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真夜中のフェーン  作者: あじポン
第零章
6/28

5. 事件後 ~After the battle~

 途中(父親と母親の車での会話)で第三者視点が入ります。

 なんだろう。何も見えない。方向が分からない。どこだここ。まさか死んだ!? おい嘘だろ。

 ぐるぐると辺りを見渡すと、真っ暗な世界にぽつんと小さな白い丸が一つ。無機質な空間の中でただその丸だけが淡い光を放っていた。体が光を求めるように自然と動く。そして白く光る物体に手を伸ばした瞬間、何かが踝を掴んだ。毛むくじゃらの手だ。それが闇の中から伸びている。肘以降は見えない。


「お前はこちら側だ」


「うわっ。離せ」


 必死にもがくも、がっしりと掴まれていて外せない。


「今は良くとも、そっちの世界はお前の住む世界ではない」


「何を言ってんだよ」


「いずれ分かる。よく覚えておけ」


 それだけ言って、踝を掴んでいた手がすっと離れていった。同時に白い光が真っ暗な空間全体に広がっていく。あまりの眩しさに思わず目を目を瞑った。

 何も起こらない。恐る恐る目を開けてみると、真っ白い清潔感漂う壁紙。何故か口に呼吸器が付けてあった。それを外して息を大きく吸い込むと、ほんのりと薬品の臭いが鼻をくすぐる。


 そうか。ここは病院だ。だとするとさっきのは夢か。


 あの出来事自体も夢だったのではないかと思いたかったが、病院に寝かされている以上、俺の受けた暴虐の数々は事実だ。呼吸器が付けてあったのも、体の所々に包帯が巻いてあるのも、俺が重傷を負っていたからだと今更ながら分かった。

 しかし別段、骨折や麻痺も無く体を動かせる。体の痛みも激痛という程ではない。ひとまず、あの後どうなったか知りたい。浦上先生、優人、尚人、翼ちゃんは無事かな。とりあえず、看護師を呼んで体の容態を尋ねようとした瞬間、何者かが病室の扉をノックした。


「ど、どうぞ」


 突然だったもので声が裏返ってしまったが、何事も無かったように振る舞う。入ってきたのは優人だった。心なしか顔は青ざめ、目は腫れていた


「よう。具合はどうだ」


「多少痛むけど大丈夫。普通に動けるよ」


「そうか。そりゃ良かった。丸々二晩眠りやがって。心配かけんな馬鹿」


「え、俺そんなに寝てた?」


 びっくりした。よく医療ドラマで患者が目を覚ますのを待つシーンがあるが、まさか自分がその立場なるとは。そんなことより、訊きたいことは山ほどある。ぶっちゃけそんなに多くはないが比喩だ。


「先生の調子は? 尚人と翼ちゃんは? サルノフッタチは?」


 続けざまに質問をぶつける俺に優人は少したじろいだ。


「落ち着けって。先生は少し気を失っただけだったぜ。すぐに目を覚ました。確か尚人が運び込まれたのと同じくらいだったな。今はもう心配ないって医者は言ってたぜ。オレ自身、さっきまで話してたし。んで尚人は……」


 言葉に詰まる優人。


「尚人は脊髄損傷で下半身不随だってよ。骨も数ヶ所やられてる」


 言葉が出なかった。


「もう二度と自分の足で歩けない。野球なんざもってのほかだ。内臓の方も損傷がやばくて、まだ予断を許さないって」


 優人の目が潤み始める。


「あいつは今まで野球に命懸けてきたようなもんだ。あと少しで甲子園なのに。それを、それを」


「……優人」


 静かな病室に鼻をすする音だけが響いた。


「大丈夫?」


「すまねぇ。人前で泣くなんざ、みっともない真似しちまったぜ」


「気にすんなって」


 ちーん、と病室備え付けのティッシュで鼻をかみ、素に戻る優人。こいつの切り替えの良さは見習いたいほどだ。


「つーかさ」


 ふと思い出したように優人は呟く。


「今回の事件ってよ、翼ちゃんから聞いたんだが、サルノフッタチの仕業だったんだな。まぁそいつはもう二度と戻ってこないらしいけどさ」


 逃げたのかあいつ。ならあのとき最後に見た大鎌は何だったんだ? 謎である。あれも妖怪だったのか。

 話し込む中、再び病室の扉がノックされる。こんどは驚かないぞ。


「どうぞ」


 現れたのは翼ちゃんである。


「仁にい大丈夫?」


 その姿を見た瞬間、思わず眉をひそめてしまった。怪我が一つも見当たらない。大怪我をしていたのに。そこまで考えて思い出した。翼ちゃんも妖怪だったんだ。黒い羽で宙を舞うヤタガラス。そして人を愛する妖怪。


「大事には至ってないみたいだね」


「心配かけた。ごめん」


「いいよ」


 そう言って翼ちゃんは柔らかく笑った。


「尚にいが意識を取り戻したって。丁度、仁にいも起きてたんなら会いに行ったら?」


 尚人が目を覚ました! 会いに行きたい!


 すぐにベッドから降りようとした俺を優人が制した。


「あいつは自分の容態を知ってんのか?」


「まだ知らないけど、気付くと思うよ」


「だろうな」


「優にいからは教えてあげないないの?」


 翼ちゃんはいたって冷静に言った。笑顔は消えている。


「オレからは言えねぇよ。あいつの怪我の半分はオレの責任だ」


 数秒の沈黙。破ったのも優人だ。


「行くか。うじうじしててもしかたねぇや」


 優人は首を回して骨をポキポキ鳴らすと、病室を早足に出ていった。後に残ったのは翼ちゃんと俺。


「サルノフッタチは死んだよ」


 優人の後ろ姿が見えなくなるや否や翼ちゃんは口を開いた。


「私が仁にいを見つけたときには殺されてた。優にいには割合して消えたって言っといただけなんだけど。情報収集やらでまたこっち側に関わったりしないようにね」


 翼ちゃん曰く、尚人を運んだあと、サルノフッタチに止めを刺しに再び神社跡に向かったらしい。そして見つけたのが傷だらけで倒れた俺とサルノフッタチであった(・・・・)ものだった。


「いったい誰が?そんなことを普通の人間ができるわけがないじゃん」


「そうなの。だから今調べてんだけど、仁にいは何か知らない?」


 無い、と言いかけて思い当たる節があることに気づいた。例の大鎌だ。サルノフッタチの背中を抉った大鎌。まさかそれが致命傷だったのか。特に隠す理由も無い。翼ちゃんに話した。


「知らないんだ……」


 小声でぼそっと呟いた気がした。


「ん?」


 聞き返すと何でもない、と返ってきた。どうやら俺の聞き間違いだったようだ。


「そうだ! 尚にいのとこ行かないと。また寝ちゃうかもよ。ささ、早く早く」


 微妙な空気を誤魔化すように翼ちゃんは俺を急き立てた。押されるように俺は松葉杖を両脇に抱えて歩きだした。




***




 尚人の病室には優人と浦上先生が先行していた。双子の両親は先生と入れ替わるように部屋を出たらしい。少し仮眠を取るそうだ。ベッドに力無く横たわる尚人の両傍らには先に入った二人が座っていた。


「おせーよ」


 振り向きざまの優人の言葉に尚人の指がピクリと反応する。


「尚人!」


 俺達二人もベッドに駆け寄った。人工呼吸器を付け、ミイラ男よろしくギプスと包帯で全身を丸々固定された体は見ているだけで痛々しい。


「この様子じゃ、もう野球できないよな」


 細すぎる声で尚人は紡いだ。


「言われなくても分かってるんだ。オレの体だしな」


 でもさ、尚人は続ける。


「みんな生きてて良かった」


 浦上先生は黙って尚人の手を握った。そして生徒三人を順に見つめる。


「あんた達いったい何をやってるの。取り返しのつかない怪我までしてどうするつもり?  もう少しで死んでたかもしれないのよ? そんなことになったら先生は先生は……」


 先生の言葉の最後は尻すぼみになっていたが、続きは言わずとも分かりきっていた。


「すみません」


 三人して項垂れる。返す言葉がない。もっと落ち着いた行動をしていれば、尚人も俺もこんな目に合わなくて済んだのだ。翼ちゃんを本当に信じていれば、ここまで悪化することもなかったのだ。翼ちゃんならサルノフッタチを追い払うだけの力を持っているのだから。あのときも俺達が余計なことをしなければ、丸く収まっていたはずである。気がつけばもう一度繰り返していた。


「すみません」


「以後、絶対に無茶しないと約束しなさい。黒谷さん、あなたもよ」


「はい」


 翼も静かに短く答えた。


「判れば良し」


 先生はそう言って、今度は三人の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 それからは面会時間の続く限り、とりとめの無い話をして過ごした。いつも通りの何気ない会話だ。優人の冗談には腹から笑った。尚人は笑うと肋に来るらしく、必死に堪えていたが。

 途中で目に隈ができた俺の父さんと母さんが乱入して、もみくちゃにされるシーンもあった。二人とも仕事を抜け出して駆け付けてくれたらしい。俺の目が覚めるまでずっと起きているつもりだったが、志半ばにして二人とも爆睡。看護師の親切により、仮眠室で横になっていたそうだ。そこで改めて、自分が周りから愛されていると実感した。



***




 その後、先生は自宅療養の許可を得たため帰り、優人は両親と共に医者と尚人について話すために病室に残った。そして俺は検査を済ませた後、目を覚ました両親と翼ちゃんと自分の病室に戻った。どうも重大な話があるらしい。どことなく空気が苦しく感じた。


「仁。言っておくことがある」


 父さんが重々しく口を開いた。


「な、何?」


「お前は病院に運ばれていたときは重症だった。俺が見舞おうとして止められたほどだ。だが二日寝ていただけで治ってピンピンしている。何故だと思う?」


「……辺りどころの問題じゃ済まないよね」


 そこは自分でも疑問に思っていた。先程の検査で体のどこも大きな異常は無い俺に、医者が不信感を抱いていたのも確かだった。


「お前が妖怪の力を持っているからだ」


「…………………は?」


 何を口走っているんだ? 俺が妖怪の力を持ってる? 順に母さんと翼ちゃんに視線を移す。二人ともゆっくりと頷いた。


「父さんの言う通りよ」


「ふえ?」


 意味が分からない! 俺は去年中二もとい厨二を脱出したはずだ。考えが追い付かずに思わず頭を抱える。


「安心して。私も二日前知ったばかりだし、まだ頭が混がらがってるの」


 翼ちゃんは少しおたおたした様子でフォローをくれた。


「続きを言うぞ?」


 父さんが話を進める。


「まぁ厳密に言えば、妖怪の力だけが仁にあるとして、力いわゆる中身を失った外側の殻はどこにあるのかと訊かれれば、その鍵はキョウにある」


「はいぃぃぃぃぃ!? どう足掻いても追い付けねーよ。思考回路どうなって、痛!」


 言い終わる前に母さんに頭を叩かれた。


「病院なんだから静かにしなさい」


 母さんは正論を言っただけだがイマイチ腑に落ちない。


「変な妄想は止めろよ。自称占い師にでも騙されてんの?」


 あくまで落ち着いた口調で皮肉混じりに言い返した。


「妄想ではない。真実だ。本来なら二十歳まで黙っておくつもりだったんだが、結果として少し早まったな。信じられないかもしれないが、お前がこれから向き合わざるを得ない課題だ。話をよく聞いてくれ」


 父さんはいたって真剣だった。ふざけてなどはいなかった。声音から伝わってくる。


「キョウを連れてベルナール学院に行け。外国の高校にあたる学校だ。しかしただの学校ではない。詳しいことは話せないが、そこなら妖怪の力の使い方を学ぶことができる。手続きは特殊だが任せろ」


「でも」


 でも納得いかない、と言いかけて翼ちゃんの横槍が入った。


「仁にいは妖怪の力を自力で使いこなしてない。無意識の内に自己防衛のために体を再生させただけ。このまま放置しておくと困るのは仁にいだよ」


 尚人や俺をボコボコにした圧倒的な妖怪の力。そんなものを制御できる自信は無い。


「……分かったよ」


 無理矢理言わされた。だが一方で未知の世界に対するわくわくした気持ちが僅かにある気がした。


「よし決まったな。後は追って知らせる」


 父さんは少し気が抜けたようで大きく息を吐きだした。同時に重かった空気も少しずつ緩んでいく。代わりに今まであまり口出しをしてこなかった母さんが話を切り出した。


「そういえばお医者さんから、大怪我は見当たらないから目を覚まし次第、帰宅許可出すって言ってたから痛まないようだったら家でゆっくり休んだら?」


 いやいや帰宅許可早いだろ。テキトーだな、おい。


「まぁここの院長って腕いい割に緩いからねー」


 それで通ってんのかよ。まぁ院長がオーケーサインを出すなら心配は無いのだろう。多分。


「そうだね。家の方が落ち着くし帰るよ」


 そうか、と言って父さんは立ち上がった。


「じゃあ父さんは会社戻るけど、母さんは仁と一緒に帰れるのか?」


「あたしもできるだけ早くに動物病院の方戻らなきゃいけないの。ごめんなさいね」


 そう言って母さんも申し訳なさそうに立ち上がった。二人とも病院にいた分を夜勤で補うらしい。


「俺は杖さえあれば一人で歩けるし大丈夫。リハビリ兼ねて歩くよ」


 タクシーがあれば呼んでもいいのだが、田舎過ぎて数が少ない。その上、来るのにある程度時間がかかる。それなら距離的にも歩いてしまって問題ない。


 それじゃあ、と翼ちゃんが口を開いた。


「私付いてきますよ。帰り道途中まで一緒なんで」


「悪いな。宜しく頼む」


 こうして俺達家族は一旦別れた。次に集まるのは明日の朝に二人が帰って来たときだ。




***




 一足早く病院を出た仁の両親は、仕事に行くため黒色のワゴンに乗り込んでいた。父親の車だ。母親を仕事場の動物病院まで送り届けてから、父親も会社に向かうつもりでいる。

 ふと、エンジンを掛けた出発直前、車の空いた窓から一匹のイタチが入ってきた。無論キョウである。脚の指に着けた絆創膏はほとんど取れ、うっすらと毛に糊がついているだけだった。キョウは母親の膝の上に包まった。


「あなたいいの? 仁にベルナール学院のことを詳しく話さないで」


 母親は至極心配そうに呟いた。


「いいんだ。キョウとお前と俺で決めたことだろ? 変な入れ知恵を教える前に体で学ばせた方がいいと」


 同調するようにキョウもきぃと鳴いた。


「心配はいらんよ。ベルナールにはあいつもいる。仁の力になってくれるさ」


「……そうね。大変だろうけど仁を信じましょうか」


 そんな二人と一匹の会話を余所に、ワゴンはコンクリートの上をエンジン音を上げて走っていく。




***




 今は黄昏時。家に帰る途中で俺と翼ちゃんと二人並んで歩いている。翼ちゃんを送っているように見えて、実際は俺が送られる側である。年下女子高生に送られる男子。端から見るとかなり恥ずかしい光景だ。普段なら、仲の良い中学生が一緒に帰る微笑ましい光景だが、先刻に話していた内容を踏まえると何とも言い難い。いかんせん、今日話した内容が、頭の中で何回もリピートしてしまっている。

 しばらくは二人とも無言で歩いていた。


「仁にいは悪くない」


 ふと翼ちゃんはポツリと呟き、そして小走りで前に出てから振り向いた。


「じゃ別れ道だしここまででいいかな?」


 T字道の別れ道。翼ちゃんは何かを悟ったようなもの寂しげな顔をしていた。傾いた夕日が更にそれを強調している。


「うん。ありがとう。こっからはそこまで距離ないけど気をつけてね」


 本当は俺の方が家までしっかり送っていくべきなのだが、これからは夜。妖怪の時間だ。これ以上の世話焼きは必要無いだろう。


「ふふっ。仁にいこそ気を付けて」


 翼ちゃんは口元をつり上げて、悪女っぽく笑う。


「そう言われると、冗談じゃ無く怖くなるって」


 本物の妖怪にそんな笑い方をされると、マジで背筋が寒い。


「今までは平気で夜遊びしてたくせに」


 一転。翼ちゃんは口を尖らせてぶーたれる。


「前は前。今は今」


「全然格好良くないからね」


 そういって俺達は別れた。翼ちゃんは夕日に背を向け、夜の闇に溶け込むように歩き出した。対する俺は夕日を正面に足を進めた。足取りは徐々に速くなる。諦め悪く光にすがっているようだと自分で思った。


 心を決め、意気揚々とベルナール学園に入学するのは、これから三ヶ月ほど後の事である。




 第零章完結です。

訂正・一言などは感想まで。

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