18. 火の玉 ~Fright of sulfuric acid~
南の大門
警備しているのは黄色のチャイナドレス、白衣、サマーセーターにスカートの丈が異様に短い制服、Tシャツに制服のズボン、とバラバラな服装の二年生。かろうじての全員共通の印はベルナール学院生であることを示すカモミールの校章。
ところでこの四人は現在大変な危機にある。
「わーオ」
「…………」
「こりゃ不味いわね」
「おいおいどうなってんだよ。まさかの集中攻撃かよ!?」
なんと南側ではリザードマンの三グループが協同して一気に攻めてきていた。その数十四体。単純計算で一人当たり三、四体を相手にしなければならない。もちろん優勢はリザードマンであり、二年生は校門を背に半円を描くように囲まれている。時間の経過とともにジリジリと間合いが狭められていく。
「そろそろ本気でヤバいかも?」
細身の剣いわゆるレイピアを構え直してセレナがぽつりと呟く。
「俺たちにかなうと思ってんですかクソガキ。ああ?」
「それ典型的な負け犬のセリフだヨ」
ワンファンは片手で一メートル程の花槍(先端に返り血を防ぐ扇の付いた槍)をさながらバトンのように回しながら答える。ふざけた行動とは裏腹に殺気が膨れ上がっていく。
「もしかしたら説得できるかもしれない、と考えてはいたがこりゃ無理そう。情けはかけない。全力で行かせてもらう」
ライアンは言い終わると同時に白衣の内ポケットから手榴弾と酒瓶を数本取り出す。白衣のどこにそんなものが入っていたかは想像にお任せしよう。次に手榴弾のピンを口で咥えて引っこ抜き、酒瓶と一緒に空中へと放り投げた。
「ジョット!! あれ頼む」
「はいはい。分かってるよ」
次の瞬間、ジョットの体が十メートルを超えるか超えないかくらいの巨大な白い鷲へと姿を変える。羽ばたくだけで木々を幹ごと揺らす聖鳥シームルグの真の姿だ。
「ちっちぇなトカゲのおっさん!!」
「はっ」
対してあざ笑うおっさん集団、もといリザードマン達。
「でかいイコール強いじゃ無いんだよ。良い的になってるぜぇ」
怯むことなくジョットに向かって火の玉を間髪入れずに発射していく。十四体から一斉に受ける攻撃は生半端なものではない。
「熱いっ熱っ熱っちゃ」
「どんどんいくぜぇ!!」
翼を無造作に振り回して突風を起こせば、火の玉を回避することはできるだろう。しかしジョットはそうしなかった。せいぜい翼の角度を調節して上空に向けて弾くだけであった。
理由は簡単。突風を起こした場合、リザードマンよりも近い間合いにいる班員を巻き込んでしまうからだ。できるだけ味方には被害を出したくない、という考えからの行動。
(くっそ……やりづれぇ。もう少し離れてくれれば一気に吹き飛ばせるのによぉ。つっても俺だけじゃ全員を相手に立ち回れねぇし)
そんなジョットの心遣いを知っている上で毒を吐くのが
「おお。ついに焼き鳥になる決心でもしたカ。成長したんだナ。涙腺が緩みっぱなしだヨ」
ワンファンである。
「てぇんめぇぇぇぇ!! 見殺しにする気か。嘘泣きしてないで加勢しやがれ!!」
「してるっテ。ほラ」
ワンファンはさっきからずっと花槍を地面に突き立てている。
「それが何だよ」
「地面の砂鉄に電流を流してるんだヨ」
彼女はジョットの変化によってリザードマン注意が外れた瞬間からリザードマン十四体の全てを含む範囲で大地に電流を流していた。
「ほれッ」
掛け声と同時に電流によって自由に操っている砂鉄が地面に亀裂を入れながら噴き出し、周囲を取り囲んでいく。
足もとからの思いもよらぬ攻撃が火を吐くのを中断させる。
「うお、っと、危ねー危ねー」
だがすぐに体勢を立て直す。リザードマンとて戦い慣れしている。そう簡単には倒せない。
「ところで、さっき投げたビンはどこにいったと思う?」
唐突なライアンの質問。そういえば空中に投げていたはずだ。
「あ?」
ふと思い出して空を見上げると、真上にそれが浮いているではないか。
「ちゃんと狙えよ。鳥ガキのせいでふっ飛ばされてんじゃねぇか」
「分からないか? 飛ばしてもらったんだ」
「?」
頭に疑問符を浮かべるリザードマン達。しかしすぐに悟ることになる。
「じゃあ教えとく。そのビンの中身は硫酸」
顔から一気に血の気が引いていく。
「馬鹿、止めろ」
リザードマンは待ったをかけるがもう止まらない。逃げようにも砂鉄に道を阻まれて思うように動けない。
地上で慌てふためくトカゲ共を余所に手榴弾が酒瓶を巻き込んで爆発を起こす。外枠を失った中身が雨のように降り注ぐ。
「馬鹿野郎――――――!!!!」
おっさんの絶叫がただただ南の空にこだました。
***
「すっげぇ心配になってきた」
頭を抱えて一人もがく俺を見て横でディランが小さく噴き出した。
「シレーナ先輩が問題ないと言っている以上、策はあるのでしょう。フローズ先輩と黒谷先輩の強さは知りませんが、ティア先輩は僕の知人の中で最強クラスの実力者ですよ。僕らソロモンの悪魔を見くびってもらっては困ります」
意味深に微笑む悪魔マルコシアス。
「随分な自信なのね。ソロモンの悪魔って戦ったこと無いけどそんなに強いの?」
「強いですよ。少なくともそこらの妖怪よりは」
「だとしてもあんた屋上でフローズ先輩にやられかけてたじゃない」
一瞬、影のある表情を見せたディランにレベッカは言い負かしてやったぜと得意になる。
「……確信はありませんがあれでも先輩は全力を出して無かったと思いますよ。直接相対した感想ですが」
「じゃあ尚更駄目じゃん」
この言われようにさすがのディランの顔が引きつってきている。
「僕は人型になることで力のセーブをしてるんです。全力を出せば負ける気はしません」
「おっ出たよ、負け惜しみ」
更にエセインテリ、などと身も蓋もない口頭攻撃の嵐は激しさを増していく。
「~~~~」
もはや反論が言葉になっていないが、単語が聞き取れなくとも悔しさがにじみ出ているのは良く伝わる。無理もないかな。こいつが口喧嘩で負かされることなんて滅多になさそうだし。
とここで予想外の方向からディランの助け船がやってくる。
「困ってるディラン君に先輩から質問。ティアってソロモンの悪魔の間ではどのくらい強いの?」
レベッカの罵詈雑言から解放され、我に返って冷静に考え始める。
「七十二体中べリアル、バエル、アスモダイ、に次ぐ四番手くらいでしたかね」
「結構上位なんだね。ティアの本気ってまだ一回も見たこと無いから気になってんだよ」
「それは意外ですね。お互いに能力関係のことは打ち明けているのかと思ってました」
「本人いわく他人には見られたくないんだってよ」
軽くしょげるシレーナ先輩。もう丸々二年以上の付き合いにも関わらず、見せたくないってよっぽどの理由でもあるのだろうか。疑問には思ったが口には出さなかった。俺が介入して良い問題ではないだろう。
「力を打ち明ける明けないはともかく、実力の高い先輩がいて頂けるだけで心強いですわ。こちらも向こうのことを気にせずに戦いに集中できますもの。」
サラは語気を強め、武器の弓を引き絞ろうと手をかける。
え、何を言って
俺が言葉を口から吐きだそうとした瞬間、サラが矢を放とうとした瞬間、いくつかの火の玉が突如として飛んできた。
「!!」
すぐさま火の玉一つ一つに対応するようにサラは光の矢が放つ。
空中で双方が激突。形状の助けもあり矢が火の玉を真っ二つに両断する。
「やった」
「いえ。まだ喜ぶのは早いですわ。」
火の玉は空中で真っ二つになったにも関わらず、速度を緩めずに突き進んでくる。より詳しく言えば進行方向が少しずれた程度だ。
そして方向がずれた火の玉は隣同士と衝突しお互いに弾きあい、結果的に攻撃はより広範囲に散らばった。
「うわ!!」
せめて頭だけでも防御しようと地面に伏せて腕を頭上で交差させる。しかし攻撃どこか衝撃さえ来なかった。直前でシールドのようなものに弾かれたのだろうか。
「あっはっは。甘い甘ーい。こんなんでミー達を倒せると思ってんの?」
先輩は息を深く息を吸ってゆっくり吐きだし呼吸を整える。
「見くびらないでよね襲撃者さん♪」
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