#009 世界は突然、近づいてくる
「海外コラボ、決まったぞ。しかも三人相手にだ」
マネージャーの神田からそう告げられたとき、私は思わず聞き返した。
「……え、三人も?」
「うん。まずはレオン・ジェネシス。アメリカの料理系V。Fで君の切り抜きを見て即DMしてきた。めちゃくちゃ乗り気だったよ」
レオン・ジェネシス。確かに”F”で見たことがある。
筋肉ムキムキのアバターで、ステーキを焼きながら悪ノリするスタイルが人気らしい。
「次がキャビン・マリン。イギリスの大物V。登録者225万。彼はレオンに誘われてOKしてくれたらしい」
「え、ちょ、待って。225万!?」
「最後がレイブン・フロミネット。日本とアメリカのハーフ。君と同じようなバックグラウンドだな。彼女は前から君に注目してたらしくて、自分から声をかけてきたよ」
(……嘘でしょ)
頭の中が真っ白になった。世界が、突然、手の届くところにある。いや、もう触れている。
数日後。コラボ配信の打ち合わせは、StreamLinkで非公開通話として行われた。
画面の向こうには、それぞれの国から接続してきた彼らのアバターが揃っている。
レオンは相変わらずテンション高めで、いきなりこう言った。
「Yo, RozeBite! I loved your spicy tongue!(その毒舌マジ最高だった!)」
「T-that was just... a mistake, really...(あれは本当に事故だったんだってば)」
「That's what made it better!(だからこそ良かったんだよ!)」
その勢いに、思わず笑ってしまう。だけど内心は焦っていた。
キャビン・マリンは穏やかな口調でこう言った。
「RozeBite, I’ll just be playing along, alright? I’ll back you up.(無理しなくていいからね。僕がフォローするから)」
どこか余裕のある話し方。プロの空気があった。
そして、最後にレイブンが微笑む。
「Rozeちゃん、私たち、ちょっと似てるでしょ?英語と日本語、どっちでも考えるのって、疲れるよね」
その一言が、何かをふっとほぐした。
「あ……うん。わかるかも……」
コラボ当日。Voisyncの特設チャンネルでは、事前の告知が世界中に拡散され、Fでもトレンドに入っていた。
『RozeBite × Leon × Cabin × Raven スペシャルコラボ!』
StreamLinkで始まった配信のチャットは、開始数分で爆速。
レオンがいきなり叫ぶ。
「Alright, let’s roast each other’s cooking!(よっしゃ、お互いの料理をディスり合おうぜ!)」
「Rozeちゃん、私たちのダンス動画も見てね!」とレイブン。
「……ちょっと!勝手にコーナー作ってるし!」
勢いに押されながらも、私は少しずつ――言葉を、テンポを、リズムを取り戻していく。
毒舌も出た。
英語で言えばこうだった:
「Your steak looks like a crime scene, Leon!(あんたのステーキ、殺人現場じゃん!)」
チャットは爆笑の嵐だった。
【RozeBite is back!!】
【Queen of sass!】
【毒舌最高!】
画面の向こうで、レオンもキャビンもレイブンも笑っていた。
でもその中に、私がふと感じたもの――それは、どこか居場所のような“ぬくもり”だった。
配信が終わったあと、私は一人になった部屋で天井を見つめた。
「これが、私の“世界”なのかな……」
毒舌キャラ、英語、海外Vtuberたちとの友情。
それでも、どこかで思う。「私はこのままでいいのか?」
その問いの答えは、まだ出ない。
けれど今日、確かに一歩踏み出せた気がしていた
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