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真夜中のフェーン  作者: あじポン
第零章
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3. VSサルノフッタチ ~Hisato`s viewpoint~

 この話では尚人視点で進行します。

 さっき仁から電話があった。多分、途中で言いかけた言葉はサルノフッタチで間違いないはず。今オレ達はそのことについて調査してるんだから。かなり焦っているようだったが、どうしたんだ。直感的にだが嫌な予感がする。


 いったん本部(つまり家。こういった方が雰囲気出るだろ?)に戻ってみようと茂みから出ようとした時、参道を上がってきた変な生物を見つけた。見つけてしまった。

 毛がふさふさで、恐らく茶色っぽくて、まるで大きい猿のような生物。ただし三本足だが血は出ていない。もしかしてあれが。


「人間の匂いだ。あまり旨そうじゃないが食わないよりはマシ。どこだ」


 そいつが現れた瞬間、あからさまに空気が変わった。体中をを冷や汗が流れる。勿論、手汗でバットが滑らないように上着で手を拭いた。綺麗、汚いは気にしていられない。だがもう遅かった。


「見つけたぞ人間」


 目が合ってしまった。オレは神社の本殿跡の横、あいつは階段を上がってすぐの場所。距離はおよそ二十メートル程度。


「っ!」


 こうなってしまえば、隠れていても意味は無い。オレはその場で立ち上がった。


「お前がサルノフッタチだな」


「吾輩を知っているのか」


「今や有名人だからな」


「人間にどう思われているか。そんなことどうでもいい。所詮ただの食い物」


 化け物――いや、サルノフッタチは余裕からか、会話に応じている。これは隙とみなせるか?


「食い物って。面と向かって言われると傷つくぜ。じゃあ男よりも女の方が旨かったりするのか?」


「ふん。肉が柔らかい分、女の方が好み。噛み心地がいいし血が吸いやすい」


「だからお前は今まで女を標的にしてたのか」


 これで一連の噂の犯人が確定した。推測が確信に変わった。


「お前、黒谷翼って人間をを知ってるか?」


 翼は確実に何かを隠している。直感が正しければ、この噂が現実だとオレらよりも先に知っていたことになる。


「翼? 翼……ああ、あの生意気な小娘か。恥晒しの裏切り者」


 やっぱり関係があった。しかし裏切り者? どういうことだ?


「知らないなら教えてやる。あの小娘は妖怪だ」


「冗談はいらない」


 即答した。そんな馬鹿なことがあるか。オレはあいつのことを物心ついた頃から知っていたのだから。


「嘘じゃない。毎日毎日、吾輩が食事をしようとするたび妨害してくる。今まで人間一匹食い終わることなど一度も無かった」 


 サルノフッタチは心底憎らしそうに唸った。

 妖怪を見てしまった後に妖怪の存在を信じるかと訊かれれば、イエスと言いたくなる。加えて、嘘だと信じたいが、この言葉で翼が毎日夜中に出かけていた理由が説明できてしまう。


「ふん。人間を護ろうなど、吾輩には全くもって理解できん」


 だが何を言われたところで、例え翼が人間ではなかったとしても、翼は家族も同然の大切なひとであることに変わりは無い。


「同じく妖怪でもお前とは気が合わないな」


 だから皮肉を言ってやった。


「合わせる気など無い。邪魔するなら貴様は吾輩の敵。ただ血を吸うだけでは済まさん。お前を食った次はあの小娘だ」


「おいおい。そりゃ困る」


 覚悟を決めた。戦おう。


「翼を傷つけるなら許さないぜ」


 助走をつけて二十メートルを走り抜け、サルノフッタチ目掛けてバットを横なぎに振るう。


 しかしその場にはすでにいない。真上。両手と右足で四、五メートル上空へと飛びあがっていた。息つく間もなくサルノフッタチは口を大きく開けて落下の体勢に移る。


  とっさに空中なら避けられないはずと考えて、バットの運動の向きを横から縦に変更する。さながらアッパーカットのように顎を下から突き上げた。

 うおぉ硬っ! ただの毛皮のように見えるが、金属を思い切り殴ったみたいな感触だ。自分のバランスを崩すほどの渾身の一撃だったが、サルノフッタチは何事も無かったかのように片手でバットを掴む。続いて信じられないことが起きた。指で金属バットを千切ってしまったのだ。見たままを述べたのでは分かりにくいか。


 例えば、紙粘土で原寸大のバットを作ったとしよう。すでに完全に固まっていたとしても、力を入れて握れば、簡単に壊すことができる。それをあろうことか。サルノフッタチは金属を相手に実行したのだ。


 しかし攻撃はこれだけでは終わらない。その間にも体は重力に従って落ちてくる。もう片方の空いた手が徐々に後方に傾くオレの水落に触れた。そのままサルノフッタチはオレの上に覆いかぶさる形で、共に地面に倒れ込んだ。

 長いように思えて、動き出してからこの間、約五秒ほど。


 そして、


「う……ぁがっはぁぁ」


 水落に置かれた手からとてつもない圧力が掛かる。激痛が体の内部から襲う。肋骨も内臓も全てまとめて潰れていく。口の中には鉄の味が広がった。もう何かを考えている余裕なんて無かった。ただただ痛い。苦しい。誰か助けてくれ。頼む。誰か。


 そのとき、ふと掛けられていた圧力が消えた。空気を名一杯吸い込んで息をする。口内に溜まった血が咳と一緒に外に吐きだされる。

 もしかしてまだ生きてる?


 暗くてよく見えないが、辺りを眼球だけ動かして見渡す限り、サルノフッタチはいない。代わりに視界に映ったのは、肩で息をしながら痣だらけで佇む翼の姿だった。そして見間違いだろうか。背中から黒い羽を生やしている。


「尚にい! 間に合って良かった」


 翼!? どうしてここに?

 痛みを堪えるのにいっぱいいっぱいで口にだすことはできなかった。翼は俺の体を一瞥してから、耳元で囁く。


「……その怪我じゃ動けないよね。私の全力でふっ飛ばしたから少しの時間は稼げる。あいつが反撃する前にさっさと逃げるよ」


 そして姫様抱っこでオレを持ち上げようとした。お前こそ怪我してるだろ。こんなの平気だ。という無言の訴えは軽く無視される。


「痛むだろうけど少しだけ我慢して」


 触れられた箇所から電気が流れるように痛みが伝達する。しかしどうにか唇を噛むことで声を上げずに済んだ。そこは女子の前で情けない声を上げない男の意地だ。

 翼のどこにそんな力があるのか分からないが、一七〇センチを超える男を軽々と抱きかかえてしまった。続いて背中の羽をバサバサとはばたかせて宙に浮かんだ。


 もしかして飛んでる?


 恐る恐る翼の顔を下から覗きこむと、ふいと逸らされた。


「後でちゃんと説明するから私のことは誰にも言わないで。約束だからね」


 いつも以上に真剣な表情。飛んでるってことは本当に妖怪だったんだ。オレは翼のことを知った気になっていた。でも実際は何も知らなかったんだ。……恥ずかしすぎる。加えて秘密を知ってしまった以上、オレは翼のことをもっと理解しなければならない。


「分かった」


 ようやく聞こえるか聞こえないかの蚊の鳴くような、でもはっきりと声を絞り出した。なんとか出せた。


「ありがとう」 


 対する翼はまるで謝っているかのようなニュアンスで一言返した。しかしその後、病院のベットの上で目が覚めるまでの経過は知らない。非常に情けないことに、翼の腕の中で安心からか気を失ってしまったのだ。



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