#050 : 孤独な練習 再会
カレンと別れてから、美咲は誰にも言わず、一人で『イグニッション』の練習を始めた。
美咲はもともと、ゲームが得意な方ではなかった。慣れないコントローラーを握り、マウスを動かす指は、何度も操作を誤った。敵に背後から襲われては「ダウン」し、少しでも気を抜けば崖から転落した。
(カレンは、こんな苦しい思いをしながら、毎日やっていたんだ……)
美咲は、ゲームをプレイするたびに、カレンがどれほどの孤独とプレッシャーの中で戦っていたかを痛感した。
「一人で苦しまないで、カレン……」
そうつぶやいて、美咲は涙を流した。もっと早く、カレンの苦しみに気づいていれば、と後悔の念が胸に広がる。しかし、美咲にできることは、今この瞬間、少しでもカレンの重荷を分かち合うことだけだった。
美咲は、カレンが眠っている夜中や、外出している間に、ひたすら練習を続けた。コウやユウキ、そして他のVtuberたちの配信を見て、彼らがどうやって戦っているかを学んだ。
美咲は、カレンがどれだけ正確な「エイム」と「ポジショニング」をしていたかを身をもって知った。それは、天性の才能ではなく、誰にも見せていない、孤独な努力の賜物だった。
美咲が孤独な練習を始めた頃、カレンの苦悩は、さらに深いものになっていた。
『イグニッション』のランクマッチで、カレンは連敗を喫し始めていた。世界ランキングに名を連ねるほどの実力者になったにもかかわらず、その心は満たされないままだった。
「なんで……! なんで勝てないんだよ……!」
カレンは、コントローラーを投げ捨て、ヘッドセットを乱暴に外した。
完璧な「エイム」。正確な「ポジショニング」。すべてを完璧にこなしているはずなのに、なぜか勝てない。カレンは、その理由が分からなかった。
(私は、どこで間違ったんだ……?)
カレンは、自分のプレイを何度も見返した。しかし、そこに間違いはなかった。あるのは、ただ勝利への執着と、ゲームを楽しむことのできない、虚無感だけだった。
「くそっ……!」
カレンは、再びコントローラーを握りしめ、ランクマッチに潜った。
そして、その日は突然、やってきた。
美咲が、いつものように一人でランクマッチに潜っていたとき、マッチング画面に、見慣れたアバターが表示された。
RozeBite
美咲は、思わず息をのんだ。そして、カレンもまた、美咲のアバターを見て、驚きを隠せない様子だった。
「美咲……?」
カレンが、VC越しにそうつぶやく。
「カレン……!」
美咲の声も、震えていた。
「なんで……なんで君がここに?」
カレンの声には、戸惑いと、怒りが入り混じっていた。
「私、カレンと一緒にゲームがしたくて……」
美咲がそう言うと、カレンは「馬鹿なことを言うな!」と怒鳴った。
「これは、プロの戦いだ。君みたいなど素人が、来る場所じゃない!」
カレンの言葉に、美咲は黙り込んだ。カレンの言葉は、まるで冷たいナイフのように、美咲の心を突き刺した。
しかし、美咲は、もう引き下がることができなかった。
「カレン……私は、カレンが一人で苦しんでいるのが、見ていられなかった。だから、私も、一緒に苦しみたかった」
美咲の言葉に、カレンは何も言い返せなかった。
試合が始まった。
カレンは、美咲の存在に戸惑いながらも、ゲームを続けた。カレンのプレイは、相変わらず完璧だった。敵を次々と倒し、チームを勝利へと導いていく。
「美咲、あそこに敵が二体いる。カバー頼む」
カレンが指示を出す。
「了解!」
美咲は、カレンの指示に従い、カバーに入った。しかし、美咲は「エイム」が定まらず、敵を倒すことができない。
「美咲! 何やってるんだ!」
カレンは、思わず怒鳴った。美咲は、カレンの怒声に、少しだけ怯えた。
(そうだ、私は、こんなに弱くて、役に立たないんだ……)
美咲はそう思い、涙がこぼれそうになった。
そのときだった。
美咲の背後から、敵の奇襲攻撃があった。美咲は、それに気づかないまま、カレンの「カバー」に入ろうとしていた。
「美咲! 後ろ!」
カレンが叫ぶ。
美咲は、カレンの警告を聞き、すぐに振り返り、敵を倒そうとした。しかし、すでに遅かった。美咲は、敵の攻撃を受け、「ダウン」してしまった。
カレンは、美咲の「ダウン」を見て、怒りが込み上げてきた。
「なんで……! なんでこんな簡単なことすらできないんだ!」
カレンは、思わず怒鳴った。
その声は、美咲の心を深く傷つけた。
「ごめん……ごめんなさい、カレン……」
美咲は、そう言って、涙を流した。
そのとき、カレンの心に、ある違和感が生まれた。
(……怒ってる? なんで、こんなに怒ってるんだ……?)
カレンは、自分の感情が、ゲームの勝敗とは関係のない、別のものだということに気づいた。
「美咲……?」
カレンがそうつぶやく。
カレンは、美咲の「ダウン」を見て、怒りではなく、悲しみを感じていた。
美咲が、自分のために、こんなにも必死に頑張ってくれていたのに、それを冷たく突き放した自分に、深い悲しみを感じていた。
カレンは、初めて、ゲームを「楽しむ」こと以外の、別の感情が、自分の中にあることに気づいた。
それは、美咲が自分にくれた、かけがえのない感情だった。
「……ごめん、美咲。私、君に酷いことを言った」
カレンはそう言って、初めて、美咲に謝った。
美咲は、カレンの言葉に、涙を流しながらも、小さく頷いた。
二人の間には、ゲームの勝敗を越えた、かけがえのない絆が、再び芽生えようとしていた。
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