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真夜中のフェーン  作者: あじポン
第零章
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1. 封じられた妖怪 ~The rumor~

(あやかし)広辞苑


サルノフッタチ


 動物の怪。人によく似る。女色を好み里の婦人を盗み去ることが多い。松脂を毛に塗り砂をその上につけているので、毛皮 は鎧のごとく鉄砲の弾も通らない。


UBIK 妖怪事典(東北・関東)より



「はあっはあっ……」


 ある夜、息を切らして俺は住宅街を駆け抜けていた。初夏になり、幾分か夜の空気も涼しさが和らいできたころのことだった。制服のワイシャツを肘までたくし上げ、必死に走る。背中は汗でびっちょり。ワックスでセットした髪は振り乱れてぐちゃぐちゃ。


「ちっくしょ……どう、すりゃ、いいんだ、よ」


 とにかく疲れて、言葉の発音もままならない。日本語であるかも不安だった。


「逃げても無駄だ。そろそろ観念して餌になれ」


「ふ、っざけんな!食われて、たまるか!」


 軽く状況を説明しよう。俺は現在、毛むくじゃらの化け物に追われている。スマートフォンが普及し、電子書籍が当たり前になろうという時代に化け物と追いかけっこ。こんな状況笑っちゃうだろ?

 だがな、実際に追われてみて分かる。ぶっちゃけ笑えない。笑顔なんて無理無理。

 場所が住宅街だからとはいえ夜中の十二時を回っていた。加えてここは田舎。みな寝静まっていて、人通りなんてありゃしない。大声を上げても反応無し。不自然な静寂が続いている。携帯電話も謎の電波障害で繋がらない。よって俺の危機に気がつく人もいない。したがって俺は自分の力で化け物から逃げおおせなくてはならないのだ。捕まったら、なんて想像もしたくない。


 解説口調となると余裕を垂れているように聞こえてしまいがちで心外だが、こうなってしまった経緯を説明しよう。時は昨日の朝にさかのぼる。




***




 とある東北の中学校に、童顔茶髪の少年、稲葉仁こと俺が通っている。いつも通り学ラン(今は夏服のためワイシャツ)に身をつつんで、エナメルバックを担いで教室に入る。

 普段なら各自が思い思いに集まってグループを作って騒いでいる。しかし今日に限っては通夜のような(特に女子から)重苦しい雰囲気が漂っていて、教室に入るのも億劫になりそうだった。


 席に着く前に茶髪にピアスのいかにもなチャラ男と、坊主頭に筋肉質のいかにもな野球少年の二人組から意味ありげな手招きをされる。


 チャラ男少年こと貝合優人(かいあいゆうと)は厳つい外見の所為で先生によく目を付けられているが、内心ビビりのヘタレという非常に可愛い性格の持ち主。

 野球少年こと貝合尚人(かいあいひさと)は本物の天然であり、本人の自覚も無いままフラグを立てまくるという何とも羨ましい性格の持ち主。

 二人は顔だけは良く似た双子であるが、趣味の方向や性格は全く別である。でもって物心付いたときからの幼馴染でいい友人だ。


「どうした?なんか今日の雰囲気変だよ」


 周囲見渡しつつ眉間にしわを寄せて尚人が呟く。


「まだ聞いてないのか『サルノフッタチ』の話。ついにオレ達のクラスに被害者が出たんだ」


「え!? 嘘だろ、あれただの女子の噂じゃないの?」


「噂だったら良いんだけどな。実際に隣のクラスの藤宮が襲われたんだってよ」


 さっきそのクラスの奴が来て言ってた。と付け加えて勇人が小声ながらも声を荒げる。


 サルノフッタチ。噂ではその妖怪を祀っていた古い神社が工事で取り壊されたことにより目を覚まし、以来夜な夜な若い女性のみを狙って襲っているというもの。襲われた人間の首筋には決まって行書体のような文字らしきものが残っていることから、その妖怪の呪いだと囁かれている。

 尚人の話によると、昨日の夜に道路で倒れていたのを発見され、病院に運び込まれた女子にも今までの被害者同様に首筋に文字があったらしい。その女子こそ、隣のクラスの藤宮だ。受験勉強で小腹が空いて、ちょっとしたお菓子を買いにコンビニに出かけた帰りだったらしい。


「まじかよ。じゃこのあとすぐ下校ってことになりそうだね」


 基本的に学校というものはイレギュラーな出来事が起これば自宅待機令が出る。ただ大人しく指示に従うふりをして解除されるのを待っていればなんてことはない。インフルエンザの学級閉鎖とか終業式前の自宅学習期間とか。


 だが今回は違う。


 いつもなら堂々とサボれるぜ! ヤフー! っと叫ぶ場面だが、喜べる訳がない。ただの噂と高を括っていたものが終に知り合いにまで被害をもたらしたのだ。喜べるはずがない。しかし、だからと言って大人しくしているはずがない。取り敢えず行動を起こすのが俺達。

 尚人が一呼吸置いて提案する。


「不幸中の幸い、男はターゲットに含まれていない。そこで優人と話してたんだが、女の子が襲われないように人気のない道をおれ達で見張ってるのはどうだ?」


 ……ストップストップストッォォップ!! それただの不審者じゃねぇか。むしろ犯人と疑われるから。怪しさ満点だろうが。ここぞとばかりに決め顔すんじゃねぇ。ドヤ顔でもねぇよ。俺はこいつを侮っていた。天然の器に収まりきってない。はみ出してる。むしろ何か別のものに上位互換されてる。いや上位なのか?


「却下」


「なんだと……」


 真顔でショックを受けるとは何事だ。確かに本気で他人の身を案じているには今までの付き合い上、分かっているんだが。はっきり言わせてもらおう。俺達は紳士だ。そうだろう? それに怪しい行動して周りに迷惑をかけるわけにはいかない。


「ならオレが代わりに提案するけどよぉ」


 何がいけなかったんだ、と考え込む尚人を余所に今度は勇人が提案する。


「なら翼ちゃんをこっそり見守ってんのはどうだ?」


 内容としちゃさっきと変わんねぇよ。さすが双子。対象が見知らぬひとから知り合いに代わっただけだ。

 そもそも翼ちゃんとは俺達の一つ下の女子である。家が双子の隣ということもあり、さながら兄弟のような存在だ。因みに両親は共働きであるため、前は事あるごとに俺と双子とその兄の五人で遊んだものだ。


「完全にストーカーだな。でも本人に伝えておけば、うん。大丈夫」


「いいや。本人には伝えねぇ」


「なんで?」


 むしろ伝えなきゃ駄目だろ、と反論するが優人は首を横に振る。


「最近、翼ちゃんが夜中に出ていくのを見るんだ。最初は偶々用事でもあんのかと思ったが、窓から覗いてたらりゃ毎日だ。なーんかあると思わねぇかぁ?」


「毎日チェックしたのかよ。とんだ変態だな。つーか気になるなら直接聞けよ」


 あからさまに引いてみせる俺に不快感を示す優人。そんな優人に尚人から助け船が出される。


「聞いたけど何も話してくれないんだ。しかも次の日から出口を変えるようになった」


「そりゃ確かに怪しいかも」


 前言撤回。喜べ、変態の汚名を取り除いてやろうじゃないか。少しだけな。


「オレは翼ちゃんが今回の『サルノフッタチ事件』に絡んでんじゃないかと推測してんだ。でも証拠なんてないし、本人に訊いても教えてくれやしない。なら自分の手で確かめるしかないだろ」


 カッコイーと言いかけたところでHRのチャイムが鳴り、同時に担任の浦上先生が入ってくる。黒い髪を後ろで一つにまとめ、常にスーツを着用するキャリアウーマン風の先生だ。四十代後半のくせして見た目は大学生ほどの若作り……おっほん、美しい先生だ。


「はいとっとと席着いてー。大事な話するから。噂が流れてて知ってる人もいると思うけど、昨日藤宮が事件に巻き込まれて入院しました。犯人がまだ捕まっていないので今日はすぐに下校してください。明日から事態が落ち着くまで自宅待機です。本当は連絡網回したかったんだけど、学校に連絡が入ったのが今さっきだからね。みんなに危険を冒して登校させてしまったのは本当に申し訳ない」


 そう言って先生は壇上から教卓の隣に移動し、角度四十五度の綺麗なお辞儀をした。なかなか頭を上げないので、目の前の席の奴の方が慌てて「気にしてないですから。大丈夫ですから。ね、みんな」などと必死になっている。


「分かった。ありがとう」


 先生は顔を上げ、壇上に戻って話を再開する。


「今日はHRを持って下校とする。極力集団で速やかに帰宅すること。もし何か連絡があるなら学校の方に電話するように。今週はあたしが週番だから。以上。質問ある人……はいないね。では解散」


 話が終わると同時にクラスがざわつく。そして俺もざわつきの内の一人。


「ねぇ作戦会議しない?」



***



 例によって俺はサルノフッタチ事件に首を突っ込むことに決めた。実際、興味本位であるのだが。しかし、あれよあれよのうちに双子の家に泊りこむことにまでなってしまった。ていうか勝手にノリで決められてしまった。捜査本部は一か所だ、と非常に子供じみまでたノリで。そういうわけで、着替えを取りに自宅へ一旦戻って来たところで、敷地を囲むコンクリートの塀の上に一匹の動物を見つけた。


「キョウじゃん。日向ぼっこしてるの?」


 キョウというのは俺が家で放し飼いにしているイタチのことだ。父さんが俺が生まれる前に拾ってきたイタチであるのだから随分長生きである。つまりキョウは十五年間一緒に暮らしているかけがえのない家族なのだ。向こうも俺の言葉に反応するように「きぃ」と短く鳴いた。

 ところがこの日、抱きかかえて初めて気付いたのだが、キョウはつま先に怪我をしていた。


「バイ菌入ると嫌だし、手当しようか」


 家に入ってすぐのところにある洗面台で足の指を水洗いしてやった。もう血は出ておらず、すでに瘡蓋となっていた。しかしキョウは気になるのか、器用に前足で瘡蓋をいじっている。


「いじったら瘡蓋取れちゃうからやめな」


 とは言ったものの、どうにも心配なので上から絆創膏を貼ってみる。普通の絆創膏を切らしていたので、小さいころに使ったキャラクターがデザインされた絆創膏であるのはご愛嬌だ。だがキョウにとっては瘡蓋よりも興味を引いたようでしきりに匂いを嗅いでいる。


「早いとこ準備くらいしておこうかな」


 キョウをリビングに放して、二階にある自分の部屋へと駆け上がった。着替えを済ませ、適当に着替えを大きめのバックに詰める。早速、双子から催促のメールが届く。まだ一時間経ってないし、とぼやきながらもなんだかんだで家を出る俺であった。




***




 そんなこんなで現在、夜の十一時過ぎ。貝合兄弟の部屋にいる。ちょうどここからいつも翼ちゃんが通る道が見えるらしい。親には泊ってくると予め言っておいた。


「さらっと作戦をおさらいするぜ」


 十一時半ごろに翼ちゃんこと黒谷翼(くろたにつばさ)は家を出る。そこを俺と優人で尾行する。何かあった時、対処するには二人の方が好都合だからな。尚人は一番関係が深そうである神社で待ち伏せする。こっから徒歩十分ちょいだし走ればすぐ着く。すでに本人は出発済み。(護身用に練習用のバットを持っていったのはやりすぎ感が否めなかったが。)まぁ、うまくいけば挟み撃ちにできるかもしれない。何事もなければそのまま解散の流れ。


「でもやっぱ腑に落ちないよな。本当に関係あるのか不安になってきたかも」


「おいおい今更それを言うか。オレだって翼ちゃんのこと信じてるよ。あいつに限って人を襲うはずがない。でも、もしかしたら関係あるかもしれない。関係あるならあるで事情を知りたい。本人が嫌がってもな。翔一の兄貴が留学中でいない今、翼ちゃんを護るのはオレ達の役目だ。」


 この兄弟は時々格好いいことを恥ずかしがらずに言う。今の優人も、朝の尚人も。そんな真っ直ぐなこいつらが羨ましくなる。


「そう来られると俺だって反論できねぇよ。やろうとしていることが普通にストーカーでも」


「黙れよ。減らず口野郎」


「それは無理」


 そんな軽口もここまでだった。


「動いたぜ」


 隣の家から一人の女の子が周囲を警戒しながらゆっくりと外へ出ていくのが見えた。玄関ではなく、裏口から。


「行くぜ、仁」


「分かってる」


 すぐさまスニーカーに履き替えてあとを追う。警戒されないように、見失わないように、適度な距離を保って静かに歩く。幸いにして今日はほぼ満月。街灯の灯りの無い道も目が慣れれば幾分か見ることができた。

 優人にはターゲットが家を出た、とだけメールを打っておく。


「どこに向かってると思う?」


「まだ分かんねぇ。この先って学校しか思いつかねぇな」


「待て、学校って今週の週番浦上先生じゃなかったか?」


 俺達の学校には週番制度がある。週ごとに先生の内二人が遅くまで残って事務の仕事をする。通常は九時くらいまでだが、金曜日のみ次の日が休みになる代わりに帰りが十二時を過ぎる。それだけならなんてことは無い。変わった制度だとは思うがそれ自体は問題視する必要は無い。問題は当番が浦上先生ということだ。あの若作りの浦上先生(・・・・・・・・)だ。サルノフッタチのターゲットは若い女性。狙われてもおかしくは無い。


「なんで今まで狙われなかったのか不思議なくらぇだな」


 それに野次馬根性で夜の学校に肝試しに来ている奴がいるかも知れない。俺たちだって傍から見れば野次馬の部類に入っているようなものだ。標的になりえる人間が学校にいる可能性がある。そして翼ちゃんは学校に向かっている。嫌な悪寒を感じた。確証は無い。ただなんとなく。何事もなく帰れると思っていたのに、何かが起こる気がしてならなかった。


 そして、前を行く翼ちゃんが急に走り出した。女子とは思えないほどの速さで。


「走れ!」


 走る。走る。尾行のことは頭から吹っ飛んで行ってしまった。しかし前との距離は広がる一方。中三の男子二人が中二の女子に追いつけない。むしろ引き離されていた。


「くっそ早すぎだろ。あいつ何で文化系の部活なんだよ。陸上部入りゃ良かったのに」


 住宅街を抜け、コンクリートで塗装された道の両側には田んぼと畑が広がった。百メートルくらい先、その畑のど真ん中に堂々と学校は建っている。ここまで来れば行き先は学校と確定したようなものだ。

 勿論、翼ちゃんが校門を迷い無く潜る姿が街灯によって照らし出される。


「本当にで学校入ってったよ。どうすんだよ」


 と次の瞬間、夜のしじまが甲高い女性の悲鳴によって破られた。



 前書きは妖怪の一般的な解説です。作中ではオリジナル設定が入るため、文献とは多少異なりますが。


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