#007 RozeBite、もう逃げられない
《Voisync》の配信部屋に入る手が、ほんのわずか震えていた。
カレン――RozeBiteは、いつものように準備を進めながら、心の中では葛藤が渦巻いていた。
「癒し系キャラはもう無理なのかな……」
「本当の私なんて、誰にも見せる気なかったのに……」
だが、現実は残酷なほど進んでいた。
《F(FlareTalk)》では、彼女の毒舌シーンの切り抜きが何百万回もリポストされ、世界中の配信者や視聴者が彼女の英語力と毒舌センスを絶賛していた。
「This is peak Vtuber. RozeBite is unfiltered, raw, and PERFECT.」
(今最も人気なVtuberロゼは猫被らずそのままだかそれが最高だ!)
「She roasted me and I said thank you.」
(彼女は私を終わらせたが私はありがとうって言った)
「I don’t know what she said, but I felt that.」
(俺は彼女が何を言ったか分からないが感じた)
トレンドタグ:
#RozeBiteの本性
#RozeBite_speaks
#毒舌天使
マネージャーからの指示も、待ったなしだった。
「今回の配信、英語字幕も同時に入ります」
「ファン層拡大のため、最初の挨拶は日英両方でお願いします」
「Fでも告知ツイート(投稿)をお願いします」
カレンは、ぐっと息を吸った。
「……やるしかない、か」
Voisync 配信画面
RozeBite's Room
RozeBite・Live Now
「ハロー……じゃなくて、みなさんこんばんは、RozeBiteです」
(Hello, everyone... or should I say, konbanwa. I'm RozeBite.)
「今日は……えーっと、最初に言っておきます」
「英語、話せます。ネイティブです。
And yes, I said what I said. I meant every word.」
(はい、言いました。そして、それが本音です。)
「だけど、それは“あのときだけ”の私なんです……いつもじゃないの」
コメント欄が荒れるかと思いきや、英語も日本語も、賞賛で埋まっていた。
「SHE SPEAKS FACTS」
「キャラ崩壊じゃなくて、進化ってことだね」
「Roze様の本気見れた〜」
「英語もっと聞きたい!」
カレンは思わず、はにかんだように笑った。
「じゃあ……ちょっとだけ、毒舌サービス?」
「If your comment is that stupid, just close the tab and go touch grass.」
(そんなバカなコメントするくらいなら、タブ閉じて外にでも出てな)
「You guys are lucky I’m not charging for this level of sass.」
(この毒舌に課金されてないの、ありがたく思ってね)
配信は、歓声と爆笑の渦に包まれていた。
翻訳字幕機能も反応し、画面右側には簡易訳がリアルタイム表示されていた。
「バカなコメントするなら外出ろってRoze様が言ってます」
「これは毒舌じゃなくて、英語のマシンガン」
配信終了後、ストリームリンクの通知が鳴った。
狐森このは
「カレン先輩!今日のやつ、海外のまとめサイトにも出てましたよ!!」
「“毒舌ロゼ様、世界に進出”って!」
雪城ルナ
「コメント欄が国際会議でしたわ。さすがでございます」
雛乃うらら
「うららちゃんも英語覚えたーい♡ ‘touch grass’って何〜?」
そして、その夜。
《F》でカレン本人が、はじめて自分の言葉を発信した。
【@RozeBite_official】
“I didn’t mean for you all to hear that side of me. But I guess... you liked it?”
(あの一面を聞かせるつもりはなかったけど、どうやら気に入られたみたいね?)
#RozeBiteの本性 #裏の顔じゃなくて素の顔
彼女はまだ迷っている。
けれど、“世界のRozeBite”という肩書きは、もう逃れられない。