#048 : すれ違う2人、壊れるハーモニー
ユニバーサルVT歌謡祭から約一ヶ月が過ぎた。
カレンは、久しぶりに配信を再開した。配信タイトルは「イグニッション ランクマッチ」。
配信画面に映るカレン(RozeBite)のアバターは、以前と変わらずクールな表情をしていた。だが、その瞳の奥には、以前のような輝きはなく、どこか虚ろだった。
「どうも。今日は、ランクマッチをやっていきます」
カレンの声には、いつもの弾むようなトーンはなく、ただ淡々と、配信の目的を告げた。
コメント欄には、「カレンちゃん、おかえり!」「久しぶり!」という歓迎の声と共に、「またイグニッションか…」「最近、RozeBiteつまらない」といった批判的な声も増え始めていた。
「I miss her old streams.」
(前の配信が恋しいな。)
「She's not having fun anymore.」
(もう楽しんでないみたいだね。)
カレンは、それらのコメントを無視するかのように、ただ黙々とゲームをプレイする。
そのプレイは、以前にも増して正確で、無駄がなかった。彼女は、ゲーム内のあらゆる情報を把握し、敵の動きを先読みし、完璧なエイムで敵を倒していく。まるで、感情のない機械のようだった。
「……もう終わりにする。みんな、おやすみ」
配信時間は、わずか一時間ほどで、あっけなく終わった。
カレンは、配信を終了すると、すぐにヘッドセットを外し、コントローラーを置いた。その顔には、達成感も、喜びもなかった。
「ふぅ……」
カレンはそう言って、深く息を吐いた。ゲームを楽しんでいない。しかし、やめられない。これは「プロ」として、やらなければならないことだから。
カレンは、そんな苦悩を一人で抱え込み、心を閉ざしていた。
配信を終え、自室に戻った美咲は、カレンの配信を振り返っていた。
(カレン……やっぱり、苦しそうだ)
美咲は、画面に映るカレンの顔を見ながら、胸が締め付けられるような思いがした。
カレンが、ゲームを「義務」としてプレイしていることは、美咲にも痛いほど分かっていた。
美咲は、意を決して、カレンの部屋を訪れた。
カレンは、部屋の真ん中に座り、ただゲーム画面を眺めていた。美咲が部屋に入ってきたことにも気づかないほど、彼女はゲームの世界に没頭していた。
「カレン……」
美咲が優しく声をかける。カレンは、美咲の声に、ゆっくりと顔を上げた。
「……何?」
その声は、以前のように温かく、優しいものではなかった。どこか、冷たく、よそよそしいものだった。
「カレン、最近、ゲーム楽しくなさそうだよ?」
美咲がそう言うと、カレンの表情が、一瞬だけ険しいものに変わった。
「うるさい。これは仕事だ。プロは楽しむだけじゃダメなんだ」
カレンの言葉は、美咲の心を突き刺した。
「でも、カレンは苦しそうだよ。一人で抱え込まないで……私に、話してほしい」
美咲がそう言って、カレンのそばに歩み寄る。だが、カレンは、美咲の優しさを拒絶した。
「大丈夫だって言ってるだろ! これは、私がプロとして、強くなるために必要なことなんだ!」
カレンの声は、以前のような冷静さを失い、感情的になっていた。
「これが、プロとして、私が選んだ道だ。誰にも、邪魔されたくない」
カレンの言葉に、美咲は言葉を失った。
(カレン……私のことも、邪魔だと思ってるの?)
美咲の心に、冷たい雨が降り注ぐ。
二人の会話は、お互いの心がすれ違い、もはや、噛み合っていなかった。
「美咲……お願いだから、一人にしてくれないか」
カレンは、そう言って、美咲に背を向けた。美咲は、カレンの背中を見つめ、これ以上、何を言っても無駄だと悟った。
美咲は、静かに部屋を出ていった。
カレンは、美咲が出ていった後も、コントローラーを握りしめたまま、ゲームの画面を見つめていた。その瞳には、深い孤独と虚無感だけが宿っている。
美咲と、楽しく配信していた思い出が、走馬灯のようにカレンの脳裏をよぎる。笑い声、温かい空気、そして美咲の優しさ……。
だが、カレンは、その思い出を振り払うかのように、再びゲームの画面に向き合った。
「もう戻れないんだ……私は、プロとして、強くならなければならないんだ……」
カレンはそう自分に言い聞かせ、また、虚ろな目でゲームを続けた。
美咲は、自分の部屋に戻り、ベッドにうつ伏せになって、静かに涙を流した。
かつての温かいハーモニーは、今、不協和音を奏で始めている。二人の間に生まれた亀裂は、少しずつ、しかし確実に、二人の絆を蝕んでいっていた。
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