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第13部~終章:資料集

 ポート・ターリク沖海戦は、王国と帝国の艦隊同士が初めて真正面から戦った戦いである。だが、この戦いにはもう1つの重要な勢力が1枚嚙んでいた。

 この年に内戦を終わらせたイスパニア王国である。

 古くから存在し、中原で並みいる列強に劣らずに歴史を持った国であり、ディスランド王室とも血縁関係を持つ王室が長く君臨していた。

 偉大洋を挟んだ戦争が起きたこの頃は、内戦により国力をだいぶ消耗していたイスパニア王国であったが、この海戦にどのように関わることになったのであろうか。


 それと巻末に付属していた資料の1部を参考までに掲載しておく。読者諸兄の理解の助けになれば幸いである。




★ポート・ターリクのこと。


 現在、イスパニア王国を訪問しようとすると大変である。陸路は険峻なバスク山脈で中原平原と隔てられており、わずかに南北海岸沿いにある地峡地帯も、偉大洋側に当たる北部地峡地帯はイスパニア陸軍によって封鎖されており、中央海側になる南部地峡地帯も厳重な警備体制が敷かれている。

 また海からの航路も厳しい。外国船を受け入れているのは、偉大洋側、中央海側、ともに各1箇所の港のみとなっている。

 観光を目的とした旅行者がイスパニア王国を1番気楽に訪れる方法は、首都マドリに隣接するボーレイ3世国際空港と、各国の主要空港を繋いでいる、国際航空線を選択するのが現実的である。

 この事実上の鎖国状態のおかげで、中原にあっても戦争を含む世界大動乱の波から取り残され、イスパニア王国では戦前から続く独裁政権下にあるのである。

 ちなみにイスパニア王国は公式では議会君主制を取り入れた近代民主主義体制という事になっている。しかし国王陛下の下に召集される国民会議の議員となるには、国民結束党の党員でないと事実上立候補が出来ないため、バアモンデ総統を首班とする独裁政権が続いていた。

(筆者注:例外として2、3の地方政党が国民結束党の「指導」を受けることによって立候補者を立てることがある。まあ外国からの1党独裁についての追及をかわす言い訳のような存在ではあるが)

 私も取材のためイスパニア王国へ訪れるために、ケンブル国際空港から1日1往復出ている国際航空便の乗客となった。機材はなんと戦争当時の輸送機<デルタ>の旅客型であった。今の時代に尾輪式の旅客機が生き残っていたのも驚きだが、その乗り心地にも驚きであった。王国本土と偉大大陸を隔てるハヤシ海峡上空の天候が不安定だった事も有り、往路は揺れに揺れた。

 かつて第9艦隊が序列を組んで進んだ海を飛び越えて、いざイスパニア王国へ。という気分ではなかった。搾り取られるように体力を失って、乗客一同がゲッソリした顔で入国審査へと臨んだ。

 じつは古い機材や悪天候がイスパニア王国までの旅程の障害になりにくい。1番の障害はこの入国審査であった。国際空港は全て国家憲兵隊(グアルディア・シビル)と呼ばれる武装組織の監督下にある。この国家憲兵隊はイスパニア王国において陸海空軍の次に位置する第4の軍隊として存在し、その任務は国内の治安を維持する事であった。

 治安を維持するためとして、独裁政権を非難する新聞社などを弾圧している組織であり、国内の反政府組織や共産主義者は捕らえられて収監されていた。事実上の秘密警察を兼ねているのであった。

 そうして維持している独裁体制に良からぬ者と判断された場合、外国人でも弾圧の対象となる。ただ最近では捕らえられても国外追放という例が多く、獄死する例は極めて少ない。

 私も緊張して入国審査に挑んだが、コチラが拍子抜けするぐらいあっさりと入国が許可された。ここで過去の賢人たちは口を揃えるように言い残した言葉を引用しよう。

「イスパニア人よりも、おおらかな者などいない」

 私が向かうのは首都マドリから南にあたるガーダルキビール州である。イスパニア王国南部に当たるこの州から突き出したタリファ半島に、ポート・ターリクは存在する。

 もちろんイスパニア王国側からディスランド王国の軍事要衝であるポート・ターリクへと入る事は、国境が封鎖されているため出来ない。

 私はボーレイ3世国際空港からタクシーでマドリ中央駅へと移動した。経済的に慢性的な不況であるはずのイスパニア王国であるが、首都の街路は警笛(クラクション)(やかま)しいほど鳴らされて、大小さまざまな車が行き交う場所であった。ここだけ見れば好景気であると判断できそうである。

 マドリ中央駅からはイスパニア国鉄が国土の隅々まで列車を走らせている。私も窓口で特急列車の切符を求めた。

 購入したのはマドリ中央駅と、南方にあるガーダルキビール州の中心地である商都ケサーダを結んでいる特別急行列車<トラガー>の(イスパニア王国の言葉で「燕」の意味)1等座席である。これに乗れば商都ケサーダまで、時刻表では7時間半の旅程である。

 我が王国の様に国内航空網が発達していれば、もっと速く移動ができるのであろうが、残念ながらイスパニア王国国内の航空路は全て同国空軍の管轄下であり、民間人が利用する事はできないのである。

 特急という言葉に統一感のある清潔な車両というものを連想しがちであるが、私が乗り込んだ特急<トラガー>は、雑多で形式も揃えられていないような10両編成であった。

 イスパニア国鉄は中原において珍しい広軌を用いており国際標準軌から9と1/3ネイル(約233ミリメートル)だけ軌間が広い。国際標準軌を見慣れた私の目にも明らかに線路の幅が違って見えた。また線路等級の低い軌条(レール)を使用している様で、見るからに細い。そのせいもあって、より軌間が広く感じられるのであろう。ただ軌間の広さのおかげか随分と古びた鋼製客車であったが乗り心地は満足できる物であった。

 珍しいと言えば特急<トラガー>の牽引機もそうであった。首都マドリを出たところでは箱型をした4・6・6・4の電気機関車であった。これは我が王国国鉄の電気機関車であるデルティック型を雛形とした機関車である。国際関係において我が王国との融和政策へと外交政策の舵を切ったことにより、技術協力によってイスパニア国内にて製造された物である。

 しかし行程の半分からは路線が電化されておらず、昔ながらの蒸気機関車に交代した。いちおう車掌に許可を取って1枚だけ写真に収めることができたが、鉄道網は陸軍の管轄であるから、諜報(スパイ)活動と見なされて逮捕の危険があったことを帰国後に知らされた。

 行程の後半に特急<トラガー>を牽引したのは4・8・4の大型旅客用蒸気機関車であった。さすがに広軌だけあって(ボイラー)径が太くて火室も広く、安定して蒸気を発生させることができるようであった。動輪径も2パッスース(約180センチメートル)以上もある立派な物だった。

 長い時間を走る関係上、列車には食堂車が連結されていた。編成の中央に連結され、ここより前は3等車と荷物車が連結され、後ろに2等車と展望車を兼ねた1等車が連結されている。さすがに長距離長時間走るだけあって食堂の献立は充実しており、さらに私が「当たり」を引いたのか、腕の良い料理人が担当しており、目も舌も満足させる鳥料理であった。

 あと、さすがにワインで有名な土地である。数種類のワインが用意されており、どれも芳醇な香りがする1級品の物ばかりが提供された。

 そうしているうちに蒸気機関車に引かれて特急<トラガー>は商都ケサーダの中央駅へと辿り着いた。時刻表から2時間遅れである。乗務員に文句を言ったところ「この国では万事がこうですから怒る方が損ですよ」と笑顔で告げられた。過去の賢人の言葉通りである。

 機関車の交換駅にて時間があったため、自分が乗車した列車と号車を電報で知らせておいた。そのためケサーダ中央駅に男女2人の出迎えが来ていた。

「ようこそイスパニア王国へ」

 流暢な我が国の言葉であった。発音の間違いも無かった。少々イスパニアの言葉に自信が無かった私はホッと胸を撫でおろした。

 薄褐色をした旧式のイスパニア陸軍の礼装に各種勲章をぶら下げた男性が私の取材相手であるニセト・イ・パルド・モラ元陸軍少佐である。軍で将校ともなれば我が国の言葉も喋れないと失格であるらしい。

 その傍らに、まるで秘書の様に付き従っていたのは、緑色をした新式の軍装で身を固めたイスパニア美女であった。

 握手で挨拶を交わした後にモラ元陸軍少佐から彼女を紹介された。名前はマリア・デラ・パス。所属は国家憲兵隊(グアルディア・シビル)下級中隊指導者(リーデル・デ・エンプレッサ・ジュニオール)(筆者注:王国陸軍の階級で陸軍少尉に当たる。翻訳として国家憲兵隊少尉というのが正しいであろう)という。さっそく秘密警察の登場に身構えてしまうと、2人はコロコロと楽しそうに笑った。

「もちろん体制を守るために色々とありますが、我が国はおおらかな国民性ですから」

 これはマリア少尉である。

「まあ、私がうっかりしたことを告げ口しないように、陸軍省からのお目付け役ですよ」

 こちらは「パールと呼んでください」と砕けた挨拶をしてくれたモラ元陸軍少佐の言葉である。

「列車が遅れるだろうことは予想がついていたので、勝手ながら高級宿屋(ホテル)に部屋を取らせていただきました。取材は明日の朝からにいたしましょう」

 さすがに列車の「おおらかな」運行になれた人たちである。ちなみに我が国で国鉄が特急を2時間も遅らせたら、窓口に特急料金の払い戻しを求める人たちが押し寄せることになる。

 2人が用意してくれた宿屋は、軍関係者も利用するような豪華な物であった。払いもそれなりで少々我が財布に打撃があったが、まあ元々日帰りが出来ないような土地であるので致し方ない事であろう。

 翌朝にまた会いましょうという約束は、昼食が終わってからのものとなった。理由は改めて記す必要は無いだろう。

 宿屋地上階の応接室(サロン)の一角が私の取材場所となった。

「まず元陸軍少佐は、陸軍で何をやっていらしたのか。問題の無い範囲で教えて下さい」

「そうですね。戦車に乗っていました」

 元陸軍少佐は少尉の顔色を窺うように確認してから口を開いた。

「戦車兵ということですね。それでは、どうして戦車兵に?」

「学校を出た後、国内は不景気で失業率が高いものでした。普通の就職先が見つからなくて『でもしか』少尉候補生として陸軍に採用されました。当時は軍人になるのだって大変なほどの失業率でしたよ。そんな感じでなった士官です。軍に潜り込んだのはいいですが、国防に若い血潮を(たぎ)らせてなんていうものではなくて、今月の給料が払い込まれればいいやという程度の、まったく見本的でない士官でした」

 元少佐はキザっぽく肩をすくめてみせた。

「ですから自分から希望して戦車兵になったわけでは無くて、貧乏籤(びんぼうくじ)を引かされたというところですよ。出世するなら歩兵科。女性にモテたかったら騎兵科。生き残りたかったら砲兵科。太りたかったら輜重科。といった具合で専科によって旨味があるものですが、当時の戦車科にはそれが無かったのですよ。今では軍で戦車に乗っていますと言えば、出世頭だからモテモテで、戦車だから生き残りやすいし、歩かないから太る事も出来ますけれどね」

 どうやら元少佐の鉄板の持ちネタであるようだ。快活に笑う彼にあわせて私も笑う事にした。ちなみにそれぞれを説明すると、歩兵科は歴史が古いため出世がしやすく、騎兵科は戦場の花形という事であり、砲兵科は戦場では後ろの方に居るために生き残りやすく、補給が専門の輜重科ならば食いはぐれる事は無いはずだからである。

「まあ若いなら機械にも強いだろうといった程度の推薦で戦車兵となりました。配属が決まっても前向きに仕事に取り組むなんていうものではなくて、相変わらずいい加減でした。それがいけなかったのかカニス諸島の(筆者注:王国名ドック諸島。パロ諸島と暗黒大陸の間に位置する列島であり、イスパニア王国の少ない海外領土の1つである)警備隊へ飛ばされました」

「それは、あまり良くないことだったのでしょうか?」

「ええ、左遷ですよ。そこに飛ばされた後に市民戦争が(筆者注:イスパニアでの内戦の名称)勃発しましてね。例の共産主義者たちとの内戦ですよ。でもカニス諸島まで小難しい主義主張なんて伝わって来ていなくて、最初は平和でしたね。漁村に行って『おい。お前は革命軍派か?』なんて漁師のオッサンに明け透けに訊いて『違いますよ、ダンナ』と笑い合うような、そんなのんびりとした土地でしたね」

 今でもそういった風土が続いていることを願うほどだ。

「で、カニス諸島の名前で気がつかれると思いますが、現地の警備隊司令が、現在のリーデル(筆者注:イスパニア王国にて独裁体制を敷いている国家指導者バアモンデ総統は、彼を慕う国民からこう呼ばれている。イスパニア王国の言葉で「親方」程度の意)だったわけです。当時は陸軍准将だったかな。でも歯に衣着せぬ物言いで中央から嫌われていたリーデルは、私と同じように左遷されて来ていたわけです」

「そういった配属先だったのでしょうか?」

「そうですね。有能だけれど目障りな人材は軒並み左遷されていましたね。まあそのせいか本土には、それ程では無い人しか残っていなかったようです。だから各地で立ち上がった革命軍に対して王党派は負け戦が続いていたわけですね」

 往々にして現場で有能な将校が中央から嫌われていることはよくあることだ。逆に言えば書類づくりだけが優れている将校が中央にて出世し、いざ実戦という段階で役に立たないというのは、古今東西で聞かれる話である。

「で、ある日、島の巡回から駐屯地に帰ると慌ただしい雰囲気になっていました。まとまった部隊であるカニス諸島警備隊を本土に輸送して、革命軍と戦うのだと聞かされて、引っくり返るかと思いましたよ。何度も言いますが私は『でもしか』少尉候補生でしたからね。で、中立国であるジェイムザの輸送船で本土に帰ってからは、まあ戦いに次ぐ戦いでした。当時乗っていた戦車はそちらのお国の<ホイットワース>軽戦車でしたよ」

(筆者注:当時我が国の軍需企業であったホイットワース社は戦車の輸出にも積極的であった。そうして輸出された各種戦車は各国で<ホイットワース>戦車と呼ばれて使用された)

「もちろん最新式の物では無くて、高地諸国のどこかから回って来た中古品ですよ。装甲もエンジンも草臥(くたび)れていましたが、故障だけは少なくて助かりました。武装なんて軽機関銃が1挺だけです。それでも歩兵しかいない革命軍相手には十分でしたね。でも市民戦争後半ともなると、革命軍も対戦車砲や戦車なんかの重装備を国際協力の名のもとに手に入れていて、手強くなっていきましたね。『でもしか』の候補生なんか下端も下端ですから戦車に乗りっぱなしでした。ですから間一髪と言う事に何度も遭遇しましたね」

 自分の若かりし時が懐かしいのか、元陸軍少佐は遠い目で壁にかかった田園風景の絵画を眺められた。

「まあ、これが終わったら軍を退いて農夫でもやるかと思って戦い抜きました。いや戦い抜いたというより生き抜いたと言った方が正しいかな。まあ真面目でない士官ですから、かえって兵隊さんたちが支えてくれてね。もう彼らには頭が上がりませんよ。今でも数少ない生き残りとは絵葉書を交換する仲です」

「少佐」

 少尉が顔を曇らせて口を挟んだ。

「将校は作戦立案など兵の出来ない仕事もこなすのですから、もっと武勇伝を語られても良いのですよ」

 その勇ましい忠告に元陸軍少佐は肩を竦められた。

「ここでウソを騙っても良いのだけどね。助けてくれた恩義を忘れるほど私は薄情ではないつもりなのさ」

「つまり兵も優秀だったということですね」

 外見から察するに戦後生まれの少尉は確認するように訊いた。

「兵隊さんの方が優秀で、私が落ちこぼれだっただけですよ」

 負け惜しみの様に付け加えた元陸軍少佐は、ここで余談は打ち切りとばかりに私の方を向いた。

「まあ、そうやって市民戦争をくぐり抜けた私です。大きな戦いであったブアビラカラの戦いが終わると、あとは残敵掃討といった感じとなりました。そうすると戦車隊も暇になってきましてね。そこで辞めてもいいだろうと司令部に赴いて、リーデルに直接辞表を提出しました」

「思い切りましたね」

「『いつでも始めるには良い日だ』と言いますから」(筆者注:イスパニアの言葉で「鉄は熱いうちに打て」ほどの意)

 瞬間だけ人生訓を講釈する顔になってから、イタズラ気に元少佐は微笑まれた。

「そうしたらリーデルが『困る』と難色を示されましてね。『これから王党派は政権を把握して国を指導していく立場となる。この局面で優秀な士官である君に抜けられるのは、大いなる損失である』なんておっしゃるのです。私は自分が優秀であるなんて1度も思ったこともありませんでしたし、戦功は兵隊さんたちのお陰だと思っていましたから、固辞するつもりでしたけれど『では君を昇進させるから慰留してくれ』とおっしゃられました」

「買われていたのですね」

「どうでしょう。他に(戦車)部隊の面倒を見る人が居なかっただけかもしれません。昇進と聞いて私は心を揺さぶられましたね。軍に採用されてからそれまでずっと士官候補生のままでしたから。私みたいな『でもしか』士官が多かったので、当時の軍はなかなか昇進を認めようとしない雰囲気でした。でも昇進して陸軍少尉ともなれば、従軍している間の俸給から退役した後の恩給まで額が違いますから。あと銀行で借金が出来るようになりますし。まあ毎月の給料を気にしている『でもしか』士官の心を動かす方法なんてお見通しだったのでしょう」

「まあ、お給料が気にならない人の方が少ないですから」

「今でもリーデルは適材適所に人員を配置するのがうまい方ですから、万年候補生の腹の中なんて簡単に見抜けたはずです。そうやってリーデルに説得されて私は市民戦争後にも陸軍に残る事になりました。肩を並べて戦った歩兵科や騎兵科の将校はすぐに出世して行きましたね。なにせ国を指導する立場となったリーデルが登用したからです」

「それでは、あなたも出世されたのですか?」

「戦車兵なんて当時は出世街道から外れた位置でしたから、陸軍少尉で、それっきりだと思いましたね。そうやってやっと陸軍少尉になれた私は、そのままこのガーダルキビール州内各地に分駐する戦車部隊に配属されました」

「嫉妬やそれに似た感情などは湧きませんでしたか?」

 私の問いに飛んでも無いとばかりに元陸軍少佐は肩を竦められた。

「ですから実力で就けた地位ではありませんでしたから。他の方々は縦深突破やら何やら戦場で勇ましい活躍されたり、または政治的な能力をお持ちだったりしましたから。私などと比べては失礼ですよ。でも陸軍代表となられたリーデルは気にかけて下さっていたのか、陸軍少尉に上がった同じ月に陸軍中尉に出世する事ができました。なにも功績を上げていないのに出世できたのはリーデルのお力しか考えられませんでした。そちらのほうが驚きでしたね」

 当時は軽んじられていた戦車科の者がトントン拍子で出世できたのは、間違いなく中央の意向があったはずである。

「中尉ともなると中隊長付ということで部下も増えます。でも相変わらず『でもしか』士官のままで、州内に分駐している部隊を巡ってはワインを飲んでいるような勤め方でしたね。逆にワインの飲み歩きのついでに部下たちの見回りをしていたのかもしれません」

 ワイン好きは退役されても変わらないようで、飲み物のお代わりを給仕へと注文された。

「で、まあ一通り部下の顔を覚えた頃にガーダルメディアに移動せよという命令が届きました。ガーダルメディアというのはガーダルキビール(州)の中央海に面した都市ですよ。まあ命令は受けても実施するのには時間がかかりましたね。まず部下たちがガーダルキビール(州)内に散らばっていましたから。当時は戦車を集中運用するなんていう思想はありませんでしたから、こっちの村に軽戦車1台、こっちの町には中戦車1台といった具合で一堂に会した事なんて無かったのです」

「まず集めないとならなかったわけですね」

「しかも戦車なのだから走って来ればいいじゃないかと思うでしょう? 当時の戦車は履帯が弱くてね。戦闘以外で走らせるなんてとんでもない事でした。1台ずつ牽引車や貨物列車を手配してね。ようやく中隊が集まったのは1週間後でした」

 現代でも戦車が長距離移動をするときは<巨竜の乗り物(ドレイク・ワゴン)>と呼ばれる巨大な牽引車に積載する。足回りがまだ発展途中だった当時の戦車ならば言わずもがなである。

「で、何のためにガーダルメディアに集められたかというと、現地に到着してから説明されました。ウチの戦車中隊と、首都マドリから来た戦車中隊と合わせて新設の旅団を編成して、ポート・ターリクへ攻め込むというのです。ええーっとビックリして引っくり返りましたね」

 そうおっしゃって元少佐は椅子の上で引っくり返ってみせた。

「我がイスパニアとディスランド王国とはあまり対立はしていませんでした。市民戦争の時には徹底的に中立を守って下さったことで、どれだけ助けられたか。それなのにティール講和条約を破棄して攻め込むとはどういうことだと、驚きましたね。そしたらモイラ帝国と話しがついていてポート・ターリクを空母で爆撃してくれるということでした。爆撃でポート・ターリク警備隊の戦力が低下したところで、我々が雪崩れ込むという算段だったようです。せっかく市民戦争が終わって一息できたというのに、また戦争かとげんなりしましたね」

「それは『でもしか』士官だったからでしょうか?」

 私の質問に悲しそうに元少佐はこたえてくれた。

「兵隊だけでなく市民もみんな疲れ切っていました。それほど酷い戦争だったのです。誰にも文句は付けさせませんよ」

 なにか言おうとした少尉の先回りをして元少佐が言い切った。

「せめて短時間で済めば市民へ被害が広がらないと思いました。そのための新編成です。戦車を主体にした部隊。今で言う機甲部隊の先取りです。戦車中隊2つを合わせて戦車連隊を作って、そこに歩兵大隊、砲兵中隊、工兵中隊、騎兵中隊、輜重中隊をつけて戦車中心の機甲旅団を試しに編成してみようということなのです。もちろん全てが機械化されていました。ああ、機械化部隊というのは、兵隊がみんなトラックなどに乗っているという意味です」

 現代の機械化部隊はさらに進んで専用の装甲車に乗車する。

「で、みなさん、ご存じの通りポート・ターリクは半島にある都市でしょう。1個師団で押し寄せても戦力が余るぐらいです。ですから、ここで世界の時流に乗って機甲部隊を試してみようというわけです。言い出しっぺはマドリから来た戦車科の大佐さんでしたね。私と違って新しい事に挑戦するような血気盛んな方でした。もちろん私より階級が上ですから、私はハイハイと命令を聞く役です。まあ陸軍作戦部の方からもお墨付きを貰っていて、全体の指揮はその大佐さんが執る事になっていました」

「戦車科として魅力ある計画でしたか?」

「私は『でもしか』士官でしたからねえ。各部隊の指揮官を集めて熱い訓示をしましたね。私はその熱弁を、鼻をほじって聞いているような不真面目な態度だったはずです」

 目の前の元少佐から、その様子が簡単に想像できてしまった。

「まあポート・ターリクとの境界には、お互いの立場から誤解が生じないように、非武装地帯が今でも設けられています。境界線を中心として南北に500メートルには何も置かないことになっていました。そこは碌に木も生えていないような土地でして、つまり隠れられる場所が無い。そんなところに正面から歩兵が突撃したら、機銃掃射で一網打尽ですよ。ですから戦車が先頭に立って歩兵を守ってやらなければならない」

「使い方としては、中原戦争の時と同じなわけですね」

「そうなりますね。でも理屈は分かるのですがポート・ターリク側だって戦車を持っているだろうし、対戦車砲だってある。ですから戦車だってそんな場所を進撃する事は御免なわけです。でも機甲部隊を試してみようと考えて来た人が指揮官ですから従うしかない」

 下端は従うしかないといった調子で彼は肩をすくめた。

「いちおう砲兵隊が制圧射撃してくれることになっていましたけれどね。しっかりと作った陣地に据えられた対戦車砲の怖さは、市民戦争で嫌と言うほど経験しましたから。そういった陣地に制圧射撃はそんなに効果は無いのですよ。運良く砲弾が直撃すれば別ですけれどね。でも、まあ他に名案があるわけでもなし、命令系統からして従うしか無かったわけです」

「大変な事態ですね」

「本当にそうです。大佐さんはいいのです。革命軍から分捕った重戦車に乗っていらしたから。あれだったら対戦車砲も恐くないでしょうからね。私は市民戦争の頃から慣れ親しんだ<ホイットワース>軽戦車ですよ。対戦車砲どころか機銃掃射だって貫通する可能性がありました」

「当時はどういう部隊を率いていらしたのですか?」

「戦車中隊です。中身は中隊本部と呼ばれる中隊長が直接率いる小隊が頂点となります。私は中隊長さん付きという立場で、まあ中隊の副官みたいなものですね。色々と雑用をやらされる立場です。その下に3つの小隊がありました。書類上は第1小隊が軽戦車。第2小隊が中戦車。第3小隊が重戦車。さらに余裕がある部隊には第4中隊がついて支援するということになっていました」

 現代では主力戦車に1本化されて戦車中隊といえば同じ戦車が揃うものだが、当時はまだどういった編成が良いのか試行錯誤の時代であった。

「でも書類上そうなっているというだけで、実際は違いましたね。重戦車なんて配備されなくて、中戦車がその代用として配備されていました。その中戦車だって第2小隊に配備するだけの数が足りなくて、軽戦車で代用となっていました。つまり書類上では軽、中、重戦車が配備されているはずでしたが、実際は違って軽戦車ばかりで、1つだけ中戦車の小隊があるといった具合です」

「それは困りますね」

「まあ市民戦争が終わったばかりで、お金がなかったのですよ。でも、逆に同じような戦車ばかりで、性能が横並びでしたから指揮はやりやすかったですね」

「利点もあったわけですね」

「で、まあ、不真面目な態度を大佐さんに怒られたりしながらも話しが進んで行き、第2戦車中隊と呼ばれる事になった私たちの部隊は、半島の東側を突破する進撃路を割り当てられました。西側はポート・ターリク市街への最短経路です。つまり戦功は第1戦車中隊の所に転がり込むということですね。そちらは大佐さんが率いるという事になっていました。つまり手柄は向こうへ転がり込むと言う事ですよ。まあ戦闘の正面に立つより生き残る可能性が高かったので、私は歓迎しましたけれどね」

「手柄が見込めなくて、妬ましいなど思いませんでしたか?」

「それよりも、安全な方が大歓迎でしたね。ガーダルメディアではマドリから来た本職の人たちに戦車の整備をみっちりやってもらって、新品同然に調子良くしてもらいました。そこからまた鉄道と牽引車で移動です。作戦発起地点に指定されたのは名も無いような村でしたね。村の人たちは何事かと困惑されていました。周辺の農地は農閑期だったので、遠慮なく戦車を乗り入れて掩体しました。大きな穴を掘られて農夫たちは困っていましたね。工兵隊の隊長さんが『あとで埋め戻します』と、おっしゃっていましたけれど、約束は守られたのですかねえ」

「それが開戦前までの準備だったのでしょうか」

「そうです。後はモイラ帝国が約束した期日を待つだけです。旅団司令部が置かれた村では大佐さんと歩兵大隊の指揮官とで、占領後の施政をどうするかとか話されていましたね。私ですか? 不真面目者と認定されていましたから蚊帳の外ですよ。日がな一日、兵隊さんたちとワインを飲んで過ごしていましたね」

「それでは、あの日の事を教えて下さい」

「日付の指定はマドリから秘密通信で届きましたね。ですから前日の夕飯の時に主だった部下を集めて作戦の説明をしました」

「それまで兵は知らされなかったのでしょうか」

「ええ。兵隊さんたちにはポート・ターリクの警備隊がコッチに攻め出てくる可能性があるから、その警戒だと言っていました」

「ですが、こちらから攻める作戦だったわけですね」

「まあ、戦争が終わった今では秘密でもなんでもない事ですがね。それまでは厳重に緘口令を敷いていました。でも、まあ兵隊さんたちの方が優秀でしたから、薄々こちらから攻め込むことはわかっていたようですね。工兵隊のみなさんが夜の闇に紛れて地雷の撤去をしていました。それも境界までですよ。夜だと言っても境界を過ぎればポート・ターリクの警備隊に見つかってしまいますから。それで当日を迎えたわけです」

 そこで元少佐はもったいぶって言葉を区切った。

「半島の付け根の真ん中に、羊の放牧で生計を立てている村がありましてね。そこの村長の家を強引に接収して旅団司令部としました。私たちは東側担当ですから、そこから中央海の方へ下った漁村に中隊司令部を構えました。けれど下端の私は最前線の<ホイットワース>軽戦車に乗っていました。部下の戦車は通信機が受信機だけで、私の戦車だけ送信機を持っていました。まあ性能が悪くて、みんな国営放送(ラジオ)を聞くのに使っていましたけれどね」

 チラリと横の少尉を盗み見るようにした。当時の軍紀違反を遡って責められるかもしれないと言っているようであった。

「あと中隊本部に所属する他の2両は20ミリ(筆者注:20ミリメートルのこと。イスパニア王国では早い段階でメートル法を導入していた。約40キュビト)機関砲を装備していました。市民戦争の時はそれでも重武装の範疇(はんちゅう)だったのです。例の勇ましい大佐さんは、旅団司令部でふんぞり返っていましたね。そのくせ自分の手元から重戦車を手放さないものですから、数台の重戦車が遊兵となっていました。遊ばせておくなら私の部隊に配属してもらいたかったですよ」

「それは何故ですか?」

「重戦車と言うだけあって装甲が厚かったですから。装甲が厚ければそれだけ中に居る戦車兵は生き残りやすいということですし。大佐さんの方の戦車中隊はマドリから来ただけあって装備は充実していましたね。軽戦車は私と同じ<ホイットワース>軽戦車ですが、対戦車砲を砲塔に載せている物もありました。中戦車は革命軍が同じ共産主義を掲げる者同士と言う事でチェルナラボンチャ連邦から供与された26型中戦車でした。路面走行の時には自動車と変わらない速度が出せるというのが売りの戦車でしたね。装甲も武装も素晴らしくて羨ましかったです。まあ私の中隊にも2両だけ重戦車の代役として配備されていましたが」

「自分では、お乗りにならなかった?」

「私より優秀な兵隊さんを乗せておいた方が有益ですからね。そして重戦車は26型戦車と同じように革命軍から分捕った28型重戦車でした。当時は多砲塔戦車が主流で、28型重戦車も主砲塔の前後に機関銃を装備した銃塔を2つずつ持っていましたね。勇ましくも陸上戦艦と名乗って、個体名までつけられていました。大佐さんの戦車はたしか<ゴリアテ>と(筆者注:イスパニア王国の言葉で「ゴライアス」のこと)名付けられていたはずです」

 伝説の巨人の名を冠した重戦車ならば味方にして心強いものがあっただろう。

「計画では午後に入ってすぐにモイラ帝国の空母艦上機がポート・ターリクを空襲し、それに呼応して我々も突撃する事になっていました。攻略部隊に空軍から分派されていた直協機が(筆者注:いま風に呼べば戦術偵察機か、もしくは軽攻撃機といったところである)のんびりブーンと上空を飛んでいました。もちろん開戦前ですから境界線のこちら側から斜めに敵陣を見おろしているわけです。ですが爆撃が始まったという合図は一向にありませんでした」

「やはり焦りましたか?」

「いえいえ。嫌なことは起こらないことに限りますから。兵隊さんたちと早めに昼飯を食べて<ホイットワース>軽戦車乗って待っていましたが、状況は変わりませんでした。それから午後の昼寝の時間になると、上空を飛んでいた直協機も基地へと帰って行きました。まあ小さな飛行機でしたから燃料切れですよ。でもそれきり味方の飛行機は見ませんでした。逆に、そろそろ夕飯の献立が気になる頃になると、別の飛行機が飛んできました」

「別の飛行機ですか?」

「双眼鏡で見ると翼にはディスランド王国の国籍標章(マーク)があるので、いちおう敵機と言う事になります。まあ開戦はしていませんでしたがね。無駄に爆撃を食らってつまらない思いをしないように、戦車の掩体を再確認するように命令しました。飛んできたのは小型の飛行艇でした。胴に大きく3と書かれていましたが、それが意味するものは分かりませんでした。他にもポート・ターリクにはディスランド王国空軍が持ち込んだ戦闘機や攻撃機がたくさんいるはずなのに、飛んでいるのはその飛行艇だけでしたね」

 それだけ切り取ったならば平和な風景である。実際はお互いの筒先を向けあって、開戦を今か今かと待っている緊迫した情勢であった。

「のんびりとした雰囲気で飛んでいるので、こちらものんびりと見上げて『こんな冬晴れの日に空を飛ぶのは気持ちいいのだろうなあ』とか兵隊さんと話していました。まあ、すぐに、そんな呑気さは消し飛んでしまったのですけれどね」

 そこで一息をついた元少佐は、ワインで喉を潤した。

「最初の異変は、遠雷に似た音でした。雲1つ無い空であるのに、雷のような音が聞こえてきたのです。なんじゃいなと思っていた矢先に、次は駅にいるときに通過列車が立てるようなシュルシュルという風を切る音が聞こえてきました。その音を聞いただけで兵隊さんたちは物陰に身を隠しましたね。そして大爆発です。目の前の境界線を挟んだ非武装地帯でズドーンと爆発が起きて、大量の土砂が巻き上げられました」

 平和が壊された瞬間である。

「私は呆然と見ていましたね。上級曹長が私の首根っこをつかまえると、戦車から引きずり降ろして履帯の間に押し込んでくれました。そこが爆発から1番安全な場所だったわけです。私は『どうしたことだ?』と誰ともなしに訊きました。すると上級曹長がすかさず『分からないのですか? 艦砲射撃ですよ』と簡潔に教えてくれました。事前の情報だとポート・ターリクには戦艦どころか巡洋艦すら留守にしていて居ないということでしたから、どうしたことかと思いましたね」

「兵は統制が取れていたのですか?」

「驚いて慌てているのは私1人だけで、周りの兵隊さんは冷静でしたね。艦砲射撃は少しずつ西へと着弾地点をずらしていきました。間隔は1分ごとだったと思います。自分の陣地に撃ち込まれたわけでもないのに、ズシーンズシーンと地面がまるで地震のように揺れて腹へ響きましたね。私に被さっている戦車の車体がその度に揺れたのを覚えていますよ。艦砲射撃は10分ぐらいで止んだので、私は戦車の下から這い出して、境界線を見ました。それは見事な射撃でしたよ」

 当時を思い出したのか、少しだけ顔をしかめて見せた元少佐は感情をこめて語ってくれた。

「撃ち込まれたところは大きく火山の火口のように凹んでいましてね。その崩れた斜面は戦車でも踏破できそうにありませんでした。そんな大きな穴を開けたのに、境界線のこちらには被害が無い様にギリギリに撃ちこんであるのですよ。逆に言えば、こちらが進撃すれば的確に砲弾を降らせることが出来るという事です」

 元少佐はヒョイと肩をすくめてみせた。

「もう戦車に乗って進撃なんていう空気ではありませんでしたね。私は戦車を走らせて中隊司令部がある漁村に戻りました。うちの中隊長はもう頭がおかしくなったようにグルグルと部屋の中を歩き回っていましたね。そこで1本だけ引いてあった電話で旅団司令部を呼び出しましたが、繋がりません。みんなで一斉に電話をかけたので電話線が飽和してしまったのです」

「司令部と連絡がつかないのは大変ではないですか」

「そこで漁村の村長さんの息子さんが持っていたモトシークレタスを(筆者注:イスパニア王国の言葉で「モーターサイクル」の意味:訳者注:和製英語で「バイク」のこと)借りて旅団司令部へと駆け付けました。まあそうしたら大混乱ですよ。兵は勝手に撤退の準備をしているわ、若い士官はボーッと突っ立ってだらしなくズボンのシミを大きくして足元に水たまりを作っているわ、抜いた佩刀(サーベル)を振り回して口から泡を吹いている将校が居るわ。もう、あれほどの混乱はランブラス通りで(筆者注:イスパニア王国で1番の繁華街)信号機が壊れても起きないのではないのでしょうかね」

 当時を思い出したのか、元少佐は苦笑いと共にお代わりのワインを口に含んだ。

「旅団司令部にしていた村長の家に駆けつけると。ああ、村長の家と言ったってそこら辺の農家と同じで平屋の1軒家ですよ。まあ屋内も大混乱でしたね。でも砲兵隊やら騎兵隊やらの隊長さん方は、私と同じように三々五々集まって来ましてね、広間に勢ぞろいしました。居なかったのはウチの中隊長ぐらいですよ。そこでいちおう全員の無事を確認したのですけれど、お互いの顔色を窺うだけでそれ以上は話しが進みませんでした」

「それは何故ですか」

「なにせあれだけの威力がある砲撃を見せつけられたのです。港に居る戦艦をどうにかしないと進撃はできません。普通の戦場ならば重砲には重砲で対抗しますが、この部隊は機動性を重視するために75ミリ(75ミリメートルのこと:約3ネイル)野砲しか砲兵隊は持っていませんでした。戦艦の35センチ砲(35センチメートルのこと:約14ネイル)とは比べ物にすらなりません。一杯に仰角を取っても届くのすら怪しいという話でした」

「つまり対抗手段がなかったわけですね」

「いちおう煙幕弾を大量に撃ちこんで敵の視界を塞いでいる間に突撃するという手もありましたが、あんなに穴だらけにされてしまっては、まっすぐ進むのすら怪しい物です。でも大佐さんは勇ましくてね。これよりポート・ターリクに向かって旅団は進撃すると勇ましい訓示を垂れました。でも各部隊の将校は顔を見合わせるばかりです。なにせ先にモイラ帝国が爆撃で敵を弱めてくれるのを前提としていた作戦です。爆撃が無いならば自殺行為と同じ意味でした。でも当時、中央からの命令に背いたらコレですよ、コレ」

 そうおっしゃられた元少佐は、両手で自分の首を絞めるフリをした。サービス精神旺盛な方なので、舌をだして目配せ(ウインク)までしてくださった。

「まあ、お前が言えよ、いやいやお前がと、無言で押し付け合って、結局最初から大佐さんに嫌われていた私の所に視線が集まりました。もう逃げようがありません。でも進撃すれば艦砲射撃です。艦砲射撃でも銃殺でも死ぬのには変わりありません。いえ、銃殺の方はまだ死体が残るだけマシかもしれません。艦砲射撃を受けたら戦車ごとバラバラですよ。そんな死に方は嫌だなと、そういう風に自分を無理やり納得させて、作戦の中止を進言しました」

 独裁国で中央の命令に逆らうには、普通の勇気だけでは足りなかったのであろう。

「そうしたら、まるで鍛冶屋の金床のようでしたね。みるみる大佐さんの顔が赤くなって、罵詈雑言の嵐ですよ。私ですか? 不真面目な士官ですから両耳に指を突っ込んでそっぽを向いていましたよ。そろそろ頃合いかと思ったところで耳から指を抜いて、改めて作戦の中止を進言しました。まあ大佐さんだって分かっていたはずです。あんな艦砲射撃を見せられてポート・ターリクへの進撃は無理だという事はね」

「それで、どうなりましたか?」

「さんざん怒鳴り散らした後にたっぷりの嫌味を言われましたけれど、大佐さんは渋々といった態で『司令部に問い合わせてみる』と言って、長距離通信機を置いた寝室へと入って行きましたね。その間に砲兵隊やら騎兵隊の隊長さんたちが代わる代わる『助かったよ』と声をかけてくれました。死にたくないのは誰も一緒ですからね」

「その長距離通信機というのはどういった物だったのでしょうか?」

「無線通信機でした。それでモイラ帝国が空襲してくれるなどの情報や、日付の連絡があったのです。そうやって、しばらく寝室で長距離通信をしている気配がありました。そうしてから顔を真っ青にした大佐さんが出てきまして、我々に召喚状が届くことになったというわけです。まあ作戦の失敗の責任を誰かが取らなければならないわけです。各部隊の指揮官と、とくに私が指名されて王都にある陸軍作戦司令部に呼び出されて、作戦の失敗の報告をせよと言うわけです」

「当時にそれは大変なことでしたでしょうね」

「あー、今もね」

「!」

 少尉が何か言おうとするのを目配せで黙らせた元少佐は、話の続きをしてくれた。

「まあ全員が顔を真っ青にしましたね。作戦中止を言い出した私はもちろん連帯責任でこの場に居る全員が銃殺刑に処される可能性が出てきたわけですから。ともかく現場は上級曹長に後片付けを任せて、私はマドリへ向かう列車に乗り込みました。手錠などはかけられませんでしたが、もう半分罪人のような扱いでしたね」

「逃げようなどとは考えなかったのでしょうか?」

「そうしたら部下の誰かが代わりに銃殺になるかもしれないじゃないですか。まあ、でも私自身は清々しい気分でした。艦砲射撃が降って来る中を突撃すれば、中隊の全員が死ぬことになりますが、作戦が中止されれば死ぬのは私だけで済みますから。兵隊さんとは市民戦争の頃からの付き合いでしたし。そんな彼らの命を守る事ができたと胸を張って陸軍省の建物へと入って行きました」

「自らの正しさを信じていらしたわけですね」

「そんな大それたものではなかったですよ。通されたのは陸軍指導者という肩書になったリーデルの執務室でした。そこで現地の話をリーデルが訊くという態でした。でも、まあ半ば軍事法廷ですよ。弁護士は誰も居ませんでしたけれどね。検察役は大佐さんですね。そこで大佐さんは一生懸命、私のせいで作戦が中止になったという事にしようとしていましたね」

「怖くなかったですか?」

「もちろん足なんて震えてましたよ。いちおう砲兵隊の隊長さんが遠慮がちながらも擁護する発言をしてくれましたけれど、それを大佐さんが一喝して黙らせたりしてね。あと騎兵隊の隊長さんが証拠として写真を1葉提出してくれました。艦砲射撃の爆発の凄さの写真ですよ。白黒ですが爆煙が上がった瞬間を見事に収めていましたね。写真には木も写っていて、それと比較すればどれほど凄い爆発だったのか一目でわかりました。直接上司の中隊長さんは真っ青になって震えていただけでしたね」

 頼りにならない上司を持つと部下が大変なことになるのは、どの国でも同じであるようだ。

「執務机で黙って大佐さんの熱弁と、他の隊長さんたちの意見を聴いていたリーデルは、写真を見るなりに口を開きました。『こりゃあ無理だ』とね。それで私の首が繋がる事になりました。どうやらポート・ターリク攻略はリーデルの発案だったわけではなく、王党派に属する旧家の方々や外務省が主体となって作られた作戦だったようです。つまりリーデルからすれば、モイラ帝国のペテンに見事引っかかった連中というわけです」

 私はため息のようなものを吐いていた。どうやら元少佐の語り口に飲み込まれて、息を止めていたようだ。

「私は現地の部隊へ無事に帰される事になりました。リーデルの言葉を聞いた途端に掌を反すように私の戦略眼とやらを褒め始めた大佐さんは、もともとマドリに駐屯していた部隊ですから、そのまま部隊が引き揚げてくるのを王都で待つようでしたね。他の人たちも無罪放免ですから、信じられないような顔をしたまま陸軍省を出ました」

「当時としては珍しい出来事だったということですか?」

「まあ市民戦争の後片付けもあって、粛清と処刑の日々でしたからね。人の命が軽い時代でした。私は自分の部隊が心配だったので、すぐに駅に向かってトンボ返りしましたよ。その前にリーデルが個人的に『無理を言ってすまなかった』と非公式に頭を下げられてね。いちおう作戦の失敗はモイラ帝国の約束不履行のせいということで収まりましたが、陸軍内部にも責任を問う声がありました。そういったわけで私は銃殺刑にはなりませんでしたが、見事に出世街道を外れて、そのままガーダルキビール州で昼行燈となった次第です」

 真面目な顔で語ってくれていた元少佐が再び微笑みを浮かべた。

「リーデルはこの事件を受けて、勝手にモイラ帝国と交渉してイスパニア王国の中立を損なおうとした王党派の整理を行い、外務省には大きな影響力を持つことができるようになったわけです。そこから国家指導者たる総統まで駆け上がったのは周知の事実ですね」

 その後の独裁体制の維持に多くの血が流された事実は、別の歴史研究家に委ねよう。

「こんな私ですが、若い時に世話をした後輩たちが出世した後に引き上げてくれましてね。退役する時には少佐の肩書を手にすることができました。大佐さんもあの後に出世なされて、陸軍総監なんていう地位に就かれました。ですが汚職がバレてしまって真っ当な最期では無かった様です。大事なのは勇敢な弁舌では無くて、兵隊さんを大切にする心だよという話しでした」



★エピローグ


 こうして2度に渡るモイラ機動部隊の攻撃をしのいだ戦艦<ブルーリーフ>はポート・ターリクの防衛に成功した。的確な艦砲射撃の腕を見せたのは、もちろんレイ・ヴィクトリアズ砲術長(当時)である。海戦の途中でシャーロット殿下が予言したように彼にも仕事がやってきたわけだ。

 海戦で<ブルーリーフ>が所属した第9艦隊は、その所属艦艇が半減するほどの打撃を受けた。

 旗艦である<ブルーリーフ>(BB15)は一時的に危ぶまれる程に、バルジへの浸水で傾斜したが、副長であり防御総指揮官であるチャールズ・タートル海軍『冷や飯喰い』少佐(当時)の的確な間接防御(ダメージコントロール)で傾斜を復元した。

 戦艦としての戦闘能力を失わずに夕刻にポート・ターリクへと入港した<ブルーリーフ>は主砲をもって「実弾演習」を行った。1キュビトも境界線を侵すことなく行われた実弾演習によってイスパニア王国はポート・ターリク侵攻を諦め、そのまま終戦まで(だいぶ枢軸国よりであったが)中立を守った。

 翌日に在王国大使館の駐在武官から、両国の関係に誤解が生じないように、ああいった際どい実弾演習は控えてもらいたいと公式な申し入れがあった事は余談であろう。

 だが損害が無かったわけではない。王姉親衛隊隊長であったイーディス・オリアナ・ヘジルリッジ海尉(戦死認定後特進)をはじめとして<ブルーリーフ>は戦死者7名、負傷者80名を出した。そのほとんどが至近弾の弾片によるものである。

 他の第9艦隊に所属していた艦の損害は以下へ簡単にまとめる。

 戦艦<ブルーリーフ>とストライク・アルファを組んだ第2艦隊遣第9艦隊練習魚雷戦戦隊旗艦<アロー・メーカ>(CL8)はいつでも艦隊の先頭にあった割に損害は無くて、至近弾1発を記録しただけであった。

 それでも負傷者10名を数えているのだから至近弾の恐さが知れるという物である。

 戦艦<ブルーリーフ>供奉艦<ブラック>(DD63)は敵雷撃機の攻撃から主君を守るために盾となって轟沈。<ロングボウ>に救われた生存者は負傷者も含めて25名であった。戦死者は最も多く130名を数える。

 同じく供奉艦の<ホワイト>(DD75)も敵雷撃機の攻撃を<ブルーリーフ>の代わりに受けて艦首を喪失。本土に回航したが、あまりの損害に修理しても再戦力化は難しいと判断されて現地で解体された。

 艦橋より前で勤務していた乗組員に被害が集中しており、戦死者30名、負傷者54名を出した。

 魚雷戦戦隊直属の防空駆逐艦<ロングボウ>(DA12)は機関故障により艦隊より落伍するも、出し得る限りの速度で追随した。単独で進撃する<ロングボウ>は幾度か敵機の襲撃を受けるも、これを優れた対空能力で退けて、損害を受けた他艦の救援にまわった。結局、本隊よりも遅れる事12時間でポート・ターリクへと入港し、現地で応急処置を受けた後に本土へと回航されて3ヶ月もの修理の後に艦隊へと復帰した。

 海戦時に至近弾を受けたため戦死者3名、負傷者15名を出している。

 207駆逐隊所属の<エトリック>(DD393)は幸運艦と言えるだろう。海戦の間、敵機の攻撃をまともに受けることなく戦闘航海を続け、多数の敵機を撃墜したとされる。それでも至近弾により2名の負傷者を出した。

 しかし僚艦の<グリスウォルド>(DD403)はそこまで幸運では無かった。第1次攻撃がひと段落をついて油断した隙に急降下爆撃の直撃弾を受けてしまったのだ。この直撃弾により前部弾火薬庫が誘爆し、艦橋より前の各室に浸水して前進が不可能となってしまった。後に艦隊から落伍していた<ロングボウ>に船尾側から曳航されてポート・ターリクへと入港する事が出来た。

 ポート・ターリクでは応急処置を施し、本格的な修理は本土西海岸マージーにて行う事となった。しかし誘爆時の損害が大きく、艦隊に復帰できたのは約1年後となる。海戦時の戦死者は57名、負傷者は34名にもなる。

 605駆逐隊所属の<フレミング>(DD400)は記録ではもっとも多くの敵機を撃墜したされる。しかし執拗な機銃掃射を受けたため、主に対空機関砲の配置者から戦死者12名、負傷者12名を出している。

 僚艦の<フェア>(DD401)は第2次攻撃でまともに攻撃を受けた。魚雷1本を機関室に受けて動きが鈍ったところに急降下爆撃機が襲い、艦体は海面に横倒しとなって沈没した。沈没までわずかだが時間があったため艦長以下乗組員の半分以上が脱出に成功した。しかし戦死者100名、負傷者45名を出した。生存者の多くはこれまた追いついて来た<ロングボウ>の救援を受けた。

 同じく激しい第2次攻撃を受けた<フィネガン>(DD402)は多数の至近弾を受けたが損傷は軽く、小破判定であった。しかし戦死者17名、負傷者47名を出した。


 他に王国空軍の各部隊も海戦に介入した。

 第1爆撃集団に所属する重爆撃機は延べ100機にもなる爆撃隊を編成し、高高度より敵機動部隊を攻撃した。この攻撃により駆逐艦1隻に損傷を与える事が出来た。

 また沿岸航空隊は、所属する雷撃機<タルコ>で編成された雷撃隊を向かわせた。この攻撃は搭乗員全員が敵機動部隊まで往復できるだけの航続距離を<タルコ>が持っていないことを承知の上であった。

 決死の雷撃隊は敵機動部隊の発見に成功したが、敵直掩隊阻まれて全機が射点に至る事ができなかった。搭乗員はその後に漁船などに救助されている。

 他に王国本土南部の防空部隊である第5戦闘機集団に所属する重戦闘機<ビズレー>を所有している各航空基地は延べ250機にもなる空戦隊を第9艦隊上空へと派遣した。この傘は同艦隊に襲い掛かる敵機の迎撃に活躍した。

 こういった活躍も王国最古の航空部隊である第1偵察部隊が、的確な情報を空軍首脳部へ送り続けたからである。高高度を高速で行動した第1偵察部隊には損害は無かった。


 この海戦により、古い戦艦であれ準備さえ怠らなければ1流の機動部隊に対抗しうることが戦訓として残された。

 しかし、この2日後に偉大洋西部にて行われたクラウ・ピナン沖海戦において王国海軍は、超弩級戦艦<アイリス>(BB32)と高速戦艦<ホットスパー>(BB22)を、モイラ海軍基地航空部隊の手で沈められる事となった。

 この2隻には4隻の駆逐艦しか護衛がついておらず、さらに上空を守る友軍機は1機もいなかった。

 この戦例と合わせて王国海軍は、艦隊には上空直援機が必要という戦訓を得る事となった。


 この海戦で勝利を得た我が王国は「殿下へ続け(フォロー・ハー・ハイネス)」の標語で団結し、この戦争を戦っていく事となる。

 そしてシャーロット殿下と戦艦<ブルーリーフ>は、偉大洋狭しとばかりに活躍する事となるのである。

 おしまい。



★資料


 王国海軍の階級

将官

大提督(Admiral of the Fleet)

提督(Admiral)

海軍中将(Vice Admiral)

海軍少将(Rear Admiral)

佐官

海軍代将(Commodore)

海軍大佐(Captain)

海軍中佐(Commander)

海軍少佐(Lieutenant Commander)

尉官

海尉(Lieutenant)

下級海尉(Sub-Lieutenant)

海尉心得(Midshipman)

候補生(Officer Cadet)

准尉

(軍艦旗)准尉(Color Warrant Officer)

准尉(Warrant Officer)

下士官

上級兵曹(Chief Petty Officer)

兵曹(Petty Officer)

水兵

水兵長(Leading Rate)

水兵(Adle rate)



 王国軍務省における行政官の階級

事務次官:大将相当

第2事務次官:中将相当

3ツ星高級官僚:少将相当

2ツ星高級官僚:大佐相当

1ツ星高級官僚:中佐相当

上級首席行政官:相当する階級が無いが勤続年数によってどちらかに決められた

首席行政官:少佐相当

上級上席行政官:大尉相当

上級行政官:中尉相当

行政官:少尉相当



 開戦時の<ブルーリーフ>前檣楼の各階層

●主砲射撃所:主砲方位盤・主砲測距儀

●戦闘艦橋:方位測定室・海図台・第4電話室

●司令部艦橋:上部見張所・EVホール・作戦室兼幕僚休憩室・第2レーダー室・艦橋士官便所

●測的所:士官休憩所

●副砲指揮所:主砲前部射撃予備指揮所

●前部照射指揮所:近接防御兵器(25キュビト単装機関銃)

●羅針甲板:下部見張所・艦長休憩室・第1電話室・司令官休憩室・艦橋上級士官便所

●司令塔:第2電話室・海図室

●旗流甲板:通信指揮所・手旗信号台

●シェルター甲板:前部電信室・洗濯機室・電池室

●最上甲板

●上甲板:艦長公室私室・司令官公室私室

●中甲板:EVホール



 ポート・ターリク沖海戦時における<ブルーリーフ>の各長の名簿

・艦長:シャーロット・ルイス海軍少佐(王姉殿下)

・副長(主計長兼務):チャールズ・タートル海軍『冷や飯喰い』少佐(王姉配)

・航海長:ポール・ビンセント海軍少佐(子爵)

・内務長:ジョージ・リッケンバイヤー海軍少佐

・砲術長:レイ・ヴィクトリアズ海軍少佐

 ・副砲長:ロバート・ダニガン海尉(男爵)

 ・対空長:チャールズ・マクガイヤ海尉

・王姉親衛隊隊長:イーディス・オリアナ・ヘジルリッジ海尉心得

・通信長:ジョゼフ・教授・レイモンド海軍少佐

・飛行長:ローガン・アレン海軍少佐(男爵)

・機関長:ジャック・ウィーバー少佐

・医務長:エド・スロップ少佐

・運用員長:ジョン・『メイガス』・スミス准尉

・陸戦隊隊長:リチャード・リットメイヤー海尉

 他にレーダー実験小隊



 ポート・ターリク沖海戦時における第9艦隊の序列

・王国海軍ストライク・アルファ(アルファ群)

 旗艦:練習戦艦「ブルーリーフ」(BB15)

 直衛:船首楼級駆逐艦「ブラック」エドワドバーグ級(旧人名級)駆逐艦「ホワイト」

 練習艦隊旗艦:(旧式)T級軽巡洋艦「アロー・メーカ」

 駆逐艦戦隊(所属は本国艦隊):防空駆逐艦「ロングボウ」

・207駆逐隊

 E級9番艦「エトリック」G級1番艦「グリスウォルド」

・605駆逐隊

 F級7番艦「フレミング」8番艦「フェア」9番艦「フィネガン」

 他に空軍の各部隊も参加

 モイラ帝国側の戦力はカークウォール軍港奇襲時に変わらず



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