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ミュートを忘れたら英語ネイティブVが世界一になった話  作者: 久家
第二章 : 二人の物語、二つの世界
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#047 : 敗北のランカー

 


「RozeBite先輩! 了解! 正面から行きます!」


 コウの元気な声が、チーム内VCに響く。



 ユニバーサルVT歌謡祭の会場は、今や熱狂的なゲームイベントの戦場と化していた。メインモニターには、カレンたち四人のアバターが映し出されている。


 カレンは、ヘッドセットの向こうから聞こえるコウの声に小さく頷いた。その瞳は、PC画面に映るゲーム画面に釘付けになっている。


「コウくん、敵のポジショニングは予測済み。フォーカスは中央の敵に絞って。美咲、カバーは任せた」



 カレンの指示は、冷静で完璧だった。三日間の練習で培った、勝利のための戦術が、彼女の頭の中で鮮やかに描かれている。


 コウは「了解!」と元気な声で返事をした。美咲もまた、「任せて、カレン」と頼もしい声を返した。


 試合は、カレンの指揮のもと、順調に進んでいた。彼女の卓越したエイムと、敵の動きを先読みする索敵能力は、他のチームを圧倒していた。



「RozeBite、敵は二体。リスポーンは残り三十秒だ」


 ユウキが冷静な口調で報告する。


「了解。このまま一気に攻め込む」


 カレンはそう言って、敵の隠れる建物にフラッシュを投げ込んだ。


「行くぞ!」


 チームは一丸となって、敵陣に突入していく。


 だが、勝利を目前にしたとき、わずかな連携の乱れが生じた。



「コウくん、スタックしてる!」


 カレンはそう叫んだが、すでに遅かった。コウは、建物の入り口で立ち往生し、敵の罠にはまってしまった。


「うわぁぁぁぁぁ! ごめんなさい!」


 コウは叫び声を上げ、画面にダウンの文字が表示される。


「美咲! コウくんをカバーして!」


 カレンはそう指示したが、美咲もまた、敵の攻撃を受け、ダウンしてしまう。


「ごめん、カレン!」


 美咲の声に、カレンは歯を食いしばる。


(なんで……! なんで作戦通りに動けないんだ!?)


 カレンの心の中で、焦りと苛立ちが渦巻く。残ったのは、カレンとユウキの二人だけ。


「ユウキ、フォーカスを切り替えて、正面の敵をロックする。私がヘッドショットを狙うから、ユウキは弾幕で援護してくれ」


「……了解」


 ユウキは短く答えた。


 カレンは、一人で戦況を立て直そうと必死になった。卓越したスキルで、敵を次々と倒していく。だが、勝利まであと一歩のところで、ユウキが敵の狙撃を受け、ダウンしてしまう。


「くそっ……!」


 カレンはそうつぶやき、一人で最後の敵に立ち向かう。


 そして、カレンが敵を倒し、勝利を確信した瞬間、背後から別の敵の攻撃を受けた。


 カレンの画面にGAME OVERの文字が表示された。


 惜敗。


 わずかな連携の乱れが、すべてを台無しにした。


 試合後、カレンはコントローラーを床に落とし、震える手で顔を覆った。


「ごめん……みんな、ごめん……私の指示が悪かった……」


 カレンはそう言って、肩を震わせた。


 コウは、そんなカレンの様子を見て、優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ、RozeBite先輩! 僕、すごく楽しかったから!」


 コウの純粋な言葉が、カレンの心をさらに締め付けた。


(「楽しかった」……?)


 カレンは、その言葉の意味が分からなかった。楽しむ? 何が? これほど苦しいのに?


「楽しむ……?」


 カレンはそうつぶやくと、コウは笑顔で頷いた。


「はい! だって、あんなに強いRozeBite先輩と一緒にゲームができて、すごく嬉しかったから! 負けちゃったけど、悔いはないです!」


 コウの言葉は、カレンが失ったものそのものだった。


「ごめん……」


 カレンはそう言って、立ち上がると、一人で部屋を出ていった。


 美咲は、そんなカレンの様子を心配そうに見つめていた。


 その日の夜、カレンは、自宅に戻るとすぐにPCを立ち上げた。


 誰にも連絡せず、配信も休止したまま、ひたすら「イグニッション」のランクマッチに潜り始めた。


「もっと強くならなきゃ……もっと、もっと……!」


 カレンは、自分にそう言い聞かせた。勝利を逃した悔しさ、そして敗北の責任をすべて自分一人で抱え込み、彼女は「強さ」を求めることに囚われていた。


 夜が明けても、昼になっても、食事も睡眠もほとんどとらず、ただひたすらゲームをプレイする。


(これが、プロなんだ……これが、Vtuberとして、やらなきゃいけないことなんだ……)


 カレンは、自分にそう言い聞かせた。もはや、そこにゲームを楽しむという感情はなかった。あるのは、ただ、勝利への執着と、敗北への恐怖だけだった。


 美咲が心配して声をかけても、カレンは冷たくあしらう。


「大丈夫。少し練習するだけだから」


 その言葉は、まるで機械のように感情がなかった。


 日を追うごとに、カレンのランクは上がり、ついにゲーム内で世界TOP300のランキングに名前が載るほどのランカーになった。


 美咲は、そのことを知って、カレンの部屋に入っていった。


「カレン、すごいよ! 世界ランキングに載ってる!」


 美咲はそう言って、カレンに笑顔を向けた。


 だが、カレンは何も言わなかった。ただ、PC画面に表示された自分の順位を、虚ろな瞳で見つめているだけだった。


「カレン……?」


 美咲がそう言うと、カレンは静かにコントローラーを置いた。


 その顔には、喜びも、達成感もなかった。あるのは、ただ、深い孤独と苦悩だけだった。


 カレンは、ゲームを楽しむことをやめてしまった。


 これは、彼女にとっての「義務」であり、やらなければならない「仕事」だった。


 美咲は、そんなカレンの様子を見て、胸が締め付けられるような思いがした。


「カレン……」


 美咲がそう言って、カレンの肩に手を置く。カレンは、美咲の手に、何も反応しなかった。


 美咲は、カレンが抱えている苦しみが、自分が想像しているよりも、ずっと深いものであることを知った。


 そして、その苦しみは、これからさらに、カレンを蝕んでいくことになる。

読んでくれてありがとうございます。

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