第12部 モイラ海軍から見たポート・ターリク沖海戦。
この部分では、敵側から見たポート・ターリク沖海戦の様子を取り扱っている。証言者はカークウォール空襲の様子を語ってくれた彼である。
いつもは艦上からの視点であるが、航空機から見た海空戦の様子が語られる。
★第2次攻撃隊のこと。
今まで我々王国海軍の立場からのポート・ターリク沖海戦の様子を記して来た。それでは敵側であるモイラ海軍ではどのような感じだったのであろう。
私の取材メモは、モイラ帝国にて飛行兵を務めていた人物の取材に戻る。
「カークウォール空襲から艦隊に帰ると、お祭り騒ぎでしたね。攻撃の主力は雷撃隊が務めたわけです。彼らは搭乗員詰所の真ん中にドカリと座って、アレはヘクター級に違いなかった、俺はロード・クライド級を雷撃したぞと自慢大会です」
「1番えばっていたわけですね」
「そうです。私たち急降下爆撃隊は部屋の端で輪を作り、無事に作戦が成功して良かったなどと話しをしました」
「慎ましくお祝いをしたわけですね」
「可哀そうなのは戦闘機乗りですよ。まだ、あの頃は新型戦闘機も空母に乗っていなくて、古い<96番軍用機>でしたから。機動部隊からカークウォール軍港まで航続距離が足りなくて留守番だったわけです。ああ<96番軍用機>というのは、こちらでは<フロスティ>と呼ばれていたのでしたっけ。軽量な格闘戦用の機体なので飛べる距離が<99番軍用機>の(王国側で<ビーグル>と呼んだ艦上爆撃機)3分の2程度でした」
飛んで行ける距離が足りないのでは役立たずである。
「モイラ海軍航空隊では1番成績が良い搭乗員は、雷撃隊に配属されます。その次が(急降下)爆撃隊でした。戦闘機乗りというのは、成績が落ちこぼれの者か、もともと集団で行動する事が苦手な者がなるという風潮でしたね。まあ空母の格納庫を狭くしているだけの、お荷物のような扱いでした。その時も雷撃隊の若い者に、けっこうなベテランの戦闘機乗りが、厨房に行って酒の肴になるような物を見繕ってこいと、まるで遣い走りのような事をさせられていました」
「それは酷い話ですね」
「私たち(急降下)爆撃隊はそのような横柄な事はせずに、雷撃隊とぶつからないように、また戦闘機隊を助けるでもなく、コソコソと静かに祝杯を上げました」
「それも酷い話ですね。我々の価値観からすれば、同じ空母搭乗員ではないですか」
「まあモイラ人の悪い所ですよね。すぐに上下関係を定めようとする」
「ここで文化の違いを論じてもあまり意味が無いと考えますが」
「そうですね。それは別の機会に致しましょう。私たち第1次攻撃隊には目立った被害は無かったのですが、王国海軍側が奇襲の衝撃から立ち直って、できるだけの反撃をしてきた、第2次攻撃隊には結構な損害が出ました。撃墜されて未帰還になった機体もありましたし、機動部隊まで辿り着いたのはいいけれど、そこで力尽きて海面へ不時着水をした機体などもありました。他にも被弾による不具合や、単純な故障なども含めて、機動部隊全体で4個中隊ほどの機体が使用不能になりましたね」
「それは大きな被害だったのではないでしょうか」
「3機で1個小隊。3個小隊で1個中隊ですから、全体の1割ほどがダメになったと考えて間違いないでしょう。他にも普通の故障などで6個中隊も飛べなくなりました。もちろん整備班の連中は、それこそ徹夜で修理に取り掛かってくれましたが、海の上では補修部品にも限りがありますからね」
「それでは戦力は半減していたと言う事でしょうか」
「半減どころではありませんよ。機体が無事でもケガをしたり体調を崩した搭乗員も居ましたから。でも、作戦当日は搭乗員詰所で作戦成功を祝う祝賀会をして、そのまま翌日まで飲みました。翌日は全員が二日酔いだったと思います。私も酒に対して強いと言えるほどでも無いのに、もう戦争に勝った気がしてしこたま飲みましたもの」
「たった1度の攻撃で戦争の勝敗が決した物と思ったわけですね」
「そうです。気が大きくなっていました。まあ二日酔いでも、翌日は補給艦と会同して艦隊は補給に入って、搭乗員のほとんどは仕事がありませんでしたけれど。貧乏くじを引いた何組かが、周囲の哨戒に飛ばなければならなかったぐらいです。私は悪運が良くて、いつもより揺れているように感じる空母で寝転がっている事ができましたね。午後になって搭乗員に集合がかけられました。それぞれが重い足を引き摺って飛行甲板に上がると、艦橋の壁に新しい作戦が白墨で書き出されていました」
「新しい作戦?」
「壁に書かれていたのは中央海入り口に位置するポート・ターリク周辺でした。その前で飛行長がポート・ターリク港空襲の説明をみんなにしました。今度は奇襲では無くて強襲になるので被害はそれなりに出るだろうが、この作戦を成功させればポート・ターリク港をイスパニア王国陸軍が占領し、ディスランド王国の通商路を遮断することになる。そうなれば来年の春には休戦して、国際会議で我が国の勝利が確定する。というような説明でした」
「甘い見込みのような気もしますが」
「そうですよね。いちおう将校の端くれとして(筆者注:航空機の操縦士は将校が補職される)戦略も学んでいましたが、私もそう話しがうまく行く物か半信半疑でしたね。翌日にはポート・ターリクを攻撃圏内に入れるので、今日は引き続きダラケていて良いなんていう事も言われました」
「それでは機動部隊は港を空襲する態勢だったわけですね?」
「そうです。雷撃隊の人たちは水平爆撃に不満があるようでした。やはり対空砲火の中をくぐるように低空飛行で敵艦に肉薄する方が、身の危険もあるが同じぐらいやりがいがあったからでしょう。私たち爆撃隊は、カークウォールの時と違って忙しくなりそうでした。なにせ相手は王国陸軍の戦車部隊です。駐留基地は雷撃隊の水平爆撃で焼き尽くすことができますが、それだけでは戦力を削いだ事にはなりません。私たち急降下爆撃隊が、それこそ1両ずつ戦車を虱潰しに爆撃して破壊しなければなりませんから」
「1つ1つですか。大変ですね」
「ええ。ですから相手は装甲された車両と言う事で、徹甲爆弾を抱えていく事になりました。雷撃隊は魚雷ではなくて通常爆弾です。そして戦闘機隊はまたもや留守番というわけです」
「戦闘機隊が届くほど機動部隊はポート・ターリクには近づかなかった?」
「そうです。まあ1度きりの空襲で勝負を決めて、さっさと本国へと逃げ帰るつもりだったのですから(機動部隊司令部としては)あまり王国の支配領域へ深入りをしたくなかったのでしょう。日付の変わる時間から空母の艦内は騒がしくなりました。整備員たちが燃料や弾薬を積んだ艦上機を飛行甲板へと並べて、暖機運転を始めるからです。1隻の空母で100機あまりの艦上機があります。攻撃隊として出撃するのは、その内30機程度ですが、それを全て人力で並べるのですから、並大抵の労力ではありませんよ」
現代の航空母艦には艦上機を牽引する車両が積み込まれている。そういった物は機動部隊黎明期には存在しなかったと聞いている。
「搭乗員たちはもうちょっとだけ寝てられます。明け方の1時間前に起きて準備すると、中隊ごとに集まって航法に必要な航空図などを受け取って説明を受けます。ですが攻撃隊で纏まって飛ぶ時などは気楽ですね。なにせ編隊長機についていけば良いだけですから。その時の説明で、こちらの潜水艦が有力な艦隊をハヤシ海峡出口に発見したという話を聞きました。その時はまだ周辺の敵勢力がどのようになっているかの情報の1つでした」
それがシャーロット殿下が率いる第9艦隊であった。
「日の出前に前路哨戒の任務を命じられた<97番軍用機>が空母から飛び立ちました。同じように巡洋艦からは<94番軍用機>が射出機で発進しました。普段の哨戒よりも機数を多めにしていたようです。機動部隊が1番恐れていたのは、ディスランド海軍の空母でしたね。なにせ空母と航空隊が使い物になると、自ら2日前に証明したばかりですから。敵空母が出てくるかもしれない、そうなったら血みどろの戦いになるから搭乗員一同は覚悟しておくようにと編隊長が訓示しましたね」
その頃、王国海軍の空母は偉大洋南方に居たため攻撃圏にモイラ機動部隊を入れる可能性は全くと言っていいほど無かった。しかしモイラ側はそれを把握していなかったようである。
「夜が明けてポート・ターリク攻撃隊が発進しようと搭乗員たちが艦上機に乗り込みました。私は最初から第2次攻撃隊に割り当てられていたので見送りでした。乗機は狭い飛行甲板に置いておけなくて、下の格納庫でした。飛行甲板の先端に誘導員が立ち、白と赤の信号旗を構えます。あの白の旗が振られたら攻撃隊の発艦です。飛行甲板の先頭には編隊長機の<97番軍用機>が並べられていて、グーンと絞り弁を開いて発動機の回転数が上がります」
私は彼の話し口に吊られてついつい乗り出していた。
「と、そこで誘導員が赤い旗を激しく横に振りました。発艦中止の合図です。それを見て、どうしたとばかりに各機から搭乗員たちがおりてきました。みんな気分が高揚しているところに水を差されて不機嫌でしたね。すると艦橋から(空母が所属する)航空戦隊の参謀が駈け出してきて『発艦中止』と何度も叫びました。理由を説明するために各中隊長が集められました。すると昨夜に潜水艦が発見した艦隊が、こちらへ向かって進軍中ということでした」
「それは潜水艦が追いかけていたということですか?」
「夜明けに飛び立った哨戒隊が発見したのです。哨戒機は最初『有力ナル敵水上部隊ガ機動部隊ニ向カウ』と報告してきました。続いて『敵艦隊ノ勢力ハ大型艦3、中型艦7、小型艦2』それと海図上の座標と針路を送ってきました。さらに『大型艦ハ戦艦ヲ含ム』と来たから、攻撃隊は盛り上がりましたね」
「盛り上がった?」
「なにせカークウォール空襲は的当てと同じだったわけです。動かない目標にただ爆弾と魚雷を放っただけです。ですが、今度は戦闘航海中であるはずの生きている獲物が相手です。やはり(急降下)爆撃機乗りになったからには、そういった相手と戦いたいと思っていました。自分が死ぬ可能性なんて、その時は忘れていたという表現が1番近いですかね」
「強敵ほど血が滾るという奴ですか」
「まあ、そんなに格好良い物ではありませんでしたけどね。熟練の雷撃隊の人たちも『王国にはまだ6隻以上の戦艦がある。その内の半分を出して来たということか』とか『その中で有力と言う事は、おそらくアイアン・メイデン級ではないか』とか、同じように自分が死ぬことなんか少しも考えていない様子で、どのような敵なのかを想像し合っていましたね。ですから自分が死ぬ可能性を忘れていただけですよ」
彼は自嘲するように顔を歪めた。
「それから飛行甲板は大騒ぎでしたね。地上攻撃のために<97番軍用機>には爆弾が積まれていたわけです。せめて徹甲爆弾ならばよかったのですが、地上攻撃用の通常爆弾でしたから、戦艦を攻撃するには向かない装備でした。慌てて空母の魚雷庫から航空魚雷を出して来なければなりませんでした。しかも交換は格納庫でないとできません。機体から爆弾を吊るす金具と、魚雷を吊るす金具は全くの別物だったからです。それを交換するには格納庫でないとできません」
「金具から交換するのですか」
爆弾から魚雷への兵装交換と聞いて、吊るしていた爆弾を魚雷に変えるだけかと思っていたが、どうやらもっと手間がかかるようである。
「手の空いている者がみんなで押して昇降機に乗せて格納庫へと下ろします。前部昇降機で下ろして、格納庫で魚雷に交換すると、中央昇降機で飛行甲板へと戻します。その間<99番軍用機>は邪魔ですから飛行甲板の1番後ろへと寄せておきました。そうやって大騒ぎで装備の交換をしました。私も手伝いました」
「搭乗員も手伝うのですか」
「雷撃隊の人は偉ぶっていますから見ているだけですよ。私たち急降下爆撃隊や戦闘機隊は搭乗員もコキ使われましたね」
搭乗員を大事にする王国側とは違う様である。
「でも7020戦隊の司令官である<火の玉>ペトロフ海軍中将(当時)が、通常爆弾でもいいからすぐに攻撃しようと言っていたらしいですね。敢闘精神が旺盛な方だったらしいので、彼らしい意見です。下端の搭乗員から言わせてもらえれば、装備転換が不要の方が楽でいいですよね。余分な仕事をしなくても済みますから」
「体力は温存しておかないとなりませんか?」
「まあ若かったですから、ちょっとぐらいの肉体労働は平気でしたけれどね。そうやって大騒ぎをしていたら、今度は別の騒ぎが持ち上がりました。艦橋からすぐに戦闘機を発艦させろというのです。理由を聞いたら機動部隊が偵察機に発見されたというではないですか。もし攻撃圏内に敵空母がいたら、すぐにも攻撃隊が飛んできます。ですから直掩機を上げろということなのですね」
この偵察機は王国本土から発進した陸軍偵察隊の長距離偵察機である。
「ただでさえ<97番軍用機>でごった返している飛行甲板に、<96番軍用機>を挟みこんで発艦させるなんて大変ですよ。救いだったのは<96番軍用機>が格闘戦用に割と小型な機体だったことですかね。なんとか割り込ませて発艦させることができました。でも先ほども申した通り<96番軍用機>は航続時間が短いのです。燃料が切れた機体が帰って来ようにも、いまは<99番軍用機>が飛行甲板の後ろを塞いでいますから、着艦は無理です。ですから攻撃隊が発艦しないと、彼らは近くの海へ不時着水することになります」
海上に不時着水することは現代でも困難がつきまとう。下手をすると海面に接触した瞬間にバラバラに分解してしまうだろう。
その命がけの不時着水が強制される出撃というのは非常事態であることに間違いない。
「でも編隊長とか冷たい態度でしたね。航空隊の主役はあくまで雷撃隊で、戦闘機隊はオマケどころか邪魔者扱いでしたから」
「同じ操縦士なのに酷い話ですね」
「まあ海軍としては、戦闘機乗りは成績の悪い者や半端な者だから、いざとなったら切り捨てられる連中といった認識だったのでしょうね。私たち爆撃隊はそんなことはありませんでしたよ。なにせ1歩間違えればアチラ側だった可能性がありますし、なんなら部隊でうまく行かなかったら左遷されて戦闘機隊に配属なんていう可能性もありましたから、他人事ではありませんでした」
「『今日は人の身、明日は我が身上』という奴ですね」
「王国の人はそう言うらしいですね。モイラでは『アト・チュリミ・ダ・アト・スミニ・ザリカイスャ』(モイラ帝国の言葉で「刑務所と物乞い袋からは身を遠ざけてはならない」という意味)と言います。<96番軍用機>は格闘戦用ですから身軽で、短い滑走距離でも飛び立つことができます。6隻の空母から3機ずつ、18機が上がった様です。でも偵察機には逃げられたようでした」
すでにこの時には戦闘機改造の戦略偵察機が実戦配備されており、その速度は270ノット(約時速500キロメートル)を超える速度を出せた。対して艦上戦闘機が出せる速度は220ノット(約時速407キロメートル)がやっとの時代である。この性能差は艦上機が空母にて運用するために様々な制約を受け、性能上不利であるのが原因である。
「中央昇降機で雷撃機を上げても、すぐに攻撃へと向かう事はできません。あの頃の機体はドレも暖機をして機械油が行き渡らないと、すぐに焼けつきを起こして発動機が止まってしまうからです。機体の準備が終わるまでに搭乗員に再集合がかけられました。艦橋の壁に白墨で書かれた情報は一新されており、こちらへ向かって来る艦隊の物になっていました」
現代のジェット戦闘機もスイッチを入れたらすぐに離陸と言うわけにはいかない。航空機という物はかくも手がかかる物なのだ。
「編隊長は腰に差した佩刀を抜くと、白墨で書かれた海図を差して言いました。『敵艦隊には空母は含まれないようだが、戦艦が居るらしい。戦闘航海中の戦艦を沈めれば史上初の快挙である。これを成し遂げれば名実ともに我が機動部隊が世界最強である証となる。各員は一層奮励努力せよ』と勇ましい訓示をしました。そこに航空戦隊の司令官まで顔を出されて『この栄誉こそ我が部隊に相応しい。是非とも成し遂げてもらいたい』と短いながら激励されました。私も、自分が歴史に残る海戦に参加する事になるのだと興奮しましたね」
「そういった事前打ち合わせに戦隊司令官が参加される事は珍しかったですか?」
「ええ。普段は、偉い人は司令部でふんぞり返っているばかりですから。そして第1次攻撃隊が飛び立ちました。私は第2次攻撃隊であることに変わりは無かったので。手を振って見送りましたね。先に飛び立つ雷撃隊の人が『たかが戦艦の2、3隻、第1次攻撃隊で総浚えだ。貴様たちは残敵掃討を頼むぞ』と言っていました。まあ第1次攻撃隊には15個中隊も参加していましたから、並の都市ならば吹き飛ばすだけの威力があったはずです。ですから彼らの言い分はもっともだと思いましたね」
その数15個中隊と言えば135機である。<ブルーリーフ>見張長であったジム・ロビンソン元准尉が戦闘艦橋から数えた数と一致する。
「大型艦が沈んでも敵艦隊がコチラに突っ込んで来るとしたら、それは駆逐艦のはずです。軽快な駆逐艦には魚雷は当たりにくいというのが開戦前の演習で分かっていましたから、そうなると命中率の高い私たち(急降下)爆撃隊の出番と言うわけです。どちらかというと冷や飯食いの立場でしたから、やっと表舞台に出ることができそうだと思いました」
「やはり雷撃隊が主役だったからですか」
「そうです。ですからすぐにでも第2次攻撃隊を飛行甲板に並べたかったのですが、その前に燃料が切れた<96番軍用機>が降りてくる事になりました。代わりの直掩機も上げなければなりませんし、しばらくは<96番軍用機>が飛行甲板を使っていましたね。私は空母の通信室に行って、顔なじみになった通信科の人に状況を訊ねました。すると機動部隊の周囲は不気味なほど静かだそうで。たまに目標となったと思われる敵艦隊が本国と連絡を取っている気配があるだけ、近くの海域には他に敵勢力は居なさそうだという事でした」
「そういった横の繋がりは普通の事だったのでしょうか?」
「あまり他の人はやっていませんでしたね。私は落ちこぼれだったので、少しでも自分が生き残るためにできることは何でもやるという姿勢を取っていましたから。敵情の確認も、知っているのといないのとでは大違いですからね。そうやって自分で出来るだけの情報収集をやって。さらに出撃の準備も手伝っている内に時間が経ちました」
「第1次攻撃隊との時間差はどのくらいだったのでしょうか?」
「第2次攻撃隊の発艦時間は1時間遅れぐらいでした。離艦の順番は1番最後でした。なにしろ私たちの(急降下)爆撃隊は機動部隊で1番のヘタクソということになっている部隊でしたから。離艦に失敗して飛行甲板を塞いでしまったら、攻撃隊全体が発艦できなくなるという理由です」
それが事実ならば冷酷なようであるが正しい判断ではある。
「中隊は中隊長が1番機で、それから2番3番と偉い順に番号が振られているのですが、私は9番機でしたから。私はヘタクソ爆撃隊のヘタクソ中隊のヘタクソ小隊で1番のヘタクソという位置なわけです。まあいくらヘタクソでも編隊を組むぐらいは叩きこまれていまして、危なげながらも小隊長機について飛んでいく事になりました。編隊を組んでいると速度調整とか気を使いますが、なにより航法をサボれるのが嬉しかったですね。間違った地点へ飛んで行ってしまっても、責任は編隊指揮官にあるわけですから」
「当日の天候は安定していましたか?」
「一面の青空でしたね。瓶の炭酸水を持ち込みましてね。操縦桿を足に挟んで景色を眺めながら飲んだりしてね。そうやってのんびりと飛んでいると、後席の相棒が座席越しに前方左を指差しました。そちらを見ると航空機がこちらへ向かって飛んで来るのです。すわ敵の戦闘機かと驚きました」
私はこの言葉を聞いて驚いた。攻撃隊を途中で迎撃したという記録は王国側には残っていないのだ。
「近づいて来るうちに味方の<97番軍用機>であることが分かりました。こんなところに1機だけで何をやっているのだろうと思いましたね。どうやら前路哨戒に出ていて敵艦隊を発見した哨戒任務の帰りだったようです」
モイラ海軍側の記録によると、艦上雷撃機である<97番軍用機>と水上偵察機である<94番軍用機>とあわせて12機が艦隊の進路前方を哨戒線を張っていた。
「すれ違う時に手でも振ってやろうと思って見ていると、そんな呑気な雰囲気でない事に気が付きました。向こうの機体は穴だらけでした。敵機との空中戦で被弾した痕ですよ。しかも3つある搭乗者席をまとめて覆っている風防ガラスが真っ赤に染まっていました。おそらく操縦士は無事でしょうが、同乗している偵察員か射手に敵弾が当たって大量出血したのでしょう。味方である合図である翼を振り合って別れましたが、それまで興奮していた頭に冷水をかけられたような衝撃でしたね」
「それまでは、やはりカークウォールの成功が影響していましたか?」
「ええ。あれで、もう戦争は勝った気でいましたから」
「すれ違っただけで攻撃隊に変化はありませんでしたか?」
「はい。ガッチリと編隊を組んだまま進撃しました。しばらくすると攻撃隊の先頭を行く編隊長席の風防が開けられました。最後尾に座る銃手が赤と白の信号旗を持って立ち上がったのが見えました。どうやら哨戒機の様子から敵艦隊上空には直掩機が居るものと判断されたようで『2の場合』という意味の手旗信号を2回送ってきました。『2の場合』というのは(急降下)爆撃隊の決められた中隊が、敵艦への攻撃を諦めて、味方機の掩護にまわるという作戦です」
「それは先に決めておいた信号でしょうか?」
「はい、そうです。幸い私が所属するのはヘタクソ中隊ですから『2の場合』でも制空任務ではなくて爆撃任務のままでした。それから間もなくです。切れ切れの雲の間から見える青い海面に、白い筋が何本か引かれているのが見えました。正しく敵艦が引く航跡です。その時の敵艦隊は、戦艦を中心とした輪形陣を取っていましたね。真ん中の航跡を囲んで5角形を描くように他の航跡が白く見えました」
第1次攻撃の結果、第9艦隊に発生した損害と釣り合う数である。
「他に上空から見ていると遠くまで見ることができるわけです。艦隊のだいぶ後ろでモクモクと煙を上げて止まっている巡洋艦が見えました。(筆者注:駆逐艦<グリスウォルド>を誤認したと思われる)それからもっと後ろに2隻の駆逐艦が並んでいるのが見えました。そちらは遠くて詳細に確認はできませんでしたが、艦隊から落伍したのは確実でした。どうやら第1次攻撃隊は3隻を仕留めたようだぞと思いました」
ほぼ轟沈と言える<ブラック>などの戦没艦は、この時すでに波間に消えていたのであろう。
「でも見えている艦隊と、こちらの哨戒機の報告と数が合いません。他にもう1つ敵の艦隊が水平線の向こうにあって見えないものかと思いましたが、編隊長の判断は違ったようですね。盛んに編隊長機の銃手が白い旗を振っていました。意味は『全軍突撃セヨ』です。いま見えている艦隊を全滅させれば、もし他に艦隊が居たとしても驚いて変針するとでも思ったのでしょう」
「攻撃隊すべてで見えている輪形陣を攻撃することにしたわけですね」
「そうです。と、右手を飛んでいた空母<リタイツ>の(筆者注:モイラ帝国の言葉で「飛ぶ」という意味)(急降下)爆撃隊第1中隊がグーンと速度を上げながら、腹に吊っていた爆弾を捨て始めました。何かと思ったら攻撃隊よりも高い高度に、見慣れない双発機が飛んでいるのが見えました。王国の長距離戦闘機でした。それと空中戦をするために第1中隊は爆弾を捨てて速度を上げたというわけです」
「重い爆弾を吊るしたままだと戦えないからですね」
「その通りです。他にも空母<クラスナヤ・ステナ>の(筆者注:モイラ帝国の言葉で「レッド・ウォール」直訳すれば「赤い壁」であるが「鮮血に染まった処刑場」の意)(急降下)爆撃隊第1中隊も制空任務に移ったはずです」
「確認はできなかった?」
「もうコチラは(急降下)爆撃で頭がいっぱいでしたからね。第2次攻撃隊は大きく3つに分かれました。それぞれ雷撃中隊と(急降下)爆撃中隊を複数含んだ編成です。訓練では前後左右の4方向から雷撃中隊が1個ずつ目標に雷撃して、どちらにも舵が切れなくなったところへ2個以上の(急降下)爆撃隊が突入して命中弾を得るという『雷爆同時攻撃』を基本としていました。その時も第1派攻撃隊は『雷爆同時攻撃』をするために、雷撃機は低空へ下りて急降下爆撃機は上空で編隊を組みなおしました」
「そういった戦術だったということですね」
「戦前はそういう段取りでしたから。開戦しても一朝一夕には変えられるものではありませんね。3つに分かれたのは、その『雷爆同時攻撃』をする塊が3つ分あったからです。私たちの爆撃中隊は第3派に配属されていたので、第1派、第2派が失敗した時の保険みたいなものです。その時は第1派攻撃で敵戦艦は沈み、第3派は残敵掃討となるだろうなと思っていました」
「それだけの自信があったわけですね」
「その通りです。編隊を組み直しながら敵艦隊に近づくと、最初は航跡しか見えなかった敵艦隊の姿をはっきりと見ることができました。そして同時に無線機が五月蠅くなりました」
「五月蠅くなった?」
「敵艦隊を見たパイロットたちが驚きの声を上げたからです。輪形陣を組む駆逐艦たちは王国海軍の標準塗粧(筆者注:塗粧とは軍艦の艦体に記入される記号などを含んだ塗装のこと)である本国艦隊青色に塗られていました。でも中心で波を掻き分けている戦艦だけは色が違ったのです。真白で、さらに金で縁どられてアチコチが太陽光を反射してピカピカと輝いていました。世界広しといえど、そんな戦艦はただ1隻です」
「たしかに他の国にも白く艦体を塗った戦艦は居なかったようですね」
「雑音だらけの無線機から誰かの声で『宮殿戦艦だ』という言葉が聞こえました。ディスランド国王の姉にあたるシャーロット殿下が戦艦<ブルーリーフ>を自らの宮殿としていることはモイラ帝国でも有名でした。そして、その戦艦が白く塗られている事も。その戦艦も艦首から艦尾まで雪の様に真白で、キラキラと輝いていました。煙突のキャップ部分(筆者注:最頂部)だけ排煙で汚れが目立つからか黒く塗られていましたが、それ以外は白と金でした。
彼の記憶と王国海軍の記録とに食い違いはないようである。
「いやあ海の上であんなに目立つ軍艦を見たのは初めてでしたね。私たちは<ブルーリーフ>に殿下が乗り込んでいるとまでは思っていませんでしたが、アレを沈めれば大きな手柄になる事は間違いありませんでした。すでに第1次攻撃隊の攻撃で損傷しているのか、上空から見ても傾いていることがはっきりと分かりましたね」
この傾きは至近弾によるバルジの損傷のものと思われる。
「私は自分でも気が付かない内に口をあんぐりと開けて見とれていました。海軍で飯を食べてきましたが、あんなに綺麗な軍艦を見る事は初めてだったのです。そりゃあ敵の識別ができるようにと、各国の軍艦の写真を何枚も見た経験がありましたけれどね。あの当時は写真と言えば白黒で、形は分かるが色まで分かる物では無かったのです」
私たちの世代では総天然色写真が当たり前であるが、戦前は白黒写真の方が一般的であった。それでも軍の記録写真などでは色のついたものが採用され始めていた。
「そうやって眺めている内に第1派の攻撃が始まりました。しかし向こうの直掩機は優秀で、雷撃隊と爆撃隊がそれぞれ1個ずつ近づくことができませんでした。それと所属する爆撃隊の1個が制空任務に切り替わっていましたから、左右からの同時雷撃だけが成功しただけです。まあ見事にお尻を振って回避されましたね」
「傾いていても俊敏性は損なわれていなかったわけですね」
「そのようでした。阻止された爆撃隊は、悔し紛れに手前の駆逐艦へ爆弾を投下しましてね。その内の2発が左後ろを進んでいた駆逐艦の(筆者注:おそらく<フェア>のこと)中央部へ命中しました。ボカンと煙が上がると、そのまま横倒しになりましたね。1撃で撃沈確実です」
「第1派攻撃は空振りだったわけですね」
「それを見ていた第2派攻撃隊は、敵の直掩機がカバーしきれていない方向から攻撃を仕掛けました。すると、ほとんどの攻撃が右舷からという形になってしまいました。せめて雷撃ぐらいは左右挟撃ができれば命中率が高くなるのですが、それが片方向からだけでしたから、クルリと右に回って回避されました。第2派には(急降下)爆撃隊が3個も含まれていましたが、それらもクルックルッと右に舵を取って回避されました。右にしか舵を切らないので、故障しているのかと思ったほどです」
面舵を切るのはシャーロット殿下の癖なのであろうか。第1次攻撃の時も右へ右へと避けたとされている。
「結局、第1派、第2派ともに命中弾を得られなかったわけです。そういうわけで私の所属する第3派も宮殿戦艦を攻撃する事になりました。雷撃隊が低空侵入を試みましたが、王国の戦闘機が待ち構えていました。少なくとも1個中隊は撃ち落されました。爆弾を捨てた<99番軍用機>でやっと互角と言うところなのに、魚雷を抱えている<97番軍用機>なんて、狩場のカモですよ。ですから第3派の雷撃隊で雷撃を成功させたのは左舷から行った<リタイツ>第4中隊だけでしたね」
「雷撃機が集中的に狙われたということですね」
「そのようです。片方からの雷撃ですから簡単に避けられました。とうとう戦場には自分たち(急降下)爆撃隊だけになりました。中隊9機が1本の棒のように並びます。これが番号順では無いのです。1番機は中隊長機ですが、先頭を行くのは同じ第1小隊の4番機です。3個小隊の長機はそれぞれ1番、2番、3番ですが、指揮官だからと言って技量が最高と言うわけではありません。ですから中隊の中で1番腕が良いパイロットを4番機にして、その機が攻撃の際に嚮導することになっていました」
「ええと?」
私は手元の手帳に整理をしようとして眉をひそめた。すると丁寧に彼は教えてくれた。
「つまり番号で述べると、4番、1番、5番、2番、6番、7番、3番、8番、9番の順番となります。各小隊長機は突入する際に前後左右に少し照準をずらして攻撃して、最初の照準が違っても命中弾を得られるように判断する事になっていました。ずらす方向は、それこそ臨機応変と言うやつです。私はヘタクソ小隊のヘタクソ機ですから1番後ろの9番機でした」
「怖くなかったですか?」
「敵の戦闘機は雷撃機を狙っていましたから、高度を高く取る(急降下)爆撃隊はじっくりと狙いをつけることができました。接近は<ブルーリーフ>の後ろからです。腕前が良いパイロットならば前から急降下爆撃できますが、ヘタクソには無理です。その次に難しいのは左右からの急降下です。これは目標の速度の分だけ前を狙わなければいけません。目標も結構な速度で前進していますから、それを計算に入れないといけないわけです。1番楽なのが後方から攻撃することです」
「方向によって難度が変わるわけですね」
「後ろからですと、目標は自分から見て前へ前へと逃げて行くように見えますから攻撃が当てやすい。ただコチラが追いかけていく形ですから、向こうからも丸見えとなっているわけです。対空砲などの反撃もその分だけやりやすいということになります」
「なるほど」
「私は前方に浮かぶ8番機のお尻と、足元の照準用の窓から見える<ブルーリーフ>を見比べて、そろそろ突入かなと覚悟を決めました。先頭を行く4番機の翼がヒラリと捲られるように翻りました。突入です。その途端に中隊は猛烈な対空砲火に包まれました。王国海軍の対空砲火は正確でしたね。機体のすぐ近くでボカンボカンと砲弾が破裂するのです。もうコチラは真っすぐ飛ぶだけでも大変ですよ。爆風に煽られて操縦桿が勝手に踊りだすのですから」
この正確な射撃を支えたのが、戦前に開発していた射撃管制装置の能力である。
「激しい対空砲火の中で4番機が突入を開始、すぐに1番機が続きましたが、次の瞬間に大きな爆発が起きて見えなくなりました。対空砲の直撃ですよ。航空機は軽金属の塊でしかありませんから、直撃を喰らったら粉々になります。続く5番機も右の主翼が半分ほど千切れ飛んで、錐揉みをしながら高度を下げて行きました。もちろん突入では無くて墜落ですよ。それを見ていた2番機は、もっと手前から突入を開始しました」
「中隊長の戦死を目の当たりにして、何か感じられましたか?」
「いえ、その時は突入で頭がいっぱいでしたから。悲しさとか、そういった物を感じたのは母艦に帰還してからでしたね。その時は『よくも当てやがったな』ぐらいですよ。まあ冷静になって考えれば簡単な事ですよね。同じ軌道を取って突っ込んでくるのですから、同じ照準で対空砲を撃っていれば、コチラから向こうの弾幕へと飛び込むことになるわけですから」
戦争を生き抜くにあたってたくさんの僚機を失ってきて、感覚がマヒされているのか、彼は肩をすくめて微笑みすら浮かべた。
「第2小隊で撃墜される機体はなかったようですが、7番機が突入する頃には王国側も照準の修正ができたのか、だいぶ際どい物になっていました。ですから第3小隊の小隊長機は、さらに手前から突入を開始しました」
いよいよ突入である。
「8番機が続いて、今度は自分の番です。こうなると後は度胸だけです。右手で操縦桿を倒してから押し込んで急降下へと入りました。左に捩じりつつ急降下に入るのは、プロペラの回転方向が操縦席から見て時計回りだからです」
「一種のコツですか」
「まあ、そうですね。急降下に入って、私はすぐに異常に気が付きました。前を行く8番機がノロノロとしていて追いつきそうになったのです。まったく何をやっているのだろうと思いながら、衝突しないように8番機の下へ潜り込むように操縦桿を操りました。するとビーンという耳障りの悪い音がすぐに聞こえ始めました。私は最初、何の音か分かりませんでした。すぐに後席の相棒が『おかしいぞ!』と背中越しに怒鳴りました」
彼が操った<99番軍用機>は複座機、つまり2人乗りである。1人が操縦を担当し、後方に乗るもう1人が航法と後部銃手を務めることとなる。
「私はすぐに点検を始めました。その間も王国軍の対空射撃が続いていて、上下左右に機体を揺らして照準を狂わそうとしてきます。すぐに異音の正体が分かりました。空気抵抗板を出し忘れていたのです。初陣という事で緊張していたのでしょうね。他にもプロペラの推進角度の修正やら何やら急降下を始める前にやっておかなければならない事が何1つも出来ていませんでした」
「それは失敗ですね」
「ええ。大チョンボですよ。慌ててプロペラの角度を修正し、空気抵抗板を開く操作桿に手をかけました。しかし<99番軍用機>の空気抵抗板は、急降下を始める前に下ろしておくというように取扱説明書に書かれていました。それを守れていなかったのです」
「すると、どうなりますか?」
「<99番軍用機>の空気抵抗板は両主翼の下側についていまして、梯子の出来損ないのような姿をしていました。これを操縦席左側にある操作桿を引いて降ろすと空気抵抗が増して急降下時に速度超過に至らないようにしてくれます。速度超過してしまいますと、あまりにも速度が速くなりすぎて、爆弾投下後の引き起こしができなくて、そのまま海面へ突入する可能性があります。また最大出力で発動機を回したままであると空中分解の恐れまでありました。私はこの2つのどちらにも該当する失敗をしていたわけです。ヘタクソでしょう」
彼は自嘲して表情を歪めた。
「先ほどのビーンという音は、無線機用の空中線があまりの速度で振動した音だったのです。発動機の出力を推進力に変えるプロペラの推進角度を調整は油圧ですから操作レバーを動かせばすぐに修正できます。問題は空気抵抗板の方です。これは操縦席の操作レバーから主翼の中をずっと通っている鋼索で引っ張る事によって上げ下げする構造になっていました。自転車の制動器構造と似ています。違うのは、自転車の制動器は手を離せば発条の力で戻りますが、空気抵抗板は戻す時も人力である点です」
「つまり手動だったわけですね」
「まあ、あの頃の航空機は何でも人の力で動かすものでした。その時は、水平飛行中ならば片手1本で動かせる操作レバーが動きませんでした。すでに急降下に入って、主翼が速い気流に包まれているからです。それで空気が塊で押し寄せてきているので、空気抵抗板が下りなかったのです。私は操縦桿を両膝で挟むと、両手を使って操作レバーを引きました。あとは私と空気の塊との力比べです」
「そんなに強い力が必要だったのですか?」
「まあ自機の速度と真っ向から力比べするようなものですからね。後席から相棒に『なにやっているんだ』と怒鳴られましたよ。開戦劈頭はまだ余裕があったので、後席の搭乗員も操縦士が務めていましたから、私がしでかした失敗がすぐに分かった様です。足を計器板に突っ張りまして、両手だけでなく背中の力まで使って、やっと操作レバーが動きました」
彼が言うことが正しければ、全身の力を使ってやっとだったということになる。
「ホッとする間もなく爆撃照準器を見ると、もう白い艦体が一杯に見えました。いつもよりも速い急降下速度だったので、訓練よりも短い時間で投下高度まで降りていたのです。『投下』と叫ぶと私はすぐに右にある投下桿を握ると、目一杯引きました。ガクッと機体が揺れて、爆弾が機体から離れたことが分かりました。急降下後の引き起こしのためにプロペラの角度や飛行姿勢を調整しながら操縦桿を引こうとしました。今度はコチラが動きません」
「え? 今度は操縦桿が動かなかったのですか?」
「速度計を見ると、とっくに限界速度を超えていました。空中分解をしなかったのは僥倖ですよ。でも、早すぎるために水平尾翼にある昇降舵に当たる気流の量が多すぎて、舵が重くなっていたのです。空気抵抗板と同じです。悪態をつく時にモイラ帝国の人間は『魔女のバアサン、クソッタレ!』と言います。私もあの時は同じように魔女に悪態をつきながら両手で操縦桿を引きました。後席から『着弾! 命中ではなく至近弾!』と相棒が叫びました。戦果の確認は後席の役割だったからです」
「外れたわけですね」
「まあちゃんと照準をして投下した爆弾ではありませんから当たるわけありませんよ。私はそれどころではありませんでした。機首は下を向いたままで、機体は海面に向かって一直線に突っ込んで行きます。ビーンと鳴っていた空中線は、もうビリビリと細かい音を立てて、とっくに限界を超えていることを告げていました。それでも少しずつ降下軌道から機首が浮き上がり始めました」
そこで彼は両手を開いてみせた。
「普通の急降下爆撃は、突っ込んで来て爆弾を投下すると、同じぐらいの角度で引き起こしますよね。しかし、あの時は水平飛行に持ち込むのがやっとでした。そのままの高度で王国艦隊から離脱しました。もう安全と思われるだけ距離が離れてから、やっと高度を取りました。そこで見回すと周囲には味方は誰も居ませんでした。後ろには敵艦隊、上空には敵機が飛んでいるのです。とりあえず雲の欠片のような物を見つけて、敵から身を隠しました」
「隠れた?」
「<99番軍用機>は空中戦ができることになっていましたが、ヘタクソ中隊のドン尻ですから相手が双発機でも勝てる自信はありませんでした。ですから逃げる事しか考えませんでした。安全を確保したら、次は帰投です。後席の相棒に向かうべき方角を訊いたところ『たぶん300度ぐらい』という答えでした。つまり自分が偉大洋のどこにいるのか見失った状況ですよ」
「ええ? それは大変なことじゃありませんか」
「無茶な急降下をやったせいで速度計は最高速度の向こう側まで針が回っていて動きませんでした。他にも狂ってしまった計器はありまして、旋回計や昇降計もいいかげんな数値になっていました。そうなると今現在、真っすぐ飛んでいるのですら分からないという追い詰められた状態でした。方位計はまともなようだったので、取り敢えず方位300度に機首を向けて、後は切れ切れにある雲を渡るように飛行しました。もちろん敵機から身を隠すためです」
しかし計器が狂ってしまったら、空の迷子と言って過言ではない。彼はどうしたのであろうか、私は疑問に思った。
「そうやって飛んでいると、やっと友軍機に出会いました。右舷の遠くに<97番軍用機>が数機飛んでいるのを見つけまして、喜んで近づいて行きました。尾翼の記号は空母<プライズン>の(筆者注:モイラ帝国の言葉で「祝い」という意味)雷撃第3中隊でした。雷撃隊も9機で1個中隊ですが、4機しか居ませんでした。私の様にはぐれたのか、それとも敵機に撃墜されたのか分かりません。ただ向こうも心細かったのか、私の機が近づくと喜んで手を振ってくれました」
「1人よりも2人。2人よりも3人と言いますからね」
「味方がいるだけで心強いものですよ。向こうはもしかしたら空中戦もできる<99番軍用機>が近くに居れば、敵機を追い払ってくれるとでも思ったのかもしれませんが。<97番軍用機>は3座ですから、真ん中に座る偵察員が航法に専念できます。ですからいま自分がドコに居て、機動部隊がドコに居て、どちらへ向かって飛べば帰れるのか分かっていました。私は第3中隊の後ろについて行く形で帰路につくことができました」
「帰路の様子はどうでしたか?」
「敵機に追われてチリヂリになって逃げたというのが正確なところでした。そうやって5機で逃げ帰っていると、行く手に雲が多くなってきました。これが雷を発生させる積乱雲ならば迂回しなければなりませんでしたが、多少は色づいていましたが、まだ白い雲だったので、編隊はその雲に突入しました。雲を出た途端に、上空から逆落としに戦闘機が突っ込んで来て、銃撃を浴びせてきました。それを食らった1機は、煙を吹くと墜落して行きました」
「いきなり襲われたわけですね」
「すわ敵機かと加速器を開いて速度を上げると翼に描かれた国籍マークが目に入りました。味方です。味方の<96番軍用機>が敵と味方を間違えて襲ってきたわけです。味方を撃つわけにはいかないので、何もいない方向に1連射だけして警告としました。どうやら向こうも間違えたことに気が付いたようで、その<96番軍用機>も翼を振って応えました。後席の相棒は間違えたことを無線機で罵っていました。でもモイラ海軍の無線機は私の腕前と同じでポンコツでね。伝わっているか怪しい物でしたね」
「<96番軍用機>というと、航続力が足りなくて攻撃隊に参加しなかった航空機ですね?」
「そうです。アレが飛んでいるということは機動部隊の近くまで帰ってこれたということでした。で、海面を見るとたくさんの白い円があるのです。よく見ると機動部隊の航跡でした。飛び立った時は整然とした隊列を組んでいた機動部隊は、いまやチリヂリになって、何かから逃げまどっているのです。周囲を見回してすぐに分かりました。たくさんの飛行機雲が上空に描かれていたのです。もちろん飛行機雲を引くような高度を飛んでいるのは友軍機ではありませんでした」
条件にもよるが低空では飛行機雲は発生しにくいものなのだ。
「王国空軍の重爆撃機が見事な編隊を組んで高高度爆撃を仕掛けていたのです。見ている内に青色の海面にいくつもの水柱が立ちました。まあ水平爆撃は威力はありますが命中率が低いのが欠点です。ドレも当たりはしませんでしたね。ただ駆逐艦が1隻、至近弾で機関が故障してしまって機動部隊から脱落しました。敵の本土に近い海域なので、乗組員を回収して自沈させるなんていう話しもあったそうですが、苦労の末に回航できたようです」
「王国側の反撃はそんなものでしたか?」
「他にも雷撃機が飛んで来たようです。当時の王国空軍の雷撃機は<タルコ>という複葉機です。発動機単発に帆布張りで、一目で時代遅れの航空機だという事が分かる機体でした。機動部隊は慎重に王国空軍の攻撃範囲の外を行動しているはずでした。しかし敵国の中枢部まで侵入して爆撃を行う重爆撃機は航続距離が長いので、攻撃範囲に入ってしまったようです。ですが<タルコ>の方は攻撃範囲に入っていないはずでした」
「理屈に合っていませんね」
「確かにそうです。戦後になって王国空軍に出来た友人から聞いた話によると、帰って来る燃料が足りないことが分かっている片道攻撃だったようですね。私は見ていないので分かりませんが、10機ほどの<タルコ>が機動部隊を襲撃したそうです。ですが、こちらの<96番軍用機>に阻まれて、雷撃に成功した機は居なかったようです。ほとんどが撃墜されて、逃げる事が出来たのは1機か2機だったそうです。その襲撃で<96番軍用機>がピリピリしていて、先ほどの同士討ちになったのですね」
生き残りが1機2機ということは全滅と言っていいほどの被害である。
「そうやって<96番軍用機>が撃墜したのですが、こちらの機動部隊の真ん中で撃墜された<タルコ>の搭乗員は脱出に成功して、けっこうな数が救助されたそうですね。モイラ帝国ではそんなことはありませんでした。お前ら行って来い。帰って来なかったらそれきりな。そういった感じでしたね。まあ、あの海戦は王国本土に近い海域で行われましたから、民間の漁船なども捜索救助に参加したらしいですから、生存者が多かったのでしょうね」
後に搭乗員救助に感謝して、王国空軍から地元の漁師たちに感状が出されたそうである。
「重爆撃機は悠々と上空を飛んでいましたね。こちらの<96番軍用機>は、あんな高さまで上がる事は出来ませんでした。艦上機は空母で運用するために、低空性能はずば抜けていますが、その代わりに高空性能が犠牲になっていました。もし<タルコ>の攻撃が無かったら、それこそやる事が無くて困ったでしょうね」
いちおう<96番軍用機>の実用上昇限度は6980メートル(約10756パッスース)であるが、あくまで仕様書にそう記されているというだけで、運用する部隊ではそこまで性能は出せなかったと考えられている。
「その<96番軍用機>に味方撃ちをされたのですが、私と一緒に帰って来た<97番軍用機>の内、1機はすぐに墜落しました。もう1機は着艦の順番を待っている間に、発動機から黒い煙を吹いて、機動部隊の近くへと不時着水しました。こちらは駆逐艦に救助されたようです。上空には着艦を待つ攻撃隊が旋回を繰り返していました。ですが王国側の攻撃が止まないと着艦する事ができないのです。艦上機を発着艦させる時に空母は直進をしなければいけません。そんな動きを敵のいる海域でとったら的になるだけですから」
我らの<ブルーリーフ>も艦長であられたシャーロット殿下の見事な操艦術で敵弾を回避されたことを思い出していただきたい。
「幸い重爆撃機の編隊は、私が目撃した物が最後だったようです。しばらくしてから着艦許可を伝える灯火信号が明滅しました。私は自分の隊が所属する空母へと寄せて行きました。そこでも順番はドン尻でしたね。ヘタクソが着艦を失敗して飛行甲板を塞いでしまうと、他の機が着艦できなくなるからです」
「同じ理由で発進も1番最後でしたね?」
「ええ。まあ、燃料に余裕がありましたし、計器類以外に機体の不調は無かったので、我慢できましたけれど。着艦してヤレヤレと機体から降りてから知りました。私が所属していた中隊は半分が未帰還でした。中隊長機のように王国側の対空砲火でやられたようです。第3小隊で帰還できたのは私の機体だけでした。帝国の人間にこんなことを聞かれたら怒られるでしょうが、私が急降下爆撃の時にしでかした失敗を見ていたはずの小隊長と8番機が帰って来なかったわけです。ですから怒られなくて済みましたね」
「怒られないことの方が重要だったのですか?」
「それどころか『よく帰って来た』と褒められましたね。その後、機動部隊は反転しました。もうポート・ターリクを攻撃するどころではありませんでした。あの時に攻撃を強行されていたら、私も未帰還になっていたかもしれません。ですが機動部隊司令長官のサリュコフ海軍中将陸軍副将軍は(筆者注:モイラ帝国では陸軍の序列が海軍より優先されたせいか、陸軍ばかりに人材が集まる傾向にあった。そのため海軍は慢性的に将校の数が不足していた。その打開策として優秀な将校であると認められた者に、両軍から階級を授受して海軍へ再配属した)情に厚い人でしたから、部下をこれ以上失いたくないという意見だったそうですよ」




