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第3部 特設掃海艇<ファイヤーボール>(QMSp95)

 領地を転封されたシャーロット殿下は、当該地に展開する掃海艇隊への転属が命ぜられた。

 殿下が乗り込まれたのは、元漁船である特設掃海艇であった。王族が、ましてや女系であられる殿下が乗られるのには、あまりにも小さな船であった。

 艇名は<ファイヤーボール>であった。現地の方言で「怒りやすい人」という意味らしい。登録された船体番号は(QMSp95)である。




★特設掃海艇<ファイヤーボール>のこと。


 王国本土からジェイムザ大陸まで、現代では民間航空路が開拓されている。私もパロ島とグランドテール島で給油をしたジェット旅客機<メテオール>で、定刻通りにジェイムザのポート・ストークス飛行場に到着した。

 扉を出た途端に南国の鮮やかな陽光が目に眩しい。入国手続きを終えて表に出れば、この地方特有の屋根しかないタクシーが何台も客待ちをしていた。

 南国情緒の溢れるヤシの木などが植えられた通りを抜けて、空港からポート・ストークス港へと移動した。

 そこからは定期船でシェーンハウゼン海を渡って、かつての王姉領へと至った。弧状列島と呼ばれる群島の中心的な役割をしているのはイリヤン=パプーア島である。島の産業はゴムなどの大規模農場の他に漁業がある。そのとある小さな港町で、私が会いたかった人物は暮らしていた。

 地元で漁師をして暮らしているチャールズ・フェイム退役海軍水兵である。

 南方の漁師らしく日に焼けた肌でガッシリとした筋肉を包んだ、老齢に至っているが、いかにも海で頼りになりそうな男性であった。

 彼は王国海軍のトーリッジ管区に所属していた特設掃海艇<ファイヤーボール>(QMSp95)に機関兵として乗り込んでいた。

 シャーロット殿下がトーリッジ管区の「漁業保護作戦」へ参加していた時代を知る人物でもあった。

「まず、あなたが<ファイヤーボール>に乗ることになった経緯をお教え下さい」

「難しい話ではありません」

 南方独特の訛で彼は話し始めた。

「もともと私が船長(キャップ)従兄(イトコ)だっただけです。この辺りでは親戚を船員として迎えることが多いのです。機関担当だったのも、たまたま機械いじりが得意だっただけです」

(筆者注:本来はもっと南方訛をした言葉で語られたが、読者諸兄に配慮して、なるべく標準的な言語に直して記したいと思う)

「というと<ファイヤーボール>はもともと民間船だったのですね?」

「ええ、ええ。普通の底引き網漁船ですよ。世の中が物騒になる前は、同じ港の<マイ・ディア・メアリー>と一緒に魚を捕っていました」

「だとすると、徴用船というのは海軍に徴用された時に名前が変わらない物なのですか?」

「きっとそうなのでしょうね。後になってから書類に書く時は船体記号で書くようにと言われて、理由を訊いたら『海軍に同じ名前の船ができたから、ややこしくならないようにしろ』ですもの。こっちが先に名乗っていたのだから遠慮してほしかったですね」

 そう言って厳つかった顔をクシャリと歪めて、好々爺(こうこうや)といった笑顔を見せた。

「なぜ<ファイヤーボール>という名前だったのです?」

 漁船ならそれこそコンビを組んでいたと言った<マイ・ディア・メアリー>などの名前の方が一般的のはずだ。

「親父さん(先代の船長)が借金をして<ファイヤーボール>を建造したのですがね。そこのおかみさんが、まー、すぐに怒ってフライパンを振り回すような人で。『すぐに怒る人』をここら辺では『火の玉(ファイヤーボール)』という風に呼ぶので、それで。ついでに『マイ・ディア・メアリー』も、向こうの先代の船長(キャップ)のおかみさんの事でした。どんな美人だろうと思うかもしれませんが、私が乗り込んでいた時点でシワシワのお婆ちゃんでしたよ」

「なるほど船名については解りました。それでは<ファイヤーボール>が実際どのような船だったのかを教えてください」

「ただの漁船ですよ」

 同じ事を繰り返して、彼は南方の漁師らしく軽い調子で言った。

「普通の漁船です。ただ、ヤクザ者が乗った船が仲間の漁を邪魔するようになってきたので、誰かが守る必要が出てきたわけです。海軍さんも駆逐艦などを派遣してくれるという約束でしたけど、やっぱり自分らを守るのは自分らという事で、選ばれた漁船を武装して護衛船(エスコート)にすることにしたわけです。それと海軍さんの『漁業保護作戦』と考えが一致したわけですよ。それで私らが乗っていた<ファイヤーボール>が特設掃海艇ということで、海軍さんに雇われることになったわけです」

「ええと? つまりフェイムさんは漁師から海軍の軍人となったわけですか?」

「そうです。海軍に徴用された漁船、その乗組員という立場です。命令はトーリッジ管区から受けて、武装した漁船自体は特務艦隊所属。そして私ら乗組員は商船隊に身分を保証されているわけです」

「随分とややこしい事になっていたわけですね」

「まあ口に出して言うとそうなりますね。でもそうやって国や海軍が漁師から漁船を取り上げることが無いようになっているわけです。結局は武装した漁船に、元の乗組員が乗って命令を受けて仕事をするわけですから。これが全員とも艦隊所属になると、人事の都合で別の船に乗るように命令されて、自分の財産だったはずの漁船から降ろされることになりかねません。平和な時代なら無傷で漁船が返って来るでしょうから問題はないですが、戦争だとそうはいかないことの方が多いですからね」

「自分の漁船ならば責任を持てると」

「ええ、ええ。まあ(漁船の)扱いも慣れていますし。もちろん損傷した時などの保証は<商船隊>司令部の方でやってくれますしね。まあ沖に出ると戦争じゃなくても命がけですけどね」

「そうやって選ばれた船は何隻ぐらい居たのですか?」

「全部で30隻ぐらいですかね? すみません、そこまでは詳しくないのです。だいたい10隻ぐらいの武装した漁船で1個掃海艇隊とされて、3個掃海艇隊でポート・モーズビー特設掃海艇戦隊となったわけです」

「それぞれ同じ船だったのですか?」

「いや全然違う船ですよ。それぞれの船長が地元の船大工に頼んで建造した漁船ですもの。ウチのところの船長(キャップ)は二代目でしたけど。まあ特設掃海艇なんて十把一絡げに呼んではいますけど、実態は地元の漁船の寄せ集めでしたから。それに掃海艇と名ばかりで、何でもやりましたから」

「なんでもですか」

「ええ。たまに夜中に機雷が仕掛けられたとか言って、掃海具を使って掃除をしました。けど、やることは漁船の時と同じなわけですよ。(海)底を引き摺る物が(漁)網なのか、掃海具なのか、それだけの違いですね。あとは何でもやりましたね。対水上戦闘から対空戦闘まで経験しました。爆雷も2個だけですが載せていたので、相手が潜水艦だって怖くなかったですね」

「武装もそれぞれに違ったのでしょうか?」

「その通りです。なにせ排水量からして違うので、同じ武器を積めなかったのです。特に<ファイヤーボール>は下から数えた方が早いぐらいに小さな船でしたから」

「どのような武装をしていたのでしょうか」

「一番大きな艇だと3ネイル(約75ミリメートル)対空砲を1本(門)積んでいましたね。私たちの<ファイヤーボール>は、前甲板に60キュビト(約30ミリメートル)機関砲1つと、後ろに15キュビト(約7・5ミリメートル)機関銃を1つ載せていました。他には手持ちの小銃(ライフル)や槍ですね。なにしろ戦争前は向こうへ乗り込んでの白兵戦が主な戦い方でしたから」

「乗り込むのですか?」

「撃沈するなら遠くから機関砲を撃ち込めば終わりですから簡単です。でもそんな事はできません。捕まえて裏に誰が居るのか吐かせないといけませんから。そのためには乗り込まないとね。まあ大体、地元のマフィアでしたね。しかも(モイラ)帝国の息がかかったヤツらです」

「分かっているけど決定的な証拠がない、と」

「その通りです。艇自体は私たち乗組員が面倒を見て、向こうへ乗り込んでいくのは後から追加で乗組んだ人たちです。それも地元の消防団みたいな物で、みんな徴兵される前からの知り合いでしたね。前甲板の下には網や捕った魚を入れておく船倉があったのですが、そこに棚みたいな物を作りましてね。彼らはそこに寝泊まりしていました」

「では、乗組員の全員が地元の人間だったのですね?」

「その通りです。でも海軍さんとしては仕事を丸投げ出来ないでしょう。だから1隻あたりに1人、将校さんが派遣されてくるわけです。姫殿下の前任者は砲術科の中尉さん(筆者注:正式には下級海尉)でね。普段は艇橋(ブリッジ)にいるのだけど、いざ斬り込みというと先頭で飛び出していく人でしたね。で10隻の纏め役である艇には大尉さんが(筆者注:正式には海尉)乗っていて、いちおう旗艦(フラッグシップ)ということですけど、そんな立派な艇じゃありません。まあ全部で纏まって行動するなんていうことはありませんでしたけど」

「掃海艇隊としては行動しないということですね?」

「ええ、ええ。港の漁師が漁に出る時について行って守ってやるのです。まあ、いくらヤクザ者でも港の近くまでは来る度胸はありません。だからその日のうちに帰ってくるような沿岸漁業の時はついて行きませんでした。底引きや延縄(ハエナワ)など、沖に出て1泊から2泊して帰ってくるような沖合漁業をする時に狙われるので、それを守ってやるのです」

「では1回の出港で、翌日には帰ってくるということですね?」

「ええ、ええ。何も無ければそうです。朝に出港して、日の出ている内に延縄の仕掛けや、網を流したりします。そのまま沖にみんなで集まって漂泊して、夜明けとともに仕掛けを揚げると収穫がわかるという寸法です。帰る途中で一緒に行った漁船が寄魚(シイラ)なんかを、コッチの甲板に投げ込んでくれてね」

「シイラですか?」

「おいしいですよ。まあ、お裾分けですよ。そういうのは帰ってから、捌いて皆で分けてね。最初の内は1隻だけでついて行ったのですが、漁が始まるとお互いが水平線に見え隠れするぐらい離れるので、反対側の端っこの船が襲われると助けに行くのが大変で。まあ、こちらも当てずっぽうで、漁をしている東側とか西側で待ち構えているのですが、(予想が)当たった試しがありません。『助けて』という無電を受けたら、慌てて追いかけるわけです」

「真ん中では待たないのですか?」

 私が素人考えながらに質問をすると、笑いながら答えてくれた。

「それだと漁の邪魔になるのでやりません。結局、なんのかんの言いながらも私たちは漁師ですから、仲間の漁を邪魔はしないのです。これが海軍さんの駆逐艦とかだと『ワシの周りで魚を捕れ』みたいになって、適当な海域(うみ)に連れていかれます。そんなところではボウズですよ。ああ、ボウズとは漁師の言葉で『何も獲れない』と言う事です。やはり漁場を分かっている私たちが頼りになると言う事ですね」

「なるほど納得しました。では漁船が襲われると、仲間の船が失われるという事ですか?」

 私は、暗黒大陸に広がる大草原(サバンナ)を連想していた。その平原を草食動物が群れをつくって移動していく。群れからはぐれた1頭が、無情にも肉食動物に襲われる様子を想像した。

「まあ向こうも船を沈めたり、乗組員を殺したりまではしません。強引に乗り込んで来て金品を強奪するまでです。コロシをやると報復が過激になるので避けていたのでしょうね。<ファイヤーボール>では巡り合わせが良かったのか、そんな事に出くわしたことはありませんでした。が、たまにはありましたね。でもまあコロシをしなくても海賊は海賊なわけです。で、全速力で助けに向かうわけですが<ファイヤーボール>は焼玉機関(エンジン)でしたから、ポンポンという呑気な音でね。アレを聞いていると緊張感が削がれると中尉さんは言っていましたねえ」

 最近では漁船も内燃(ディーゼル)機関を積んだ物が増えたそうだ。

「で、まず被害を受けた漁船に近づくと、タンコブをこさえた乗組員がアッチに逃げたと手信号で教えてくれるわけです。今では、あのくらいの漁船でもレーダーを積んでいますが、当時はそんな贅沢な物は無くてね。みんなで目を凝らして探すわけです。タイチョーは自分の鳥撃ち銃を抱えて(へさき)に行ってね。あ、タイチョーというのは斬り込み隊の隊長役をやっていた人ですよ。(おか)では猟師だったので、私物の鳥撃ち銃を持ち込んでいたのです」

「自分の銃をですか?」

「そうです。猟師だからか射撃のうまい人でね。たまの掃海任務で出港した時なんか頼りになりましたね。掃海具で(海)底を浚っていくと、係維索を切られた機雷がポコッと海面に浮いて来るわけです。本来なら離れた位置から機関砲で撃って爆発させるのですが、機関砲は前向きに載せているでしょう。だから浮いて来たら舵を切って戻らなくちゃいけなくなる。でも面倒だからと言って、慣れて来たらタイチョーが艇の最後尾から小銃で撃って爆発させていましたね。ほら斬り込み隊に必要だからと司令部から小銃を5挺支給されていましたから」

「それは射撃が上手なのですか?」

 基準が分からずに訊ねると、とんでもないとばかりに頭を振って教えてくれた。

「まず戦艦みたいにドッシリと構えた船じゃありませんから。波で上下左右に揺れる小舟ですよ。それに機雷のどこに弾丸が当たっても爆発するという物でもありません。丸い本体にトゲトゲが生えているでしょう。あの先に当てないと爆発しないのです。しかも自分が巻き込まれない距離からですから、針の穴に糸を通すよりも難しいのですよ」

「そのタイチョーさんは、なぜ舳に行くのでしょうか?」

「あそこに立つと周りが良く見えるからですね。視界を邪魔する物が艇橋ぐらいだけになりますから。でも、所詮人間の目ですから逃げられたりもします。まあ大体自分の港に向けて逃げているので、3回に2回は捕まえることができましたね」

 そうすると逃げられることもあったという事だ。まあ、レーダーが無い時代ならば無理もない話しである。

「見つけたらまず汽笛で停船命令です。これで停まるヤツなんていませんがね。そうしたら近づいて行って、機関砲で威嚇射撃をします。進む方向に当てないように撃って脅かすわけですね。たまに狙いが逸れて向こうの舳先に当たっちゃうこともありましたけど。機関砲だと結構派手な水柱が立ちますよ。まあ10回に1回ぐらいしか役に立ちませんけど。向こうも捕まったら面倒な事になると解っていますから、威嚇射撃してもドンドン逃げます。パッと舵を切って反対側に行ったりして、真っすぐに逃げてはくれません。こちらも舳を返して追いかけるのですが、一度切り返されると結構引き離されますよ」

「そうなると、やり直しですか?」

「まあ、そうです。でもそういう時はタイチョーが鳥撃ち銃で相手の船橋(ブリッジ)あたりに威嚇射撃したりしてね。相手が海賊なのだから、どこに当たってもいいだろうに、人には当てなかったですね。本当に射撃がうまい人というのは、ああいうのを言うのでしょうね」

「最近の映画でよくある自動車追跡劇(カーチェイス)といった感じですか?」

「ええ、ええ。ああいう感じですよ。で、距離を縮めて舷側同士をぶつけるようになったら最後の手段です。斬り込み隊のみんなは手に武器を持って、向こうの甲板へ飛び込む準備です。最初は艇橋に居た中尉さんも、機関砲の指揮のために前甲板に行っていますから、そこで準備をします」

「準備というと?」

(おか)の鍛冶屋に頼んで、ちょっと丸めた鉄板を用意していてね。それを上着の腹に入れて。今で言う『防弾チョッキ』みたいな物ですよ。向こうも乗り込んでくるのが分かっているから、パイプの先を斜めに切って槍にしたような物を手にして密集陣形(ファランクス)を作って待ち構えているのです。そこへ飛び込んでいくのですから度胸いりますよ。こちらも似たような槍を作って対抗しました。向こうはコッチに怪我をさせるつもりで突いてくるのですが、コッチは隙間をこじ開けるのが目的ですから上から叩くのです」

「向こうは刺してきて、こちらは叩いたのですね?」

 同じ武器でも目的によって使い方が違うのが面白く感じられ、私は再確認した。

「そうです。上から叩くのです。まあ、それで隙間が出来るのが半々でしたね。でもタイチョーが舳から鳥撃ち銃を、相手の足元に向かって撃って威嚇すると、さすがに怯んで列が乱れます。そこへ飛び込むわけです。そうやって乗り込んで行って、ぶん殴ってふんじばるわけです」

「そういう時は手にした槍ぐらいで戦うのですか?」

 あまりにも原始的な話しに私が驚いていると、そうです頷かれた。

「その後は、向こうの船長を<ファイヤーボール>に移して、残りは縛ったまま甲板に転がしておきます。見張りを1人か2人つけてね。で、向こうの船を太い綱で曳航して港まで運ぶわけです。それで漁師から奪った金品を取り返したら、港の海務部で審判ですよ。まあザコどもは罰金を払えば釈放ですがね。船長や船の指揮を執っていたヤクザ者は、たいてい牢屋行きでしたね」

 海の事だと分かりにくいと思うので少し解説する。町で強盗を警察が捕まえたら、検事が送検して裁判所で裁判を行う。これと同じように海で海賊を海軍が捕まえたら、検事が送検して海務部で審判を行う。つまり海務部が裁判所で、審判が裁判にあたるのだ。

 あと聖歴1768年に制定された国際海事法で「海賊行為を行った物は全員死刑(縛り首)」という規定があり、一般にはこの事が流布しているが正確ではない。聖歴1935年の改定により陸の強盗事件と同じレベルでの罪状とされている。もちろん我が海軍でもこれに則った審判をして、罪人を裁いている。

「<ファイヤーボール>がどんな活動をしていたか解りました。それではシャーロット殿下が赴任された時の事を教えてください」

「だいたい将校さんというのは2年ごとに転属されるのです。<ファイヤーボール>に乗っていた中尉さんも、そろそろ2年目が終わるという頃でしたね。中央海艦隊の駆逐艦に転属の内示があったそうで、いつもより機嫌よく仕事をされていましたね。『絵葉書を必ず書くから住所を教えてくれ』とか、なんか(地方)学校の卒業式みたいな空気でした」

 フェイムさんは思い出して懐かしかったのか、腕組みをするとしばらく天井を見上げていた。

「で、その日も漁師たちが漁に行くというので、出港の準備をしていたわけです。燃料は前に行って帰って来た時に満タンにするようにしているので、主に漂泊中に食べる食べ物や水ですね。弾丸もヤクザと出会った時に威嚇に使うぐらいですから、滅多に補給しませんでした。タイチョーの鳥撃ち銃の弾は支給されませんでしたけど、クナート少佐(筆者注:正式には海軍少佐)が自腹を切ってくれましたね」

 司令官は現場の事を分かってらっしゃったようだ。

「そうやって準備をしていると、町の方から自転車で男の子が凄い速度で走ってきたのです。その様子から、どうやら戦隊司令部からの伝令だろうとなって、ヒイコラ漕いでいる様子を、手を止めて見ていました。ああ戦隊司令部とか大仰な名前がついていますが、ただの借家ですよ。管区(司令部)から派遣されてきたクナート少佐が借りた家です」

 ロバート・クナート退役海軍大将はクリスターナ子爵家の次男として生まれた人物である。専攻は飛行科であり、地方管区隊の出張所のような場所に赴任するには、ちょっと珍しい経歴であった。海尉時代からジェイムザ方面に何かと所縁(ゆかり)がある人物で、そこからポート・モーズビー特設掃海艇戦隊司令の命を受けたのであろう。普通ならば水雷科を専攻した者が掃海艇の指揮を執るはずだ。

「何も無ければ少佐がそこで普通に暮らしていて、漁師がそこへ挨拶に行って漁に出る事を告げると、私たちの出番ということになるわけです。で、運悪く今回挨拶に行った漁師が、伝令を少佐から頼まれたらしいです。いつもの調子で『どうした?』と声をかけたら『出港はやめ。代わりに<ベスト・オン・アイランド>か<アンダー・ザ・パーム・ツリー>に交代しろ』という少佐の命令を伝えてくれました」

「そういうことは、よくあったのですか?」

「いえ、珍しいことでした。まあ、私たちはビックリしたわけですよ。今まで出港直前に交代なんて無かったですから。慌てて漁労長が<ベスト・オン・アイランド>へ交代が可能か訊きに行きましたね。ああ漁労長は漁船時代の役職ですよ。機関砲など積んでも、やっぱり漁船の時のままでしたから、私たちは。<ベスト・オン・アイランド>は、あの日に予備として準備している艇でね。ほらヤクザ者を捕まえた艇は港に帰って来てしまうでしょう。残された漁船が別のヤクザ者に襲われるかもしれないので、予備に2隻ほど港で待機することになっていたのです」

「同時に2隻とか3隻で守りには出なかったのですか?」

「最初は1隻で事足りたのです。でも、その内に毎回襲われるようになって2隻で守ることにし、その後にさらに増えて3隻、4隻となっていきましたね」

「安心して漁ができない海になっていったと?」

「まあ戦争が始まってからは沿岸漁業すら怪しくなっていましたから。4隻で守っている頃には『来週には5隻で、1年後には50隻だ』とか冗談を言っていましたけどね。まあその後に戦争が始まって漁どころじゃなくなるのですが」

 当時の冗談を思い出してフェイムさんは快活に笑った。

「私たちが驚いている頃、本土にあるトーリッジ管区司令部からは姫殿下を岸壁まで出迎えるように指示があったらしいです。戦隊司令のクナート少佐は『部下を出迎える上司がいるか』と一笑に付したそうですけどね。私は小耳に挟んだだけで、本当かどうかは分かりませんがね」

「では、何も知らずにそれまで過ごしていたわけですね」

「ええ、ええ。いや、ちょっと予感みたいなものが無かったと言えばウソかな? ほら港に戦艦が入港したでしょう、姫殿下が乗って来たヤツ。中尉さんは『迎えが来た』なんて言って胸を張っていましたけど、私たちは『まさか』と笑っていたのです」

 まあ一介の下級海尉を迎えに1隻の戦艦が派遣される事は無いと断言する事は出来るであろう。

「そうしたら姫殿下と入れ違いに、本当にアノ戦艦に乗って中央海へ行ってしまうのだもの。ビックリしましたね。まあ、あの日は伝令役をしてくれた男の子の自転車を借りて、中尉さんが司令部へ行ったわけです。私らは折角積んだ水や食べ物をおろす事になって、機嫌悪く作業に戻りましたね。艇に積みっぱなしでは腐ってしまいますから。水はそのまま港に捨てても問題ありません。食料の方は乗組員全員で分けて、今夜のオカズにしようとなりました」

「(戦艦のように)艇で暮らしているわけでは無いのですか?」

「それぞれ家がありますもの。自分の家から朝に出勤して、出港しないのであれば射撃訓練などをして1日が終わります」

「それではまるで消防団の訓練のようですね」

「ええ、ええ。本当に消防団の延長のような暮らしでしたよ。戦争が始まってからになりますが、町が空襲で焼かれた時も、みんなで駆け付けて火消しに協力したぐらいですから」

「ということはシャーロット殿下もそうしたということですか?」

「まあ、話は前後しますが。姫殿下も町にある借家を借りましてね。そこから出勤されましたよ」

「前任者の下級海尉もそうだったのでしょうか?」

「ええ、ええ。姫殿下や(海軍)少佐が借りたように1軒丸ごとではなくて、雑貨屋の2階を借りていました。強風が続いて漁がしばらく休みの時などは、みんなで酒瓶と肴をぶら下げて、押しかけたものですよ」

「では、当時シャーロット殿下が暮らしていた家が今もあるということですね?」

「ええ、ええ。そうですね。あ、いや、すみません。たしか空襲で焼けちゃったはずです。ちょっと町の事は詳しくなくて、すみません」

 後で調べたら、たしかに戦時中にあったモイラ帝国の空襲で、当時シャーロット殿下が暮らしたという借家は焼失していた。

「で、あの日は、本当に面白かったですよ。まず女子部の水兵さんが1人でやってきて『特設掃海艇の<ファイヤーボール>とは、ドノ艇だ?』と訊くわけです。女子部という物があるのは知っていましたけど、はじめて軍服を着ている女の人を見て驚きましたね。それで正直に『この艇だ』と教えたら、今度は向こうがビックリして町の方へと走って戻って行くわけです。こっちは何も知りませんから片付けを続けていたら、今度は遠くからブンチャカと賑やかな音が聞こえてくるのです。なんだろうと見ると、軍楽隊を先頭に1個師団ぐらいの人間がコッチに行進して来るのです」

 通常1個師団と言うと6千人~2万人もの人数になる。もちろん<ブルーリーフ>の王姉親衛隊と(オーガスト4世陛下の即位に従って、名称が王女親衛隊から変更されたばかりである)軍楽隊、それと侍従や女官を含めてもそんな数はいない。ここでは彼の印象だったという事にしておこう。

「そのまま、あれよという間に<ファイヤーボール>がつけている岸壁まで来て、整列してみせるわけです。こっちも戸惑っていましたけど、向こうも戸惑っていましたね。で、軍楽隊の演奏が終わると、女子部の将校さんが(筆者注:おそらくイーディス・オリアナ・ヘジルリッジ海尉心得(当時)だと思われる。彼女が王姉親衛隊の分隊長であった)1歩前に出て訊いてくるのです。『特設掃海艇<ファイヤーボール>はドレだ?』と」

 私は黙って話しの続きを待った。

「まあ同じことを何度も訊かれる日だなと思っていると、船長(キャップ)が代表して『この艇だ』と教えてやりましてね。コッチは何の話かチンプンカンプンでしたが、向こうはとても動揺していましたね。そこへ中尉さんと女子部の将校さんが連れだってやってきましてね。そこで一悶着ですよ。どうやら姫殿下の新しい赴任先まで王姉親衛隊と言うのですか? あの人たちも一緒に乗り込もうとしていたようで」

 フェイムは両手を開いて目を見開いて見せた。

「でもコッチは漁船に毛が生えたような艇でしょ。全員どころか王姉親衛隊の人たちを乗せただけで沈むような小舟なわけです。『バカな事は言わずに<ブルーリーフ>に戻りなさい』と後から来た女子部の将校さんに言われて、意気消沈して肩を落として帰って行きましたね。その後から来た女子部の将校さんというのが姫殿下だったわけです」

「それは…」私は肩を落として戻る一行を想像してしまい、笑いをこらえながら訊いた。

「姫殿下。ああ、ええ。シャーロット殿下の第一印象はどのような感じでした?」

「まあ中尉さんに号令をかけられて、今度はこっちが岸壁に整列する番ですよ。で、中尉さんから我々の紹介がありまして、それが終わったら後任となった姫殿下の自己紹介です。まさかこんな小舟に王族の方、しかも女の子が配属になるとは思っていませんでしたね」

「なぜ<ファイヤーボール>が選ばれたのでしょうか?」

「ええ、ええ。ウチが選ばれたのは単純に中尉さんの転属が決まっていたからですよ。第一印象ですか? そうですねビックリしていたので、美人だとか可愛いとか、そういう女の子に対する当たり前の感想は湧いてきませんでしたね。ピシリと背筋が伸びていて、仕事はできそうな方だと思いましたけど」

 ジム・ロビンソン退役軍艦旗准尉とは感想が違うようだ。

「で、今日の明日に乗り込むわけにはいかないのです。前任者からの申し送りとか、町に家を借りるとか色々とありますからね。3日ぐらいしてようやく中尉さんと一緒に出港することになりました。まだ練習という事で、沖合漁業の漁船について行くのではなく、沿岸漁業の小舟についていく事にしましてね。そうしたら1人婆さんを連れてくるのです。なんでも姫殿下の小さい頃からの世話人だとか。他の従者の方は断ったのですが、どうしても1人だけついて来ると言い張って、姫殿下が折れたそうです。みんなで『婆さん』と呼んでいましたけど、いま考えると、そんな歳でもなかったのですかね?」

 逆に訊かれて私は首を捻ってしまった。シャーロット殿下の身の回りには多くの使用人が居たからである。

「航海中、当番は(筆者注:おそらく当直の事)艇橋にいますが、他はだいたい船倉の居住区画か、機関室でダラダラしています。唯一、船長(キャップ)だけ部屋がありましてね。部屋と言っても寝台(ベッド)と書き物机、そして椅子で一杯の狭い空間です。その部屋を姫殿下の部屋としてね」

「船長室を殿下が使用したとなると、船長はどうしたのでしょうか?」

「え? 船長(キャップ)ですか? あの人は艇橋にずっと居ましたから。中尉さんだって船倉でみんなと同じ木棚ですよ。なにせ余分な空間はありませんから。でもそんなところに女の子をというわけにはいかないでしょう。そういう事で漁船の時の船長室を使ってもらう事にしたのです。そこに婆さんと一緒に寝泊まりして貰いました。あ、船長(キャップ)と言っていましたけど、本当は艇長(スキッパー)と呼ばなければいけないのでしたね。でも、漁船の時の癖が抜けなくて、みんなで船長(キャップ)と呼んでいましたね」

 記録によれば特設掃海艇<ファイヤーボール>(QMSp95)の艇長はライアン・ウェイク予備下級海尉である。ウェイク下級海尉はペニントン王立兵学校を卒業していないので正式な将校ではないが、特設掃海艇の艇長として応召されているので「予備将校」という階級が与えられたと思われる。予備将校は正式な将校とほぼ同じ待遇が与えられたが、部隊に対する指揮権を有しないという立場であった。

「いちおう船長の方が中尉さんや姫殿下よりも先任ということで、同じ階級でも偉いという事になるらしいですね」

 軍関係でよく出てくる先任とは、同じ部署に同じ階級の者が配属された場合、先に配属された者の方が指揮権を持つという制度である。戦闘などで上官が指揮を執れなくなった時に備えて、先にどちらが上かを決めておいて、指揮権の委譲がスムーズに行くようになっているのである。

「そのう…」

 私は訊きにくい話題を口にすることにした。

「海の男の中に女性が混じることに抵抗は無かったのですか?」

 古い言い伝えでは凶兆とされる事柄なのを私は知っていた。

「いいえ」

 キョトンとしてフェイムさんが否定した。

「ああ。あの海の神さまが怒って遭難するというヤツですよね。まあ、ちょっとはそういうことを信じてはいますが。ほら姫殿下の家系では、女性が船に乗るのが当たり前な事を、私たちも知っていましたから。言わば生まれついての船乗りだというわけでしょう? だったら女性だからどうとか、王さまだからどうとか無かったですね」

「でも男性の中に女性ではやりにくかったでしょう?」

「まあ、何も無かったと言えばウソになりますね。それまで催したらそこら辺から立ちションで済ませていたのを、わざわざ便所に行ったりしてね。便所と言ったって艇尾に建てた掘っ立て小屋の床に穴が開いているだけで、行先は結局海なのですけれどね。でもね。モイラ帝国が色々と動き出したせいで、若い男衆には徴兵がかかって、中年以上の老兵(ポンコツ)しかいませんでした。ですから変な気を起こすヤツはいませんでしたね。逆に『息子の嫁と同い歳だ』とか、そういう感じですよ」

「その中尉さん…、下級海尉は申し送りの後はどうされたのです?」

「さっき言った通り、戦艦に乗って中央海へ行きました。半年ぐらい後に約束どおり絵葉書がきて、ああ無事だったのだなとみんなで喜びましたね。戦争が始まってから音信不通になっちゃって、それきりですけど。あの中尉さんがどうなったか分かります?」

 公式記録を追う事ならば私は得意である。シャーロット殿下の前任者はエドセル・モンステッド下級海尉(当時)であった。シャーロット殿下よりも5歳年上で、それだけペニントン王立兵学校の卒業期が早い。中央海艦隊に転属になった後は駆逐艦に配属された。そこでモイラ帝国との開戦を迎えて、軽巡洋艦に転属される。その後、海尉へ昇進後に護衛駆逐艦の艦長に補職されたが、輸送船団を護衛中に敵潜水艦の襲撃に遭い殉職されている。戦死後特進されて海軍少佐となられた。

「姫殿下が配属となって、船長から『さて何をやる?』と訊かれて目を丸くしていましたっけ。ほら、小さな船でしょう。だから肩書なんて看板だけで、実際は全部できないといけないわけですよ。中尉さんは砲術科だったので『砲術長』なんて名乗っていました」

「砲術長ですか」

「まあ<ファイヤーボール>に乗っているのは太さが60キュビトしかない機関砲1門と、あとは機関銃と小銃ですものねえ。で、姫殿下は航海科だというので『では航海長という事で』なんていうノリで決まりましたね。出港や帰港の時、最初の内は艇橋で見ているだけでしたけど、その内に(もやい)を取るとか手伝ってくれるようになりましたね。コッチは怪我をさせたくないから見ていてほしかったのですけど。まあ、どうやれば安全で、どうやれば危険だということを教えてね。2ヶ月もしないで艇には慣れましたね。あと当番以外ではダラダラしていてもいいのに、艇橋に居てね。どうやら船長がずっと艇橋に居るのは、ご自分のせいだと勘違いされている様でした」

「ええと。艇長は部屋があるのですよね?」

「小舟ですから、元あった船長室以外にそういった部屋はありませんよ。でもウチの船長はね、艇橋に椅子を持ち込んで、用事がない時はそこに座ったまま休むのですよ。雨や風が酷い時でも雨合羽を着こんで、こう腕を組んでね。それを姫殿下はご自分が船長室を使っているためだと勘違いなさってね。船長は<ファイヤーボール>が漁船だった時分からそうでしたから。親父さん(先代の船長)に『船の最終責任者は船長だ』と仕込まれていましたから。その内に姫殿下も理解してくれましたけどね」

「ずっと艇橋に居るという事ですか?」

「そうですよ。飯を食べる時もそこに座ったままでした。離れるのは便所へ行く時ぐらいでしたね。でも船長がずっと艇橋に居ると、舵を握る当番も気合が入るというものですよ。波が酷い時などは、さすがに私たちでも疲れて真夜中にウツラウツラしてしまうものです。でも、そういう時こそ背中から『いまの座標は?』とか『いまの艇位は?』とか突然訊かれてハッと起きることがありましたね」

「それは、ある意味、恐いですね」

「アレですよアレ。赤ん坊がいる母親は、どんなに疲れていても、夜泣きを聞くとすぐに起きて世話をするものでしょう。アレと同じですね。船長の質問に慌てて確認すると、大抵は予定の座標や航路を外れているものですから。私はその場面に出くわした事はありませんが、姫殿下も同じ目にあったことがあるのかな? 来た当初は理屈で言い返してくることが少々ありましたけど、ある日を境にそういうことが無くなりましたから」

「シャーロット殿下が乗り込まれてから武装船が襲撃して来ることはあったのでしょうか?」

「ありましたよ。それどころか(襲撃)回数が増えたので2隻態勢にボチボチするかという時に姫殿下が乗り込まれましたから。漁に出たら毎回、どれか1隻は被害に遭っていました。まあ2隻になったので、必ず追いかける役というわけでも無かったのですが。でも逆に言えば、半分の確率でヤクザ者を追いかける仕事ということですよ」

「つまり暇では無かった、と」

「ええ、ええ。姫殿下はタイチョーの銃の腕にしきりに感心していましたね。ただ撃つのではなく、相手に怪我をさせないように弾丸を舷縁で跳ねさせたりしてね。神業ですよ、神業。見慣れている私たちがそう思うのですから、姫殿下には奇跡に見えたのではないですかね。でも、さすがに向こうへ乗り込む荒事には遠慮してもらいました。なにせ、そのまま(さら)われても困りますから。そこのところはご理解されたようでした」

「他に何か特別な挿話(エピソード)はありますか?」

「ここら辺は秋になると嵐の季節となるのですよ(筆者注:南半球なので4月~6月となる)で、向こう1週間は漁に出られないことが分かりましてね。船長を先頭に姫殿下の借家へお邪魔しに行った事がありました。よく考えたら女の子の家へ、ごつい海の男たちが押し掛けているのだから、あんまり感心できる出来事ではありませんけどね」

「どのような家を借りていらしたのでしょうか?」

「ここら辺の一般的な家と同じですよ。二階建てで庭があって井戸がある。少佐も似たような家を借りていましたもの。で、雨の中を訊ねて行ったら玄関に女子部の将校さんが出て来られてビックリしましたね。王姉親衛隊の将校さんと水兵さんが1人ずつ護衛という事で住み込んでいたのですよ。それと<ファイヤーボール>に乗り込んでくる婆さんと、姿勢がやたら良い『爺さん侍従』と5人家族のように暮らしていましたね」

 護衛の住み込みと言うのは王姉親衛隊で分隊士を務めていたトレイシー・サーセン嬢のことであろう。

 彼女は当時名門サーセン家の当主であったエドウィン・サーセン伯爵の孫娘であった。おつきの侍女と共に前年の秋から<ブルーリーフ>乗り込み、先任者が次々と退艦したため士官候補生でありながら分隊士となっていた。

 陸上勤務と言える王姉宅での護衛任務もあり、早く退官する者が多い王姉親衛隊の中では長く在籍した女子部の将校である。分隊長を務めていたイーディス・オリアナ・ヘジルリッジ海尉心得(当時)が自らの護衛任務を希望されたが、海尉心得には王姉親衛隊の取りまとめをして欲しいとシャーロット殿下自ら希望されたため<ブルーリーフ>とともに本土へと帰還されていた。

 ちなみに<ファイヤーボール>から追い返された王姉親衛隊や侍従に女官は、その後も<ブルーリーフ>の乗り込みを続けた。王姉殿下の宮殿という扱いでもあったので、国外からの賓客などをシャーロット殿下が出迎える可能性が残っていたからである。

 軍楽隊のみケンブル管区へと籍を移し、必要があれば<ブルーリーフ>へ派遣される事となった。地上勤務となった彼らが開いた音楽会(コンサート)が伝統化し、今では年末恒例の慈善音楽会(チャリティーコンサート)になったことをつけ加えておく。

「夏の休暇になったら本国へ帰郷するのかなと思っていましたら、旦那さんと娘さんがコッチに来られてビックリしましたね。あの歳で、あんな大きな()が居るなんて。まあ話を訊いたら先妻の娘さんらしくてね。私らも納得できたのですが」

「どのような関係性でしたか?」

「家族仲ですか? 旦那さんは、なにか堅物といった印象の少佐さんでしたね。話す言葉からして四角四面でしたね。私らが喋る適当な単語にいちいち訂正を入れてくるような人でしたよ。でも夫婦仲は良さそうでした。あんなに歳が離れているのにねえ」

 そう言って羨ましそうに目を細められた。

「逆に娘さんは難しいお年頃のようで、姫殿下と2人きりでいるところは見ませんでしたね。でも退屈はしていないようでしたよ。<ファイヤーボール>も夏の間に浜に揚げて艇底を掃除して、機関の分解整備をしましたけど、小さな船ですから3日ぐらいで終わりましてね。海に浮かべての試運転ついでに、姫殿下の家族と沖へ釣りに行きましたね」

「そんなことをして大丈夫なのですか?」

「試運転ですから」と言いつつもフェイムさんは唇に人差し指を当てられた。

「姫殿下は釣りの方はまったくダメで、ボウズでしたね。旦那さんの竿には大きなアタリがありましてね。1時間ぐらい粘って上げたら小さなシュモクザメでしたよ。娘さんが一番釣っていましたね。アジの大きい奴です。ここら辺では糸を垂らせばすぐ釣れる魚なのですがね。夫婦揃ってまともな魚は釣れませんでしたね」

 そう言ってフェイムさんは笑った。やはり根っからの漁師なのだろう。

「秋になって人事異動で姫殿下は移動になってね。将校さんは、大抵2年は居るものなのに、ちょっと珍しかったですね。まあ中尉さんから大尉さんに(筆者注:正式には海尉)昇進されて、砲艦の艦長さんになることになったらしいですね。だから私らは姫殿下と1年しか一緒に働いてないのですよ」




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