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#082 : インスピレーションの源、サンタモニカ


ロサンゼルス滞在三日目。カレンと美咲は、前夜に誓い合ったテーマソング制作のインスピレーションを探しに出かけた。行き先は、ビーチリゾートとして有名なサンタモニカだ。今日は配信がないため、観光客としてロサンゼルスの空気を全身で感じるつもりでいた。




アパートメントを出発する際、二人は自然な変装をしていた。深いキャップ、特大のサングラス、マスクは、ロサンゼルスのセレブや観光客が日差しと人目を避けるためによく使うファッションだ。


「美咲、この格好じゃ、ビーチに行ってもあまり開放感はないけど、まあ、これもロサンゼルス観光の一環ね」


カレンは、サングラス越しに周囲を見渡し、軽く不満を漏らした。


「仕方ないよ、カレン。でも、今日は**『音』**を探しに来たんだもん。変装も日焼け対策ってことで、楽しもうよ」


ジョンとアイコに守られながら、二人はサンタモニカのビーチに到着した。広大な砂浜と、輝く太平洋の景色は、ハリウッドの喧騒とは対照的な、開放的な雰囲気を持っていた。


「わあ、空気が美味しい!見て、カレン。本当に綺麗な海だよ。昨日の夜景とは全然違うエネルギーだね」


美咲は、小型のデジタルレコーダーをポケットに忍ばせ、周囲の音を注意深く拾い始めた。


「そうね。開放的で、どこか懐かしい感じがするわ。この広大な海と空の景色から、テーマソングの**『広がり』**が生まれるかもしれないわ」


カレンは、海風を感じながら、目を閉じて、耳を澄ませた。波が砂浜に打ち寄せる音、遠くで聞こえる人々の笑い声、潮の匂い。彼女の感性は、日常の風景に潜む、特別な音を探していた。美咲も、その環境音を静かに記録していった。


しばらくビーチで海を眺めて過ごした後、二人は自然な流れで**サンタモニカ・ピア(桟橋)**の方へと歩き始めた。


「カレン、ピアの方に行ってみよう。あそこなら、もっと色々な『音』があるかもしれないよ。賑やかな人々の声とか、アトラクションの音とかね」




二人は、ジョンとアイコと共に、サンタモニカ・ピアへ向かった。ピアは、遊園地のアトラクション、シーフードレストラン、そして大道芸人で溢れており、ビーチとは違う、賑やかなカーニバルのような雰囲気だった。


「わぁ、すごい賑わいだね!遊園地の音楽も聞こえるよ!」


美咲は、その雑多な音のエネルギーに圧倒されながらも、レコーダーのスイッチをオンにした。


人ごみの中を歩き、ピアの先端に近づいた時、その音は二人の耳に飛び込んできた。


ピアの片隅で、一人のストリートミュージシャンが、古いアコースティックギターを抱えて演奏していた。彼は、周囲の賑わいに紛れない、静かで美しいメロディを奏でていた。彼の前には、観光客の雑談や、遠くの波の音に紛れて、静かにコインの入ったケースが置かれていた。


彼が奏でていたのは、派手さはないが、心を惹きつける、どこか懐かしく、そして切ないメロディだった。それは、海の広大さと、孤独な旅路の寂しさを同時に表現しているかのような音色だった。


カレンは、思わず立ち止まった。


「……待って、美咲。この音よ」


美咲も、そのメロディに耳を奪われた。周囲のざわめきが、一瞬遠ざかったように感じられた。


「なんて素敵なメロディなんだろう。切なくて、でも温かいね」


美咲は、ミュージシャンの姿を撮影しないよう気をつけながら、音だけをレコーダーに集中して拾わせた。


そのメロディは、カレンの心に深く響いた。それは、華やかなハリウッドの光の裏にある、旅の切なさや、故郷への想い、そして、美咲と出会う前の、一人で音楽の道を歩んでいた頃の孤独な自分を呼び起こすような音だった。


「彼のメロディ……すごく、ハーモニーを感じるわ。一人で演奏しているのに、まるで二つの音が重なり合っているみたい。これが、私たちが探していた音かもしれない」


カレンは、感情を抑えきれない様子で、美咲に言った。美咲は、その音源を小型レコーダーに慎重に記録した。


曲が終わると、カレンはジョンに小声で英語でチップを渡すよう指示し、二人はその場を静かに離れた。ミュージシャンは、深く被ったキャップとサングラスの二人に気づくことはなかった。


「今のメロディ、覚えているわね、美咲」


カレンは、ピアを後にする美咲に、強い確信を持って言った。


「もちろんだよ。しっかりと録音もしたよ。あれが、私たちのテーマソングの核になるかもしれないね」




アパートメントに戻った美咲とカレンは、旅の疲れも忘れて、すぐに部屋に引きこもった。今日の外での経験が、二人の創作意欲に火をつけたのだ。


美咲は録音した音源をPCに取り込み、カレンは、そのメロディを口ずさみながら、楽譜ソフトに音符を打ち込んでいった。


「このメロディ、静かでいいわね。でも、これだけじゃ私たちらしくない。この孤独な音に、私たちの情熱的なハーモニーをどう重ねるか、それが課題だわ」


カレンの瞳は、完全にアーティストの顔になっていた。彼女の内に秘めた情熱が、今、溢れ出そうとしていた。


「この曲のキーは、Gマイナーだね。切ないけど、どこか希望がある。このメロディをベースに、サビで一気に明るいメジャーコードに展開するのはどうかな?アレンジで、ロサンゼルスの光と、私たちの未来を表現するのよ」


美咲は、カレンが打ち込んだ音符を分析し、具体的なアレンジのアイデアを出した。美咲の技術的な知識と、カレンの卓越したメロディセンスが、この瞬間、完璧に融合した。


「なるほど、いい展開ね。その展開、試してみるわ。私がメロディと歌詞の方向性を決めて、美咲が編曲と音作りで私の感情を表現する。私たちのいつものやり方じゃない」


カレンは満足そうに微笑んだ。


二人は、誰にも邪魔されないアパートメントの部屋で、ロサンゼルスの夜景を背景に、共同作業を再開した。サンタモニカのストリートミュージシャンから得た小さなインスピレーションは、二人の絆とプロの技術によって、大きなハーモニーへと変わろうとしていた。


この旅の最初のテーマソング制作は、二人のアーティストとしての未来を賭けた、重要な一歩となる。二人の間に、音楽以外の言葉は必要なかった。ただ、PCの光と、鍵盤を叩く音だけが、部屋に響き渡っていた。

読んでくれてありがとうございます。

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