#059 : 未来への一歩
美咲とカレンの同居生活は、すっかり日常となっていた。
あの日、二人で始めた「二人暮らしVlog」は、多くのリスナーに温かく迎えられ、新しい日常の始まりを象徴するものとなった。
続く「チキチキ!デバフクイズ!」も大盛況に終わり、二人のVTuberとしての活動は、かつてないほど充実していた。
しかし、その成功の裏側で、カレンの心には、ある感情が芽生えていた。それは、喜びや達成感とは少し違う、新しい希望の光だった。
その日の夜、カレンは、一人でゲーム配信をしていた。
配信画面に映るカレンのアバターは、以前とは全く違う、穏やかで楽しそうな表情を浮かべていた。リスナーと会話を楽しみ、時折、美咲の作ったお菓子を口に運びながら、純粋にゲームを楽しんでいる。
それは、かつて「ランカー」という肩書に縛られ、勝利に執着していた頃には、決して見ることのできなかった姿だった。
配信の終盤、カレンは、マイクに向かって、静かに語り始めた。
「みんな、今日は、ちょっとだけ、真面目な話をしてもいいかな?」
カレンがそう言うと、コメント欄は、少しだけ静かになった。
「私ね、昔は、ずっと一人で戦ってきたんだ。ランカーとして、誰よりも強くなって、頂点に立つこと……それが、私の全てだった」
カレンの声は、少し震えていた。
「でも、その頃の私は、全然笑っていなかったんだ。ただ、ひたすら、勝利だけを追い求めて、ゲームを楽しむことを、いつの間にか、忘れてしまっていた」
カレンは、そう言って、一度言葉を区切った。
「そんな時、美咲と出会って、美咲に、たくさんのことを教えてもらった。一人で頑張らなくてもいいこと、誰かと一緒に楽しむこと……。美咲は、私に、もう一度、ゲームを楽しむこと、そして、笑うことの大切さを、教えてくれたんだ」
カレンは、そう言って、画面の向こうにいるリスナーたちに、深く頭を下げた。
「だから、私は、もう『ランカー』じゃない。ただ、美咲と、みんなと、一緒に、ゲームを楽しむことが、私の新しい夢になったんだ」
カレンの言葉に、コメント欄は、温かい祝福の声で埋め尽くされた。
「よかったね、カレンちゃん!」
「美咲ちゃんとの絆、最高だよ!」
「これからも、二人で頑張って!」
カレンは、その温かいコメントを見て、心からそう思った。
(美咲と、そしてみんなと、一緒に、これから、新しい夢を追いかけていこう)
配信を終えた後、美咲が、カレンの部屋に入ってきた。
「お疲れ様、カレン」
美咲がそう言うと、カレンは、美咲に抱き着いた。
「美咲……ありがとう」
カレンの言葉に、美咲は、優しくカレンの頭を撫でた。
「どうしたの? 急に」
美咲がそう尋ねると、カレンは、少しだけ照れたように笑った。
「ううん。ただ、美咲に、ありがとうって言いたかっただけ」
二人の間には、言葉は必要なかった。ただ、お互いの存在を感じるだけで、心が満たされていくのが分かった。
その時、美咲のスマホが鳴った。神田マネージャーからの電話だった。
「はい、美咲です……え? はい……はい、分かりました」
美咲は、電話を切り、少しだけ真剣な表情を浮かべた。
「カレン、神田マネージャーが、明日、事務所に来てほしいって」
美咲がそう言うと、カレンは、少しだけ不安そうな表情を浮かべた。
「なんか、あったのかな……?」
カレンは、美咲の顔を見つめた。
「ううん、大丈夫だよ。何か、いい話みたい」
美咲の言葉に、カレンは、少しだけ安心したように、頷いた。
翌日、二人は、事務所を訪れた。
神田マネージャーは、いつものように、穏やかな笑顔で、二人を迎えた。
「カレンちゃん、美咲ちゃん。今日は、君たちに、素晴らしい提案があって、来てもらったんだ」
神田マネージャーがそう言うと、カレンは、美咲の手を、ギュッと握った。
「実はね、君たち二人の活動が、事務所内外で、すごく高く評価されていてね。そこで、事務所として、君たちに、次のステージに進んでほしいんだ」
神田マネージャーの言葉に、カレンと美咲は、静かに耳を傾けた。
「そこで、提案なんだが……二人で、オリジナルソングを作ってみないか?」
神田マネージャーがそう言うと、カレンは、驚きと戸惑いが入り混じった表情を浮かべた。
「オリジナルソング……?」
カレンは、過去に、歌うことをやめてしまっていた。それは、ランカーとしてのプレッシャーに苦しみ、自分の声で、人を感動させることが、怖くなってしまったからだ。
そんなカレンの様子を見て、美咲は、カレンの手を、優しく握り直した。
「それに加えて……その曲を、大規模なライブイベントで、初披露してもらいたい」
神田マネージャーの言葉に、カレンは、息をのんだ。
大きなライブイベント。たくさんの観客の前で、歌うこと。それは、かつてのカレンにとって、恐怖以外の何物でもなかった。
「神田さん……私は……」
カレンは、そう言って、言葉を詰まらせた。
美咲は、そんなカレンの気持ちを察して、そっとカレンの耳元で、ささやいた。
「大丈夫だよ、カレン。私が、隣にいるから」
美咲の言葉に、カレンは、美咲の方を向いた。
美咲の瞳には、カレンへの深い愛情と、絶対的な信頼が満ちていた。
「それに……カレンの歌、私は、もう一度、聞きたい」
美咲の言葉に、カレンの瞳から、涙が溢れた。
それは、恐怖の涙ではなく、嬉しさと、安堵の涙だった。
「美咲……」
カレンは、そう言って、美咲に抱き着いた。
美咲は、カレンを優しく抱きしめ、神田マネージャーに、にっこりと微笑んだ。
「神田さん。私たち、やります!」
美咲の言葉に、カレンは、静かに頷いた。
「うん。美咲と二人で、最高の歌を作って、最高のライブにしようね」
カレンの瞳は、もう、恐怖の色はなかった。
そこには、美咲と、そしてみんなと、一緒に、新しい夢に向かって進んでいく、強い決意が満ちていた。
二人のVTuberとしての物語は、今、新しい夢を乗せて、加速していく。
読んでくれてありがとうございます。




