#077 : 夢へのフライト
本当にすみませんまた寝過ごしました。本当に申し訳ありませんー
旅立ちの朝、橘カレンと美咲怜は、緊張と興奮が入り混じった複雑な感情を抱えていた。早朝の薄暗い中、二人は大きなキャリーケースを引き、静かな玄関を出た。
「なんか、変な感じね、美咲。いつもの配信と、全然違う」
カレンは、玄関の鍵を閉めながら、どこか落ち着かない様子で言った。
「そうだね、カレン。でも、これが『Project Harmony』の始まりだよ。最高の旅にしようね」
美咲は、カレンの手を優しく握った。二人の手は、緊張でわずかに汗ばんでいたが、互いの体温が、不安を打ち消し、強い決意を伝えていた。
旅立ちの朝、神田マネージャーの見送り
空港へ着くと、神田マネージャーがすでに待っていた。彼は、いつもと変わらない穏やかな笑顔で二人を迎えた。しかし、その目には、二人の旅立ちを見送る、親のような温かさがあった。
「おはよう、カレンさん、美咲さん。さあ、チェックインを済ませようか」
神田マネージャーは、テキパキと手続きを進めていく。二人の大きな荷物と、特に厳重な注意が必要な配信機材の入った専用ケースを、一つ一つ丁寧に預けていく。
手続きが終わり、搭乗口へ向かう保安検査場の前で、三人は立ち止まった。ここから先は、神田マネージャーはついて来られない。
「さて、いよいよ旅立ちだね」
神田マネージャーは、そう言って、深々と頭を下げた。
「この『Project Harmony』は、君たちの才能を世界に広める、事務所を挙げた大計画だ。でも、それ以上に、君たち二人にとって、かけがえのない経験になることを願っているよ」
「神田マネージャー……」
カレンは、胸が熱くなった。
「本当に、ありがとうございます。この計画を引き受けてくれたこと、私たちを信じてくれたこと、全てに感謝しています」
美咲は、そう言って、神田マネージャーに頭を下げた。
「もちろん、不安がないわけじゃない。特に海外での配信なんて、何が起こるか分からない。だけど、美咲と一緒なら、そして、神田さんが、私たちを信頼してくれているから、きっと大丈夫です」
カレンは、一歩前に出て、真っ直ぐな瞳で神田マネージャーを見つめた。
「毒舌女王ローズバイトと、天然癒し系美玲エラのハーモニーは、世界を席巻するわ。だから、安心して、日本で待っていてください」
カレンの力強い言葉に、神田マネージャーは、心からの笑顔を見せた。
「うん。分かっているよ。君たち二人が、最高の『ハーモニー』を奏でることを、私は誰よりも信じているからね」
彼は、そう言って、二人の肩を優しく叩いた。
「では、行ってらっしゃい。旅の安全を祈っているよ。何かあれば、すぐに連絡すること」
二人は、神田マネージャーに最後の別れを告げ、保安検査場を抜けた。これから始まる壮大な旅への期待と、長年連れ添ったマネージャーとの別れが、二人の胸に込み上げていた。
———
搭乗口へ向かう間、二人は、空港の喧騒の中に身を置いていた。英語や様々な国の言葉が飛び交うこの空間は、すでに日本ではないような、非日常の感覚に満ちていた。
「すごいね、美咲。もう、まるで外国みたいだ」
カレンは、周囲の外国人旅行者をキョロキョロと見回しながら言った。
「そうだね、カレン。アメリカに着いたら、もっとすごい景色が待っているよ。ハリウッドの巨大な看板、映画で見た景色が、目の前に広がるんだよ」
美咲は、そんなカレンの様子を見て、嬉しそうに微笑んだ。カレンの瞳には、毒舌女王の鋭い光だけでなく、新しい世界に心を躍らせる、少女のような輝きが宿っていた。
搭乗時刻を待ちながら、二人は、空港内のカフェで最後の日本食を楽しむことにした。コーヒーを飲みながら、カレンは、美咲の顔をじっと見つめた。
「ねぇ、美咲。機内では、何をして過ごそうか」
「そうだなぁ。カレンのために、ロサンゼルスのガイドブックをたくさん持ってきたよ。あとは、少し寝て、旅に備えるのもいいかもね」
美咲は、カレンの不安を和らげようと、穏やかに答えた。
「そうね……長距離フライトは、あまり経験がないから、ちょっと緊張しているわ」
「大丈夫だよ。私が隣にいるから。それに、映画もたくさん観られるよ」
美咲は、カレンの手を再び握り、優しく力を込めた。この瞬間、二人の間には、配信や仕事とは関係のない、橘カレンと美咲怜という、一人の人間同士の、深い信頼と愛情が流れていた。
——
いよいよ搭乗。二人は、窓側の席に並んで座った。機体が滑走路を走り出し、やがて轟音と共に空へと舞い上がる。窓の下に広がる日本の景色が、あっという間に遠ざかっていくのを見て、二人は改めて、自分たちの旅が始まったことを実感した。
飛行機が安定した高度に達すると、二人はシートを倒し、くつろいだ。
「すごい……本当に、空を飛んでいるんだね」
カレンは、窓の外の雲海を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「そうだね、カレン。この飛行機が、私たちの夢を、世界に運んでくれるんだよ」
美咲は、そう言って、カバンから一冊のノートを取り出した。それは、旅立ちの前に二人で書き込んだ「旅のしおり」だった。
「さあ、カレン。もう一度、確認しよう。アメリカで、何をしたいか」
二人は、しおりを広げ、ハリウッドでの計画を指でなぞった。映画館での配信、ハリウッドサインの撮影、そして、旅の合間に入れる予定の、現地のファンとの交流配信。
「この旅の目的は、『Project Harmony』だ。世界中の人々に、私たちの歌を、私たちの言葉を、届けること」
カレンは、真剣な眼差しで美咲を見つめた。
「うん。そして、カレン。もう一つの目的は、私たちが、新しい世界を見て、もっともっと、成長することだよ。VTuberとしてじゃなくて、橘カレンと美咲怜として、ね」
美咲の言葉に、カレンは、深く頷いた。
「そうね。あなたの隣で、私は、もっと強くなりたいわ。毒舌だけでなく、愛も届ける、最高のVTuberになるために」
長時間のフライトの中、二人は、映画を観たり、持参したお菓子を分け合ったりしながら、穏やかな時間を過ごした。夜になり、機内の照明が落とされると、カレンは、いつの間にか、美咲の肩にもたれかかって眠っていた。
美咲は、カレンの頭を優しく撫で、そっと目を閉じた。
(ありがとう、カレン。あなたの隣で、私はどこへでも行けるよ)
美咲の心の中には、不安はもうなかった。ただ、隣にいるカレンの温もりと、これから始まる壮大な旅への、静かな期待だけが満ちていた。
飛行機は、二人の夢を乗せて、夜空を西へ、ロサンゼルスへと向かっていた。
読んでくれてありがとうございます。




