9. 学校探検 ~Beginning of event of trouble~
妖広辞苑
マンドラゴラ
ヨーロッパで山奥に生えているといわれた植物。根が必ず二股に分かれた人のような形をしているという。麻薬や催眠薬としての効用があり、錬金術師や魔術師にとって無くてはならない植物だったが、引き抜こうとした途端、奇怪な悲鳴をあげ、その声を聞いた人間は発狂してしまうので、犬に引かせたり、耳栓をして引き抜いたりしなければいけなかったという。
神魔精妖名辞典より
俺たちは生徒会会長と副会長の案内で学校中を探索している真っ最中。波乱の予感がするのはお約束。
「ここは植物園。魔法植物を栽培してんのよ~ん」
透明度の低い特殊ビニールに覆われた植物園は幾分か内部が透けて見える。目を凝らせば、緑色の巨大生物がうねうね動いているのが見えてくる。はっきり言って近寄りがたい。
「あの中入るよ。ミーについて参れ~」
近寄るどころか入るのかい!
変に高いテンションのシレーナ先輩が何の躊躇もせずに、ビニールハウスの引き戸を開ける。もわっとした暖かい空気が顔に当たった。
そして目前に開かれた光景には唖然となった。外から見えたグリーンモンスターは通常の何倍にも成長した植物が蠢いていたのだった。植物園にいる緑色のものと言えば植物だ。もしやと思ってはいても、実際目の当たりにするのでは次元が違う。百聞は一見にしかず。うむ、納得。
「すごく蒸し暑いわね。サウナみたい」
「東南アジアの熱帯雨林を表現してるらしいですわ。随分と本格的ですわね。」
「この暑さは尋常じゃないですよ。元気に動いていられるなんて植物はすごいですね。」
蒸し暑さをあまり体験したことが無いらしいヨーロッパ出身妖怪トリオはこの空間に不慣れな様子。日本の夏でいくらか慣れてるからか、俺は三人ほど暑さによるダメージは喰らっていない。
「あ!夏休み前に植えたマンゴラドラ育ってる~」
「マンゴラドラ?」
「引っこ抜くと悲鳴を上げて、聞いた者に幻覚作用を起こさせる厄介な植物だよ。一方で薬としても重宝されるから、授業の一環で植えたんだ」
しゃがんで葉っぱをつつく先輩は無邪気な子供のようだった。そんな先輩の背後に一つの影が忍び寄る。見た目は巨大化したヒマワリ。だが花弁のど真ん中に鋭い犬歯が生え揃っている所為で、花の愛らしさがほぼ全て失われている淋しい結果になっている。その可哀想なヒマワリが大口を開けて先輩に襲いかかる。
「危ない!」
俺の心配はとんだ杞憂に終わった。先輩は振り向くことなく顔面と思しき場所に裏拳を決めたのだ。顔面を直撃され悶絶しているヒマワリ。付近の植物たちは気が気でない様子で見守っている。
「このヒマワリの種は蛇妖怪の毒消しに有効なんだ。薬品関係者もよく買いにくるよ。言ってしまえば、植物園では薬品の元になる植物を栽培したり、業者相手に商売する授業もやってるのさ」
シレーナ先輩は襲いくる障害をあしらいながら前を行く。フローズ先輩は手助けをしつつ、全体を見回しながら後ろを行く。なかなかの名コンビだ。
「フローズ~これって食用だっけ?」
「食えない!神経毒を有する種だ。聞いてんのか、止めろっ!」
「冗談だって。知ってるよ」
冗談とは思えない口調で、口元まで持っていった怪しいキノコを名残惜しそうに埋め直す先輩。さっきの言葉を訂正しよう。息の合った迷コンビだ。自由奔放な子どもとしっかり者の保護者にしか見えない。
*
先輩方の微笑ましい? コントも収束し、その後一同は図書館・体育館・実験場・箒用飛行場など校内中の施設を見て回った。
「ラストはミーたちの拠点、生徒会塔よ~」
……でかっ!
生徒会だけが使うにしては広すぎる。この塔一つで城として成り立つと思う。
「こんなおっきい塔を生徒会だけで使ってるの?」
「魔法具の倉庫も兼ねてんだ。武器も精密機器も管理してるし、普段は滅多に使わない器具もしまってあるよ」
「生徒会直属のGICの室内闘技場もあるのよ~」
「じっく?」
「school garrison against the wickedness(悪に対する学園警備隊)で通称ジック。生徒のみで構成された学園の自警団です。風紀委員を武装化したモノだと考えていいですよ。学園内の猛者たちが集まってくると聞いているんで、僕は入団しようと思っているんですが一緒にどうです?」
爽やかに笑いかけてくるが、その手には乗らない。戦い慣れてない俺が入ったところで肩身が狭くなるだけだ。
「正直入団したくないし止めとくよ」
「そうですか、残念です。気が変わったら言ってくださいね」
「そこ~! 置いて行っちゃうよ」
「待ってくださーい!」
先輩方に続いて塔の中へ。階段と廊下を通り過ぎ、一際目立つ二枚扉の前にやってきた。先輩が大声を出し、扉を開く。
「生徒会諸君!集合よ~!」
「…………」
反応が全くない。
「誰もいないって言わなかったっけ? 二年共は新入生学校見学ツアーの手伝い。それにティアと翔一は自主トレで今日一日アルプスに籠ってるぞ。」
「あー、すっかり忘れてた。修行修行ってジックの団長と団長補佐は大変だね~。ということでミーたちも便乗して、トレーニングの一環で一年生対三年生の全員参加の模擬決闘をしよう!お互い実力を知るいい機会だよ。どう?」
えっいきなり決闘なんて
「受けて立ちましょう」
ちょっと待って
「二つ返事で賛成よ」
少しは考えて
「じゃ決定~!闘技場空いてるよね?」
おい聞いてんの
「問題無いよ。話もまとまったし、早速行くか」
反対意見は完全無視かいっ!
(仁さんはまだ正面切って戦わなくてもいいですわ。私たちが先輩の気を引きますので、そこを狙っていただけますか?)
(隙を突く作戦か。先輩相手にうまく立ち回れるの?)
(数では二倍。こっちが有利よ)
(そうだけど、生徒会ってジックの上組織だよ。ガーゴイルとは違って簡単にはいかないんじゃないの?)
(分かってます。先程の植物への音速の裏拳も見ていますので。ですが、戦いにおいて重要になってくるのは気の持ち方です。妖怪との戦いでは強気になる、気持ちで負けないことが勝負の分かれ目になってくるときもあります。仁はまだ慣れていないんですから、訓練として一つでも多くの対戦を行った方がいいですよ)
(相手に気で勝てば案外動きが読めるようになりますわ。)
(騙されたつもりでやってみなって!)
(そんなこと言われてもな……。でもやれるだけ挑戦してみるよ)
(その意気ですわ。)
*
六人がやってきたのは屋上。風が唸りを上げて吹いている。
「決闘のルール言っとくぞ。制限時間なしで相手チームを是委員倒す、又は降参させた方が勝ち。互いに背中合わせの状態から十歩数えながら歩いたところで振り返り、勝負開始だ」
屋上の中央それぞれが戦闘態勢に入り、武器に手をかける。
「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、零」
一斉に振り返り、相手に向き直る。
先陣を切ってディランがフローズ先輩へと突っ込んだ。一閃。炎を纏った剣が紅い直線を描く。対する先輩は短刀で受け止める。
「危なかったよ。まさかこんな速いとは思っていなかった。お前は本気で俺を切る気か?」
「決闘というのだから本気でいかないと失礼かと」
「そうか。ならこっちもも本気で相手しないとな」
短刀が水色の光を帯び、ディランを押し返す。
「お前が火炎系の剣の使い手なら、俺は水氷系の剣の使い手だ。しかも二刀流のな」
フローズ先輩は懐からもう一本の短刀を取り出しディランを切りつけてくるが、ギリギリ間一髪でかわす。
「奇遇ですね。実は僕も二刀流です」
どこから出したのか、ディランの手元で炎の剣が二本に増えている。
「なかなか楽しくなってきたな」
先輩が口元を緩ませ、静かに笑った。
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