国は、国王ヴァーツラフ4世が急進的な陸軍将軍たちを抑えきれない形で高地諸国へと攻め込んだ。
時に聖歴2164年9月1日のことであった。
開戦理由は高地諸国との国境線はプロニア帝国時代に線引きされた物であり、本来の伝統的な国境線を取り戻すためであった。ピャスト王国の将軍たちはそれが許せなかったのである。
これに対して列強諸国は静観する立場を取った。各国とも前の中原戦争で人口分布が歪むほどの戦死者を出しており、この戦いは交渉で終わらせることのできる「紛争」という見識だったのだ。
隣国であるプロニア帝国は、我が王国に対して非難声明を出した。なにせ再び帝国に併呑される事を恐れたピャスト王国は、反対側に位置するプリュメール共和国や、海峡を挟んで位置する我が王国と同盟を結んでいたからである。
対するプロニア帝国も偉大洋の反対側に位置するモイラ帝国や、王国と摩擦を生じていたラマン聖王国と同盟を組んでいた。
当初は王国側とプロニア帝国側は、この度の紛争に対し中立を維持する事で合意した。それほど前の戦争の傷は深かったのである。
「でも、アレでシェーンハウゼン海も騒がしくなってきました。漁船が襲撃される事件は多発するし、アチコチの島で暴動が起こるし、天手古舞になりました。所属不明機の空襲も多くなりましたし、一度なんか所属不明の潜水艦とバッタリ出くわした事もありました」
「もう現場では戦争が間近だと感じられたのですか?」
「はい。潜水艦などは戦争の下見に来ているわけです。アチコチからの無電に東奔西走している内に砲艇戦隊司令のエイダム少佐から通信が入りました。マイーツ島で大規模な反乱が起きたという内容でした。ええと、たしか受信したのは金曜日でした」
元少佐は私が手にしているノートを指差された。私がページをめくると当時のカレンダーが記されており、22日の金曜日に赤い印がつけられていた。
ジョージ・エイダム2世退役海軍少将は、当時の南大陸艦隊分艦隊で砲艇隊司令として砲艇<シカーラ>に乗り込み、現地の指揮を執っていた人物である。
「通信を受けて付近の海軍艦艇が総出でマイーツ島に鎮圧へ向かいました。翌朝に到着したら、島中から黒い煙が上がっていました。それは現地人の反乱勢力が行った大攻勢でした。反乱勢力はモイラ帝国から古くなった野砲まで手に入れていましたから、通常の陸軍部隊と戦える規模でした」
「それまでのゲリラとは違ったわけですね」
「これではいけないとエイダム少佐(当時)は海軍艦艇に民間人を救助して南のサーペンティン島へと避難させるように命じました。陸軍の兵隊たちは勇敢に上陸して行きました。その空いた甲板に、地元の大規模農園で働いている民間人たちを乗せました。そこで暮らしていたわけですから、老若男女さまざまな人がいました。それが手荷物程度の物しか持たずに避難して来ました」
いつでも被害を受けるのは民間人である。
「<レディバード>にもたくさん乗せました。甲板が一杯で砲の旋回が難しくなるほどでしたが、シャーロット殿下は1人も零さず乗せるのだと言って粘りました。もう村の近くまで砲声が聞こえて来ているのに、海兵隊に命じて残されている者がいないか捜しに行かせたほどでした」
「そこは女性らしい気遣いですね。男性の指揮官だと、そこまで行う方は、あまり居ないと思われますので」
「そうですね。同型艇の<マンティス>や<モス>だって一杯に乗せましたが<レディバード>程ではありませんでした。その2艇が先に出港して、港には<レディバード>が残されました。煙突の横に立った砲術長が双眼鏡で海兵隊からの合図を見て、示された目標へ前後にある6ネイル砲を撃ち込んで、撤退を助けました」
「逃げの1手だったわけですね」
「最後に戻って来た海兵隊の隊員はネコを抱えていました。<レディバード>に避難して来た一家の飼い猫だけが、家に取り残されていたのです。その最後の兵が、岸壁と舷縁に渡した木の板を渡ったのを見て蒸気(出力)を上げました。後ろからは手に武器を持った反乱勢力の兵が押し寄せて来ました。それに向けて機関銃を浴びせました。殺傷目的というより脅かす方が大きい理由でした。反乱勢力が伏せている内に港を出ることができました」
「本当にギリギリの最後まで粘ったのですね」
「はい。おかげでその後に陸軍は、港へ押し寄せた反乱勢力を横から攻める形となって、戦闘で有利になったと聞きました」
「粘ったかいがあったということですね」
「はい、そうです。避難民を一杯に乗せた<レディバード>は、指示通りサーペンティン島を目指そうという事になって、速力を上げました」
時間からして凪の海を<レディバード>は進んだはずである。
「港を抜けて水道に差し掛かりました。その時に反対側から見慣れない船がやって来るのが視界に入りました。艇橋では『味方の駆逐艦かな?』などと話しました。近づくと船尾に揚げることになっている国旗も無いし、所属を示す番号も何もありませんでした。アレです。飛行機と同じでした。とうとう潜水艦どころか駆逐艦までやってくるようになったわけです」
「驚きましたか?」
「もちろんです。慌てて情報本部が配っていた識別表を引っ張り出しまして、アイツは何者だと話し合いました。たぶん我が海軍で言うところの<船首楼型駆逐艦>と同世代のモイラ帝国海軍の艦だろうと意見が一致しました。それならば全艦が哨戒艇になったとか配備はどこそこだとか、識別表には全部書いてありました」
現在も毎年更新されている識別表は軍秘扱いの物である。だが当時の識別表は、時間の経過もあり軍秘指定を外れて、公文書館で閲覧する事が可能となっている。
「それだけではなく武装は魚雷を降ろして4ネイル(約100ミリメートル)単装砲が4基と機関銃数挺ともありました。だとしたら恐がる必要はありません。なぜなら<レディバード>の主砲は6ネイル(約150ミリメートル)砲でしたから。こちらの方が大きい砲を積んでいました。射程も破壊力もこちらが上でした」
「数が違うと思うのですが」
向こうが4門で、こちらが2門である。
「いずれにしても装甲があるのは巡洋艦以上の艦船ですから。小船同士での争いならば射程の長さは大きい物です。こちらが誰何の信号を送ると『我が国の法律を犯したと思われる容疑者を匿っている疑いがあるので臨検する』と返事が返ってきました。つまり事実上の停船命令でした。シャーロット殿下は海図台の所へ行って現在位置を確認しました。何度見ても公海上だったので、それを理由に拒否すると、これ以上の問答は無用とばかりに撃ってきました」
「警告は無しですか」
「こちらの拒否と同時に発砲でした。ビックリしました。もう相手の見た目が、どう見ても軍艦でした。それが小さな砲艇とはいえディスランド海軍に籍を置く艦艇に向かって発砲して来たのですから」
この砲撃がマイーツ島事件の始まりとされている。
「シャーロット殿下の判断はすぐでした。すぐさま『反撃開始』でした。なにせ『見敵必殺』は我が海軍の精神でしたから。先ほどまで艦砲射撃で撤退を援護していたので、主砲の準備は万全でした。1発目から命中弾がありました。ドンドンと近づきながら撃って、3ネイル(約75ミリメートル)対空砲も届く距離になって一緒になって撃ちました。対空機関砲や機関銃だって撃つつもりでした」
「士気は高かったのですね」
「はい、そうですね。向こうは艦首から艦尾まで被弾して、たまらず逃げ出しました。向こうも撃ってはいたのですが、見当違いのところに落ちて水柱をあげていました。こちらはイイ気分になって、逃げだした航跡を追い始めた頃でした。向こうの後甲板にある4ネイル砲の砲弾が運悪くこちらの艇橋に命中しました。あれは向こうにとってもマグレ当たりだったのでしょう。命中の瞬間は私も艇橋に居ました。爆風に飛ばされて、気が付いたら床の木格子に倒されていました」
「ケガはなされたのですか?」
「私は幸い転んだ時の擦り傷だけでした。慌てて起きると艇橋左舷の高欄が無くなっていました。そこが砲弾の命中した場所でした。半ば呆然と立っていると見張員の1人が悲鳴のように『艇長!』とシャーロット殿下を呼びました。そういえばシャーロット殿下の姿が見当たりませんでした。機関砲の砲口を向けられても伏せなかった方です、立っていなければいけませんでした」
その言葉にシャーロット殿下に対する全幅の信頼が垣間見えた。
「見れば羅針盤の所で殿下はうずくまっていました。慌てて駆け寄ると『航海長か。やられたよ』と右手で押さえた左腕を見せられました。肩口より下の上腕部が軍服ごとザックリと裂けていました。爆発した砲弾の破片がソコを切り裂いたのでした。慌てて私は自分のベルトを外して、ソレでシャーロット殿下の腕を縛って止血しました」
海軍将校は応急手当も座学程度には修めることになっている。
「傷は深くて、なかなか出血は止まりませんでした。傷口から白く見えたのは骨だったのかもしれません。それがチラリと見えました。しかし戦艦と違って砲艇には医務科は乗り込んでいませんでした。怪我をしても1個しかない救急箱だけで手当てしないといけませんでした」
「それでは大変だったでしょう」
「ドンドン血が出て来て木格子が赤くなっていきますし、シャーロット殿下は気を失ってしまうし、大変でした。明らかに出血多量による気絶でした。とりあえず私は最先任将校として、これ以上は所属不明艦を追う事を止めて、避難民を送る予定だったサーペンティン島へ針路を取りました。後は何もできないと思っていました」
「何もできないということは無いと思いますが」
「アレだけ出血されると生命の危険すらありました。でも私にできることはもう無いので動揺しました。もっと後に、戦争が本当に始まってから、目の前で何人もの部下の死に目に遭いましたけど、あれが初めてでしたから。しかし『他人への親切は決して無駄にならない』(訳者注:日本語の『情けは人の為ならず』)とはよく言ったもので、避難民の中に医者がいました。風土病の研究に本国からやってきた内科の先生だったのですが、外科もこなしてくれました」
「ああ、それで」
納得した私の声に頷き返して、元少佐は言葉を続けられた。
「その方の尽力で生命を落とすどころか、腕の切断さえしなくてよくなってホッとしました。縫合して麻酔で眠らせた後は、艇長室にいるお付きの人に任せてしまいました。私は<レディバード>の針路だけに集中しました。夜分にサーペンティン島の港に入ることができました。艇長を真似するわけではありませんが、私は艇橋の椅子にずっと座って指揮を執りました」
「貴重な事件の証言ありがとうございました」
「別に秘密でも何でもありません。色んなところでした話です。司令部にシャーロット殿下の負傷を報告したら、エイダム司令が顔色を真っ青にして飛んできました。シャーロット殿下のご容態を確認すると、まるで攫うように島の病院へ連れていかれました。後は分かりません。私はそのまま先任将校として<レディバード>を預かり、翌月になって別の海尉が艇長として赴任して来るまで艇橋で頑張りました」




