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#080 : ハリウッドを駆ける、日常配信

 

 ロサンゼルスの朝の光は、眩しいほど強烈だった。前夜の発表配信の成功に安堵し、美咲とカレンは、時差ボケで重い身体を起こした。


「うーん……美咲、朝から、この陽射しは何なのよ。目が焼けるわ」


 カレンは、寝起き特有の少し掠れた声で言った。部屋は遮光カーテンのおかげで暗いままだが、わずかに漏れる光だけでも、その強さがわかる。


「そうだね、カレン。ここはカリフォルニアだから。さあ、今日はウォーク・オブ・フェイムに行くのよ。早く朝食にしましょう」


 美咲は、すでにテキパキと準備を始めていた。持参した日本のレトルトご飯と、現地で買ったシリアルを並べる。非日常の旅の中にも、二人の小さな日常は変わらず流れていた。


 


 朝食を終えると、二人の表情は一気にプロの顔になった。今日のミッションは、人通りの多いハリウッドのど真ん中でのロケ配信だ。VTuberにとって、リアルな姿を晒すことは即ち「死」を意味する。


 現地サポートスタッフのアイコが、部屋に入ってきた。その手には、黒いキャップ、特大のサングラス、マスク、そして、ごく普通のカジュアルなTシャツとジーンズのセットが用意されていた。


「美咲さん、カレンさん。今日のお二人の外出は、極秘ミッションです。ハリウッドは観光客が多く、熱心な日本のファンもいる可能性があります。この装備で、誰にも気づかれないように移動します」


「完璧な変装、ということね。フフン、まるでスパイみたいじゃない」


 カレンは、そう言って、サングラスとキャップを手に取った。カレンのハーフらしい容姿は、そのままでは目立ちすぎる。特に、彼女の金に近い茶色の髪は、大きなキャップで完全に隠す必要があった。


 美咲は、普段から目立たないように心がけているが、それでも油断はできない。


「アイコさん、移動中の車内での会話は、極力英語にしましょう。万が一、周囲に日本語を理解できる人がいたら困るわ」


「承知しました。その点、カレンさんの英語力は頼りになります。ジョンが常に周囲を警戒しますので、ご安心ください」


 カレンは、改めて自分の役割を認識した。この旅では、美咲の機材管理能力と自分の語学力、そして二人の配信スキルが、文字通り生命線となる。


「分かったわ。私の完璧な発音で、この旅の安全は守ってあげる。あなたは、配信のことだけ考えていればいいのよ、美咲」


 カレンは、サングラスをかけ、キャップを深く被り、鏡の中の自分を見た。目の周りしか見えないその姿は、まるで別人だ。


 ハリウッド、ウォーク・オブ・フェイムへ(極秘ロケ)


 ジョンが運転する黒塗りのSUVは、ハリウッドのメインストリートに近い駐車場にひっそりと停車した。美咲とカレンは、武装したジョンに挟まれるように、足早に車を降りた。


 目的地のウォーク・オブ・フェイムは、すでに観光客でごった返していた。しかし、二人が選んだのは、人通りの多い場所ではなく、映画館の裏手に近い、比較的静かな一角だった。


「ここよ。回線も安定しているわ。配信は、ここで定点で行うわよ」


 アイコが、二人に指示を出す。美咲は、急いで小型カメラを設置し、モバイルルーターに接続した。


「いくよ、カレン。配信スタート!」


 美咲の合図で、配信が始まった。画面に映るのは、美咲とカレンのVTuberアバターと、その背後にある、ハリウッドの有名なスターの手形とサインが刻まれた地面だ。


 美玲エラ:「みんなー!こんにちは!美玲エラよ!ロサンゼルスでの最初のロケ配信よ!」


 ローズバイト:「ローズバイトよ。フフン、これがハリウッドよ。画面越しでも、この空気を感じてほしいわ。さあ、あなたたち、これがどれだけすごい場所か分かっているでしょう?」


 ローズバイトの口調は、自信に満ちたものだったが、その声の背後には、英語の話し声、車のクラクション、そして、時折通り過ぎる観光客の笑い声が微かに混じっていた。


 美玲エラ:「私たちは今、ハリウッドの『ウォーク・オブ・フェイム』に来ているのよ!この地面には、映画スターやミュージシャンの手形が刻まれているの!」


 ローズバイト:「私の名前が、この石畳に刻まれるのも時間の問題ね。この世界を旅して、最高の歌を届けたら、私の手形は、このハリウッドで一番目立つところに刻まれるんだから」


 二人は、周囲の喧騒を気にしながらも、テンポよくトークを進めた。美咲は、カメラの角度を微妙に変えながら、周囲の景色を映し、カレンは、その景色に対するコメントや、日本とアメリカの文化の違いについて語る。


 


 配信が始まって十分ほど経過した時、予期せぬ事態が起こった。


 周囲を警戒していたジョンが、アイコに耳打ちした。


「アイコ、日本のグループよ。どうやら、この二人を探しているみたいだわ」


 アイコが焦りの表情を浮かべる中、美咲とカレンは、配信を続けていた。


 その時、一人の若い女性が、二人のいる定点配信の場所に向かって、早足で近づいてきた。彼女の目は、美咲の持っている小型の配信機材と、カレンの靴を見て、明らかに何かを確信しているようだった。


 女性は、興奮した様子で、日本語で声をかけてきた。


「あの……もしかして、ローズバイトさんと美玲エラさんですか?」


 配信中の二人は、一瞬、空気が凍ったような感覚に襲われた。画面上では、ローズバイトと美玲エラが笑顔でトークを続けているが、現実では、声バレと姿バレの最大の危機だ。


 カレンは、瞬時に配信画面の左下にあるミュートボタンをタップした。同時に、美咲は、小型カメラが映している周囲の景色から、あらかじめ用意していた静止画の背景に、映像を一瞬で切り替えた。


 美玲エラ:「(配信上で)ご、ごめんなさいね!ちょっと、今、機材の調子が悪いみたい!」


 配信上では、まるで映像と音声が乱れたかのように見せかけたが、実際には、二人の声とリアルな背景がファンに届くのを、プロの技術で遮断したのだ。


 ローズバイト:「What are you doing here? (ここで何をしているんだい?)」


 カレンは、ミュートを維持したまま、流暢な英語で答えた。彼女のハーフとしての能力が、ここで最大限に活かされた。


 美咲もミュートしたまま、女性グループに向かって英語で謝罪の言葉を口にし、すぐにジョンとアイコが間に入り、女性グループを遠ざけた。


 女性グループが完全に視界から消えたことを確認すると、美咲は、ゆっくりと背景を静止画からカメラの映像に戻し、カレンはミュートを解除した。この間、わずか30秒。配信上のコメント欄には、「大丈夫?」「電波弱い?」といった心配の言葉が並んだが、決定的な情報が漏れることはなかった。


 ローズバイト:「ごめんなさいね!ロサンゼルスの電波は気まぐれなのよ。さあ、気を取り直して、配信を続けるわ!」


 配信上では、何事もなかったかのように、ローズバイトが強気にトークを再開した。しかし、二人の心臓は、まだ激しく鼓動していた。


 この緊迫した瞬間を乗り越えたことで、二人の絆と、プロとしての連帯感は、さらに強固なものになった。旅は、ただ楽しいだけではない。VTuberとしてのアイデンティティを守り抜く、スリルと隣り合わせの挑戦なのだ。


 二人は、配信終了まで無事にミッションを遂行し、現地スタッフに守られながら、アパートメントへと戻った。


 アパートメントに戻り、変装を解いた二人は、ソファに倒れ込んだ。


「カレン、本当にありがとう。あの時、もしミュートと背景の切り替えが一瞬でも遅れていたら、私たち、どうなっていたか……」


 美咲は、カレンに心から感謝の気持ちを伝えた。


「心配ないわ、美咲。私たちは二人なんだから。あなたが機材と画面を守ってくれるなら、私は声と外からの危機に対応する。それが**『Project Harmony』**なのよ」


 カレンは、そう言って、美咲の肩を抱き寄せた。


「この旅、想像以上にスリリングで、楽しいわね」


「うん、そうだね。そして、私たち二人なら、どんな危機も乗り越えられる。そう確信したよ」


 ロサンゼルスの夕暮れの中、二人は互いの存在に安堵し、明日への決意を新たにした。

読んでくれてありがとうございます。

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